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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
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第五十二話 説得からの初デート?

ーーーリン。


体に穴が空いたような鋭い痛みが脳天を突き抜けた。

心臓を失うってこんな感じか、と歯を食いしばる。

…痛みに慣れた騎士でよかった。平気な顔して黒竜に向かって「平気だよ」って笑いかけられるし。


しかし、転移した先の白い黄色竜の体には異変が起きていた。

赤く発光しながらのたうち回る白の体へ白金竜が必死に治癒魔法をかけている。


「おい?!なんで苦しんでんだ?」


金色がまた突っ込んでいこうとしたので、浮遊魔法で押さえつけた。

…痛みでコントロールがおかしくなったのは許して欲しい。


「なんだよこれ!とけよ!白が苦しんでんだろ!」


…確かにのたうち回る白は苦しそうだった。

でも俺たちにできることは何もないのでひたすらに白金竜の治癒魔法を見守る。


金色が途中で「許さねえ…白に何するんだ!お前ら不幸になれ!」と叫んでいたのが気にはなった。…金色の魔力が一瞬だけ爆発的に強まったけど、まさか黄色竜の幸運魔法が発動したとか言わないよな?


しばらくし、白金竜が「ダメだ」と呟きーーー黒竜を見た。

…すげえ嫌な予感がする。


「…やっぱり赤竜の心臓は強すぎた。ーーー黒竜の心臓を足して中和すれば多分拒絶反応も相殺される」


ーーーは?


「いや、何言って…」


痛みも忘れて呆然と呟く俺をーーーにやりと笑った黒竜が見上げた。


「ーーー私の心臓もいるって。…よかった、手助けに来た意味があったみたいで」


やめろ、何する気だ…?


「…さっきと同じね。カウントするから心臓を転移させて」


「はーい」


黒竜の肩を掴んだのは無意識だった。

黒竜がゆっくりと振り返りーーー柔らかく微笑んで、俺の頬を撫でた。

白い指先が自分の顔をくすぐっていくのを他人事のように感じる。


「デニスはバカだねーーー自分の時はなんでもないって顔してたのに、私の時になったら泣きそうになっちゃって」


「おいーいちゃついてる場合じゃないぞ。カウントするぞ?」


指先が離れていって、遠くの方でカウントが聞こえる。


「5、4、3、2、1ーーー」


ーーーリン。


「ギャアアアアアアア」


悲鳴を上げながら崩れ落ちた黒竜を俺は涙目で受け止めた。

そうなんだよ!寿命が減るのも許してないけど、何より痛いんだよ!

ああ、つらそうだ、暴れてる。何かしてあげたい、なんで俺が代わってあげられないんだ。


「ーーーそいつ、どうしたんだ?」


黒竜が痛みで悶絶し、俺が泣きながら彼女の背中をさすっていたところへ金色の方が寄ってきた。白の方を見ればまだ治療中ではあるものの、随分と落ち着いたようだった、白金竜の予想した通り、俺たちの心臓がきちんとなじみ始めたらしい。

ーーー黒竜の心臓も必要だって知ってたら、もうちょっと俺だってためらったのに!!!

俺は涙目のまま金色を睨む。


「痛いからに決まってんだろうが!」


俺に怒鳴られた金色が怯んだ。

俺は黒竜の背中をさすってやることに戻る。

白金竜はまだか?…治療が終わり次第、痛みを和らげてやらないと。


「…赤竜も、同じことされてなかったか?なんで黒竜だけ苦しんでる?」


お前はバカか!


「俺は騎士だったから痛みに慣れてんだよ!黒竜はか弱くって守ってあげなきゃいけないのにーーーああああ、大丈夫?俺の手でも噛む?」


「…意味がわからない」と黄色竜がつぶやいていた。

そうか、わからなくていい、黒竜がか弱いってことだけ覚えておけ、いいな?


