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一章三十三話 シシルの事情②



ーシシルー


「ーーー生、先生!」


 ……はっ!


「シャ、シャルちゃん。おはようございます……?」


「おはようございます。今度寝てたらまた髪の毛抜いていきますからね!」


「え、それだけは許してください」


 また寝てしまっていたようだ。


 朝早く起きるようになってから、ずっとこの時間は寝てしまう習慣がついてしまった。

 それにハルトくんもグランくんもシャルちゃんも、私が寝ていても本気では怒らないので少し甘えてしまう。


 いや、でも私が悪いのだけど髪を抜かれるのは嫌だ。

 痛いし、自慢の銀髪だし。


「冗談だから、早く授業したいです」


「はいはい、分かりました」

 シャルちゃんはとても賢い。


 大人びているとは別で、ハルトくん程じゃなくても記憶力が良く、飲み込みが早い。

 そういう面ではグランくんもだ。

 私の生徒たちは本当に優秀だ。


 それにしても……


「シャルちゃんは頭は良いのになんでこんなに魔法式の暗記が出来ないんでしょうか……」


「う、うるさいです!」


 魔法の理論、歴史、その他大切な知識。そのどれも理解し応用できる賢さがあるのに。

 シャルちゃんは魔法式の暗記だけが苦手だった。


「本当になんででしょうか……」


「もうーーー!」


 シャルちゃんは耳を塞いでしまった。


 しかし子供にも色々な子がいる。

 あまり賢くないのに、魔法式の暗記だけは早い子も見たことがある。

 仮にも先生なんだ。そういう子達それぞれを理解していかないと。


「シャルちゃん、シャルちゃん」


 耳を塞いでいるシャルちゃんの肩を叩く。


「なんですかっ!仕方ないじゃないですか!」


 ……大人びてきたと言ったことを訂正しよう。

 まだまだ子供らしさが残っている。

 まあ、ハルトくんみたいなのよりも可愛いから良いですけどね。


「人それぞれなので気にしないで下さい。シャルちゃんはなんで魔法式の暗記が苦手なのか分かりますか?」


 私はまだ未熟者だから、本人に聞かなくちゃ分からない。

 本人が理由を分かっていれば改善できるかもしれない。


「えっと……なんか、こういう意味のないようなごちゃごちゃしたのを覚えるのが難しい……です」


 ああ、なるほど。

 たしかにシャルちゃんは物事の意味を理解して覚えていこうとする。

 感覚派ではなく論理派。


 幼くも賢いが故の苦手なのか。


 それなら、意味の無ように見える魔法式の暗記はやる気も無くなっていくだろう。

 それを無理して頑張っているのだ、当然、効率も悪い。


 私の役目はシャルちゃんが少しでもやる気を出せるようにすること。


「シャルちゃんは魔法式に意味があると思いますか?」


「……?あるようには見えないです」


 そうだろう。魔法式とは文字だと教えなかった私の失敗だ。


「実は魔法式はこれでも文字なんですよ」


「えぇ!?こんなごちゃごちゃなのに!」


「たしかに複雑で文字には見えません。でも昔から魔法式学の研究者達はそうだと仮定してきましたし……」


 私は一旦言葉を切る。

 シャルちゃんにとって大切なのはこの次の言葉だろう事はよく分かってる。


「……ハルトくんがそう言っていました」


「お兄ちゃんが!本当ですか!」


 すごい食いつきようだ。


「はい、本当ですよ。ハルトくんに確認してみてもーーー」


「お兄ちゃんが言ってるなら正しいです!そっか、魔法式には意味があったんですね!」


「はい、だから魔法式を読み解くようにしながら暗記してはどうでしょう」


「それは面白そうです!そうしてみます!」


 シャルちゃんのやる気メーターは振り切っている。

 やっぱりシャルちゃんは漠然とした暗記は苦手みたいだ。


 と、そこで私はうっかり口を滑らせてしまった。


「実はこのことは昔から答えが出なかった研究ーーー」


「えっ、さすがお兄ちゃん!これまでの魔法の研究を一人で解いちゃうなんて、もうお兄ちゃんさすが……って……」


 シャルちゃんはハッとして私を見てくる。

 顔を赤くするシャルちゃんに、私は笑うのを我慢できなかった。

 

