第五十五話 魔法をかける
リアはものすごい大食いだった。
備蓄してあった部屋いっぱいの金色魔石を食べ尽くしてもまだお腹空いたと泣き喚いている。
「リア、泣かないで。こんなに食べたの久しぶりでしょう?お腹いっぱいに食べなくてもいいじゃない」
ニーヴが必死に宥めている。
ちなみにニーヴは人間に近いのか普通の食事で食欲が満たされるらしい。
俺は二人が食事する間、何もせずに壁際に寄りかかってきた。
シリル君の「お前も食えよ」と言わんばかりの視線は気づかないふりをした。
…だって、リアのための魔石が足りないのなんて予想ついたし。
俺の飢餓感なんて今更だし?
リアは散々泣き喚いた後でーーーニーヴを乱暴に振り払い、俺の方へ飛んできた。
ニーヴの体が吹っ飛んでいって、俺とシリル君は血相を変えたのだが、意外にもニーヴは空中で一回転し、壁を蹴って着地してた。
…すげえ飛ばされ慣れてるな?
浮遊魔法で胸元へタックルしてきたリラを受け止めて、俺は説教しようと口を開いた。
…その前に、なぜかリラが俺のサークルストーンにかじりついたもんだからびっくりして固まったんだけどな。
「お腹すいた!これ美味しそう!頂戴!」
目からも鼻からも水を垂らして泣いているリラ。
カナリーイエローのサークルストーンに歯を立てながら「お腹空いたよお」とすすり泣いている。
…流石にこの石はあげたくないなあ。
俺が何も答えないでいると、さらにリラが暴れ出しーーー
俺がもうあげちゃおっかな、と思い出したあたりで鬼の形相をしたシリル君がリラの首根っこを捕まえて俺から引き剥がした。
「わがまま言うんじゃねえこのクソガキが!…その石はローゼシエの大切な魔石だ!お前の食欲と一緒にすんな!」
大人に怒鳴られて怖かったのか、リアが縮こまりーーーさらに激しく泣き出した。
ニーヴもそばにきて、リアを宥めている。
「兄様、赤竜様を困らせてはいけません」
しかし、ニーヴの言葉は逆効果だったらしい。
リアが悔しそうに「リアはここに来てから赤竜様ばっかだ!」と地団駄を踏んでいる。
怒るシリル君に泣き止まないリラ。
俺はリアの拳がニーヴに当たりそうだなって思って、腰をかがめたんだ。
その時だった。
金色魔力の匂いがした。
ーーーシャラン。
ツリーチャイムのような涼やかな音がして、金色魔力が弾けた。
そして、偶然にもリアの拳が俺の胸元…ちょうど、サークルストーンに直撃し、俺のサークルストーンが木っ端微塵に打ち砕かれた。
ーーーシン。
室内に沈黙が落ちた。
あれほど泣き喚いていたリアも血相を変えて砕け散ったサークルストーンを見ている。
「…幸運魔法」
ニーヴが苦しそうに呟いた。
シリル君がハッとしたようにリアを見た。
リアは真っ白な顔色で唇を震わせていた。
「ボ、ボクはそんなつもりじゃ、壊すつもりなんてなかったーーー」
リアの掠れるような悲鳴に対し、ニーヴが冷たい声で言った。
「…兄様、謝りましょう。先日の幸運魔法がーーーローゼシエの大切な魔石を砕いたのです」
リアは真っ青になって震えていた。
俺が手を伸ばせば、怯えたように体をすくませた。
…殴られるとでも思ったのかな?
俺は、黙ってリアの拳を手に取った。
握りしめられていた拳を、一本一本開いて、小さな手の平に魔石が刺さっていないか確認する。
ーーーリラは無傷だった。黄色竜なだけあって頑丈なのかもしれない。
俺は心から安堵して…俺の目元緩んでんだろうなあと思いながら、いまだに震えているリラをそっと抱きしめた。
「お腹いっぱいになるくらい魔石を用意できなくてごめんな?怪我がなくてよかった」
こわばっていたリラの体が徐々にほぐれてきてーーー嗚咽と共に、小さな腕が俺の背中に回された。
「…ごめんなさい、ローゼシエの大切な魔石、ボクが壊した」
ーーー大切な、魔石ね。
むしろちょうどいいと思った。
彼女の瞳と同じ色の魔石をつけ続けることをいつかは辞めなきゃいけないって思ってたし。
心から「別にいいんだよ」と言ったのに、シリル君は一つだけ舌打ちした後で怒って出ていってしまったし、ニーヴは俺がリアを宥めている間にカナリーイエローの魔石の希少性について聞いてしまったらしい。
沈痛な面持ちで「ローゼシエ、本当にごめんなさい」と自分は何も悪くないのに謝っている。
そんな状況だから、リアも自分がかなりまずいことをしたと勘違いしたみたいで、さっきの暴れ方が嘘のように大人しくなった。
涙をいっぱい溜めた目で「ごめんなさい」って俯くんだ。
勘弁してくれ。そんな顔見たくないんだよ。
ほんとにいいのに。魔石くらいまた探せばいいんだから!
