第3話 青二才の躍進
三人、彼女達は華の仲間だと言う。何と言えば良いかわからずただ彼女らの顔を見るしかない私。横に居た華が、三人と並ぶように回り込んで生き生きとした声で言った。
「今日からあなたは私たちのチームの一員だよ。知枝が戦闘に慣れるまで死なないようにサポートするから、安心してね」
一瞬思考が止まった。待って待って、戦闘?チーム?どうことなのさ、やっぱりこれから一緒に行動するの?っていうか戦闘って何さ!死なないようにって何さ!まさか私がアレみたいなのと戦うってこと!?冗談じゃない!まだ学校の雑巾がけを週五12時間60分休憩でする方がマシだ!
色々と言いたいことがありすぎて処理が追いつかない。そんな中でやっと言葉を出す。
「チームとか戦闘とか…訳が分からないんですけど、どういうことですか」
「チームはチームだよ。あなたはウチらの仲間になったんだよ」
短髪クール系女子がそう言った。まだこの季節では暑いだろうに、ややダボっとしたダウンを羽織っている。それよりも、急に見ず知らずの人達の仲間に私はなったのだ。きびだんごなんか要らないので家に帰らせてください。
「戦闘も戦闘よっ!彼等を皆でぶっ殺すんだ。こういうやつを使ってね」
食い気味にキラキラ女子がゴツゴツチャクラムを手にしてそう言ってきた。マリーゴールドのサラサラミドルヘアが落ち着かない彼女に揺らされている。この子は何だ、中二病か?RPGゲームみたいにサイバーパンクな服装をしている。武器かなり切れ味は抜群そうだが、偽物…ではなさそうだ。
それに、"かれら"って言うのは…私を殺そうとしてきたあのバケモノのことで合っているのだろうか、むしろそれ以外に該当する候補がない。
「じゃあ、皆はああいう怪物と戦っているんですか」
「もちろんっ!」
「そうだよ」
凄いな、本当に漫画みたいだよ。あんなのが居て、それと戦うヒーローが居て、これが現実で起きているのだから信じられない、信じたくない。でも、事実私も殺されかけたんだ。信じるしかない。
「仲間が居た方が良いのはそうですけど。私と皆は初対面だし、そんな素性の知らない人をいきなり仲間にしていいんですか」
つい聞いてしまった。
「あのねえ、あなた連れてかれたでしょう?ましてや今日任命されているのに、このまま一人でいるとすぐ同じ目に遭って今度こそ死ぬよ」
華が叱るように言ってきた。当たり前だ、助けてもらった身だし命知らずな質問すぎる。何故こんなことを聞いてしまったんだ。まさか、本当はまだ夢であると信じている私がいるのだろうか?
「彼等とは基本二人以上で戦う必要がある。一人でも殺せはするけど数が多かったりすると相手にしきれないしそもそも隙ができやすいから危ないの」
しっとりとした子が流れるような口調でそう言った。この子はなんとまあシンプルな服だ。サラリとした髪色含めて全体的に白一色だし、どこの研究員なんだ。
まあもう、仲間になるのは避けられなさそうだ。それに私はやっぱり任命というのをされているらしく、そのせいであの体験もまたするということだろう。そうとなると、この人達の元に居た方が安全ではある。だけれど、戦うのはできれば避けたい…死にたくないし。
「そうだ、まだ名前を言ってなかったね。ウチは雨井理奈」
「あたしは宇佐原実音っ!」
「私は楠涼香」
全員から自己紹介をされてしまった。されてしまったからには、私も仲間入りという自覚を持つしかない。
ああもう分かったよ、これからよろしく。そんなことを渋々思いながら、私も言った。
「良永知枝です。よろしくお願いします」
******
「さて…とはいえまず何から教えるかなんだよね」
「新入りの教育なんて涼ちゃん以来だし、あの時どんな感じだったっけ」
そうだ、まずはあのバケモノに太刀打ちできるようにならなければならない。しかしどうすれば良いのだろうか。華も言い出したはいいけど思いつかない様子だし、理奈もやったことはあるが忘れている…そんな感じだ。
「走ったり腕立てしたり腹筋とかしたらちょっとは強くなるんじゃないですか?」
我ながら何言ってるんだ、これじゃただの筋力トレーニングだ。変なこと言ってしまった。
「それはする必要ないんじゃないかな。」
笑い混じりに理奈が言う。軽く赤面する私を置いて理奈はさらに、
「ていうか、任命された時点である程度身体能力は与えられるんだよ。現に知枝ちゃんこうして生きているじゃない。あれ普通だと華ちゃんが来る前に死んでるよ」
そうなの?いや確かにそうかもしれない。あの時後ろを向いた時に距離があった。私の運動神経では考えられない。10秒でも全力疾走すりゃ、へばってしまう。理奈の言う通り助けが来る前に首チョンパだろう。そうか、すごいな任命ボーナスは。って、なんて呑気になっちゃいけない。
「ていうか、まず武器を渡さなきゃじゃんっ!素手で彼等と戦わせるなんて死ねって言ってるのと変わらないぞ」
実音がそう言う。思えば皆武器を持っている。華は鎌を、実音はあのごっついチャクラムだ。理奈と涼香は何かは分からないが、あの怪物と戦うんだ。それなりの物を持っているんだろう。
「あーそっか、じゃあまず武器を探すとこからやらないとか。何か良いものとかあるかな?」
華は言った。武器と言ったって近くにあるはずがないだろう。そもそもここは日本だし、包丁一本持って外に出ると即パトカードナドナからの牢屋にポイされる国だ。逆に何であんたらはケロっと外にいられるのよ。
「探すなんて時間の無駄よっ。ほら、連絡もらって速攻調達してきたんだよ。これあげる」
そういって実音が渡してきたのはいかにもな工業用ハンマーだ。私は解体工事でもするのだろうか。とはいえ一応武器と言えば武器ではある。これならあのバケモノとやりあえる…のか?あと柄にしっかりと「藤村工業」って書いてあるんだけど、盗んでないよね?これ盗んでたら捕まるの私じゃない?
