短編ー夏のホラー2026テーマ「音」 『ラ音の消失』
「音」をテーマにした夏の企画のホラー小説を書いてみました。
ラ音の消失。
時は2000年。その世界に突然放り出された私は驚いた。終戦後に生まれた弟と一緒にいたはずなのに、その彼はそばにおらず、私の目の前には大人が数名もこちらを覗き込んでいた。
彼らは口々に言う。
「どうも我々のことが分からないようなんです」
何を言うのだと驚いていると、もう一人、男性がいう。
「このようにビックリすることがあるんです。こっちがビックリするっていうのに」
何か驚くことがあったのだろうか。なにがなんだかわからないが、少なくともこちらが周りのこの人たちを知らないことにより怒らせていることは分かったが、私の頭の中は、弟のいない、母のいない、父のいない、この場所こそが怖く、怒って帰れるものなら帰りたかった。
プリプリして怒る自分の中の人物にも恐怖しながら(助けてー!)って念じてみるも助けてくれようとする大人は居ないようだった。それが哀しくて寂しくて仕方なかった。哀しすぎて怒りすら覚えた。
もうひとつビックリすることがあった。私がビックリしたのだが、自分の手がまるでおばあさんのように年老いていた。身に覚えのあるほくろは少し大きくなって薄くなっていた。おばあちゃんが言っていた沁みも自分の手にあった。なんてことだろう。私はおばあちゃんになってしまったのだろうか。
立ち上がろうとするも体は動かなかった。
「どうした?」
と聞いてくれる声も恐ろしかった。
知らない男性の質問に答えていく。
分からないことばかりだった。日頃の生活面で出来ないことは家族という人間が話しをしていった。その状況について本人からは何かありますかの問いには答えられなかった。一番は恐ろしかったからだが、二番目は何も知らないことを答えたくはなかったからだ。
「そう、やっぱり」
そんな女性の声に、苛立ちを覚える。
そのセリフの前に何を言っているのか分からないはずなのに、苛立つのだ。
「もう!」
とうとう自分の口からそういうセリフが出てきた。そのことにも戸惑っている。が、周囲にはそんな自分の状況は分からないようだ。ただ、時折。自分の名前を呼ぶ声が嬉しかった。
ある日、家族という男性がこちらへ向かってしゃべってきた。
「施設に入ることになったから」と。
なんでも、「デイサービスの併設された施設で、個室もあるから」と言っていた。
「何で」と言えない気持ちのまま見つめると、またイライラが募ってきた。
「ちょうど空きがあって良かった」
と、男性は言った。
さらにイライラが募った。
「ていやー!}
と思い切っていうと、こちらを見て、「びっくりするじゃんか」と笑顔で去って行った。廊下で出たところで、「母さん元気だわ」と言っている。
いったい全体どういうことなのだろうか。
ただどこにいかなければならないのか分からない自分の不安と今この家族という者たちと離れられる安堵感があった。
女性が部屋に来て、洋服や身の回りのものなどを私に見せて紹介しては鞄へと仕舞っていく。私も驚いたことに、嫌な時は、「こらー」良い時は何も言わないという反応を見せていることに、途中から気が付いたが、気が付いた時には終っていた。
部屋の中で過ごす。時計の音というものが煩わしかった。
静かな夜に目が覚めて、上手く動かないからだと格闘し、姿勢を変えて、身体の疲労を逃がす。ほんの少しの動きでも動けただけで疲労感がしっかり逃げていくようだった。
翌日起きて早々に、知らない人間が二人やってきた。「施設の人」と言っていた。
そもそも「施設」ってなんだったのかが、分からないが、移動する先の人間だろうということは分かる。が、そんな得たいもしれない場所にいかなければならないことには変わりない。その場所に住まう人間なのだ。何をするのかわからない。
「おばあちゃん。今朝はごはん食べれましたか?」
「?」
若い男性が声を掛けてくれる。ごはんは食べた。が、今なんと言ったか。「られる」じゃないのか。どういうことだろう。いつものように「こらー」と言うと、「そうですか」と帰ってきた。
その様子に家族という人たちは「ね」と伝えていた。
「ね」じゃない。そう思って、ダンと手を上げて降ろす。
「こらこら」と言って、「こうなんですよ」と言っている。
そんな彼らが去ったかと思ったら、二人は戻って来て、私をベッドから移動させて、車の椅子にのせた。
怖くて「あー」と言い、手を離さないようにしてくて、何かに必死につかまった。
