第五十一話 陰陽師さん初めまして
「あれが富士山です。ーーー山頂付近の洞窟に黄色竜さまはいますよ」
青飛竜に連れられて飛ぶこと三十分、青みがかった美しい山が見えてきた。
紬さま曰く和国で一番高い山らしい。
「東京から富士山まで三十分って飛行機並みだわ。便利ねあなたたち」
紬さまが何やら感動している。…俺のマックススピードで飛んだら三倍は早いっていうのは黙っとくか。
「わあ、本当に富士山だ!なんか青光りしてるけど間違いなく富士山だ!ニホンって感じだああ」
…ライラは富士山がよほど気に入ったらしく。「すごい」「懐かしい」を連呼している。
かわいい、優勝、動画撮りたいーーーじゃなくて、あんなに素直に喜びを表現するのは珍しいな。うん。
「…はしゃぎすぎですよ、ライラさま。本当に異世界と和国は似てるんですか?」
「そっくりだね!食べ物も文化も、名所までそっくりだよ!無理言って来てよかったなあ」
ーーー俺も追い返さなくてよかったあああ!!頭に血が上ってとんでもない愚を犯すところだったぜ。あぶねえ。
「…百面相してどうしました、赤竜さま?」
青飛竜が不思議そうな顔で聞いてくるので「シ!黙れ!」と注意しておく。
クール冷徹ローゼシエで行く予定なんだよ。
「…素直になればいいのに」
紬さまがボソリと呟いているが聞こえないふりだ。いまだに「富士山!河口湖!白鳥ボート!」というよくわからない単語を叫びながら黒竜は興奮している。
見えないけど絶対口元ゆるゆるなんだろ?
「ハアアア、今日もあまりにかわいい」
あ、やべ。口から出たわ。
背中に視線が突き刺さってる気がしたが、俺は「よし!出発!」と叫んで誤魔化した。隣にいた白金竜の腕を掴んで山頂へ目指して飛び出そうとしたところでーーー前方から、魔導プレートに乗った集団が近づいてくるではないか。
集団は一様に黒い着物を身につけ、手には僅かに魔力が込められた小さな札を持っている。全員が魔力持ちではあるようだが、総じてレベルが低い。
「止まれ!ここから先は陰陽寮の管轄地だ!勝手な行動は敵対行為と見做す」
喧嘩か?面白え。
「誰に物言ってんだよ?ーーー陰陽寮だかなんだか知らないけど、止めるっていうならやってみな!」
しまっていた魔力を一割だけ解放する。
陰陽寮だと名乗った集団が怯んだように後ずさった。
俺はわざと挑発するようにして魔力の玉を両手に作った。
「心配すんな。殺しはしねえ」
振りかぶって、魔力球を投げつけようとした。
「待ってください!!あれは知り合いなのです!ーーー馬鹿者!この方をどなたと心得る!かの大国プロイセンの赤竜様だ!」
紬様が黒竜を引っ張るようにして俺と陰陽寮の集団の間に割って入った。
俺は今にも手から離れそうだった魔力の球を消滅させた。
ちぇ、久々に暴れたかったのに。
「陰陽の上!?なぜここに?」
まさか紬様が現れると思っていなかったらしい。あっけに取られた陰陽寮のマスキラ達は先程までの勢いをなくし、オロオロとし始めた。
…陰陽の上ってなんだろうな?紬様の役職っぽいけど。
紬様は陰陽寮の者たちに背を向けると、俺に向かって「度重なる無礼をお許しくださいませ」と申し訳なさそうに謝ってきた。
別にいいよ、と手を振っておく。
…黒竜よ、そんなもの言いたげな顔で見るな。
「思いっきり魔力ぶん投げる気満々だったじゃん」ってつぶやくなよ。その通りだけどさ。
え、ちょっと待って、なんでこっち来んの?