「流石実音。手際良いね」
良いのだろうか…理奈は私の事を考えて言っているのか?いや、考えていたらそんな言葉は出ないか。しかし何はともあれこれで武器は手に入れた。あとは実践あるのみという訳だが。
「じゃあこれで、何すれば良いんですか。ドラム缶ひたすら叩いて感覚掴むとかすればいいんですか?」
ハンマーを軽く振りながら聞くと、
「いや今から彼等と戦う」
スラリと涼香が返事をした。なるほどオッケー
って、え?
「戦う?彼等と?今から?」
「そう今から」
突如として心臓が音を立てる。血流が爆上がり過ぎて、めでたいことに私の動脈を循環する新幹線が開通した。めでたくないわ!さっき殺されかけたアレみたいなのといきなり戦うのか!?無茶だって、死ぬよ!
「そんな顔しないでよー。私達が守るしこれから行くやつはさっきのと同じくらい弱いから、知枝はサポートするだけでいいよ。まあトドメは刺してもらうかもしれないけど」
そんなことを言いながら華はウキウキな様子だ。相当戦闘というのが楽しいらしい、えらい好戦的だ。あと今トドメって言った?
「ちなみに」理奈が切り出した。「そろそろ行った方がいいんじゃない?このままだとまた連れてかれる人が出てくるよ」
一瞬クエスチョンマークが浮かんだ。どういうことだろう。あの怪物は華が殺したし、また新しいのが出たということ?
「あそっか、ほんとだ」
そう言ったのち華は先頭に立ち私達を率いるように歩き始めた。
「よし!今日は金曜日、明日明後日丸々使える!時間はたっぷりある、行くよ」
言われるがまま私は三人の後を追うように歩くのだった。
******
着いたと言われたその場所は、別になんでもない普通の駐車場だった。
「ここなんですか?」
思わず聞く。私が彼等に追われたのは学校だった。しかしここはどうだ、駐車場だ。建物じゃない。壁もないこの敷地にどうやって彼等が現れるのだろうか。
「そうだよ。目には見えないけど境界はここにある。あと敬語で話さないでいいよ、チームだしウチら」
「…うん」
こっちを振り向くように答えた理奈の背中にそう返事をした。そうか、もうチームだ。年も近そうだし別に敬語である必要はもうない。私は聞いた。
「でも、見えないんだったらどうやって入るのさ。トリガーでもあるの?」
すると、実音が囁くように、
「目を閉じて、何も考えないで頭の中を空っぽにして進むんだよ」
よく見ると三人とも目を瞑っている。ああ分かった言う通りにするよ。と心の中で呟きながら目を閉じた。
しかし、実際今こうしてみると三人が居るからか、これから命を懸けにいくのに不思議と不安にはならない。さっきまで嫌々だったのに、いざとなるとやってやるってなるんだなー…っといけない。今は頭を空っぽにしなきゃ。
…
ふと空気が変わった気がした。そしてすぐに華が、
「もう開けていいよ」
「…!」
目を疑った。そこは、さっきいた駐車場ではなかった。いや、さっきいた駐車場ではあるのだが、見渡す限り360度どこを向いても水平線まで駐車場なのだ。それ以外何もない。雲も山の影もない。
「これが…境界の中なんだ」
声が漏れる。それに答えるように、
「そうだよ、彼等はここにいる。境界の中は、彼等にとって都合が良いように作り直されているんだよ。だから、私達にとっちゃ都合が悪いんだ」
華は言った。私はここで概ね理解した。私が視聴覚室に入った時あそこは境界になっていたんだ。そこに私が立ち入ったから彼等に連れてかれて、あいつらが私を殺しやすいように作り変えられた空間に出たんだ。
点と点が線で繋がったような気がした。柄を握る手がぎゅっと強くなる。ここにはどんな奴がいるか分からない。五人で背中を合わせて全方向からの出現に備えていた。ごめんやっぱり、怖いかも…
「あなたは無理に出なくていい。指示は私達がするからそれ以外は誰かの傍に居て。大丈夫、一回経験したら体は覚えるから」
涼香は、私を鼓舞してくれているのだろう。任命の力がどれくらいかは分からないが、やるしかない。敗北イコール死だ。
そう自分自身も景気づけたその時だった。下から風が吹くように嫌な気配がした。あの時の感覚だ。しかし何かおかしい、気配がしたと思ったら。どんどんそれが強く――
(…これって)
「下だっ!!!」
私がそれを察したとほぼ同時に実音が叫んだ。
急いで前に滑り込む。直後、大きな轟音と共にコンクリートの破片が降ってきた。恐る恐る私は音がした方に顔を向ける。
振り返ると、そこには彼等がいた。
大きさはどれくらいだろうか、小さなビル三階分くらいはありそうだ。体は…ない。風船のように目玉が一つ浮いていて、下に垂れるように触手や神経らしきものが無数に絡まっている。…冗談でしょ。こいつが私を襲ったあいつくらい弱いって?全然それよりもヤバそうなんだけど!