この日やってきた男性が言う。
「おばあちゃん。大丈夫です。僕たちは施設から来たものです。一緒に今から施設へ向かうので、一度車いすに移乗しましょう。掛け声駆けますので、このままおしりを車いすの座る処へ移動させます。おばあちゃんは手を離してください。少しこちらへ身体を持たれると楽に移乗できますよ」
何を言っているのか分からないこともあったが、落とされたくはなかったので、手を相手の服を握る形をとってしまった。自分のお尻が車いすの場所に落ち着くと、遠慮がちに、服から手を離す。
その仕草に職員の男性も安堵したようで、
「よかった。これから宜しくお願いします。自己紹介が遅れてすみません。見えますか」
そう言って、名前が書かれたものを見せてくる。
「習った字が少ない。それに見えにくい。
彼はなんと自己紹介したか聞こえも悪い。
少なからず、落とされずに済んだことで、私の中で少しホッとした。心が落ち着いてきた頃、私の周りで何やらしていた大人の若い男性が言った。
「それでは移動しますね」
こちらの返事はないままなのに、動き出した。
「そのまま玄関まで移動しますね」と誰かに言う男性。
ふと、部屋を出る時に、何かにひかれて振り向こうとしたが上手く振り向けずに部屋を見ることは叶わなかったが、一度後ろにいた女性が声を掛けたことで、車いすはバックして部屋を一瞬ちらりと見ることができた。
車いすが動き出したときに、廊下の床が音を鳴らしたと同時に、部屋でパチという音が鳴った。
玄関では大人が四人がかりで、上がり間口から下に降ろされた。そのまま車いすが進むのかと思ったら、方向転換をして後ろ向きに進み始めた。ビックリするそのことにお腹に力が入ったのか、ちょっと漏れた。泣きたい気持ちになった。しかし周りの大人は真剣だ。彼らの表情や慎重さから今声を掛けるべきではないということも分かるが、いかんせん我慢ができないこのお尻。お腹の力のかけ具合なのかもしれないが、その加減もわからない。
そのことでショックを受けている私は、もう泣きたい気持ちだった。いつも変えてくれるおむつを嫌な気持ちで待っているあの時を思い出した。少し泣けていくる。
もうおむつは卒業したはずなのにという思いが、悔しいと泣いている。
車いすがいつの間にか大きな箱の中に移動していた。外を見ると、家族と職員が挨拶をしていた。
そして職員が車の運転席に座る。
これから移動するのだということがわかった。向かうのだということは。
そうして、移動をし始めた中では、職員が少しこちらに声をかけた。
「ご自宅から車で三十分のところにある施設に向かいますね。宜しくお願いします」
もうこのまま向かうのだ。帰ってこれない。いや、ここではないところへ家へ帰りたい。
弟と家の仕事の間に隣の家に預けらえた時のあの哀しさと寂しさが募る。だが、泣くまいと思う自分が居る。
三十分は長かったようで、途中で眠ってしまった。
起きた時には、移動していた箱から外に出ていて、ガラスの扉が横に移動する入り口に向かって移動していた。
「あ、お気づきになられましたか」
と声を掛けてくる女性が前からやってきた。
まだ眠いので、もっと寝ていたくてねむろうとする。が、女性が明るい声で声を掛けてくる。どうしたものか、あっちへ行ってという代わりに、手が上がった。
結局そのまま眠ってしまったようで、次に起きた時には、知らない天井が見える。ベッドの上だった。横を向くと、知らない部屋が広がっているが、自分の家のものもあった。
この部屋の扉の向こうから足音が聞こえる。パタンパタンやササっという音。そしてキコキコという音も。
ゆっくり歩く音と少し急いで歩いている音。
そのまま天井を見て、横をまた見ると、「シャ」という乾いた声のような音が聞こえた。なんの音なのか想像がつかない。分からない音は、その他にもあった。そしてとうとう扉が開かれた。そこから女性がやってきた。
「ああ、起きていらっしゃったのですね」という。
うんとも寸とも言えないままに喉が乾いているのを感じた。
「お水飲まれますか。ご用意いたしますね」
そのまま飲ませていただく。
飲んだ後に、自然と「はぁ」と声が漏れた。
女性はほほ笑んでいる。
「ここが新しいあなたの部屋です。ご自宅からご持参された物もあります。もし、なにか足らないようでしたらおっしゃってください」