紬様前に追し出して自分は俺の方に寄ってくんの?すごい器用なことすんじゃん。浮遊魔法は得意なんだね。じゃなくて、待って、近寄ってこないで、え、ちょ…。
「江戸城にいないからどこへ出払っているのかと思えば、まさかここにいたとは」
紬様の声は冷たい怒りに満ちていた。陰陽寮の面々が慌てたようにプレートの上で低頭した。
俺は空中で両手を突き出して来ないでくださいポーズをしてる。黒竜は無表情でぐいぐい距離を詰めてきてる。やめて!手首掴まないで!
「ーーーおかえりなさいませ!陰陽の上!百鬼夜行とともにご帰還と噂で聞きました」
紬様が怪訝そうに眉を寄せた。
俺は黒竜が手を取って柔らかいほっぺを手のひらに押し付けてくるから、空いている方の手でさ、彼女を退かそうとしたの。
そしたらさ、何されたと思う?
「私が百鬼夜行とともに帰還?…誰なのそんなデマを流したのは」
陰陽寮のマスキラ達は困ったように顔を見合わせた。
デマも何も彼らは自分の目で見た、というではないか。
なんてこった、自分で見たならそりゃあ真実だ。
猫みたいに俺の手に擦り寄りながら、「撫でて?」って頭の上に手を持っていった黒竜も現実だよな?!白昼夢じゃないよな?!
「…急にほっぺつねってどうしたの?まだ撫でられ足りないんだけど」
手を取られてね、再び彼女の形のいい小さな頭の上に運ばれました。
「……ふぁい」
あああああ!!!
現実でしたあああ!!!
「魔導飛行船に並走する何体もの巨大な妖!妖の周りには無数の赤く光る蛇達!百鬼夜行とはまさにあのことーーー天災の前触れに違いないと思い我らは神休めの儀式を毎晩行っております」
紬様が固まった。
そして俺の方を見るではないか。
黒竜に両手を拘束(?)され、強制的にほっぺすりすりと頭なでなでさせられている俺を!!
「…陰陽師の言う百鬼夜行って飛竜とローゼシエのしもべ魔獣のことね。そこの二人、仲直りしたのはよかったですが、ところかまわずイチャイチャしないでください!特にそっちの人妻の方!旦那に告げ口しますよ!」
俺達を見てため息をつく紬様。「仲直りしてねえ」と涙目で言ったけど紬様には黙殺された。
黒竜はといえば俺を好き勝手しながら「告げ口すれば?」と挑発するように微笑むではないか。唇を少しだけ突き出すのはやめてくれ。キスすんぞ。嫌われるの怖いからそんな勇気ないけど。
やばい、俺の好きな顔ランキング三位の小悪魔スマイルが来てしまった。一位は泣き顔で二位は満面の笑みだ。
違う、俺は何を言ってるんだ?
紬様は黒竜としばしの間睨み合いーーー眉間に手をやりながら部下たちの方へと向き直った。
俺は必死に黒竜に転移魔法をかけて元の位置に戻そうとしていた。
離れてくれと全力で願っている俺に対し、無常にも黒竜は得意の黒魔法で転移魔法を打ち消してくれやがる。
「ーーー勘弁してくれよ。今更なんだよ…」
俺の口から溢れでたのは紛れもない本心だった。
転移魔法を諦め、「離して」と何度も懇願していれば、黒竜はようやく俺を解放して紬様の横へ戻っていった。
「ーーー今更離れるなんて許すわけないじゃん」
…という心臓に悪すぎる捨て台詞を残して。
なんだったんだ。
自分の右手を呆然と見てしまう。
ほっぺ柔らかかった…。久々に浴びたデレの威力がえげつねえ。
陰陽師と紬様が俺の遣わせた飛竜のことで言い争ってる気はすんだけど、なんも頭まわんねえよ。
「…私の飛行船とに並列飛行してたのは護衛の飛竜よ。妖ではないし百鬼夜行でもない。都で私の帰郷をみて盛大な勘違いしたとしても、なぜ江戸でなくて富士山にいるのよ?」
紬の部下だと名乗った中年のマスキラが額に汗を浮かべながら弁明を始めた。
なんでも土地神がいると地元住民から通報があり結界を張ろうとしていたらしい。
「二日ほど前に百鬼夜行が再び確認され、富士の山に消えていったとの目撃情報が江戸から山梨にかけて何件も寄せられたのです。我々は陰陽寮の陰陽師としてこの件を調査し…ついに土地神を見つけたのです!」
「あの山の頂上付近にいます!」と誇らしげに叫ぶ陰陽師のマスキラ。