白金竜が白を抱えてこちらにやってきたので、俺はすぐさま「黒竜にも治療を!」と叫んでしまった。

立ち上がった拍子に腹の傷が裂けるように傷んだがそれどころじゃない。

白を白金竜が差し出してきたのですぐさま受け取った。

うずくまっていまだに動けない黒竜を早くどうにかしてやってくれ。


白金竜は「人使いが荒いなあ」と文句を垂れながらもすぐに黒竜を治癒してくれた。銀色の光をかぶった後で黒竜が「あ、痛くない」とつぶやいた。

立ち上がった彼女の顔色はまだ青白かった。

…そりゃそうか。七個ある心臓が六個になったんだもんな。


白金竜が「お前も治癒しようか?」と申し出てくれたが辞退した。

…婆さんの魔力は随分減ってるからな。俺にまで使わせるのは忍びない。


「ーーーあと帰るだけだから大丈夫。…ふもとの紬様達のところへ戻りましょう」


白金竜と黒竜が頷く。

俺は白を抱えたまま飛び立とうとしてーーー「待て!」と金色に呼び止められた。


「…白をどこに連れてくつもりだ!」


ーーーそういえば、黄色竜たちに状況とか何も説明してなかったな。


俺は白を抱えたまま白金竜の方に首だけ向けた。


「先に行っててください。こいつ説得していきます」


白金竜は少しだけためらいを見せた後で、「頼む」と頷いた。


「…先に国へ帰る。黄色竜の幸運魔法が発動してたのが気になるから」と言い残して飛び去って行った。

残された黒竜も黄色竜の発言を聞いて顔色を変えている。

ーーーまあ確かに「不幸になれ!」って叫んでたしなあ。


「…ジョシュアが心配だから私もプロイセンに戻る。ーーーデニス、あとでね!」


またねは勘弁しろよ…という俺の文句を聞くことなく黒竜もいなくなっていた。転移魔法を使ったみたいだ。まあ、君飛ぶの遅いもんね。


「ーーー白をはなせ!赤竜!」


…足元にしがみついて離れない金色の頭を柔くかき回してから、俺はそうっと地面に白を横たえた。


金色が飛びつくようににして瀕死の妹竜に近づくので俺は再び首根っこを掴む。

「何すんだよ!」と目をむかれたが、それはこちらのセリフだ。


「優しく接しろ、白はお前と違って脆いんだ。今までもなかったか?お前が怪我させたこと」


思い当たる節があったのか、金色は嘘みたいに大人しくなった。

地面に下ろしてやれば、すり足で白の方へと近寄っていく。


眠る白の目の前にしゃがみ込んだ金色。

しばらく妹を眺めていたがーーーゆっくりと顔を上げた。


「ーーー白は、治ったのか?」


「…多分な。白金竜が治療したんだから平気だろ、世界一の医者だぜ」


俺の肯定がよほど嬉しかったのか、金色が飛びついてきた。

慌てて浮遊魔法を展開して受け止める。やめろよ全身痛いのは変わってねえんだから。


「よかった、死んじゃうかと思った」


透明魔石をポロポロとこぼす金色の頭をゆっくりと撫でてやる。

しばらく俺の膝に座って泣いていた金色だったがーーー落ち着いたのか、もぞもぞと身を捻って立ち上がった。


泣いたのが恥ずかしいのかややそっぽを向きながらーーー金色は言った。


「お前もどうせ他の人間と同じようにイタリアに戻れっていうんだろ?」


ん?

話の流れが読めない。

黙って首を傾げていれば、金色竜が焦ったように髪の毛をかきむしった。


「戻んないからな。ボクは国なんて守りたくない」


「誰かに何か言われたか?」


「…よくわかんないことをいっぱい言われた。みんな白は見えない存在みたいに扱うんだ。僕にだけ愛想笑いして、イタリア王国が大変だとかボクはイタリア王国に戻らなきゃいけないとか」


ーーーなんとなくわかったぞ。

なんで和国にいるのかと思ったが、どうやらから逃げてきたらしい。


金色の話を辛抱強く聞いてみたところいくつかのことがわかった。

黄色竜達は元イタリア王族の子供として生を受けたこと。

周りは金色には優しかったが妹は何度も殺されかけたこと。

…妹を守るために二人で東の果てまで逃げてきたこと。


ーーー妹へそんな仕打ちをしてきたイタリア王国が大嫌いだということ。


「じゃあ守らなくていいんじゃない?」


当然のことを言ったつもりだったが、金色はぽかんと口を開けた。

「でも、でも、」とまだ何か言いたげだったので「ゆっくりでいいぞ」と笑ってやる。


「愛し子を探せって強要されるだけで逃げ出したくなるんだ」


「逃げ出したくなる」という言い回しが気になって金色に幾つか質問してみたがーーーどうやら金色、「愛しい」という感情がわからないらしい。

「妹のことはどう思う?」と聞けば「宝物。一番大事な魔石みたいな感じ」と返ってきたのだ。

なるほど。魔石ときたか。無機物じゃねえか。

黄色竜は始祖竜史上初の無性愛者なのかもしれない。人じゃねえけど。


双子の上に愛し子もいないのかあ。

ーーー元イタリア王族も混乱したのかもしれない。

それでも幼児を虐待していい理由などどこにもないのだが。


「じゃあ黄色竜は愛し子がいらないんだよ。君の世界は愛し子がいなくても完結してるんだから何も問題ない」


黄色竜は小さな口をパカリと開けて「問題ない」と復唱した。

まるで信じられないようなことを聞いたような顔だ。

俺そんな変なこと言ったか?言ってないよな?