「リア、ものは壊れるものなんだ。無理矢理お前たちを連れてきた代償…幸運魔法の行き先がこれくらいで済んでよかったって思ってるくらいだよ。だから気にすんな」
必死に説得し、なんとかリアが「ローゼシエ怒ってない?」と顔を上げてくれたのにーーーこのタイミングでなぜか戻ってきたシリル君が「お前はもっと怒れ!」と俺を説教し始めた。
…イタリア語のカンペを読みながらな!わざわざ翻訳してきたのかよ!
「リア、よく聞け。お前が砕いた魔石は二度と同じ大きさ、同じ色味のものが取れないって言われてる最高級品質の魔石でローゼシエの幼馴染が何年も探して、騎士団長になった時の記念にあつらえたものだ。このお人好しは『別にいい』なんて言いやがったが、プロイセンに移ってきた時もわざわざ身内が手で持ってきたくらい、値段もつけられないような希少な石だ」
おいおいおいおい。
俺の必死の努力を無駄にしないでくれるかな?!
シリル君を止めるべく立ち上がった俺だったがーーー予想外のところから裾を引かれた。
ニーヴが俺のパジャマの裾を掴んでいるのだ。
彼女は困惑している俺に向かって、硬い声で「最後まで聞きたいです」と言ってくれやがった。
ーーーなんで?!
混乱しているうちにシリル君はリアを睨みながらこんこんと話を続ける。
「黄色竜の幸運魔法はすげえ強力な魔法だ。使い方を間違ったらどうなるかよく覚えとけ。お前の癇癪のせいで、世界で一番お前らによくしてくれた、優しくて優しくて本当に優しくていっつも損してばっかなやつの宝物がなくなったんだ。赤竜の『気にしなくていい』を信じるなよ?こいつはな、自分が傷ついていようが絶対に周りに隠そうとする。…今だってどうせ『そろそろ違うのに変えた方がいいと思ってたしちょうどいいや』とか内心で考えてんだよ。自分のものが壊されたっていうのに全く怒ってないのはそういうことだ」
思わず背筋伸ばしちゃったよね。
さっき俺が考えたまんまなんだもん。
何?シリル君エスパーなの?
リアとニーヴが俺の方をそろって見上げてきた。
なんとなく気まずくなって、ヘラリと笑った。
双子は顔を見合わせーーーリアが再び泣き出そうとしたとこで、シリル君に「ちび、最後まで聞けや」と頭を鷲掴みにされている。
「お、落ち着け、シリル君。俺ほんとに怒ってないからーーー」
宥めようとしたら、噛み付かん勢いで「お前は黙っとけ」と怒鳴られた。
慌てて口を閉じる。ニーヴが俺たちのやりとりを見て少しだけ笑っていた。
「リア、よく覚えとけ。ローゼシエは優しすぎるからお前に怒んねえと思う。間違ったことは教えてくれるだろうけど、負の感情をぶつけたりはしないと思う。だけど、俺はあいつを傷つけるのは子供だろうが始祖竜だろうが許さないって決めてんだ。次にローゼシエになんかしたらぶん殴るからな」
シリル君のイタリア語は辿々しく、所々聞き取りづらい箇所もあった。
それでも十分にリアには伝わったらしい。
青ざめたリアが何度も何度も頷いている。
シリル君がようやくリアの頭を離した。
リアはシリル君から後ずさるようにして駆け出しーーー俺のことは避け、ニーヴの背中にくっついていた。
やっと終わったか、と俺が肩を撫で下ろしているとーーー立ち去ろうとしたシリル君に向けて、ニーヴが「待ってください」と呼び止めている。
…若干気まずそうな顔をしたシリル君がこっちへ向き直った。
そうだよね、あんなふうに説教とか君のキャラじゃないよね。
俺の生ぬるい視線を避けるようにしてリアの前へしゃがみ込み、俺には背中を向けたシリル君が「何?」と仏頂面で言った。
ニーヴの背中にくっついたままのリアがそっと離れた。
困っていそうだったので手招きして呼び寄せる。
恐る恐る近寄ってきたリアを抱え上げつつ、無言で向かい合っているシリル君たちを観察する。
シリル君、顔はこええけど目線は下げてあげるんだ、と俺が謎の感動を覚えていればーーー見た目よりもずっと大人っぽい口調でニーヴが話し出した。
「ローゼシエの魔石は先ほどの話だと特注なのですよね?同じものとはいかなくても似たものを発注できませんか?」
シリル君は虚をつかれたように口を開けた。
俺は感動でちょっとふらついた。
ニーヴ!なんていい子なんだ!君のせいじゃないのに!