…ようやく俺も話に追いつけた気がする。和国に居着いた黄色竜はどうやら土地神扱いされているらしい。
「土地神様の姿を直接みたものはいるの?」
紬様の問いに、陰陽師のマスキラが首を横に振った。
「地元住民の話では土地神様は数年前から富士山に住み着いたようでして、ごくたまに人間の姿に化けて麓の村まで降りてくるそうです。でもそのお姿が金色に発光しているとかで、人間でないのは一目瞭然のようです」
金色に発光かあ、それは目立っちゃうだろうなあ。
俺たちの間に漂う微妙な空気に、陰陽師達もようやく気づいたらしい。
「…まさか、陰陽の上も土地神様が目的で?」
戸惑ったように尋ねる部下に、紬様が「そうよ」と頷いた。
陰陽師達が困ったように顔を見合わせている。
「ーーーもう少し待っていただけませんか?一週間ほど頂ければ我々の方で調査して陰陽の上に報告差し上げますので」
紬様は何故かせせら笑うように陰陽師たちを見た。
「ばかね、一週間も待てるわけがないでしょう?始祖竜様方は暇じゃないのよ」
めんくらったような顔で陰陽師達が俺と黒竜と白金竜を見た。
どうしたんだろう?
「お、陰陽の上ーーー始祖竜、というのはどちらに?…我々には見つけられないのですがーーー」
…なんと俺たちが始祖竜だと陰陽師たちは気づいてなかったらしい!
衝撃の鈍さである。魔力感知できないのか?
俺が一人衝撃を受けているとーーー紬様が「もういいわ」と首を振った。
「ーーー白金竜様、赤竜様、黒竜様、我々はここで待機しますので黄色竜様のところへ向かってください」
紬様の言葉を聞いた陰陽師達が「なりません!土地神様に手を出せば祟りが起きますぞ!」と騒いでいる。
俺と青竜は思わず顔を合わせてしまった。
全然納得してなさそうなんだけど、これ、行っていいのかな?
ーーーなんて呑気に思ってたらさ、陰陽師のやつらやりやがった。
「陰陽の上をたぶらかしたな!ーーー陰陽の上から離れろ!私は令和の安倍晴明だ!秘術、鎮宅霊符!」
黒竜に向かって魔力のこもった札を飛ばしやがったのだ!
俺は考える前に体が動いてた。
彼女の前に転移して、高温で札を焼き尽くす。
…一瞬で墨と化したそれを見て、令和の安倍晴明と名乗ったマスキラは愕然としている。紬様が焦ったようにマスキラの横に移動しているのが見えた。
「そんな…鎮宅霊符一枚書くのに、阿部家の陰陽生百名が全霊力を注ぎ込むのに」
くだらないセリフも段々聞き飽きてきたな。
俺の魔力がゆらりと漏れ出たのを見て、紬様が顔色を変えた。
令和の安倍晴明の首根っこを掴んでプレートに叩きつけた。
自分も続いて頭を下げた。
悲鳴のように叫ばれる。
「申し訳ございません。誰に歯向かっているのかもわかっていないのです。この痴れ者にはよく言い聞かせておきますので、どうぞ目的を果たされてください」
冷めた目で後頭部を晒す二人を見つめていればーーー右手は黒竜に、左手は白金竜に引っ張られた。
口を揃えて言われる。
「あんなしょぼい魔力の紙っぺらで私が傷つくと思う?逆に失礼だよ?」
「あんなのは攻撃と言わないだろう。啖呵を切った割りには子供の遊びより酷かったぞ。赤竜は何をそんなに苛立っているのだ。先を急ごう、お前自分の時間制限忘れてないか?」
いまだに例のマスキラを睨んでいる俺を二人が強引に引きずっていく。
「重いではないか。お前が一番でかい図体してるんだから我らを運べ!」
白金竜にキレられたので二人の荷物のように運ばれていた俺は体に力を入れ直し、渋々竜化した。
後ろで悲鳴が上がっている。…まだ俺たちが始祖竜だって信じてなかったのかよ。「だから言ったでしょう?!」と紬様の怒鳴り声も聞こえる。彼らの世話には紬様もなかなか手を焼いていそうだ。
しばらく飛べばすぐに山頂付近の洞窟の入り口へと到着した。
竜のままでは洞窟に入れないので俺は人化する。
「着いたがどうする?」
白金竜の問いに、少しの間俺たちは顔を合わせていたがーーーまず、黒竜が洞窟へと踏み出した。
しかし、次の瞬間ーーーー
どおおおおおん!!!!!
