第一章 天眼異変編 第十五話「虚無を閉ざす光」
妖幻郷――雪梅山。
白銀の世界に、異質な“闇”が広がっていた。
「主様……!」
精花 睡蓮の声が震える。
「主様!」
精花 向日葵も、目を見開いたままその存在を見つめていた。
光り輝くはずだった“器”から現れたのは――
「……? あなた達……? あれ? どうして……」
森の精霊――ドリュアス。
だが、その再会の喜びは一瞬で打ち砕かれる。
「っ!」
源 梨花が身構える。
「……森の精霊ドリュアス! ……いや、それより……!」
八咫烏の声が低くなる。
空気が、歪んでいる。
「……まだなにか出てくる!」
梨花の直感が警鐘を鳴らす。
その瞬間――
「はは、ははははははははははは!!」
耳障りな笑い声が、雪山に響き渡った。
「でれた……でれたぞ……!」
黒い霧が渦巻く。
その中心から、巨大な“何か”が姿を現す。
「どうして……あれまで出てくるのです……!」
睡蓮が絶望の色を浮かべる。
「当たり前だ!」
八咫烏が叫ぶ。
「封印を解くとは、そういうことだ!!」
ドリュアスが、険しい表情で前に出る。
「……フェンリルの執念と恨みの塊……」
その名を、はっきりと告げた。
「ガルム・ヘフトニル……!」
現れたそれは、獣の形をしていた。
だが、それは生き物ではない。
怨念。
憎悪。
殺意。
それらすべてが凝縮された存在。
「ははははははははは!!」
ガルム・ヘフトニルは狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「感謝するぞ……! 貴様らのおかげで出られた……!」
赤い瞳がぎらりと光る。
「これで北欧の神々を……この手で殺せる!!」
「させません」
ドリュアスが前へ踏み出した。
「貴様は……!」
ガルムの視線が突き刺さる。
「この俺を封印したやつか……!」
殺意が、爆発する。
「ならば……貴様から殺してやる!!」
「っ……!」
ドリュアスが構えた、その瞬間――
「ズガァアァアアン!!」
轟音。
しかし――
「……!」
その前に、二つの影が飛び出していた。
「主様!!」
精花 睡蓮と向日葵。
二人が、盾となってその一撃を受け止める。
「お前達……!」
ドリュアスの瞳が揺れる。
「……再封印するぞ!!」
八咫烏が叫ぶ。
「はい!!」
梨花が力強く応える。
「……梨花」
八咫烏が低く告げる。
「お前の力ならば……できるはずだ」
「……うん」
梨花は、ゆっくりと前へ進む。
目の前には、暴れ狂う怨念の塊。
恐怖はある。
だが――
それ以上に、守りたいものがあった。
「……行くよ」
手を強く握る。
どくん――
血が脈打つ。
体の奥から、力が溢れ出す。
「血を……霊力に……妖力に……」
その力を収束させる。
そして――
「流れを……閉じる!」
空間が震えた。
暴れ狂っていた“流れ”が、強制的に引き寄せられる。
「なに……!?」
ガルムが吠える。
だが、その動きは止まらない。
「封じる……!」
梨花の力が、“器”へと流れ込む。
壊れかけていた封印が、再び形を取り戻していく。
「ぐ……ぉおおおおおおお!!」
ガルムが暴れる。
空間が歪み、雪が吹き荒れる。
それでも――
「……負けない!」
梨花は一歩も退かない。
その瞳は、ただ真っ直ぐだった。
「戻れ!!」
光が弾ける。
器が、強く輝く。
吸い込まれるように――
ガルム・ヘフトニルの巨体が、光の中へと引きずり込まれていく。
「ぐ……がぁあああああああああ!!」
咆哮が響く。
それでも、止まらない。
「封印……完了!」
その瞬間――
光は、静かに収束した。
静寂。
雪が、静かに降る。
すべてが、終わった。
「……やったのか」
八咫烏が呟く。
「……うん」
梨花はその場にへたり込んだ。
ドリュアスが、ゆっくりと近づく。
そして――
「……ありがとう」
深く頭を下げた。
「本来ならば、私が……自らごと封印するしかなかった」
静かな声。
「だがあなたは、それを越えた」
梨花は少し照れたように笑う。
「……みんながいたから、だよ」
その時。
「……主様」
睡蓮と向日葵が駆け寄る。
「心配をかけました……」
「ごめんなさい……」
二人を見つめ――
ドリュアスは、そっと抱きしめた。
「……もういい」
優しく、強く。
「無事でよかった」
そして振り返る。
「改めて……礼を言う」
「ありがとう、優しき子よ」
その身体が光に包まれる。
精花姉妹とともに――
静かに、その場から消えていった。
雪梅山に、再び静けさが戻る。
異変は終わった。
だが――
これはまだ、始まりに過ぎない。
第一章 天眼異変編 完
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