一章三十五話 シシルの事情④
ーシシルー
魔法学園の校庭では身体を鍛えてたり遊んでいる子達がいる。
いくつもある研究室からは楽しげだったり、議論している声が聞こえる。
訓練場での魔法の試し打ち、模擬戦。教室から聞こえてくる子供たちの会話。
こういうところはいつまでたっても変わらない。
魔法学園と言っても、普通の学校とあまり差はないのだ。
「シシル様、流石にそろそろ……」
「……はぁ、分かってます」
結局すぐに酔いも覚めてしまった。
よって学園長の下に行くまでの時間を稼ぐために校内を回っていたのだ。
その後は真っ直ぐに学園長室へ向かうことになった。
「学園長、シシル様をお連れしました」
「入りなさい」
二人のローブは私を無理矢理進ませる。ここまで来て、流石に逃げたりしない。
私は扉を開いて入った。
「元気そうですね」
「はい。あなたも残念ながらお元気そうで」
入室早々失礼だろうか。でも私たちはこういう関係なのだ。
この人がこういう関係にしてしまったのだ。
「ふふふ、相変わらずですね。相変わらず面白い」
私がこれだけ嫌っているのに、どうしてか気に入られている。
迷惑この上ない。
「早速ですが本題に入らせてください」
「そんなこと言わずに。お茶を淹れましょう」
「いえ、気にしないでください」
私はできるだけ早く帰りたいのだ。お茶なんて飲んでいる時間がもったいない。
それを分かっているだろうに、この人は……。
学園長は何も言わずに、結局お茶を淹れてくれた。無理矢理に止めない自分も少し甘い。
しっかりと美味しいせいで文句もつけづらい。
「……《世界記録》でいつから見てたんですか?」
この人のスキル《世界記録》は、この世界で起こった出来事を“見る”事ができるスキルだ。
私が『ライク』で飲んでいる時には既に見られていたのだろう。
「あなたがこちらに向かってヤノ村を出た日ですね」
「ほぼ最初からじゃないですか……」
この人にとってプライバシーなんて概念は存在しない。
気になった時に気になった人を見るのだ。
お風呂とか着替えを見られていないことを願う。
「シシルが教え子に危ない視線を向けていたのは笑ってしまいましたよ」
「なっ……ずっと見てたんですかっ!」
そう!これなのだ!
この人は見られたくないところをピンポイントで見てくる。
嫌な嗅覚を持っているのだ。
「その後はずっとダラけ、王都に着いてからは宿屋でのツケで豪遊。しかも教え子にツケる。自分の容姿を褒められて気持ち悪くにやけ、その姿はまるで酔っ払い。
ふふふふふ、非常に面白いものを見せてもらいました」
「このっ……!このっ……!」
何度も魔法を撃ち込もうと思ったところを止まる。どうせ意味もないし、この人のことだ。
これだけではないのだろう。
「これだからあなたには会いたくなかったんですよ!」
「シシルの反応が面白いのですよ。どうです、また私と共に……」
「断固拒否です!気持ち悪いです!」
何を言い出すんだこの人は。そんなの最悪だ、気持ち悪くて泣きたくなる。
そして学園長も本気ではないのがまたムカつく。私をからかってるだけなのだ。
「ふふふ、ひどいですね。まあ、いいでしょう。本題に入りましょうか。ハルト君のことについて」
「…………」
学園長は、私が今日ここに来た理由も知っていた。
本当にこの人はムカつく。
散々からかってくるし、そしてだいたいこの人の掌の上なのだ。
「……ハルトくんの入学とその後に関して色々と助けてあげてください」
今日の本題はこれ。
元々、メアリさんとクラウさんとは約束していた。
学園長にはハルトくんの抱える普通ではない事をサポートしてあげてほしい。
「説明がありませんよ」
イライラ
本当に神経を逆なでする人だ。
「どうせ知ってるんでしょう」
「もちろん」
学園長は笑顔でうなずいてくる。
いちいち小馬鹿にしたような、からかっているような返しをする。
「ハルト君が魔力を扱えない事と転生者故の賢さ、技能に関するサポート。そして《言語理解》の扱い方を教えろと言うのですね?」
まったく。
やっぱりほとんど分かっていた。それなのにわざわざ説明を要求する。
これだから嫌味な性格だと言うのに。
「もちろん問題ありません。その代わり、こちらも《言語理解》を有効活用させてもらいますよ」
「はい、大丈夫です。あなたは嫌な人ですが外道ではないので」
一応この人は知識欲の人だ。
《言語理解》なんてスキル、喉から手が出るほど欲しいスキルだろう。
学園長は私の言葉を聞いて少し驚いていた。
この人の予想外のことをできたことに少しの満足感を得る。
「……ふふふ、あなたがそんな事を言うなんてね。ハルト君とグラン君、シャルちゃんの影響ですかね」
……そうかもしれない。
少し前ならもっとキツく言ってしまっていたかもしれない。
あの子達の先生になって、少しは丸くなったのかもしれない。
でもそれをこの人に指摘されるのはなんか嫌だな。
………………。
「安心しなさい。この学園に入学している間はこの私がついているのだから」
結局、何もかもお見通し。
私がここに来た理由はハルトくんのサポートをしてもらうためだけじゃない。
ある意味ではそうだけど、少し違う。
「……彼の特異性について心配なのでしょう?」
その通りだ。
本来、この世界に自然と転生者が生まれるはずがないのだ。誰かに意図的に呼ばれない限り。
魔力回路の違和感についても、やはり普通ではない。
私は呪いか封印魔法の類だと思っているけど、この千二百年、文献でも少しも見たことのない状態だった。
そして私でも手出しが出来ないとなると……。
術者は勇者か聖女、賢者、そして魔王クラスの力を持った人だろう。
先生として心配にもなる。
「このスキルを持つ私が自信を持って保証しましょう。ハルト君は大丈夫です。むしろ護られていると言えます。詳細は言えませんがね」
「そうですか……良かったです」
今日初めてここに来て良かったと思えた。
《世界記録》保持者の学園長が言うなら大丈夫なはずだ。
「ありがとうございました」
「……気持ち悪いですね。嫌いな人に感謝の言葉を言われるのは」
ひどい事を言うものだ。……そういえば私もさっき言ったんだった。
それにしてもーーー
「あなたは私のことが好きなのですか?それとも嫌いなのですか?」
私はもちろんこの人のことは嫌いだが、この人は好きだと言ったり嫌いだと言ったりとよく分からない。
だからこそ対応にも困る。
「好きでも嫌いでもありますね。自分でも面白い感情だと思いますよ」
「……ふふっ。なんですか、それ」
私たちの関係はこれくらいがちょうどいい。お互いに嫌い同士の方がやりやすい。
「シシルが笑うなんて……不吉ですね」
どうしてこう言うことを言うんだろう。このまま終わりにしていれば良かったのに。
私はこの人が嫌いだ。
・
・
・
・
・
「それでは、私は帰りますね。いつまでもこんな所にいたくありませんし」
「失礼な。でも私も同じです。早く退出しなさい、仕事があります」
お互いに悪態をつけて別れる。会った時はいつもこうやって別れるのだ。
特に決まりがあるわけでもない。でもなんとなくこうなる。
私は扉を閉めて、早くヤノ村に帰ろうと歩き出した。
その時だった。
「ーーーシシル!待ちなさい!」
学園長が勢いよく扉から出て来た。ここ数百年では見なかった剣幕だった。
学園長は一人で冷静を取り戻し、簡潔に告げた。
「ヤノ村が危険です」