爆発した。
俺は慌てて黒竜の前へ出た。
爆炎から庇うようにシールドを貼った俺。
黒竜がシールドの向こうの爆風と飛散物をあっけに取られたように見ている。
もう!ぽかんとするのかわいいけど、ちゃんと自分の身は守れよ!
内心怒りながら、爆風が止んだのを見計らってシールドを解除する。
無言のまま固まっている黒竜の頭から肩、背中、脚と順に魔力を巡らせて確認した。
よし、怪我はないな。
「…でに、す?」
黒竜に呼ばれて我に帰る。
ハッ!しまった!つい癖でーーー
いや、今からでも遅くない。彼女を拒絶している演技派に戻れ俺。
意識して無表情になって、彼女を見下ろしながら俺はいった。
「自分の身くらい自分で守れ。黒竜だろ」
ーーーふ、決まった…
「ーーーいやいやいやいやいや。全然誤魔化せてないよ?守るんならこのおばあちゃんが先でしょ?黒竜なんてそもそもが頑丈なんだから大した怪我しないよ?それなのに全身くまなく怪我してないか確認して『ああよかった、無傷だ』って一瞬口元綻んじゃってたよ?」
…。
「心配しました、白金竜サマ、ご無事で何より」
「取ってつけたように言うなよ!」
ギャイギャイと騒ぐ俺たちの方へーーー「余所者は入ってくんな!」と洞窟の方から叫び声がした。イタリア語だったから一瞬頭がついていかなかったけどなんとか聞き取れた。わかってなさそうな黒竜にも「警戒されてます」と伝えておく。
俺たちは揃って洞窟を観察した。
いまだに土煙が待っている。どんな勢いで魔素を暴走させればこの魔素のうっすい和国であの爆発を起こせんだよ。
「立ち去れ!今すぐに消えろ!」
再び黒竜が俺を見た。はいはい、通訳者になればいいんでしょ。
それにしてもなぜ竜語で喋らないんだ…仕方ない、俺が行くか。
「二人は待っててください。俺が話を聞いてきます」
「でも来るなって言ってるよ?」と心配そうに見上げてくる黒竜に、俺は「問題ない」と笑いかけた。少し悪い顔になっていたようで、彼女の顔があきれたものへと変わっていく。
だってーーー誰にものを言ってんだって感じだもんな?
「誰のことを心配してます?…俺、文字通り最強なんで大丈夫」
白金竜が頭を抱えて首を振っている。
黒竜は右手をひらひらと振ってきた。
早く行け?
