25 山おじの思い出
「ヨシたすけて!」
ラクが泣き出す。ヨシも泣きたかったが逃げないといけない気持ちが昂り、泣けない。
「お前たち、いい加減にしろよ。面倒ばかりかけるんじゃない!」
カルアはずんずん二人を川に追い詰める。恐怖で幼い二人は足がすくみ、呼吸もできない。
カルアは男に電話をした。
「ああ、見つけたよ。来てよ、うん」
ヨシとラクを見て、カルアは冷笑した。
「ちょっと頭を冷やしな」
カルアはたやすく幼い二人の髪をわしづかみにすると、川の水に二人を沈めた。
河川敷では鈴虫がにぎやかに鳴いていた。
ヨシとラクの親の情報を伝えようとしてカエデがメイサの待っているところに急いで帰ると、メイサが真っ青な顔をして震えていた。
「カエデ!ヨシとラクが、急に消えたの!どうしよう!」
「メイサ、落ち着こう、いい考えを思いつかなくちゃ」
カエデもギュッと目をつむった。こうなったら、深呼吸だ!
カエデは、深呼吸を繰り返した。
すると、功を奏して、ふと考えが浮かんだ。
「ねえ、落ち着いて、メイサ。犬をありったけ、呼んできてくれない?犬たちに、いち早くヨシとラクの居場所を見つけてもらうんだ」
「わかった!」
メイサはアレックスに何かを命じた。アレックスはすっと走り出し、姿を消した。
アレックスが行ってしまうと、メイサは真っ青になってくたくた、と座りこんでしまった。
「メイサ、がんばって。これを飲んで」
メイサはうつろな目でカエデが差し出した薬を見た。
「なに、イタミナイシン?私、どこも痛くないわ」
「心がどうしようもなく痛んでるじゃない。きっと効くよ」
メイサは黒い瞳でジッとカエデを見ていたが、いつもの気の強そうな目でにやっと笑ってイタミナイシンを飲んだ。
「気のせいか、気分がよくなったわ。ありがとう、カエデ」
カエデは、ヨシとラクの家庭を見てきた報告をメイサにした。当然のように、メイサは怒った。
メイサが少し元気が出て、顔色が戻ったころ、アレックスを先頭に、ドラゴン、ボビー、マイク、オニオン、セロリがやってきた。
「みんな来てくれたのね」
メイサは、犬たちの頭をなでた。そして、ヨシとラクを探すよう、命じた。犬たちは、サッと走って消えていった。
窓の外に幼い二人がいなくなって、山おじはまっさきにヨシとラクの母親カルアのことを思い出した。
山おじは、あの女の名前は知らない。
カルアは、夜の店で勤めているとき、カルアミルクが好きな女だったので、あだ名がカルアらしかった。
山おじは、友人の誘いで偶然カルアの勤めている店に行った。
カルアは太っているが、ケラケラよく笑う女で、なぜか男性客からひっきりなしに呼ばれていた。
山おじの友人はカルアをノリで呼んだ。
席にやってくると、カルアはケラケラ笑いながら、とめどなくおしゃべりをした。
「私ね、ふたり子どもがいるんだけど、おばあちゃんと留守番しているから安心なのよ」とか、「今、ダンナ募集中なの。あなたはどお?」とか、笑えない話をして笑い飛ばしていた。
山おじは、商売のため、カルアはこんなことを言っているのだ、と思った。
ある日、カルアは幼い子どもを二人つれて山天キッチンにやってきた。
カルアは、店では見せないしかめつらで、幼い子どもに食べさせていた。当然、山おじがカルアの店に行った客だとは気づいていない。
「食べるの?いらないの?」
きつい言い方で幼い子どもにカルアは言っていた。
山おじが厨房から見ていると、子どもたちは食べるのにあきたのか、立ち上がって飛び跳ねていた。
「もう!いらないなら私が食べるからね!」
カルアはあっという間にテーブルの上の料理をたいらげた。
しかめつらで会計にやってくると、現金を投げるように支払いを済ませて、幼い子ども二人を自転車に乗せて走っていってしまったのだった。
それから間もなく、子どもだけで山天キッチンにやってきた。
子どもは、椅子によじ登るようにテーブルについた。
「やあ、お母さんはあとから来るのかい?」
山おじはにこやかにたずねた。
「来ない」
大きい方の子どもが答えた。
「すごいね、子どもだけでおつかい?おじさんは、何を作ればいいかな?」
ヨシは、カバンをごそごそ探り、ビニール袋を取りだした。中に、小銭が入っているのが見えた。
「なんでもいい。金はある」
ヨシは、全財産を山おじに渡した。
一円玉、五円玉、十円玉しかなかった。全部合わせても百円未満だった。
「そうかあ、これだけだと、ちょっと難しいなあ」
「お腹空いた」
ラクが言った。
「おれもお腹空いた。ここしか、ごはんあるところ、知らないんだ」
山おじは、ふと嫌な予感がした。
子どもはよく動くから細いが、それにしても二人とも細すぎる。
「朝ごはんは、何食べた?」
山おじの質問に、ヨシとラクは首をかしげた。
「昨日の夜ごはんは、何食べた?」
ヨシとラクは首をかしげる。
「何を食べたかわからないような、ごちそうを食べたのかな?」
ヨシとラクは首をかしげる。
「肉だった?魚だった?」
「食べてないよ」
ラクが答えた。
「あっちの店、こっちの店、お金を見せたのに、ごはんはないって言うんだ」
ヨシが言った。
先にお金を見せなくてもいいのに。食べてから見せればいいのに。
山おじは、子どもが世間知らずであることを悟った。
二人の顔は子どもらしい表情ではなかった。ごはんを食べるために、子どもなりに必死にウソを言っているのだろうと思った。
山おじは、腹を決めた。
食い逃げかもしれない。
もしも、本当に何も食べていないとしたら、この子らの命は明日にはないのかもしれない。
山おじは、子ども用の山盛りからあげ定食を作った。
ヨシとラクは、動物が獲物を食べるような顔をして食べた。
箸だって、握りしめている。唇も開けて、くちゃくちゃと咀嚼している。皿を盆に置いたまま、口を皿にひっつけて食いついていた。
山おじは、確信した。
「ミヨコ」
山おじは妻のミヨコに言った。
「こいつらが食べ終わったら、風呂に入れて布団で寝かせてやれ。余ってる布団はあるだろ。お前はこいつらと一緒に上がれ」
ミヨコは一瞬驚いた表情をしたが、黙ってうなずいた。




