23 山おじ、そして母親
カエデが気づくと、住宅街の一角、行列のできている店の前に立っていた。
店は雑居ビルの一階にある洋風の大きな窓がある店だ。窓から、店内でたくさんのお客さんが食事を楽しんでいるのが見える。
ヨシとラクは、「きゃあ!」と歓声を上げて、行列の横を通って、店の中に入っていく。
狭い店内の、カウンターに座っているお客さんたちの椅子の後ろをすり抜けていく。
「ヨシ、ラク」
カエデとメイサはちょっと戸惑ったが、大きなアレックスは店の前に待たせて、ヨシとラクの後ろに続いて店の奥に入っていった。
店の狭いカウンターの中で、大柄の中年男性が手際よく料理を作り、小柄な中年女性がにこやかに料理を配膳している。
「どう、食べれる?からあげ、もう一つ、おまけするよ」
男性がお客さんに笑顔でたずねる。
「食べれます、ありがとうございます」
「いいね!」
女性がカウンターの中でグッドと、親指を立てて見せる。
「お客さん、おかわりあるよ」
別の客にも勧める。
「おかわりっすか、ありがたいっす」
男性客は、山盛りのからあげと大盛の白ごはんを前に、笑っている。
「どんどん食べてよ!」
男性も女性も笑っている。お客さんも、うれしそう。
「山おじ!」
ヨシが男性に向かってうれしそうに声をかける。
「ミヨコちゃん!」
ラクが女性に抱きつく。山おじは、当然、ヨシ、ラクに気づいていない。ミヨコもヨシ、ラクに気づいていない。
気づかれなくても、ヨシとラクは楽しそうに狭い店内をウロウロした。
「いつも、こうしているの?」
メイサがヨシとラクにたずねた。
「うん!店が落ちつくまで、遊んでいるんだ!」
ヨシとラクは、今まで見た中で一番いきいきとした表情をしている。
「この人たちが、ヨシとラクのお父さんとお母さんなの?」
カエデがたずねると、ヨシとラクはビクっと体を震わせた。
今まで元気にしゃべって、跳ねていたのに、急にぴたり、と動きを止め、二人で肩を寄せあって、怯えたような表情になった。
カエデはそれを見て、驚き、後悔した。メイサも、眉をひそめてカエデをにらんでいる。
「なんでもない、なんでもない」
カエデは慌てて、言い訳をする。
「ね、ヨシ、ラク、この店で一番好きなメニューは何?」
メイサは話題を変えた。
「メニュー?」
ヨシが不安そうな表情でつぶやく。
カエデがざっとカウンター席のお客さんたちが食べているものを見回す。
「唐揚げ、ハンバーグ、オムライス、カレーライス……。どれが好き?」
「えっとねー」
「ハンバーグ!」
「唐揚げ!」
「オムライス!」
ヨシとラクは、次々に答える。カエデはあはは、と笑った。
「全部、好きなんだね?」
「そう!」
ヨシとラクは、声をそろえた。メイサは、二人の頭をなでながら、うふふ、と笑った。
「メイサ、」
カエデは、メイサにそっと伝えた。
「僕、ヨシたちの両親を調べてくるよ。アレックスを連れて行ってもいい?」
「いいわ」
メイサは店の外でおとなしく待っているアレックスに、ヨシとラクの両親のところへカエデを連れていくよう、言った。
アレックスは、真剣なまなざしでメイサをジッと見ている。
「カエデ乗って。ゴー!」
カエデがアレックスの背中に乗ると、すぐにアレックスは走り始めた。
ヨシとラクの親は遠くない場所にいた。かなり古びたアパートに、アレックスは到着した。
アレックスについてカエデが行くと、ある部屋の中で、男女の睦まじい声が聞こえてきた。
一瞬、カエデは嫌―な気持ちになった。
出て行こうかと思ったが、カエデにとって、男女の睦は、幼い頃から店で見慣れていた。
店の女性たちは、客の男性にうまくとりつくろい、愛されているように見せかけ、うまくリピーターになってもらっていた。
そういう目で見ると、この女も男に金を無心するために睦んでいるようにも見えた。
「ねえ、これがヨシとラクの両親なの?」
アレックスにたずねる。アレックスは、女のところへ行き、鼻をつけた。
「女性だけってこと?」
アレックスは尻尾を振った。やっぱり、男性は間男らしい。
突然、玄関の扉をノックする音が聞こえた。男女は、不満の声をもらす。女が玄関に向かい、少しだけ扉を開ける。
「児童相談所です」
女性の声がした。
「少しだけ、うかがわせてください」
男性の声がした。
「ヨシちゃん、ラクちゃんは、お元気ですか。何か困ったことはありませんか」
「何も困っていません」
女が不服そうに答える。
「ヨシちゃんと、ラクちゃん、お会いしてもよろしいですか」
「今、寝ているんで」
「そうですか、寝顔だけでも、そっと見させていただいてもよろしいですか」
「部屋がぐちゃぐちゃなんで」
「お部屋が乱れているのですか。お片付け、手伝いましょうか」
「いらないです。帰ってください」
「奥さん、僕たち、どうしてもヨシちゃんとラクちゃんの顔を見ないと帰れないんです。
前回、奥さんの言う通りにして、ヨシちゃんとラクちゃんが大けがをしてしまう事態になってしまい、大変申し訳ありませんでした。
そうならないために、僕たち、ヨシちゃんとラクちゃんに会いたいのです!」
「うるさいね!」
女が怒りをぶつけた。
「あら、奥さんたちが、ラクちゃんを投げてヨシちゃんにぶつけ、大けがにつながったことを、認めるのですか?」
女性が言うと、女は黙った。
「……今、いないのです」
「どこの病院に転院させたのですか!我々から逃れようとも、ヨシちゃんとラクちゃんの身の安全を僕たちは知りたいのです!」
「あんたに関係ないでしょ!」
「奥さん、勝手に転院させたことは、知っているのですよ。どこに転院したのですか!」
問答が続いている。
「うるせえなあ!帰れったら、帰れってんだ!」
男が玄関に出てきた。
「あなたは?お名前は?」
男性職員がつめよる。
「帰れ!」
男は薄っぺらの扉を力任せに閉めた。
児童相談所の職員は、吹き飛ばされるように扉の外に放り出された。それでも、しばらく家のまわりをウロウロ歩いていたが、帰らざるを得ない様子だった。
カエデは怒りのあまり、全身をブルブル震わせていた。
「お前たちが、ヨシとラクを死ぬような目にあわせたのか!」
ノボルがヨシとラクの心配ばかりしていた。カエデは深入りしないようにしよう、と思っていた。
しかし、見てしまった以上、絶対に許せなかった。
「絶対、ヨシとラクは僕が助ける!」
カエデはメイサのところへ報告するために、アレックスに乗って急いだ。