シリル君はしばらく無言だったがーーー少し言いにくそうにしながら「発注はできるけど」と首の裏をかいた。
「じゃあ、紹介してくれませんか?」
前のめりになったニーヴから体をひきながら、シリル君がチラリと視線を投げてきた。
…あのサークルストーンを贈ってくれたのは、俺の幼馴染である。実家がブリテン有数の大商会、世界的有名モデルで今は王族というダイヤモンドよりも輝かしい経歴を持つ彼女は俺の良き理解者で、俺が何を喜ぶのか真に理解した上で完璧な色合いのサークルストーンを用意してくれたのだ。
「ミシェーラちゃんに紹介はできるけど…単独でサークルストーンにできるサイズのカナリーイエローの魔石は多分ないんじゃないかな」
シリル君は俺の言葉に重々しく頷いた。
そして「あと多分金がありえないくらいにいる。城が一棟建つくらいいいる」と真顔で言った。
子供に金の話なんてしなくても…などと思っていた俺が甘かったらしい。
ニーヴは真面目な顔で「城っていくらですか?」と聞いていた。おい、まさか払う気じゃないよね?
大体の金額を聞いたらしいニーヴは立ち上がった。
そしてこちらへやってきた。
俺に抱き抱えられている兄の目の前で立ち止まりーーー腰に手を当てていった。
「リア、黄色竜なんだから最高級だろうが特殊な色だろうがカナリーイエローの魔石を手に入れてきなさい。そしてローゼシエに返しましょう」
え?
俺が反応できないでいるとするりと俺の腕から抜けたリアが「やる!魔石手に入れる!」と力一杯叫んだ。
「リアは魔石ね。ボクはお金を用意する方法を考える」
「お金って何?」
「…小さい時に市場へ買い物へ行ったでしょ?ものを買うときはお金がいるの」
「んーあんま覚えてない」
「大丈夫、そっちはボクがどうにかするから、リアは魔石に集中して」
ニーヴは「わかった!」と頷いたリアの頭を撫でていた。
そして、いつ「そこまでしなくていい」と言い出そうか迷っていた俺の方を真っ直ぐに見つめた。
「ーーーローゼシエ、本当にごめんなさい。絶対にお返ししますので、時間をください。…あれ、ママの瞳の色そっくりでした。ローゼシエにとても似合ってた」
「だからもういらないなんて言わないで」ーーーそんな風に言われてしまえば、俺は口をつぐむしかなかった。
午後になって、シリル君がミシェーラちゃんに早速連絡してくれた。
ただ、プロイセンとブリテンは今、敵対関係にある。
俺自身は全然実感していないのだが、シリル君とジョシュア様の関係はいまだに微妙らしい。
そんな状態だから王族になったミシェーラちゃんとの面会は先になるかと思えば、返事はなんと「明日行く」。
思わずシリル君と顔を見合わせる。
シリル君が魔力通話の画面を見ながら「何かあったのかもな」と呟いた。
「ーーーパーシヴァルも来るって言ってる。…シリルもいてくれってわざわざ書いてきてるから話し合いたいことがあるんだろうな」
「心当たりあるか?」と尋ねられ、首を振ろうとしたがーーー
「あ」
あるじゃないか。心配事。
俺は慌てて騎士団へしもべ魔獣を飛ばす。
怪訝そうな顔をしているシリル君になんと説明するべきか。
「幸運魔法、こっちでは俺の魔石が砕けるくらいで済んだけど、ブリテンではどうなったんだろうって」
よくわからない、という顔をされた。
んーそう言えば伝わるかな。
「固有魔法とはいえ魔法だから、俺には効きにくいはずなんだよ。黄色竜より俺の方がずっと強いから。逆にいうと俺と同じく心臓を移してる黒竜はかなり心配」
シリル君がなるほど、と頷いた。
「こっちでも今日魔法が発動したし、ブリテンでもなんかあったのかもな」
戻ってきたしもべ魔獣に連れられて、騎士団長のギーナが離宮へやってきた。
「お呼びですか、ローゼシエ」
俺のために用意されたらしい騎士団だが、黄色竜を探させたり、ブリテンへと潜入させたり、普段は俺の手足のように働かせているのが実情だ。
紫の長髪を一つに縛ったギーナは俺が呼び出すと非番だろうが国外にいようが最速で駆けつけてくれる。
いつも部下には恵まれるよなあと思いながら、ずっと騎士を潜伏させているブリテンの状況について報告させる。