「………お前は、始祖竜のボクがニュートでも変だって言わないの?」


俺を見つめる金色には隠しきれない怯えの色が浮かんでいた。

胸に寒い風が吹いた。

ーーー随分怖い思いをしてきたらしい。


金色の小さな子供の肩が震えているのを見て、俺は怒りを抑えきれなかった。

ゆらりと熱の上がった俺の魔力を見て金色が縮こまったので、慌てて「違う、お前に怒ってるんじゃない」と両手を目の前で振ってみせる。


「ボクじゃないなら赤竜は誰に怒ってるの?」


「お前に『ニュートだなんて変』って言ったやつにだよ。…黄色竜、お前はお前のままでいいんだ…こんな当たり前のことを言ってくれる奴もいなかったんだよなあ。ひとりで頑張ったなあ」


金色の髪の毛をクシャリと撫でてやれば、幼児は疑わしそうに、でも何かを少しだけ期待したように俺を見上げてきた。


「じゃあ…ボクはニュートのままでいいの?」


ねえ、本当にいいの?と揺らぐ瞳を見てーーー少しだけ考えてから俺は一人の友人の話をすることにした。

きっと自分だけがはぐれものなわけじゃないって知ったら、この水面のように揺れてる金色の魔力も少しは安心できるんじゃないかと思うから。


「大人になったら性分化するーーーそんな風に言う人はまだ多いけど、別に誰もが性分化するわけじゃないんだよ。俺の幼馴染に『私は恋愛がわからないからこの先も性分化しないと思う』っていう子がいる。ああ、勘違いしないで、恋愛しないけど友愛の情は人一倍強いやつだよ」


今この時もブリテンの国家研究所で怪しげな薬品を調合しまくっているであろうそいつは「一人でも人生は楽しいけれど、一緒に暮らせばもっと楽しくなるパートナーがいたら結婚してもいい」と笑っていた。

黄色竜だって妹が魔石みたいに大事だと言ったではないか。

一つでも多くそんな存在を見つけてほしい。


「別に恋愛したからって幸せになれるとは限らない。ーーー愛し子がいないことが黄色竜にとって自然なら、そのままでいいんだよ」


金色は俺の話を静かに聞いていた。

瞬きもせずに真っ直ぐに向けられる無垢な瞳。

俺はできるだけ優しく見えそうな顔をつくる。じっと俺の顔を見ながら、金色は自分の中で言葉ができるのを待っているみたいだった。

洞窟に吹き込む風の音が耳元で聞こえる。


「ーーー赤竜に愛し子はいないの?」


不意打ちに、心臓が跳ねた。

誤魔化しを許さないであろう金色の瞳に自分の情けない顔が映っていた。


「俺には…愛し子はいない。ただ…」


ずっと直視できなかった白の方の顔を見る。

彼女にどうしても面影が重なる白。

俺が言い淀んでいると、金色は「ただ、何?」と少し苛立ったように眉を寄せた。


迷ったけど、この子に嘘をつくのは違う気がしてーーー俺は、全てを正直に話すことにした。

顔を見られたくなくて前髪をわざとぐしゃぐしゃにする。


「愛し子はいないけど、ずっと…人間だった時からずっと想ってる人はいる」


金色はわかりやすく傷ついた顔をした。

仲間が欲しかったらしい。俺も愛し子がいないってとこは同じだと思うんだけどな。


「帰れよ!ボク達にはお互いしかいないんだよ!」


金色が立ち上がって再び魔力を暴走させようとした。

俺は慌てて降参するように両手を上げた。

宥めるように「待て、早まるな」と金色に言い聞かせる。


「お前はまずすぐに切れる癖を直さなきゃな?ーーーまた明日来る、白のことよくみててやれよ」


正直なところ今日中にプロイセンへ帰りたかったけどな。

無理矢理連れ去るのは子供相手に気が引ける。

そんなに余裕があるわけではないが。

だって三日の制限時間を今回使い切っちゃうのはまずいだろ?