そうして女性は自己紹介を始めた。が、「あ」から始まる名前以外物の数分で忘れてしまった。食事は自宅で食べるものよりも美味しく、量も豊富だった。使われている食べ物の量が違う。とても豊富だ。
新しい物を見て、新しい人間を見る。みな自分のように老けている。
ここはなんなのだろうか。
話しをしようとして、自分が上手く離せないことを知った。正直驚いたが、驚いた声でさえ、口から発せられなかった。微かな息が声から出ただけだ。
そのうちどうしようもなく、自分の思いで動きたくなっても上手くいかない。周りにいる大人は気が付いてこちらへ駆け寄ってくるが、挨拶をしたり、今の様子を伝えたりするだけだった。
「今ね、みなさんゆっくり休憩している時間だから」
と。
時々通じる時がある。
「ああ、そうか。もうこんな時間か。トイレ行こうか?」
と。トイレという言葉が厠であることを知ったのはいつだったか。
こうして通じる時は得も言われぬ爽快感が合って、その日はぐっすりと眠れた。少なくとも身体の緊張は幾分か解かれて、寝ている間や起きた時の身体の調子は良かった。
この新しい場所に慣れてきた頃。夜寝ている間に、水の滴る音が空間を満たし、自分の乾いた体が満たされることがあった。それが夢なのか現なのか分からなかった。ただボーっとして起きるように促してくれている職員の声に従って、眠い体を動かしていた。
目が覚めた頃には、車いすに移乗されて、食事の場所へと移動している。飲み物を飲むのにもひと苦労だ。自分で飲み込めるが、手の動きが上手くいかない。動かしにくい体でどうにか出来る時もあれば職員に手伝ってもらって飲む時もある。
そうしてどうにか身体を潤して、一日のスタートが始まる。
時々、朝食の前にトイレに行っておきたくなる。その時は、顔を動かして、職員を見る。すると、彼らの中には気づく者がいてくれる。そうすると、トイレに連れて行ってもらえて、用を足す。ここでも人の手を借りるのだが、これといって、悲しみや恥ずかしさはもう浮かばなかった。自然発生的に、起こりうるもの。毎日数回は必ずある。汚して職員の手を煩わせるよりはましだ。そう、何倍もマシだ。
そうして慣れてきた物は他にもある。促される運動。屈強の若者ではないのに、いくらか手を動かしたり足を動かしたりと運動をするときがある。屈強になるためじゃない。動かせるように、固まらないように。そのためのものだ。
何故と拒みたい気持ちもあった。しかし、ある時女性の人が付き添っている時に言った。
「こうして動かせる範囲があると、体のサイクル。つまり巡っている血の流れが行届いて、身体が楽になるし、若さを保ち生活することができる。日頃疲れたなぁと思った時のその疲労感が違ってくるんだよ」
彼女の話しは少し分かりやすかった。
それでこの運動というものを拒むことなく行うようになった。
若い男性の体格の良い人のような身体を作り上げるわけではないのに、この運動はなかなかに体力を使うものだった。そして痛みや重さを感じる時には、終わった後に疲労感もあり、めげない心が肝心だった。
職員の男性だろうが、女性だろうが、出来た後には、顔を見る。すると、彼らはこちらに向かって、笑顔で話しかけてくれた。
「お疲れ様です」や「今日も素晴らしい動きでしたね」や「今日もやりましたね!」と労いや励ましをしてくれるのだ。
この処このころに励む日々を送っている。
しばらくすると、今度は周囲の音や話し声が時々明瞭じゃなかったときがあったが、それが徐々に明瞭に聞こえて調子が戻ってくるのが速くなってきた。
ようやく日々の生活が楽しいものとなってきた。
そんなある日、また滴が滴る音がした。今度は午後の明るい時間の室内でだった。水が出てくる場所へと今見える範囲で確認する。すると、小さな女の子の姿が時折見えるようになった。
私は私を思い出した。幼いはずの私。弟と一緒にいたはずの私。
その少女はこちらを見て笑った。笑ったことがわかるのに、どんな顔という印象が頭の中に記憶として刻みにくい。赤いスカートシャツ。髪の長さはまちまちだった。
怖さを感じたのは、その少女と目が合った瞬間だった。それを彼女は気にしているようだったので、ごめんなさいと心の中で伝えると、彼女はにっこりした。
私はそれから、少女の姿を見かけると、職員に時折するように、笑顔を向けて挨拶をした。職員の人は不思議そうな顔をしてそんな私を見ていた。