「異常というほどのものではないのですが、エリザベータ様が王宮の中心部に頻繁に出入りしているそうです」
…予想外の名前が出たな。思わず眉間に手を当てる。
シリル君も怪訝そうに「あいつ何してんの?」と首を捻った。
ダメもとで「尾行できるか?」と聞いてみたが、あっさり首を振られた。
「何度も試みていますが、気付くと姿を消しているのです」
…。やっぱか。
ギーナを下がらせる。
ギーナがいてはできない話をする必要があった。
城内から気配が消えたのを見計らい、シリル君と向かい合って座った。
「エリザベータは転移魔法を使ってるな」
シリル君も同じことを考えていたらしい。
そうだろうなとやや昏い顔で頷く。
「転移魔法を使って王宮に忍び込んでるとするとーーー」
シリル君が不自然に言葉を切った。
紅い瞳が心配そうに俺をみている。
俺が副官としてエリザベータを可愛がっていたのを知っているからだろう。
ただ、覚悟はできていた。
だって、自分の立場を投げ打ってでも俺の治療にあたってくれた彼女が、別れを告げて出ていったのだ。
戻って来れない何かをするつもりなのはわかっていた。
転移魔法=プロイセン王族なのだ。明るみに出れば確実に両国の間に亀裂を生むだろう。
そして、俺たちは今、そのプロイセン王族なのだ。
「放置はできないよなあ。プロイセン王族側としては」
シリル君は俺の言葉に黙って頷いた。
そして、「ローゼシエ」と名前を呼ばれる。
「エリザベータを頼んだ。連れ帰るのが無理ならーーーお前の手で、殺してやれ」
シリル君は何かを知っているようだった。
思わず「エリザベータの標的知ってるの?」と聞けば、ゆるく首を振られる。
でも、心当たりはあるらしく、「絶対じゃないぞ」と前置きしてから、小さく告げられる。
「ジョシュアだろうなーーー邪竜様の標的になってんなら、ペナルティもないだろうし」
え、と思わず声が出た。
「なんでエリザベータが邪竜様の事情を知ってる?」
シリル君は短く首を振った。そこまでは知らないらしい。
二重の驚きで一瞬思考が止まる。
…親友のはずのジョシュア様が狙われているのにちっとも動じていないシリル君。なぜか邪竜の事情にも詳しいらしいエリザベータ。
ーーーエリザベータは何者なんだ?邪竜様の情報なんてどこから聞いてくるのか。
「…ともかく、明日話を聞こう。内容次第じゃ乗り込みだな」
シリル君の言葉でその場は打ち切りになった。
シリル君はソファから腰を上げーーーふと思い出したように言った。
「そういえばローゼシエ、今日変な夢でもみたのか?起きた時すげえ顔色悪そうに見えたけど」
…よくみてんなあ、シリル君は。
感心してしまう。確かに今日は邪竜様とのやり取りで混乱してた。ちびっ子たちが騒がしくてすぐに忘れたけど。
シリル君に邪竜様の話はできないので、適当に誤魔化す。
シリル君は納得いってなさそうだったが、俺に言う気がないのは伝わったらしく、「ちゃんと魔素補給しろよ」と母親のような台詞とともに大量の赤魔石を残して消えていった。
◯
翌朝、俺は珍しく早起きしていた。
起こしにきたファルコが「シリル王もローゼシエも今日は早起きですね」と感心してたな。
昨日の深夜に届いた便箋の宛名が「ザ・レッドドラゴン・モスト・エクセレント・マジェスティ」だった時点で俺の起床時間は六時に決定したのだ。
この仰々しい宛名で便箋を送りつけてきた意味は明白だ。
ミシェーラちゃんは王弟の妃として訪問しますよと言いたいわけだ。王族ごっこしたいからちゃんと用意しときなさいねという無言の圧である。
シリル君の慌てっぷりは見ものだった。
俺と時を同じくして「ザ・キングス・モスト・エクセレント・マジェスティ」の便箋を受け取ったらしく、寝静まった王宮からわざわざ転移魔法で飛んできて、「明日何着ればいいかな」と縋り付いてきたからな。
「ダークカラーのフロックコート着とけばいいだろ」
俺からすると試合にロングソード持ってけばいいだろくらいの気持ちで言ったんだけど、シリル君はぽかんとしてた。
「フロッグ…?え、なんて?」
誰がカエルだよ!
