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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
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第五十六話 ミシェーラ様とお菓子好きのパー様

「デニスは完璧すぎてつまんない」


白のレースのテーブルクロスがかかったテーブル越し。

俺の向かいに座ったミシェーラちゃんが憎まれ口を叩きながらも口元を緩くカーブさせ、ご機嫌にティーカップを傾ける。

結果から言うと俺たちの一夜漬けのおもてなしへの努力は及第点をもらえた。

ロンドン式にミシェーラちゃんから挨拶を受けたシリル君はデビュタントの令嬢か?!ってくらい挙動不審だったが、「初々しくていい、あと程よい筋肉が加点ポイント」と言われていた。

…ミシェーラちゃんの筋肉フェチもなんか久々な感じだな。最近シリアス続きだったもんな。


「デニスは私の目付け役(シャペロン)として随分連れ回したから慣れちゃったのか。おかげで何人の御令嬢が泣かされたことか」


シリルくんが「シャペロンって何」と耳打ちしてきた。


「高い身分の未婚フィメルが公の場所に行くときは親兄弟とかがボディガード代わりにつけられるんだよ…」


シャペロンは俺らからすると貴族の常識である。

「初めて聞きました」って顔のシリル君は王侯貴族の頂点に立つ国王のはずなんだが…今は置いておこう。

生まれた時から予知夢を見ることができたミシェーラちゃんと騎士団長の息子だった俺の付き合いは結構長い。

ミシェーラちゃんは豪商の娘だからミドルクラスの生まれなんだけど、予知夢の能力のおかげで扱いは王族とかわりがなかった。しかも見た目も西洋画の天使かってくらいに可愛いもんだからミシェーラちゃんに何かあっては大変だと、どこへ行くにも俺とか兄さんたちがボディーガード兼エスコート役としてつけられていたのだ。

特に王宮は年齢ごとで遊び部屋が分けられたりするから俺が一番ミシェーラちゃんのそばにいることが多かったんだよな。美少女の幼馴染ずるいって周りからすげえ妬まれたぜ。


それにしてもさっきから好き勝手言ってくれるもんだ。俺は令嬢を…確かに泣かせたこともなくはないが、俺の周りではミシェーラちゃんの視界に入りたいって泣いてるやつばっかだったんだけどな。


「ーーー人聞きが悪いなあ?社交界の評判で言ったらミシェーラちゃんも俺と似たようなもんでしょ」


「まあ、失礼ね。私は王族入りが確実だったから高嶺の花だったし、デニスと違って『初恋泥棒』なんて素敵なあだ名もついてませーん」


「いや、あれは仕事がほとんどだし…」


「言い訳はよくないわ。結構ノリノリでやってたじゃない」


テンポよく会話しながらも、全ての仕草がローマの休日の撮影現場かってくらい洗練されているのはさすがだ。相変わらず存在するだけで場を華やがせるこの幼馴染にシリル君はやや圧倒されている。今メイドが差し出したお茶のおかわりは五杯目だと思う。

しゃべる代わりに飲んでるのかもしれないけど、トイレ行きたいとか言い出すなよ?


「まあデニスが元気そうで良かったわ」


ミシェーラちゃんが笑った。パーシヴァル様は着席してから今までずっとスイーツの皿に釘付けだった視線を一瞬上げて「ミシェが一番元気じゃねえよ」と会話に参加してきた。

ミシェーラちゃんは旦那には弱いらしい。

むすっとした顔で黙り込んだ。


仲良く視線を戦わせている二人を微笑ましく思いつつ、改めてミシェーラちゃんを観察してみる。

久々に会ったが、頬のあたりが少しやつれただろうか。

予知夢でジョシュア様の死を予言していたし、調子がすぐれなかったとも聞いている。こうして他国に出向けるようになったのだから回復はしてるんだろうけど。

再び黙々とトライフルにフォークを突き刺す作業に戻ったパーシヴァル様をミシェーラちゃんが呆れ顔で見ている。


「パー様、何しに来たんですか?今のところ食べてるだけじゃないですか」


パーシヴァル様は今日もマイペースで、ミシェーラちゃんの小言も知らんぷりである。

カスタードクリームをはみ出させてながらも幸せそうにほおをもぐつかせている。色々と話を聞きたいところだが、後にした方がよさそうだ。結婚してもパーシヴァル様のスイーツ好きは変わらないんだな。


