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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
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第四十六話 話を聞いてみる

俺は唇を知らない間に噛み締めていたらしくーーーベール越しに覗き込んできたレイモンドさんが「ほんっっとお人好し」と乾いた笑いをこぼしている。


「ーーーローゼシエ、自分を身勝手に追い出した国がボロボロになってんだからちょっとはスカッとした顔してくださいよ。…優しすぎんだよ、昔から。自分が欲しいものは全部譲ってさ、能力が高すぎて守るものばっか増やしてく。そのくせ自分が傷ついてようが周りには全く見せやしない」


守るものが増えてくのは当たり前だ。だって俺は彼女の騎士だもの。彼女が黒竜になって国を背負って立った時から俺の守るものだって加速度的に増えていった。

というかスカッとした顔ってどんな顔だろう。

多分、嬉しい方の顔だよな。

無理に決まってる、俺だって全力で騎士団長やってたし、ブリテンが今でも好きだ。母国がボロボロって聞いて喜べるわけがない。


「スカッとはーーーできない。というか、パーシヴァル様とまだ連絡とってんだな」


レイモンドさんはいきなり自分の話になったせいか、ギョッとしたように目を見開いた。

隠す気ないくせに。パー様って呼んでるの身内とあんたくらいだよ。


「そりゃあーーーまだ、側近辞めるの認めてもらってないし」


レイモンドさんの青い瞳が海の底のようにゆらゆらと揺れた。

…この人、ぜんっぜんパーシヴァル様のこと諦められてないらしいってことだけが一瞬でわかった。


俺の表情を見て、ベール越しとはいえ透明に近いからよく見えるのか、レイモンドさんが嫌そうな顔をした。


「やめろお前その顔…わかるよって言いたげだなおい。ーーー反逆者の父親を持った俺がいると、あの人俺のことまで悪意から守ってくれようとするからな。さっさとトンズラするに限る。あんな綺麗な嫁さんもらって立派なマスキラになったんだ。俺は新天地で幸せを見つける」


…とか言いながら、レイモンドさんはこっちに顔を向けようとしなかった。


俺たちの間に気まずい空気が流れーーーレイモンドさんが「それにしてもさ」と少し大きな声を出した。


「赤竜のそばにいるとほんと飽きないな。しかも次々に大物が来るし」


はははと乾いた笑いをこぼすレイモンドさんにーーー俺はずっと誰かに聞いてみたかったことを聞いてみた。


「俺わかんないんだ。ーーーなんで黒竜は、しもべ魔獣を送ってくるんだろ?」


レイモンドさんは緑魔法を使って俺のむしった草を復元してた。

ニョキニョキ生えてくる芝生を二人で眺める。


レイモンドさんは慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと話し出した。


「ーーー寂しいんじゃない?…ローゼシエがいなくなって、黒竜様色々大変なことあったんじゃないかな。俺が知ってんのは夜間の護衛の件と新しい側妃のことだけだけど。ローゼシエを追い出した経緯は俺は知らないけど…本意じゃなかったんだろうなとは思うよ。だって黒竜様昔っからお前にべったりだったし。しもべ魔獣使ってでも赤竜と繋がってたいっていうのは俺からしたら別に驚きじゃないーーーいなくなってその大事さを痛感したのは…一番痛手を負ってるのは、黒竜様なのかもな」


胸がいっぱいになって、息が苦しくなった。

赤竜でよかった。息吸わなくても魔素取り込めるし。

どんなに堪えようとしても、コロンコロンと転げ落ちていく透明魔石を止めることなんてできなかった。

…だって、あんまりな言い分じゃんか。


「ーーーおれがいちばんはなれたくなかった。ほかの誰に何を言われたって平気だった。なのに、あいつはあっさりさしだした。おれだって傷つかないわけじゃないのに…今更寂しいなんて言われたって困る。もうもとにはもどれないのに」


レイモンドさんは「ごめん、俺が悪かったから泣くな」って横ですげえ慌ててた。

頭の片隅でレイモンドさん可哀想って思う。

だっておれが聞いたから答えただけなのにな。


透明魔石のかまくらが作れるんじゃないかってくらいに泣いて、ようやく落ち着いた。先ほどから挙動不審になっていたレイモンドさんも心底安堵したように眉をハの字にしている。


「デニスに泣かれるとすげえ不安になる。ーーーお前、フィメルに生まれてなくてよかったな?泣いただけで多分全マスキラ落とせてたぞ?」


…レイモンドさんが混乱のあまり不思議なことを言っているが、いい歳して本気で泣いてしまった俺は無性に恥ずかしかった。

穴を掘って、埋まりたい!!!