半年後にはジョシュア様のX DAYがあるっていうのに。


「…明日、ダメだったら一旦引き返すかなあ」


黄色竜を連れ戻す方法について考えながら魔力の紬様たちの元に引き返した俺は、陰陽師の奴らを全員昏倒させるという「事件」を起こしてしまった。

慌てて和国に来るときにはつけていた黒飛竜製の魔力漏れを防ぐアイテムを付け直す。

俺が薔薇の傘をさしたあたりで、ようやく息がつけたらしい紬様が膝を震わせながらも背筋を伸ばした。

恨めしそうに俺と地面に伸びている部下たちを見比べている。


「…まあ、先程の無礼がこれくらいで許されるならよしとしましょうか」


などとつぶやいて勝手に納得した様子。

俺的には白の人間には気を回すけど、こいつらみたいに魔力を扱う奴らには手加減はしねえ。基本弱すぎる方が悪いと思ってるので、殺さないようにだけ気をつけるだけだ。


身だしなみを整え終えた紬様は俺が一人で戻ってきたことを不思議に思ったらしい。

「幸運魔法が発動したから慌てて二人は戻った」って説明したけど理解してくれたのかは怪しい。俺も幸運魔法で実際に何が起きるのかわかんないしな。


「…転移魔法や黒魔法以外にも私の知らない魔法があるのですね。ローゼシエは戻らなくていいのですか?」


うーん、戻りたいのは山々なんだけどな。

シリル君に無理させてせっかくここまで来たわけだし、あんな状態の黄色竜の双子を置いていくわけにもいかない。


「では少し時間を空けてもうお一度説得するわけですね。ということは明日まで和国に滞在されますか?」


そうなるねって頷いたら紬様が口元をムズムズと動かした。

どうしたんだろう。

少しの間沈黙が流れーーー紬様が何かを決心したように強い光を湛えた目で俺を見上げてきた。


「ローゼシエーーー私とデートしませんか?和国を案内いたしますよ」


デート?

紬様の口からそんな俗っぽい単語が出ると思ってなかったので、不意打ちに俺はたじろいでしまった。

追い討ちをかけるように「洗脳されたの辛かったな」などと言い募ってくる。

棒読みで。

…お前そんなキャラじゃないだろ。ちゃっかり俺のこと自分の宣伝用に使う気だろ?


「何企んでるの?」


俺が少し呆れたように言えばーーー紬様が痛みを堪えるような顔になった。


「…企んでなど、いませんわ。ただ、嫌悪感しかない婚約者と近いうちに同棲を始める予定ですので、最後にいい思い出を作っておきたいのです」


「ダメですか?」って、悲しそうな顔で聞いてくるのずるすぎねえ?

俺だって紬様にちょっとだけ罪悪感はある。

だって、自分の副官が知らんうちに洗脳をかけてたんだ。監督責任を感じている、1センチ分くらい。


無言になった俺を見ていた紬様はーーー諦めたようにひとつ息をついた。

顔をしたへ向け、大きく息をつく。

再度雀色の瞳が見えた時には、先程の悲しみの色など一切感じさせない凛とした皇族の顔に戻っていた。


ああ、もう!

体の横で握り締められていた紬様の手をとりーーー手の甲に触れるだけのキスを送る。


「ーーーわかったよ、今日の日が暮れるまでならデートしてあげる。だから、無理に普通の顔しなくていい。さっきの顔の方がずっと魅力的だった」


紬様は俺の言葉を聞いて、すげえ嫌そうに顔を歪めた。

あ、うん、普通の顔しなくてはいいと言ったけどそこまであからさまに「気持ち悪いな」って顔すると俺も傷つくよ?

「離してください」と低い声で言われたので慌てて手を解放してやる。


「っち。この初恋泥棒が」


言葉遣いが悪すぎるよ…、ねえ、君やっぱ俺のこと嫌いじゃない?