嘘だろ?フロッグコートも持ってない王様がいんの?今まで社交界何着てたの?!
幼稚園児くらい無垢な瞳で見上げてくる年上の王様を見て俺は早くも頭痛がしてきた。これは、もしや…。
「シリル君…まさかとは思うんだけど、即位してから社交界に顔出してない?」
嫌な予感がして聞けば、不機嫌そうに「即位記念式典はしたよ」と言われた。
それはつまりあれか。即位して5年以上経つはずなのに一回しか社交界を開いてないってことか?!
「ありえねえ…」
思わず呟く。
だってあの王侯貴族社会プロイセンでここ数年国王主催の社交会が行われてない?
人から聞かされても耳を疑うぞ。「つまんない冗談言うなよ」って笑い飛ばすレベルだ。
「社交界とかよくわかんなかったし、代わりにハインリヒ王子がやってるから俺はいいかと思ったんだよ!」
…そういうとこで貴族が全部あっちにつくんじゃん!
わかんなかったからって、子供みたいな言い訳すんなよ!
貴族を束ねる王様なんだから、毎年デビュタントの令嬢たちのカミングアウトを受けるべきだし、社交会シーズンには最低でも二、三回くらいは王宮でパーティーを開くべきだろ?!
「今は社交界のオフシーズンだから城にこもってるのかと思ったけど、そういうのじゃねえのかよ!…もういい、明日は既製の服で間に合わせよう」
完全にミスった。順番を間違えてた。
マナー講座の前に衣装からだったとは。
「主賓であるはずのプロイセン王の服がオーダーメイドじゃないとかミシェーラちゃん絶対嫌な顔するよ…」
渋い顔をしている俺をみてシリル君が「服なんてどうでもよくないか?」と抜かしやがった。
この後に及んでまだ言うか!この粗忽者!
「シリル君、『マナーが人をつくる』んだよ。テストの時に名前書いてなかったら採点してもらえないだろ?貴族にとってのドレスコードってのはあって当たり前のものなんだよ!…とにかく、俺の学生時代のものがないか引っ張り出してみる。シリル君身長いくつ?」
175センチと子供みたいに口を尖らせて応える26歳。
にしても175センチか…。
「中等部二年生くらいのやつか。まだとってあればいいけど」
小さくて悪かったなという小言は無視だ。
ミシェーラ様が着飾ってやってくるのだ。マスキラどもは黙って最高のもてなしを提供するしかない。
「中等部だったからラウンジスーツしかないな。しかも色合いもちょっと子供っぽい…まあ、贅沢は言えないか。シリル君、ちょっとこっち来て」
背中を丸めて歩いてくるシリル君。
ズボンを手渡す。腰に当てて貰えば、裾が想像以上に長かった。
「いや、え?え?こんな裾余ることある?お前腰どこについてんの?」
何やらうるさいシリル君を放置し、頭を引っ張って真っ直ぐに立たせ、肩のところにジャケットを合わせる。…袖も長い。こっちも詰めなきゃダメだな。
でも肩が合ってるからどうにかなるか。
「シリル君、この城に戻って夜勤のメイドに丈合わせてもらえ」
「え、今から…?」
今からである。そんな面倒だなあなんて顔をしてもダメだ。
《《あの》》ミシェーラちゃんが正装モードで来るのだ。
「まだ昼間でよかったよ。夜の舞踏会だったら絶対前日じゃ間に合わなかった」
そんな感じで昨晩シリル君と別れたので、不安しかないのだが俺も人に構ってばかりは言わられない。
ミシェーラちゃんのお望みは「ナインモーニングティー」だ。
つまり九時にはお茶会を始めたいから用意しとけよこら、という意味である。
「ミシェーラちゃんはモスグリーンか琥珀色のドレスで来るだろうな…で、シリル君は俺が渡したチャコールグレー。ーーー俺は黒でいいか。ウェストコートとトラウザーズは白とライトグレーにしとこう」
一人でぶつぶつ言いながら亜空間から服を引っ張り出して、素早く身につける。
光沢のあるダークレッドのネクタイにハットを合わせ、ステッキをおまけに持てば完成だ。
全身鏡の前へ行って一回転。
よし、ミシェーラちゃんに及第点はもらえるだろ。
「…あとは髪か。なあ、ファルコ、ワックスどこにしまったっけ」
先ほどから立ち去ることもせず、朝食を持ったまま固まっているファルコへと振り返ればーーー
「英国紳士がいる…」
と惚けたように言われた。
全身をまじまじと見られている。
…何を当たり前のことを言ってんだ?