「す、すいません。……っていうかなんで笑ってるの!」


 赤くなった顔を誤魔化すように手を振るシャルちゃん。

 その光景に思わず吹いてしまう。


「いえ、シャルちゃんは本当にハルトくん、お兄さんの事が好きなんですね」


「ぅぅ……ブラコンですが文句でも!?」


「いえ、ただ微笑ましいなって思っただけです」


 私の評価にさらに顔を赤くする。

 ハルトくんがシャルちゃんを可愛がる理由がよく分かる。

 こんなに可愛い妹に好かれてるなんて、ハルトくんは幸せ者だ。


「〜〜〜もうっ!早く授業進めて下さい!」


「はいはい、それともう一つ」


 シャルちゃんは少し冷静になり、顔を向けてくる。

 私は追い討ちをかけるつもりで言う。


「ブラコンは悪い事じゃありませんよ」


「もうっ!うるさいですーーー!」


 シャルちゃんの授業はハルトくん達とは違う楽しさがある。

 それを噛みしめる今日この頃だ。

 私は教会の一室の台所でシャルちゃんと洗い物をしていた。


「ありがとうございます、シャルちゃん」


「わ、私もお世話になってますし。お……兄もお世話になっているので」


 プイッと顔をそらしてしまうシャルちゃん。

 感謝をされるのが恥ずかしいようだ。


「“お兄ちゃん”でも大丈夫ですよ」


「子供っぽいので嫌です」


 シャルちゃんは少しでも大人のようになりたい年頃だ。背伸びする姿は可愛らしい。


 今日は授業がいつもより早く終わった。

 だからと、シャルちゃんは別の机に置いてある野菜を見て、料理を作ってくれたのだ。

 私がその場にいたら止めたが、あいにく寝てしまっていた。


 私もさすがに情けなかった。


「シャルちゃんはもう料理ができる」


 メアリさんに最近よく自慢されていた事だ。


 実際に料理を振舞ってもらうと、これがまた非常に美味しかった。メアリさん直々の料理テクニックなのだろう。

 まるで《料理》スキルがあるのかと思うほど。


 そういえば。


「シャルちゃんのスキルを調べて見なくていいんですか?」


「ん……まだいいです」


 シャルちゃんはスキルの鑑定を拒んだ。実はこれは珍しいことではない。

 真面目な子はズルのように感じてしまうらしい。

 気持ちは分からないでもないけど、スキルとはその人個人の才能だから、本当はあまり気にすることではないのだ。


 とりあえずシャルちゃんが調べて欲しいと言うまではこのままでいいと思っている。

 シャルちゃんならスキルがなくても問題ないと思う。


 持ち前の賢さと、ハルトくんの技能で得られた莫大な魔力がある。

 シャルちゃんは努力も欠かせないから、例えスキルを使わなくても大物になれるだろう。




「シャルちゃん、ご飯美味しかったです。ちゃんと授業の復習はして下さいね」


「はい、ありがとうございました」


 シャルちゃんが家に帰っていく。

 私はヤノ村の方々と話しながら帰っていくシャルちゃんを眺める。


 ハルトくんの溢れまくる愛情がシャルちゃんをあそこまで良い子に育てたのか。

 いや、それでワガママにならなかったのはメアリさんとクラウさんのおかげだと思う。


 しかし今日はハルトくん達が遅い。

 普段ならシャルちゃんが帰る前に来ていてもおかしくなかったのだが……。


「あっ、そういえば今日は午後の授業は無しでした……」


 私はハルトくん達の授業を休ませてもらったことを思い出す。

 それと同時にしなくてはいけない用事も思い出す。


「うわぁ……最悪です」


 それでも行かないわけにはいかない。

 私は外出用の服に着替え、非常用にとっておいたお金を出す。

 非常時のお金を使わなくちゃいけない貧乏生活……悲しい。


 ようやく準備を終える。


 それでは行こう。ハルトくん達が憧れる都市、王都ガイアビア。そこにある世界最大の魔法学園。

 私が魔法学園に就かなかった原因である、学園長の元へ。



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