ーーーブーン


ウェイティングルームの入り口の魔法陣が訪問者を知らせた。

俺は右手を振って入室許可を出す。


壁が消えるやいなや、二人の子供が転がり込んできた。

ミシェーラちゃんが突然の訪問者に驚いたように固まった。

静々と歩くニーヴとミニカーのように一直線に突っ込んでくるリアが対照的で面白い。

俺はニアを浮遊魔法で捕まえて隣に座らせた。ニーヴは右隣に置かれた一人がけのソファに黙って座った。

ニアは俺の浮遊魔法から逃れようと体をくねらせていたのだがーーーミシェーラちゃんに気づくと「うわ、すげえ綺麗な人いんじゃん!」と叫んだ。


「ローゼシエ、誰この人?友だち?兄弟?」


「兄様失礼ですよ…ローゼシエ、この方が例の?」


二人揃って話し出すので「一旦落ち着け」と手で合図する。

ミシェーラちゃんもようやく驚きから戻ってきたようだった。苦笑いしながら「噂には聞いてたけど、本当に双子なのね」とティーカップを置いた。

そしてニーヴを見て、口を開け閉めしている。

ミシェーラちゃんは何かを言いいかけーーーやっぱりやめたのか、口を閉じた。


「ニーヴがどうかした?」


俺の問いにミシェーラちゃんは首を振った。

しかし、パーシヴァル様がフォークを置いて、言った。


「マジでライラとデニスの魔力が混じってんのな。ーーーよかったな、デニス。婚姻は無理だったけど子供はできたぞ」


紅茶を口に含んでいたのがいけなかった。

パーシヴァル様がとんでもないこと言うから!びっくりして変なとこに入ったじゃねえか!


むせ始めた俺を見てリアが「大丈夫か?」と顔を覗き込んできた。


ようやく息を落ち着かせーーーパーシヴァル様を睨んでしまった俺は悪くないと思う。


「…人命救助ですよ!黒竜から事情は聞いたでしょう?!」


食ってかかった俺をミシェーラちゃんがニヤニヤと見ている。

パーシヴァル様はといえば「聞いたけど『デニスとの子供』って言ってたぞ」と真顔で言ってくる。


………。

そういえば、あいつ悪ノリ大好きだったなああ!


頭を抱えた俺をみて何を思ったのか、ニーヴが「お父様をいじめないでください」と俺たちの会話に入ってきた。

…逆効果だったけど。


「お、お父様ですって!ーーー念願叶ったわねデニス!」

「お前の趣味か?ライラの趣味か?幼女になんて教育してんだよお前ら」


ニーヴが困ったような顔でこっちを見てきた。

うんうんわかるよ。この人たち何言ってもからかいに変えてくるからね!


むっすりと黙り込んだ俺をひとしきりからかい尽くしてきた極悪夫婦。

リアが「お腹減った」と指を加えだしたあたりでようやく笑うのをやめた。

「そろそろ本題に入りましょうか」とミシェーラちゃんがリアの方へと自分のケーキを差し出しながら言った。


「お姉さんこれくれるの?」


リアが目を輝かせながら両手を差し出し、ケーキ皿を受け取った。

その皿をパーシヴァル様の視線が追いかけていて、ミシェーラちゃんがノールックで腿を叩いてた。「こら」っていう副音声が聞こえた気がしたね。

…パーシヴァル様、リアに張り合うなよ。嫁のケーキを奪う気だったのバレバレだぞ!


フォークを投げ出して手掴みで食べようとしたリアの右手にフォークを戻しながら俺は「実はさ」と切り出した。


「ニーヴがミシェーラちゃんにサークルストーンを頼みたいって。…まあ、俺のサークルストーンが《《たまたま》》割れたのが原因なんだけど」


ミシェーラちゃんとパーシヴァル様がほぼ同時に眉を寄せた。


「私に頼んでくるってことはーーーまさか、カナリーイエローのあれが割れたの?!デニスがうっかり宝飾品を壊すなんてあると思えないのだけど何があったの?」


ミシェーラちゃんの言葉にパーシヴァル様もうなずいている。

俺はチラリとリアを見た。

…たまたまじゃなくてこいつの幸運魔法が原因なんだけど、わざわざ蒸し返すのもな。


「いや、まあ色々あって…」


放っておくとフォークを置いてしまうリアの右手の上から自分の手を重ねてフォークを握らせながら口を動かしていれば、ニーヴが「ここからは私が直接」と話を引き取った。


「色々ありまして、アンチタイプの幸運魔法が発動、命の恩人であるローゼシエの宝物を壊してしまったのです。ーーーミシェーラ様、魔石を用意するのでカッティングやジュエリー化をお願いできませんか?」