「…これでも貴族名鑑の貴族よ、俺」
ブライヤーズ家は代々続く騎士家系で、実は伯爵位も持ってたりする。
家長…今でいう父様が社交界にいけば「ロード・ブライヤーズ」と呼ばれるわけである。
まあ、代々ブライヤーズ家が勤めている「騎士団長」の方が上位だからそっちで呼ばれる、みんなブライヤーズ家が伯爵だって忘れてる気がするけどな。
「次はお茶会の準備…と言いたいとこだけど、紳士クラブはよく行ってたけど、お茶会の準備は流石にしたことねえな…」
こういう時にエリザベータがいれば、と思ってしまう。
あいつ頼めばなんでもやってくれたからな…。
ブリテンとプロイセンの関係がここまで悪化してなければ本城でお茶会でもなんでもやればよかったのに、なんでシリル君とジョシュア様はいまだに喧嘩してんだよ。おかげで密会する羽目になったし、この城しか選択肢がねえんだよな。
内心ぶつくさ言いながらもファルコに頼んで、2階のウェイティングルームでお茶会ができるように手配させる。
「え、この城にメイドを入れるんですか?」
ファルコは言い切ってから慌てたように口を塞いだ。
おずおずと見上げられる。
…そんな気まずそうにしなくても言いたいことはわかってるから!俺はいるとメイドが怯えて入れないんだよね?
でも逆に傷つくからその無言の憐れむ目線やめて!
「…入り口の魔法陣も一時的に解除してくし、メイドが倒れないように俺は本庄の方に行くから。しもべ魔獣を残してくから、支度終わったら呼んで」
ファルコが「承知しました」と頷いたのを確認し、お邪魔むしの俺はさっさと本城へと転移する。
シリル君はどうなってるかな…メイドに頼めって言いくるめたから平気だろうけど。
シリル君の魔力の気配を頼りに、俺はノイシュヴァインシュタイン本城…ではなく、シリル君がいると思われる部屋の窓のそばに転移した。
浮遊魔法で浮かびながら、窓に近寄ってみる。
運よく少しだけカーテンが空いていたので(最上階に近いからまさか外から見物者がくると思っていないんだろう)こっそり覗き込んでみた。
…シリル君はたくさんのお仕着せを着た使用人に囲まれ、中央で白目を剥いていた。俺の渡したフロックコートを持ったメイドもいる。でもなぜか着せようとはしない。下に着るシャツだとかズボンだとかハットだとかをとったりつけたりしているのだ。
マスキラの支度に何をここまで困っているのだろう?
不思議に思って防音魔法をちょっとだけ解除させてもらって聞き耳を立てる。
「ーーーローゼシエの横に並ぶとなるとどれも見劣りする気がしますね」
「おお…」
「こちらなんてどうです?流行りのブルボンローズの色味のネクタイ」
「ああっと…」
「やめときなさいよ。ローゼシエの瞳の色だって言って流行ってんでしょ?実際にお見かけした騎士の話によれば全然似てないらしいじゃない!興醒めよ」
「なんでもいいよ、というかそろそろローゼシエのとこ行きたい…」
「なんでもいいってなんですか!ようやく国王陛下からオーダーが来たんですもの。このメイド長、30年のメイド人生にかけて、国王陛下を素敵なプロイセン紳士に仕立て上げて見せますよ!」
「いや、だから今日は私的な集まりだって何度も説明したじゃん」
「陛下、ローゼシエの衣装のお色聞いてませんか?」
…ずっとこんな調子である。
フィメルって強いよな。残虐王であるはずのシリル君の抗議に一切耳を傾けてないし。
俺はそっと窓から離れた。
巻き込まれたら大変だからな。シリル君こっちを十度見くらいしてきたし、俺のこと気づいてたしな。着せ替え人形はごめんだ、着せ替え人形はごめんだ。
その後フラフラと自分の城の方へ飛んでいったら、ちょうど騎士たちが訓練をしているところだった。
空中に現れた俺を見て騎士たちがわらわらと寄ってくる。
地面に降り立つと、騎士たちはすぐさま俺の目の前に整列。
一斉にブリテン式の礼を取られる。
「「「ローゼシエ、おはようございます」」」
「おーおはよ。訓練順調か?」
俺が喋った瞬間、騎士たちに緊張が走った。
…目線を交わし合っている。
そうか、団長のファルコは俺の用事で出払っちゃってるから、俺と誰が喋るか決め兼ねてるのね。
わずかな間の後走り出てきたのは十人騎士を並べたら三人くらい似たやついるよなーって感じの人の人なっつこい感じのマスキラだった。
なんかに似てるなと思ったけど、あれだ。
友人の家で見たゴールデンレトリバーだ。
脳内で勝手に「ゴールデン」とあだ名を決定していたら、グールデンレトリバーのような金髪のマスキラは俺からきっちりと距離を空けた場所で、ぎこちなく礼をした。
ゴールデンのロボットみたいな動きを見守る、ようやく目があったときは俺までほっとしたよ。よかったな、礼がちゃんとできて!