時折頭の中がこんがらがっている時がある。その時はどういうことか分からないながらも、はっきりとわかる感覚や意思を優先的に行った。そうすると少なくともそのことについては伝えられるから。他が出来ないことも気にしない。出来る時が訪れるから、その時に行えばいい。心の中では頭の中ではそのように思い考えていた。
時折荒ぶる者たちが身体の中で、「このままじゃ終らせねぇ」とまるど祭りの間に垣間見る男衆の呟きのような言葉を耳にし、身体が熱くなり、また同時にその者の存在が移動して行くようだった。こういう時に恐怖を覚えていた私だったが、次第にいつもそういう状態の男衆には近づかない。近い時は自分の存在は消すように静かにしておくこと、通り過ぎるのを待つか移動できるなら移動すること。そう、邪魔をしないことが肝心だった。それを思い出した時に、私は祭りの季節の心得を思い出したことにより、こういう場合の対処療法を思いついた。その時から、私は和尚さんやお坊さんの修行という言葉を思い出した。まるで修行だ。こちらの都合などお構いなしな時がある。
流石に疲れた時には、無理といって眠ってしまった。それは、車いすに居ても、横になっていても同じだった。そうして時折、起きた時には粗相をしていた。そう、おむつへ用を足していた。
職員の人がこのおむつを替えてくれた。それを受けている最中は、なるべく意識して、彼らがおむつを交換しやすいように動くが、頭の中の私が彼らの動きに反応して動ける場合であって、動けない時もあった。それでも自分でどういうことか分かっている間は、感謝と謝罪の言葉が頭の中に浮かぶ。心で伝える。口は空いたり開いたり。逡巡する思いは、私の眼差しに現れているらしく。ひとりの職員の女性が言った。
「ごめんなさいね。新しくして、すっきりだからね。それから、こういうことは順番で私もいつかあなたのような年齢になればこういう事態をあなたの立場で受けるだろうから」
そう言って、彼女は少し疲れた笑みを浮かべた。瞳に涙が溜まっているのか、少し輝いて見えた。それでも自分の中にある悔しさがお腹から喉の方へと競り上がって来て、顔をゆがませて訴える。
彼女は私の手を取って、もう片方の手で、とった私の手を包んだり、とんとんと幼子を寝かしつけるようにリズムよくあやしてくる。
その姿に頭の中に去来する母親の姿に、涙があふれてきた。
私の涙に気が付いた職員の女性は、ただ黙って、涙を拭いてくれた。何事もなかったかのように、みなの居る場所へ移動し、
「ゆっくり寛いでいてください」
と女性は他の仕事に向かった。
テレビという物を見ていると、なんだか先ほどのことがまるで夢見のような思いもしてきて、いつの間にか寝てしまっていた。
起きた時には、また違う職員が顔をのぞかせていた。
「おはようございます。おやつの時間ですよ」
そう言って、小豆のおやつをくれる。飲む時に説明した通り、食べる時にも彼らに手伝ってもらって食べることもあった。今日のおやつは自らの手でもって食べることが出来た。ただ見守るように、彼らは手を添えて食べ物が落ちないようにしたり、お皿を受け皿代わりにさせたりと、世話を焼かれる。
ちょうど弟を世話する母親の姿を思い出した。
甘い味が口に広がる。嬉しそうに笑う弟のその喜びが自分の中で流れていくようだ。美味しい。美味い。嬉しい。楽しい。懐かしい。あの頃。私の大切な家族。
そうしてまた食べ終わると、そっと涙を拭いてくれて、食器を片付けて、職員は去って行った。
時折声を掛けてくれる女性が居た。その女性も老いていて、私よりは黒い髪の毛が残っている女性だ。
「おはようございます」や「今日もいい天気ね」や「運動してくるね」など話しかけてくれるのだ。残念ながらお菓子はくれないが、優しい笑顔を向けてくれる。声をかけてくれる。だから。私は時折心の中で彼女に声を返す。
「ありがとうございます」「こんにちわ」「運動がんばってね」と。
お互い一緒ににっこりできた日には楽しい日々を感じることができた。母のあの笑顔のような心持だ。晴れた日に、布団に被せるシーツを洗って干してホッとするあの姿。今日も一日やるぞというあの輝き。
とある雨の朝。職員の人は天気頭痛がすると言いながら、起こしに来てくれた。体を起こして、職員の向こうを婿ことができた時、あの少女の姿が見えた。傍ら、少し後ろに男の子が居た。少女よりも背の低い男の子。
にこりと笑っているのに、私は心の中で恐怖を感じた。彼らの姿はいつもよりもぼやけていて、炎の向こう側に居るようで体揺らいでいるようだ。
それでもおはようと声を返す。満足したのか、彼らは姿を消した。