ミシェーラちゃんは「もちろんいいわよ」とうなずいたがーーーすぐに表情に影が落ちた。


「あのカナリーイエローのストーンはトルコ王族の知り合いから譲ってもらったもので、数百年に一個出るか出ないかって言われてるのよね」


遠回しに探すのは無理かもしれないとミシェーラちゃんは言いたいのだろう。

しかし、ニーヴは「望みはあります」と言い切った。

なんでもーーー


「運に関してはリア兄様は最強のはずなので。算出された時に手に入れられるように手は尽くしますけど」


幸運を司る黄色竜の片割れの言葉にミシェーラちゃんは大きな瞳を見開いていた。パーシヴァル様が「幸運ねえ」と顎を撫でている。


「…そのアンチ幸運魔法とやらは、うちの黒竜には関係ないの?」


パーシヴァル様は俺を見て言った。

関係ないかって聞かれたらこう答えるしかない。


「関係あるだろうな。ーーー何も起きてないの?」


二人は揃って首を横に振った。

ニーヴが何かを思い出すように眉間に手を当てている。


「ーーーまずいわ、先代の記憶によれば、発動から時間が空くほど効果が大きいみたい」


部屋の空気が重くなった。

…そうじゃなくても不穏なブリテンに何が起きるのか。


「術者も発動時期も結果もわかんないって変な魔法だな」


パーシヴァル様が呟いた。ミシェーラちゃんは何かを考え込むようにしていたがーーー


「幸運魔法に関係あるかわからないけど、最近また予知夢をみたの」


と目線を下げて言った。

パーシヴァル様がそっとミシェーラちゃんの手の甲を叩いた。

羽が触れるように優しいその動きを見てミシェーラちゃんの空気が僅かに和らぐ。


俺は黙ってミシェーラちゃんの言葉の続きを待った。

ミシェーラちゃんは頬にかかっていたピンキッシュオレンジの髪を鬱陶しそうに振り払って、一つため息をついた。


「今までなかったことが起こったの。ジョシュア様の未来は決まってたのにーーー約五ヶ月後の死が決まってたのに、一昨日くらいに予知夢の中を灰色の霧が覆い尽くしたの。びっくりして夢の中を走って行ったら、遠くにぼんやりと火が見えたわ。そこで目が覚めたの。あんなに決定的だった未来が、不確定になったみたいで…」