戸惑っていれば。今度は紬様に腕を取られて「江戸に戻りましょう」と急かされる。


「デートしてくれるんでしょう?夕暮れなんてあと三時間くらいしかないじゃないですか、こんなとこで言い争ってる場合じゃないです!」


…デートはしたいのか。乙女心難解すぎるな。


「仰せのままに。ーーー江戸城に転移すればいいですか?」


紬様が首を縦に振ったのを確認し、俺はすぐさま転移魔法を起動させた。

いまだに伸びてる陰陽師の奴らもついでに連れて行こうとしたら、慌てたように紬様が「待って」と声をあげた。


「デートって言ったの聞こえなかったの?邪魔者連れてこうとしないでよ!」


…部下なのに、「邪魔者」扱いなのね。

俺は「意外と頑丈だから放置しても平気よ」と言って見捨てられた陰陽師の奴らに若干同情しながら今度こそ江戸城に向けて転移したのだった。



「上野の甘味処へ行きましょう。行きつけがあるの。個室に通させるからゆっくりするのには最適なのよ」


和国の主な移動手段は車らしい。江戸城の中でも舗装された道路いっぱいに色とりどりの車が走っていた。

車はブリテンでも白の人たちが使っている乗り物だ。魔力が少しでもある人たちは移動プレートを使うけどな。

てっきり皇族が所有している車に乗るのかと思っていれば、予想に反して俺が乗せられたのは車ではなかった。

道ゆく人々に動物園のユニコーン並みに注目されながら、紬様に連れられて俺は城の外まで来ていた。

そのまま「ジンリキシャ」という不思議な乗り物に乗せられる。

「ジンリキシャ」を引いて俺たちを上野まで連れて行ってくれる若いマスキラが、俺の顔を一瞥した後、紬様の方に白い歯を見せて笑った。


「姫様、これは随分な二枚目じゃないですか。留学先で見つけたんですか?隅に置けませんね!」


ーーー皇族である紬相手にこの言いよう。随分気安い言葉遣いに驚いていれば、紬様は怒ったように「余計なこと言わないで連れてってよ!」と小さく叫んだ。

しかし、紬も怒っているふりはしているがこの若者への嫌悪感はないようだ。親しげな様子から見ても、どうやら旧知の仲らしい。


紬様に向かって猫でも宥めるように「そう怒らないでくださいよ」と笑っていたマスキラが、ふいっと俺の方へと首を向けた。


「赤髪のお兄さんは西洋の貴族様、といったとこですか?俺はこの仕事長いんでわかりますよ。立ち振る舞いが一般人とは違うもの。滞在はいつまでですか?」


客商売をしているせいもあってか、そのマスキラは非常に親しみやすい人物だった。上野に着くまでの三十分、俺がプロイセンから来たと知ると「あの魔法大国の!」と驚いてくれたし、こちらの話に耳を傾けつつも和国のおすすめの観光地だとか、「フランク王国では和国のアニメが大人気で、和国の次にオタクが多いんですよ!」などと雑学も交えながら語ってくれる。

俺たちがすっかり打ち解けたころ、「姫様の指名で他国の御要人を乗せるってことで先輩たちに押し付けられたんですけど、むしろラッキーでした!」などと裏話まで始めたマスキラ。紬様が「そういうのって黙っとくもんでしょ」と横でつぶやいていた。


「ローゼシエ様は度肝を抜かれるくらいの美形なのに気取ったとこのない素晴らしい方ですねえ、気難しい姫様を落としただけのことはある!姫様、このマスキラはモテますよ!ライバルたくさんでしょ!」


「落としたとか言わないで」と紬様が結構ガチなトーンでキレているのだが、「ジンリキシャ」のマスキラは「すみません、自分冗談下手なんで!許してください!」とちっとも悪びれずに笑っている。皇族の怒りに動じないって強いな?このマスキラに仕事を押し付けた先輩とやらもこの性格を買っているのかもしれない。単に他国の要人が怖かっただけかもしれないけど。