「…きょ、今日は、麗人がお越しだと聞いたので、ローゼシェ…ローゼシエはてっきりご多忙かと!」
めっちゃ噛むじゃん。
こっちまで緊張が伝染してきそうなくらいガチガチなマスキラの緊張をほぐしてやりたくて、俺はわざと戯けるような調子で「俺がいるとお茶会の準備が進まないって追い出されちゃったんだよ」と口を尖らせてみた。
よしよし、肩の力がちょっと抜けたな?
「暇だから手合わせでもーーー」
言ってから気づいた。
ダメだ、近づくだけで倒れる奴らと魔剣で遊べるわけがない。
ちぇ、つまんねえーーーと思ったのがしっかり顔に出ていたらしい。
おそらく俺よりも歳上だろうゴールデンは少し考えるそぶりを見せてからーーー
「お時間があるのでしたら、ぜひ見せていただきたいものがあります!」
と少し前のめりで言ってきた。
見せてもらいたいものってなんだろう?
「何をみたいの?剣舞とか?」
ゴールデンは「剣舞!み、みたいです!」と尻尾があったら絶対振り回してそうな顔で叫んでから、
「でもお願いしたかったのは違くてですね」
違うのか。じゃあ何がみたいんだ。
「ブリテン騎士団長時代にやってらした口上を、ぜひ、見せて欲しいのです!」
…まじか。
思わず言ってしまったよね。
「ーーー俺は赤魔法使いとしてテンション上げるためにやってたけど、同僚たちからは『カッコつけ』とか『キザ』とか言われてたんだけど?」
俺の困惑顔はちゃんとみただろうに、ゴールデンはどうしてもみたいと譲らなかった。しかも後ろの騎士たちも明らかに期待の眼差しを向けてきている。
ーーーまあ、そんなにみたいなら全然やるけどな?
俺は亜空間から魔剣を引っ張り出した。(正確に言うと魔剣が飛びかかってきた)
素手で魔剣を受け止めた俺をみてどよめく騎士たちに背を向けて、右手で柄を握る。
大きく深呼吸した。
青空に向けて剣を突き出す。
「騎士に授けられる剣、それはアダムの原罪を背負いし主人が孤独に焼かれた大樹の象徴である。故に騎士は、その剣によって大樹の敵を打ち砕く責務を負う。騎士とは正義の維持のための存在だからこそ、その構える剣は両刃である。騎士道と正義。その二つを護持せんがため」
久々の口上だったけど噛まずに言えたな。
一人で満足し、剣を下ろして振り返るとーーーなぜか、騎士たちが俺を拝んでいた。
え、何事?
「本物だああ」
「騎士団はいってよかった!妹に自慢する、絶対自慢する!」
「か、かっこよ。いや、もはや神々しい。ローゼシエ、バラよりも美しく気高い騎士だ…!」
ちなみに全部小声な、これ。
IQ3くらいのやつから詩人になっちゃってるやつまでバラエティ豊かだった。
いや、だから俺これ真面目にやってんだけど?
「…って感じで気合を入れると赤魔法の威力が上がるんだよ。参考になった?」
ゴールデンは赤べこかってくらい激しく首を縦に振ってくれた。
「毎日暗唱します!」だって。いや、お前どうみても黄色属性だろうが…。
「赤属性のやつ以外がやっても意味ないと思うよ?それより基礎トレーニングとかもっと大事なことをやれよな?」
「はい!基礎トレーニングもローゼシエは疎かにしませんもんね!我々も勿論
、口上だけでなく基礎もローゼシエをお手本にしていくつもりです」
…おっかしいな、プロイセン語で話してるはずなのに噛み合ってなくね?