一昨日。

炎。


…ミシェーラちゃんの言葉が頭の中をぐるぐると回った。

一昨日って俺が邪竜様に会ったころではないだろうか。俺が「ジョシュア様を殺すな」って言ったから未来が変わりかけてるのだろうか。


何も言わない俺をパーシヴァル様が物言いたげにみてる。

ーーー聡いひとだ。俺が関係してるとわかってて、プロイセンまで乗り込んできたのだろう。分刻みのスケジュールをこなしてるって聞いてるのに。


パーシヴァル様の視線から逃げるように俺は俯いた。

パーシヴァル様はそれだけで何かを察したようだった。

短く息をつきーーー考える人のポーズになって、言った。


「…大体の事情は読めたと思う。俺にさえ言えないっていうのもヒントになるしな。ーーーデニス、いや、赤竜様」


パーシヴァル様が立ち上がった気配がして、俺は気が進まなかったけど顔を上げた。

そしてびっくりしてソファから腰を浮かした。

だって、あのパーシヴァル様が膝をついていたーーー片膝をつき、俺に首筋を晒して、最敬礼の仕草をしていたのだ。

慌ててパーシヴァル様を立ち上がらせようと腕を掴んだがーーーみたこともないほどに揺れた赤い瞳を間近でみてしまい、俺は言葉を飲み込んだ。


いつも飄々としていて、マイペースで自分を崩さないパーシヴァル様が。

あのパーシヴァル様が動揺していた。

魔素の揺れる瞳に浮かんでいた感情は、間違いなく恐怖だった。


「追い出した赤竜様に頼むのは間違ってるってジョシュアは言った。でも俺は怖い。怖いし自分勝手だからお前に頼みに来た。ごめんな。赤竜様くらいにしか頼めないんだよ。だって相手は邪竜様だった言うじゃん。俺なんかじゃ…ジョシュアでさえも叶わない相手にどうしろって言うんだよ。最近のジョシュアは俺に執務の引き継ぎをするんだけどさ。俺に向かっていつもみたいに何考えてるかわかんない顔で自分がいなくなった後の話をするんだ。信じられるか?『お前ならなんの心配もない。私より良い王様になるだろう』なんて言うんだぜ?心配がないって本気で言ってんのかな。俺は王様なんてキャラじゃねえんだよ。あいつはいつだって最強で、どんなに憎くても俺たちの王でーーーあいつがいなくなったブリテンなんて俺には想像すらできないんだ」


つかんでいた俺の手の上に、パーシヴァル様が手袋越しに右手を重ねてきた。

ーーーマスキラにしては華奢なその手は、微かに震えていた。


「俺はずるいから言うよ。あいつらきっと言わないだろうから。ーーーあいつらはデニスを追い出したくなんてなかった。でも、赤竜にしようとしてた。なんでかわかるか?お前に対等になって欲しかったんだって。ーーー黒竜の儀で助けてもらったのに、自分だけ役割がなかったって落ち込んでるデニスに、光を当てたかったんだって…こんなに早くその時が来るとは思ってなかったみたいだけどさ、しょうがねえよ。始祖竜の覚醒時期なんて誰にもわかんねえし、そもそも青竜様が気狂いなのが原因だったし。ーーーごめんな、何言ってるかわかんねえよな。でも、お願いだよ、あいつらすげえ不器用だけどさ、お前があいつらを大事に思ってるのと同じようにあいつらもお前のために赤竜になるように仕向けたんだ。ーーー助けてやってくれねえかな。もう、他に頼れるやついねえんだよ」


王弟殿下なのに、ブリテン王国で二番目に尊い王族なのに、パーシヴァル様は何度も俺に「ごめんな」と言った。

俺は黙って首を振った。

謝られなくてもーーーそんな苦しそうそうにしなくても、わかってたから。


「…パーシヴァル様、あなたに床は似合わないです。立ってください」


俺はパーシヴァル様を引っ張って立たせた。

パーシヴァル様の瞳はいまだに揺れていた。

怖いのだろう。

そりゃあそうだ。

あのジョシュア様が死ぬなんて誰も思わない。

しかもパーシヴァル様は後を引き継げと張本人に言われているのだ。

…タチの悪い遺言にしか聞こえないだろう。


俺はひとまずパーシヴァル様をソファに座らせた。

震え続けている両手を、包み込むようにして握った。


パーシヴァル様が顔を上げたので、俺はできるだけ優しい笑みを浮かべるようにしながらゆっくりと口を開く。


「俺は何も言えません。ーーーでも、考えてみて。この俺があいつが悲しむってわかってて何もしないと思いますか?…もう俺は無力じゃない。世界で最強の魔力を有した赤竜ですよ」


言っちゃってから、ちょっとしまったなって思った。

だって、邪竜様に次いつ会えるかもわかんないし。あいつ何考えてんのかも全然わかんないし。ジョシュア様を本当に助けられるかぶっちゃけ賭けだし。


…でも、ジョシュア様の死を選択肢にあげやがった犯人はわかってるからな。

どうにかしてやる。何を引き換えにしても。


「…ニーヴのために来てくれてありがとうございました。パーシヴァル様、大丈夫、俺はわかってます。何年あのおバカ夫婦のそばで側近やったと思ってんすか」


パーシヴァル様は顔を一瞬歪めて、俯いた。

小さく鼻を鳴らしーーー再び顔を上げた時には、いつもの食えない王弟殿下に戻ってた。


俺の手を鬱陶しそうに振り払いーーープイッと拗ねたように顔を背けた。

行き場の失った手をそっと戻す俺。

そのとき、俺たちのやりとりを静かに見守ってたミシェーラちゃんが手に持っていたものを差し出してきた。


ミシェーラちゃんが抱えていたのは黒猫だった。

…すげえ見覚えのある、あの黒猫だ。


意味がわからずミシェーラちゃんを見れば、「ライラからデニスに」と猫を押し付けてくる。

ふわふわとした毛並みの感触に固まっていれば、ミシェーラちゃんが猫の両脇に入れていた手を離した。

重力で落ちようとする猫を反射でキャッチした俺に向かってミシェーラちゃんは人差し指を突きつけてきた。


え、何…?