俺は肩を怒らせている紬様を宥めつつ、ずっと「ジンリキシャ」を引いている大きな背中に向けて声をかける。


「褒めてくれてありがとう。でも、お兄さんもモテそうだけど?」


ニヤリと笑った俺。

一瞬だけ振り返ったマスキラも同じように口元に弧を描いていた。


「そうですね!フィメルにもマスキラにも言い寄られることは結構あります!この顔に生んでくれた両親に感謝しなきゃ!」


「確かに!俺も両親に感謝するべきかも!」


俺たちが揃って爆笑していれば、紬様が呆れたように「あなたたちばかね」と首を振った。


「二人ともちょっとは謙遜しなさいよ。…まあ、ローゼシエが謙遜してるとことかあんまり想像できないけど」


相変わらず俺にだけ当たりが強い紬様の嫌味を「はいはい」と笑って交わしつつ、どんどん変わっていく景色に目を向ける。

外を走っていると車からカメラみたいなのを向けられるのはどこでもいっしょだな。笑顔で手を振っておく。ファンサービスは結構好きだ。


「…気のせいじゃなく、沿道に人集まってきてますね。ローゼシエってもしかしてとんでもない有名人です?」


マスキラが不思議そうにしている。

彼の言う通り、上野に近づくにつれて歩道には通れなくなるほどの人がきができていた。

なんか人多いなあとは思ってたけど…流石にこんな辺境でまで顔が売れてるとは俺も思ってない。

紬様が何やら気まずそうな顔で「いや、陰陽寮のせいだわ」と額に手をやっている。


「富士山の麓で私と話してた時も『百鬼夜行のボスが予想外の超絶美形だとは!』とか言って大騒ぎしてたからSNSあたりに書き込んだのかもしれないわ。上野に行きたいっていうのも言ってしまったしーーーごめんなさいね、あの子達悪い人たちじゃないんだけど、なんていうか、ちょっと自由すぎるの」


暗い顔で謝る紬様に、俺は本心で「気にしないで」と笑った。

目立つのは慣れてるしな。声援を受けるのも別に嫌いじゃない。


道端から送られる歓声をBGMに俺たちは車と並走しつつ、上野へ向かった。

ーーーなるほど、プレートで移動する竜大国からすると非効率すぎる乗り物だと思ったけど、たまにはこういうのもいいな。


すっかり仲良くなった「ジンリキシャ」のマスキラが「写真撮ってもいいですか?」と聞いてきたので渋る紬様の肩をたたきつつ、俺たちは三人で記念撮影をした。


「外国のセレブリティがファンサービスいいのって本当なんですね!いやあ、引き受けてよかった!」


マスキラが真夏の太陽みたいに笑ってくれるのでこちらも思わず笑顔になる。

写真くらいでそんなに喜んでくれると俺も嬉しいな。


「ただのセレブリティじゃないんだけど…まあ、ローゼシエがいいって言うのなら問題ないのかしら?」


店側も俺たちが来るのを首を長くして待っていたらしい。

店員にサインを頼まれたのは予想外だったが、空調の効いた奥の個室に案内され、俺たちはようやく一息ついた。

ーーーうん、ファンサービスは嫌いじゃないけど、やっぱり静かな方が落ち着くな。


「このお店はあんみつが有名なの。しらたまも美味しいからおすすめ。ローゼシエは何を食べたい?」


実は元から甘いものはそこまで食べないし、そもそも竜化してから魔素の入ってないものはほぼ口にしていないんだがーーー「デート」の途中でフィメルを悲しませるようでは人間として失格である。

俺は紬様が迷っていたうちの一つを指さして「こっちにする」と決めた。

紬様が「え!私もそれにしようかな」と同じのを選ぼうとするので、


「そこは別のにしなよ。俺のも分けてあげるから、両方食べたらいいじゃない」


あくまで親切心で言ったのだが、紬様に「デート慣れしてる」と恨めしげに言われてしまった。

失礼な。


「任務でエスコートする機会もあっただけ。…デートは初めてだよ」


紬様よ。

…なぜそこでそんなに驚いた顔をする?

少し拗ねた顔になったのは仕方ないと思う。俺が本命に振り向いてもらえないまま大人になっちゃったのは知ってるくせに。


「ーーー初めてのデートだったのね。それはなんだか悪いことをしたわね」


真剣な顔で謝られて俺は思わず吹き出した。


「なんで謝るの?かわいい年下のプリンセスがお相手で俺は嬉しいけど?」


紬様はしばらく俺の顔を伺うように見ていたがーーー俺が本心で言っているとようやく信じてくれたようで、小さく息を吐き出した。

そして、今日初めて花が綻ぶように笑った。


「ローゼシエって恥ずかしいことばっか言うけどーーーやっぱり太陽みたいな人ね。卑屈になってるの馬鹿らしくなるわ」


…前半で悪口を言われたが、後半は褒めすぎだ。なんだよ太陽って。


その後仲良く半分ずつあんみつと白玉パフェを平らげた俺たちは、会計時に奥から駆け寄ってきた店主だという恰幅の良いフィメルと記念撮影をして店の外に出た。


そして大勢の和国の人々に囲まれた。


「ローゼシエー!」「赤竜様!」「ヌラリヒョーン!」


俺の個人特定が着実に進んでいてで内心苦笑いする。

「ヌラリヒョン」とはなんだろう?紬様の役職か何かだろうか?