数秒間そいつと目が合った次の瞬間、眩い数個の閃光が目玉を貫いた。出所に目を向けると、これまた重そうな銃を構えた理奈が逞しく片膝を付いている。
(散弾銃…!)
その目玉は指でつつかれた風船のようにやんわりと動いた直後、理奈へ視線を移す。視界の隅で何かが勢いよく動いたのを確認したので、目でその影を追ってみると、一本の触手が理奈に向かって特攻しにかかっていた。
「危な――」
い、の発話と同時に触手と何かが直角に交わる。その何かが、何であるかを確認する前に、水門のようにそれが触手を切断し、断絶していることに気が付いた。チャクラム…実音だ。
それに続き、華も次々と刻んでいく。彼女の目の前に迫ってくる太い肉の大豪雨を一本逃さずに阻む彼女。その光景を唖然と見ていた私に、傍にいた涼香が話しかけてきた。
「私も行くからあなたはアイツが怯んだ瞬間に頭に向かって跳んで。それで思い切り殴って」
「あの…!」
早口に言った彼女の言葉を整理する暇も与えずに、涼香は走っていく。彼女は目玉の下につけると、上に飛び上がった。直後に弾けたスパークから姿を現したのは見事なまでのアッパーカットだ。
その手はバットを握っているように見えた。細長いシルエット、しかしバットにしてはやたら持ち手が細いし、そもそも短すぎる。目を凝らした数秒後、それがバットではないことが分かった。あれは…折りたたみ傘!?あんなのに傘で向かっているのか?
私は目玉に視線を移した。…どうも様子がおかしい、傘で殴られたにしてはオーバーリアクションすぎる。大きく揺れて、瞳孔が細かく振動している。まるで痺れているみたいだ。
っまさか…!!もう一度涼香の持っている傘を見た。確かにそれはれっきとした折りたたみ傘の形をしている。しかしそれは布ではなく金属でできていて、その周りを這うように銅線が巻かれていた。どうりで、すごい物作るなあ…
そう感心していた私に涼香が、
「知枝!」
と叫ぶ。そうだ、私もいかなくちゃ、ハンマーを右手に握りしめ、ただひたすらあの目玉に向かって走る。
(大丈夫、自分を信じろ。皆を信じろ)
そう自分に言い聞かせながら、足元に差し掛かった。膝を曲げる、伸ばす。
…!
棒高跳びの世界記録を優に超えるくらいの高さに自分でも驚いた。気が付けばほぼ目玉と同じ高さだ。
(今だ!)
私は右手に持っていたハンマーを振り上げ、腕が外れるくらいの勢いをつけてその頭に向かって振りかざした。
ゴーン!、と気持ちいいくらいに爽快な音を聞きながら、私は華麗に着地した。後ろを振り返ると、実音と涼香がこっちを見て微笑んでいる。ああそっか、こんな感じなんだ。一度やるともう感覚は掴める。
やってやる。そんな自信が湧いてきた。私は、触手に近づくや否やひたすらハンマーを振り回す。それに反応するかのように触手は弾かれ、千切れていく。すごい…自分の力にも驚いているが、まるでゲームみたいだ。
「…よし。」
もう一度、助走をつけて走り出す。次は下から殴ってやろう。皆が触手の相手をしている今、私は本体をやってやるんだ。やばい…これ…楽しい!
私は夢中で走り続ける。近づいてきた。タイミングは今しかない。ここで――
――ゲーム感覚で楽しんでいたものだから、私はその時上にしか目が行っていなかった。一本の触手が私を狙っていたことに気が付くのは、それが私を貫く直前だった。