「ライラから伝言。ーーー『この猫に魔力を込めれば、意識だけブリテンに来れる』って」


それはーーつまり。

息をつめた俺。

ミシェーラちゃんはピストルのように指を作りーーー俺を撃ち抜くような仕草をした後で、「立場が逆転ね」と白い歯をいたずらっぽく見せて笑った。


「デニスが追いかける側だったのに、今となってはライラがあなたをどうしても欲してるってこと。…プロイセンから出れないならせめてそばで見てて欲しいって」


困惑しながら、俺は抱えている猫をみた。

すべすべの毛並みの、月みたいな瞳をした猫だ。

…これに魔力を込めると、本当にブリテンへ行けるのか?


俺は猫の背中を撫でながらーーーシリル君の方を見てしまった。

嫌な顔をしないでほしい。というかなんで全然喋んないの?

近寄っていけば逃げようとするシリル君。

歩幅を広げて通せんぼする。


シリル君は短く舌打ちして「何?」と不機嫌そうに眉を寄せた。


俺はシリル君の赤い瞳を覗き込みーーーその瞳に、不安の色がないことをちゃんと確かめてから言った。


「シリル君、ジョシュア様の身に何かが起きたら、ブリテンに行ってもいい?」


シリル君はフンっと鼻を鳴らした。

俺は怒ってるのかなって思った。

いっつも「プロイセンにいる」って言いながらフラフラしてる自覚はある。

でも口を開きーーーいつもの聞き取りにくい早口で告げられた言葉は、俺の思ってたような内容じゃなかった。


「俺はいつも言ってる。お前が戻ってきてくれるならどこへ行ってもいい。それにーーー」


シリル君は何かを言いかけ、言葉を飲み込むように口をつぐんでしまった。

すげえ気になる。言いかけてやめんのはなしだろ。


背中の方から「シリル〜ツンデレキャラは似合わねえぞ〜」という余計なヤジが飛んだ。「そうですね、全然似合わない、むしろちょっとイライラする」と同意したのはミシェーラちゃんだよね?声変わり前のソプラノの声で、なんだかとってもニーヴっぽかったのは気のせいだよね?!


シリル君は凶悪レベルの不機嫌顔になり俺の後ろに座っている面々を睨んでいる。俺は猫を片手で抱え直し、そっと眉間の深すぎるしわに人差し指を押し込んだ。


シリル君が噛みつきそうな勢いで手を叩こうとしてきたので、慌てて引っ込める。残念ながら眉間の皺は消えなかった。…いつかそういう顔になっちゃうぞ?


「あいつらおちょくりやがってこのやろう。ニーヴ、マジで中身ライラじゃねえだろうな?さっきのそっくりすぎて聞き間違えかと思ったし。…デニス!じゃなかった、ローゼシエ!」


シリル君に名前を叫ばれる。

はい、なんでしょう、とおりこうに首を傾げてみる。


「ん゛ん!急に末っ子っぽさだしてくんな!たまにかわいいなちくしょう…」


シリル君ほんとに俺の顔好きだなあとのんびり考えながら話の続きを待つ。


シリル君が怒りながら俺を褒めちぎるのはいつものことなので、静かにしていたのだが、またもや背中越しから「きもいぞ〜残酷王のキャラぶれちゃってんぞ〜」と余計なヤジが飛ぶ。

パーシヴァル様に向けたシリル君視線の冷たさもの舌打ちもキレッキレだ!

パーシヴァル様はこれ以上煽んないであげて!