仰せのままに。
俺が薄暗い洞窟をの入り口をくぐれば、爆発とは別の罠が作動した気配がした。
…面倒くせえ。
「ーーー全部燃えろ」
赤の魔素濃度をマックスにして、怪しげな魔力反応があった場所を一瞬で焼き尽くしてやった。
「そ、そんな、何があった?なんで、頑張って仕掛けたのにーーー」
奥から声変わり前の子供のような声がする。金色の光もぼんやりと見えている。
俺は浮遊魔法でゆっくりと進んでいった。
「やめて、来ないで」
子供のような声で悲鳴をあげているがーーー
俺は気にせず最奥を目指した。
黄色竜が視界に入った時、正直に言って、俺は戸惑いを隠せていなかったと思う。
だってーーー
「お前、誰だよ!ボクたちになんのようだよ!」
…びっくりである。
「…黄色竜は、双子竜なんだな」
俺はゆっくりと着地し、二人の子供ーーー地面に倒れ込んでいる子供とその子供を守るように両手を広げている子供に歩み寄った。
警戒感をあらわにする片方と目線を合わせるべく、地面にあぐらをかいて座った。
接近したことで俺の魔力が見えたのか、金色の子供が一歩気押されたように後ずさる。
「双子だからなんだよ!お前も…ボクから妹を奪いに来たのか?!」
俺に食ってかかる子供を黙って見上げていればーーーずっと寝そべっていた方の子供がよろよろと体を起こした。
先ほどから俺を必死に威嚇している方を宥めるように、背中に力なく手をやった。苦しそうに息をしながら話す。
「(竜語)兄様…いいから、この人を怒らせたらまずいよ…」
「(竜語)黙ってろ!ーーー俺は黄色竜なんだ!こいつが強そうだからって負けない!」
恐怖と怒りに揺らぐ金色の魔力は始祖竜らしく眩いまでに激しかった。
…片方の竜は、という注釈がつくが。
双子竜はそっくりな容姿をしていた。ボロ布をギリシャ人スタイルで肩から巻きつけ、癖のない髪を肩で切りそろえている。ぱっちりとした丸い二重に始祖竜らしく左右対称な整った顔立ち。
ただし、この双子、色味は全く違う。
片方は陶器のように白い肌以外全てが黄金だった。
そして、もう片方は、瞳だけが同じく金色でーーー他は全て白かった。
ほとんど魔力がないようだった。魔法使いの家に生まれれば「色なし」と呼ばれるであろう子供だった。
白い髪と金の瞳が人間だった時の「彼女」に重なってしまい俺は一瞬息を止めた。金の瞳が困惑の色をのせて俺を見つめ返してきた。
白い方を見過ぎてしまったらしい。金色の方が白い方を守るように背中へ押しやった。
「なんの用だよ!」
警戒を隠そうともしない金色方の声で俺は我に返った。
金色の方に視線を戻し、できるだけ優しい声で「助けに来たんだよ」と言ってみる。
すると激しい反応があった。
金色の方から「嘘だ!」と魔法の矢が飛んでくる。
あぶねえ。やんちゃな年頃か?
「嘘じゃねえよーーー俺は赤竜だ、わかる?始祖竜の仲間」
俺の言葉を聞いても初めは黄色竜たちは信じなかった。
特に金色の方が訝しげに「仲間?」と眉間に皺を寄せた。
そんな金色の背中から再び顔を出したのは白い方。
俺の爪先から頭のてっぺんまでしげしげと観察している。
白い方はしばらく俺を眺めていたが、最後に一つだけ頷いた。
金色の顔を覗き込み「兄さん、本当みたいだよ。この人は赤竜だ」と柔らかく告げる。
「ーーーしろがそう言うなら信じるけど」
唇を尖らせた金色の頭を白の方が笑いながら叩いた。
そしてーーー白の方が俺の方へと振り返った。
随分と大人びた目をした子供だった。
…いや、始祖竜の記憶があるから子供じゃないのか?
白と呼ばれた子供は「赤竜ーーー初めまして。いきなりですがお願いがあります」と俺の方へ近寄ってきた。
ふらつく子供が今にも倒れそうで、俺は慌てて手を伸ばす。
腕の中に収まった子供の手首を掴んでゾッとした。
枯れ枝のように細かった。
白は俺に向けて「お願いがあります」ともう一度言った。
「ーーー兄様をよろしくお願いします。…来てくれてよかった、ボクはもう長くないから、兄様が一人ぼっちになっちゃうとこだった」
子供とは思えない憂いを多分に含んだ顔で白はほんのり笑みを浮かべた。
そして糸が切れたように意識を失った。
慌ててかかえ直しーーー白の全身が熱を持っていることに今更気づく。
「ーーー熱があるのか?」
額に手を当てる。
…驚くほどに暑い。
焦って立ち上がる。
金色の方が「おい!白をどこに連れてくんだ!」と叫んだが「ついてこい」と顎で示す。
「どこいくんだよ!」
白を抱えたまま無言で入り口目指して飛んでいれば、あっさり金色の方が追いついてきた。
横に並んだ生意気な顔を見ながら、こいつは魔力操作のセンスがいいなと思う。
「治療してもらおう」
「治療?」と金色が首を傾げる。
「白は病気だ、医者を連れてきてるから診てもらう」
金色はしばし呆けていた。
ちょうど入り口に着いたので、「白金竜!」と呼びかける。
「どうした?ーーーなんだこの子供は?なぜ黄色竜の住処に?」
不思議そうに問われる。
え?