気が付くと、自分は車いすに座っており、ベッドには自分が居た形跡があり、上掛け布団が綺麗にされていた。耳の近くで突然水の勢いよく流れる音が響いた。驚き、そちらの方向を見る。部屋の洗面台で女性職員が手を洗っていた。よくよくベッドを見るとシーツが外されている。
今日はイライラする日だ。
何をやっている。
「もうすぐ終わるから。待っててね」
そういう女性に腹が立った。急に手で頬をたたく音が響いた。一瞬で、目の前にあの日の父と母の姿が思い浮かんだ。と思ったら、直ぐに起きて車いすに座って待っている部屋に戻った。
さきほどのイライラが嫌なものに思えた。少なくとも幼い弟が悲しんでいるようだった。
あの二人の様子を思い出す。そして、一瞬でやめた。怖くなったからだ。
女性の職員も終ったようで、
「お待たせいたしました。さあ、行きましょうか」
と移動して行く。そして、他の職員に告げる言葉は何か聞き取れなかった。
他の職員と一緒にトイレに行って、下のズボンもおむつも交換した。
謝る木に慣れなくて、何故か怒りを職員に向けて訴えていた。
「わかったから、その代わりここつかまっててください」
と言われてつかまる。
「せーの」
と掛け声をして、移動させられる体。
「〇〇さん?」
そうして名前を呼ばれて、目が合うのを確かめると、またどう動いて欲しいのか説明される。その通りにしていくと彼らは
「ありがとう。お疲れ様」
と言って、私を労うのだ。
どう見ても彼らのほつれた髪と天気頭痛と言っていた症状を抱きながら起こったいた彼女の方こそ、向けられるべき言葉だと思うと、やるせない気持ちになった。
鼻息荒く、鼻から息をはく。
「ははははは」とその様子を見ていた男性職員が明るく笑って見せた。
その人物が引き継いで私を移動させる。そして後ろでは彼ら二人がお互いに「ありがとう」や「お疲れ」と労う声が聞こえる。
ご飯を前にすると、先ほどのことは忘れて、夢中で食べた。食べさせてくれる行為がもどかしいくらいにお腹が空いていた。
お湯の流れる音は、自分が居た場所でもこの場所でもココへ来る前に居た家族の家でも同じだと思った。
洗われるのは汚れをきれいにしてもらえることの気持ちよさというものを体験できるので、今では好きになった。
風呂の時間が待ちどうしく思う時すらある。
ひとりでゆっくり浸かることのできるこの時間。手伝ってくれる職員の人はまるで使いのような存在に思える。こちらを気にかけ丁寧に洗ってくれる。身体にクリームも塗ってもらえるのだ。ただ、着替えの時はひと苦労だった。動かしずらい身体を自分でも意識して動かすことに集中する。祭りのように周りと息を合わせる。母も父も近所の大人たちとしていたあの感覚。それを脱ぐときも着る時も行う。
ホッと一息着くとともに、飲み物を飲ませていただける。
みなの居る場所まで移動するといつも居心地の良い場所となっているので、心地が良い。
うららかな日差しの射し込む室内で、テレビの音と職員の声と、老いた者たちの話し声がする。安心できる場所となっていた。
―ジジッ
テレビの方から聞こえる音がする。砂嵐のあの画面。のザーとも違う。
「ははははははは」
「気持ちいいのか眠っちゃったわ」
「少しそっとしておきましょう」
「ええ」
「はははははは」
『ねぇ、忘れないでね』
―ジジッ
『私は・・・・・・私の気持ちは・・・・・・』
―ジジッザー
テレビの砂嵐の音のようなラジオの音のような。何の音だろう。次第にキーンという音も聞こえてきた。
身体に重なるものがスーッと抜けて出ていくようで、それが終ると身体が軽くなったような心地がした。さらにエネルギーが満たされるようで、心の中の荒れた場所も落ち着きが戻ってきた。
枯草色の風呂敷包みを使っていたのは誰だったか。親のような気もするが、親はその包みを受け取っていた。その包みを渡した相手は別の人物。その横に緊張した面持ちの若い子供二人。あれは誰だったか。
面影があの二人に似ている。
あれは・・・・・・。
私が私であるために必要な要素。そして己の中に去来するもの。己の中で起こる反応。アクセスしていた先のサイトだろうかラジオ番組だろうか。アナログ電波で受信していたテレビの番組だろうか。日頃私たちもアクセスしているとするならば。あいまいにとらえてしまった主人公の状態その危うさを音を使って表現してみました。
目の前の現実と向き合って日々一生懸命生きる。行わないで過ごすこともその一つ。
生きていることに感謝しかありません。