「ーーーっち。お前が心配しなくても、ちょっとは信頼してる。…ニーヴがいれば、お前は戻ってくんだろ」


シリル君の言葉で視線がニーヴへと集まる。

ニーヴは無表情のまま「なんでしょう?」などと首を傾げていた。膝の上には双子の兄の頭が乗っている。…リアは食べるだけ食べて眠くなったんだな。


ーーーまあでもよかった。名付けを頼んだのは正解だったかな。


その時だった。

春のひだまりのように和やかだった部屋の空気を一閃するように、悪魔の断末魔のような異音が突然鳴響いた。


パーシヴァル様が慌てたように上着の内ポケットに手を差し込んだ。

取り出されたのは魔力通話。

さらに一段階異音が大きくなる。

発生源はパーシヴァル様の魔力通話だったようだ。


「ーーークッソ、よりによって今かよ」


パーシヴァル様が画面を数回タップした。

聞いているだけで寿命が縮まりそうな音が止まる。

貯めていた息を吐き出していれば、パーシヴァル様が無言で立ち上がった。

魔力通話を胸ポケットに乱雑に差し込むと、隣に座っていたミシェーラちゃんの腕を掴んだ。

乱暴な仕草にミシェーラちゃんの顔が歪む。

しかしパーシヴァル様は気づいていない。

瞳を閉じて魔力を練っていた。…気配的に転移魔法か。


珍しい光景だった。

パーシヴァル様が焦っていた。

そんな彼の腕をミシェーラちゃんが素早く叩いた。


集中を阻害されて鬱陶しそうに瞳を開いたパーシヴァル様。

それでも一切ひるむことなく、ミシェーラちゃんは毅然として言い放った。


「説明してください。あと、デニスを連れて行ってほうがいいのでは?」


パーシヴァル様が集めていた魔素が弾けるように発散した。

苛立ちを引っ込めたパーシヴァル様が小さく息を吸って、吐いた。

ミシェーラちゃんがほっとしたようにこっちを見た。

ウインクされる。


…この緊急事態でも動じてないどころかパーシヴァル様を鎮めて見せるあたり、やっぱ俺のブリテン人形かってくらいかわいい見た目のお酒馴染みは誰より強くてかっこいい。


パーシヴァル様は「悪い」と短くいってミシェーラちゃんの腕を離した。

ミシェーラちゃんは聞こえないふりをしていた。謝罪には及ばないということらしい。

パーシヴァル様はこめかみに手を当てつつ、苦々しく言葉を述べた。


「ーーー噂をすればってやつだ。アンチ幸運魔法が発動したらしい。さっきの音はライラでも対処できないような事態が発生したときにだけ鳴る非常用アラートだ。送られてきたテキストによれば、魔法士団の訓練中、デカイ魔力の暴発弾がライラとジョシュアの貼った防御シールドに偶然当たって、壊れるはずのないそれに運悪く亀裂が入って、何故かたまたまいた暗殺集団がプライベートエリアに潜り込んできたらしい。ーーーやべえな、アンチ幸運魔法ってやつわ」


パーシヴァル様は一息で言い切ると、再び転移のための魔素を集め始めた。

俺はシリル君の方を見た。

シリル君は早くいけとでも言うように手を平ひらさせてきた。

俺は感謝の意味を込めて一つ頷きを返す。


抱えていた猫を目の前に持ち上げる。

…魔力を込めるだけで、こいつの中に入れるのか。


ーーーでもなあ、魔力か。こいつに魔力を込めるのか…。


もだもだしていたら、苛立った様子のパーシヴァル様に猫をひったくられそうになった。慌てて魔力をだしてしまいーーーそのまま黒猫に吸収される。


俺は内心絶叫してた。

意識が猫の中に溶け込んでいく不思議な感覚を味わいながら、めちゃくちゃ身悶えてた。

だって、そうだろ?

こんなの平然としてられるわけない。

この猫彼女のしもべ魔獣なんだよ。

意味わかるか?彼女の魔力でできてるんだよ!


…なんでこの短期間で、何度も何度も魔力を混ぜないといけねえんだよ!

心臓何個あっても足りねえよ!

ごほうび…じゃなくて何の拷問だよ!俺なんかした?!ねえ!!


ーーーなんてパニクってたら、パーシヴァル様は転移を完了させていたらしい。

俺は、数ヶ月ぶりに、懐かしいブリテン王宮の中心に来たのだった。


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