ここでしもべ魔獣がやってきた。
準備が終わったらしい。伝言を終えたしもべ魔獣を手のひらに戻す。
一緒にきたファルコが「みんな跪いて、どういう状況ですか?」と目を点にしていた。
ファルコ、同じことを俺も聞きたいよ。
「ローゼシエになかなか会えないって文句を言ってる騎士も多いんでちょっとはしゃぎすぎたんですね」
はしゃぎすぎると俺に口上をやらせたり、拝んできたりすんの?
プロイセン騎士団大丈夫か?
…隊員の半分を占めるブリテン流れのやつが大丈夫じゃないのは知ってるからあいつらには今更驚かないけどな!
「ローゼシエ、まもなく8の鐘が鳴りますので城に戻られては?」
「ここは引き取りますよ」というファルコの申し出をありがたく受け取る。
次は何をやらされるかわかんないしな。
ウェイティングルームに戻ってようやく息をついた。
…やっぱ自分の城が一番落ち着くな。
程なくして転移魔法でやってきたシリル君はあれだけ迷ってた割にフロックコートに白シャツにダークグレーのトラウザーズを合わせた非常に無難な服装だった。背中が丸まってたので、一発叩いておいた。衣装に着られて見えるぞ〜。
背中を大袈裟に痛がりながら、シリル君が俺の方を見ながら小さく舌打ちした。
「お前さっきのぞいてただろ!助けろよ!しかもすげえ英国紳士じゃねえか…やっぱ本物は違うな」
革靴からハットまでシリル君にジロジロと見られたので、俺は紳士雑誌モデル風を気取りながら脚をクロスさせ、「元がいいからね」とウインクをプレゼントした。
おい、真顔で頷くのはやめてくれ。
ブリテッシュジョーク。オーケー?
それにしてもシリル君までファルコと似たような反応をするとは。
「英国紳士のイメージが気になるとこだけど、まあ俺はシリル君と違って仕事関係でそこそこ顔も出してたからな。デビュタントからマダムまでダンスの相手は務めてきたし、シリル君と違って衣装だっていっぱい持ってる」
わざと「シリル君と違って」と連呼してやれば、口をひん曲げて「どうせ俺は紳士ってキャラじゃねえよ」とヘソを曲げた。
また背中を丸めたので叩いておく。
「シリル君、なんでそんなに卑屈なの?」
呆れながらいえば、シリル君は無言で視線をそらしやがった。
いつもなら放っておくが…今日は頑張ってもらわないとダメだからなあ。
「シリル君、英国紳士の俺からアドバイスをあげようじゃないか」
ふふん、とわざとえらぶってやれば、すげえ嫌な顔をされた。
ーーーほんっとにつれねえな?!
口を尖らせたくなったが、意外ともう時間がない。
俺は杖で床を叩きながら、シリル君のそばへ一歩、二歩、三歩近寄った。
ワルツができるくらいの距離で向かい合う。
「近い」って顔をそらそうとしても逃すつもりはない。
肩に手を置きーーー俺的に出力最大の笑顔をぶつけてやった。
「似合ってる、かっこいいよシリル君!赤竜が認めた国王なんだから、自信を持てって」
シリル君はキョトンとした後ーーーなぜかすごく嫌そうな顔になった。
「いや、そんなわけないし、お前に言われても嫌味にさえ聞こえるっていうか…「ビークワイアット」
マジックイングリッシュで黙らせる。
だって、エレガントになるには自分に魔法をかけないといけないのだ。ネガティブは退散させないと。
「リピートアフターミー」
「ええ…」
「俺はかっこいい!」
…シリル君は抵抗するように顔を逸らしていたが、肩を掴む力をどんどん強くしていったら、顔を歪めながら「俺はかっこいい」と一応言った。
よしよし、こんなもんじゃ終わらせないぞ。
「俺はかっこいいし、最高の騎士だ!」
「…俺はかっこいいし、最高の騎士だ」
「俺はかっこいいし、最高の騎士で、みんなの羨望の的だ!」
「お、俺はかっこいいし…これ、いつまでやるの?」
「シリル君が自分を信じられるようになるまで」
「それ一生終わらない…」
「肩、外してやろうか?」
「ひい、なんだっけ、もう一回言って!」
「俺はかっこいいし、最高の騎士で、みんなの羨望の的だ」
「…俺はかっこいいし最高の騎士でみんなの羨望の的だ」
「次が最後な。ーーー人生で一番いい日になる!」
「ーーー人生で一番いい日にする」