さりげなく紬様を背中に隠しつつ、俺は怪しい人物が紛れていないか確認する。

…五名ほど魔法使いが混じっているが敵意がないのでおそらく紬様の護衛だな。


ひとまず騒がしいだけで害はなさそうなので肩の力を抜く。

紬様が「どうしたの?」と背中を叩いてきたので、振り返って「不審者がいないか確認してました」と正直に告げる。


体を強張らせた紬様。俺が「不審者はいません」といえばわかりやすく安堵の表情になった。「結論から言いなさいよ」と睨まれる。


「…お忍びで上野公園散策くらいできるかと思ったけどーーー無理そうね」


紬様が残念そうに…そして少しだけ寂しそうに「江戸城に帰りましょうか」と俺の裾を引いた。

…そんな悲しそうな顔をレディにさせたままお開きっていうのは、俺の騎士道に反するな?


「ーーー上野公園とはどこですか?俺の得意な空中散歩で行っちゃいましょう」


「へ?」と首を傾げた紬様の腰に手を回して、俺は軽く地面を蹴った。

突然金色の光に包まれ宙へと歩き出した俺たちに大勢の人たちがカメラを向けていたが、レディを下から撮るのは俺が許せなかったので足元には大きめの赤いシールドを貼らせてもらう。


「ローゼシエ、めちゃくちゃ目立ってるわ!」


慌てる紬様には悪いが、目立っているという意味ではもう手遅れだと思うんだ。

諦めて楽しんじゃいましょう?とウインクをすれば、なぜか悔しげな顔で「そうね、確かに今更だわ」と頷かれた。

そこは笑顔で「ありがとう!」って言ってくれればいいのに。


「ローゼシエを連れ回す時点で目立たないのが不可能だったわね。本物みたいな薔薇の傘をさしてるし、ベールはあるのに透明なせいで顔も全く隠れてないし」


納得したように頷く紬様。…言葉に棘があるなあ。

苦笑いしながら紬様の指示に従って、俺たちは上野公園の上空に来た。

観光客が手を振ってくる。俺はサービスのつもりで魔法の小さな竜を作った。


…子供が大泣きしてしまって慌てて消したけどな。

しまった、和国の人って魔法慣れしてないんだった。


あたふたと下を覗き込んでいる俺を静かに見ていた紬様がーーー「ふふ」と上機嫌に笑った。

泣かせてしまった子供に「ごめんね」という魔力文字を飛ばしていた俺は、慌てて振り返る。

今度はどうした、今のどこが面白かった?


俺と視線があった紬様はーーー改まった様子で、「聞いてほしいことがあるの」と微笑んだ。


「なんですか?」


首を傾げればーーー「屈んで」と手をヒラヒラされる。

言われるがまま腰をかがめた俺はーーー次の瞬間、紬様に抱擁されて、驚きのあまり身を固めた。

紬様の結われた髪から溢れでたひと房が風に靡いて俺の頬を撫でる。

紬様からはサンダルウッドの香りがした。

小さく柔らかな身体は少しでも触れれば壊れてしまいそうで、俺は不自然に腰をかがめた姿勢のまま動けなくなる。

…気のせいじゃなければ下で凄まじい歓声が上がっているんだけど、これ、大丈なのだろうか?

俺の心配をよそに、紬様は俺の肩に顔を埋めながら、語り出した。


「ローゼシエ、無理言って連れ回してしまったわね。でもありがとう、この宝物のような思い出があれば、私はきっとこの先もやっていける」


宝物ときたか。少し外を散策して、甘味を食べただけなのに?


…俺は、初めて紬様は俺を好きである、と少しだけ信じられた。

紬様の気持ちが痛いほどわかるから。

きっと彼女とデートできたら、たとえ一分であってもその時間は俺にとっての「宝物」になると思うし。


紬様は今どんな顔をしているのだろうか。

体を離そうとしたら「だめよ」と拘束を強められた。


「もう少し聞いて。あなたのおかげで、私はたくさん成長できた。和国を出る前は自分がこんなに変われるなんて思ってなかった。私はずっと自分が可哀想な子だと思ってたけど…違った。周りに何を言われようが大切な人のために全力で不幸に突っ込んでいくあなたを見て吹っ切れた。『可哀想』かどうかなんて他人が決めることじゃないのね。自分が可哀想だと思うのは言い訳だった。ライラ様が結婚しても、他国に追い出されても、自分が死にかけてもーーー真っ直ぐに愛を貫くあなたを見て、私は変われた。不幸を抱え込むあなたを幸せにしたいと思った。そのために自分がまずは幸せにならなきゃいけないんだって気づいた」


紬様がそっと体を離した。

サンダルウッドの香りが遠ざかる。

低いところから俺を見上げる琥珀色の瞳に夕焼けが反射していた。


「ローゼシエは私のことなんて眼中にないのはわかってるわ。エリザベータ様を庇うくらいだし。ーーーでも、だからってあなたの視界に入るのは諦めないわ。留学が終わったら退場するモブになんてなってあげない。…幸い、ライラ様とシリル様は和国に思い入れがあるみたいだし、繋がりも続くでしょうから」


こんなふうに告白されるのなんて予想外すぎて、俺は放心してしまっていた。

え?さっきまで塩対応だったよね?