「…この白い子供も黄色竜だよ。双子みたいだ」
俺の言葉を聞いて白金竜は「でも魔力が全然感じられないぞ?」と首を傾げた。
…そうなんだよな、俺も初め存在を感知できなかったし。
「器は大きいが心の臓はひとつしかない。まるで人間みたいな存在だなーーーしかも死にかけだ。これは治療も無駄だ」
会話を聞いていたらしい黄色竜が「どういうことだ?!」と血相を変えて弾丸のように突っ込んできた。
めちゃくちゃはええ。
俺は咄嗟に頭を鷲掴みにした。
白金竜がほっとしたようにこちらを見た。目で追えていなかったらしい。
「はなせ!」と両手両足を振り回す金色を「落ち着け」と宥める。
「落ち着いてられるかよ!白、数日前からどんどん弱ってて、呼吸の音も小さくなっててーーー」
「白、死んじゃうのか?」と透明魔石をポロポロこぼしながら金色の子供が泣く。
…なんとかしてやりてえな。
「白金竜、本当に打つ手はないのか?」
白金竜は困ったように「方法がないわけじゃないがーーー」と口をつぐむ。
なんだろうと思っていればーーーいつの間にか近くに来ていた黒竜が「さっきからなんて言ってんの?」と耳打ちしてきた。
…イタリア語、君は確かにわかんないよね。
アホだもんね!
内心「竜大国の言語は抑えとけって言ったのに」などと思いつつも、金色の子供が叫んでいたことを通訳してやる。
「なるほど」と黒竜は神妙そうに頷いた。
乱れていた黒髪を耳にかけ、パンとひとつ手を打つ。
「魔力の器が大きすぎるんだよね?ーーーじゃあ、心臓を移植しちゃえば器と釣り合うんじゃない?」
…などというトンデモ発言をした。
え、何言ってんの?と俺はドン引きしたのだがーーー白金竜が「その通り」と苦い顔で頷くではないか。
マジか、そんなんでいいのか。
じゃあ簡単だな、と胸を撫で下ろす俺…と隣の黒竜。
白金竜が訝しげに「だから無理だと言っただろう?どこにこの子に心臓を差し出す人間がーーー」
「「ここにいる」」
…ハモってしまった。
黒竜の方を見る。夜色の瞳とバッチリ目があった。
俺たちは顔を見合わせーーーまたもや同時に言った。
「「いや、お前はダメだよ」」
白金竜が「仲がいいが、正気か?寿命で数百年は縮むぞ?」と眉を寄せている。
…仲は良くないがな!
「俺の寿命なんていくらでもくれてやるからやって。ーーー黒竜はダメだ。黒竜が心臓を差し出したら俺が白金竜をぶん殴る」
黒竜が「は?」と言ってるが無視だ。
俺は黙って白金竜の背中を押して、今にも息途絶えそうな白の前へと連れていく。
「ちょっと、デニス?!何勝手に決めてんの?私の心臓にしてよ!」
許すわけねえだろ、俺が。
心の中でつぶやいて、無言でこちらを見てくる白金竜を急かす。
「…まあ、いいか、多分どっちも必要だしな」
ーーー意味深なことを言いながら白金竜は地面に横たわっている白に手をかざした。
「いいか、赤竜。ぼくがカウントするからゼロになったら手の真下に心臓を転移させて」
わかった、と頷いた俺に追いついてきた黒竜が「ねえ!なんで聞いてくれないの?!」と縋り付いてきたが無視した。
「じゃあ始めるよーーー5、4、3、2、1」