…これだからフィメルの考えることってわかんねえんだよ!

おそらく変な顔をしているだろう俺に向かって「いつ見てもかっこいい」と紬様は呟いた。


「…どうも?」


いや、なんだよその返し。もっと気の利いたこと言えよ。

再び口を開こうとすればーーー紬様が人差し指を立てて俺の唇に触れた。


「まだ話は終わってないわ。ーーーだからね、この私が諦めるのをやめたんだからね、ローゼシエも幸せになるのを諦めちゃだめよ?ブリテンを離れてからの自分がどんな顔をしてるかわかってる?魂を置いてきた人形みたいよ?」


…見透かされている!

ブランドンに続き二人目である。

唇を引き結んだ俺を見上げて、紬様は心底おかしそうに笑った。


「駆け落ちに和国を使ってもいいから。ーーージョシュア様より、ローゼシエの方が絶対いい男だもの。諦める必要なんてないわ」


な、何を言い出すんだこのお姫様は。

駆け落ち?誰と誰の?

…いや、わかってる。俺と彼女に決まってる。受け入れはしないけど!!!


「皇族ともあろう人がそんなこと言っていいの?」


思わず問い掛ければ、紬様はあっさり頷いた。


「いいに決まってるわ。私は自分の幸せのために王様になってやるんだもの」


ーーーとんでもない暴君にならないか?この人?


和国を飛んでいてよくわかったのだが、魔力持ちが本当に少ない。

紬様は異質だ。竜大国の魔法学校で平然とやっていけるだけの魔力を有してるんだから、一人だけレベルが違う。

…しかも自分でも言ってたが、黒竜とプロイセン王と知己の関係になっている。実質竜大国二つをバックにつけているわけである。

余裕で武力制圧できんじゃねえか。やべえな和国の将来大丈夫か?


考え込んでしまった俺をみて、紬様は少しだけ寂しそうに笑った。


「…わかっていたけど、私の言葉はあなたには刺さらないのね。いいわ、でもこれだけ言ったんだから次会いに行った時も『誰だっけ?』とはならないでしょ」


紬様は喋るだけしゃべって「帰りましょう」と俺の袖を引いた。

俺は「はい」と頷いて江戸城へと転移した。正直何を言えばいいのかちっともわからなかった。


江戸城の正門の前で「じゃあ私はこれで」とあっさり背を向けようとする紬様を俺は慌てて呼び止めた。


俺はこの子には何もしてあげられなかった。むしろパーティーの時は悪意に晒したし、副官には洗脳魔法までかけさせてしまった。

こんなろくでなしをなんで好きだというのか全く理解不能だが…告白されたのは間違いないみたいだし、返事はしないといけない。

スッと息を吸い込んだ。紬様が何かに怯えるように後ずさったが、逃さないように距離を詰める。

触れはしない。それでも視線で捕まえる。

ーーー言い逃げは許さねえ。


「幸せになって。俺みたいなのじゃなくて自分を見てくれる相手と添い遂げて。王様になるっていうんなら国民も幸せにしてあげてね」


紬様は少し視線を伏せた。

泣き笑いのような顔で「最後まで優しい嘘はついてくれないのね」とこぼす。

…当たり前だ。叶わないけどやめられない片想いの辛さは誰より知っている。


言うことは言ったので、俺は今度こそ踵を返した。

背中越しに「私は王様になれるかな」と小さな声で問いかけられた。

…どうだろう。そもそもならなくていいのに王様になりたい気持ちがあんまりわかんない。

でもーーー俺は転移魔法を発動しながら…案外紬様は王様に向いているのかもなと思った。


「弱っちいくせに始祖竜に囲まれても洗脳されても、ちっとも怯えないんだもんな。肝座ってるし案外リーダー向きかもな」


富士山の麓に転移して、誰もいない場所に向かって呟いた。

本人には言わない。

「好きな人」の言葉は時には呪縛になるから。


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