と、この辺でふと「あれ?」と思う。


「ーーー俺、すっげえ魔力揺らしてんのになんでレイモンドさん平気そうなの?」


この時、レイモンドさんがすごく気まずげに目を逸らした。

…何か隠していると顔に書いてある。

でも正直教えて欲しい。俺だって周りの人間がバタバタと倒れていくのを見るのは嫌なのだ。

「絶対言いたくねえ」と頑なに口を開こうとしないレイモンドさん。

「勿体ぶるなよ」と責めてみても「勿体ぶってる訳じゃなくて言いたくねえ」と首を振っている。


「俺に感謝してるって言ったじゃん!人助けだと思って教えてくれよ…」


などと元上司である事を笠にきてレイモンドさんの良心に散々訴えかけ、粘りに粘ってなんとか聞き出せたのだがーーーなるほど、言いたくないなそれは、というのが初めの感想だった。

しかも特殊すぎてほかの人に全く適用できないし。


「…パーシヴァル様とパートーナーだった時の名残で黒の魔素がたくさん身体に残ってて、しかもパーシヴァル様の丹精込めて作り上げたサークルストーンがあるから始祖竜の魔力が聞きにくいと。…さすがパーシヴァル様、黒竜の儀の役割者だっただけあって魔力も優秀だな」


午前中に俺の魔力に当てられたレイモンドさん。

離宮に案内されてすぐ、パーシヴァル様に俺の魔力のことを世間話程度に話したら「俺のサークルストーンをつけろ」と言われたらしい。

結果、効果てきめん。

さすがはパーシヴァル様だ。言うことが的確である。


「ーーー午前に俺に会って、城を出たあとすぐに連絡したんだなとか、パーシヴァル様忙しいって言ってた割にレイモンドさんにはすぐ返事するんだなとか思ったけど触れないでおくわ」


「ーーー口に出すなよ!触れないって言うのはな、心にしまってそっとしておくことを言うんだよ!」


…憎まれ口を叩いてしまったのは許してほしい。

透明魔石が目の目でピカピカ光っててだな!めちゃくちゃまだ恥ずかしいんだよ…。



レイモンドさんと別れた俺はカウチに身体を預けて考え事にふけっていた。

一回泣いてだいぶスッキリした。

そのおかげで一個違和感に気づけたのだ。


「…黒竜って、一回自分で決めたこと曲げるタイプじゃないよなあ。ましてや『寂しい』とか死にかけてても言わなそうだよな」


「彼女」はそんな弱いフィメルじゃない。

さっきの話だってそうだ。あれだけ戦闘が苦手なのに、必要となれば自ら矢面に立って外敵を打ち払ったってことだ。

大体なんでもできてしまう俺にとって、不恰好でもカッコ悪くても自分の意思で突き進んでいく彼女はかっこよくて、不屈の心は光そのものだった。

…その彼女が、必死にしもべ魔獣を送って来ているのである。


「ーーー戻って来て欲しい、しか言わないから紛らわしいんだよなあ。なんで戻って来て欲しいのかちゃんと聞こうとしない俺もダメなんだけどさ」


彼女から初めのしもべ魔獣がきた時、俺は手紙を開いた。

その手紙には要約すれば「なんでもするから戻って来てくれないか」みたいな内容が書かれてた。

そもそも俺は戻りたくても戻れないし、今更何言ってんだってキレたわけだがーーー今思えば、大変な何かが起きたんだろう。

彼女が「なんでも」差し出してもいいから解決したい問題が起きたのだ。


「ーーーはあ、思い悩むっていうのがそもそも俺らしくなかったな」


俺は早速しもべ魔獣を呼び出して伝言を頼むことにした。

…肉声は入れなかった。彼女と関わらない方がいいっていうのは本当のことな気がする。実際俺がいなくなったおかげで黒竜としてはずいぶん成長してるし。


頭の上をくるくる回っている赤蛇の横に、魔力で文字を書いた。

うっかりプロイセン語で書き出して、苦笑いしてしまう。

彼女はプロイセン語は読めないのに、最近プロイセン語しか使ってなかったからつい出てしまった。

何度か書き直し…それでもすぐに文字自体は書き終わった。

久々に描いたブリテン語を俺は数回チェックする。


「俺はプロイセンから出られない。守りの魔法陣の仕組みがそっちとは違う。詳しくは言えないけど500年くらいは自由に身動きは取れない。そっちで何かあっただろ?ろくに手助けできないだろうけど、言うだけ言ってみて」


ーーーよし。久々の手紙にしては情緒が足りない気がするが、今やただの赤竜と黒竜だ。問題ないだろう。いや、ただの赤竜と黒竜ってなんだろう。自分で言ってて意味不明だ。


空間に浮かんだ文字を順番通りに透明な魔力で繋いだあと、赤蛇に飲み込ませる。


「まずそうな顔すんなよ…黒竜だけがいるところで吐き出せよ。ほかの人間とか始祖竜がいたらダメだ」


赤蛇は無理やり文字を飲み込ませた俺を恨めしそうにみやりつつも、了解というように宙で一回転し、ブリテンへ向けて飛んでいった。



返事が来たのは7日後だった。

若干よろよろとした黒猫が俺の前に現れた。

ちょうどシリル君が遊びに来ていたので、魔力通話をぴこぴことやってる彼を手招きして呼び寄せる。


「…何?今エゴサで忙しいんだけど」


「ーーー暇ってことだろそれ。いいから早く」


シリル君は仏頂面のままのそのそと近寄ってきた。

そして俺の足元に座っている猫に気づくと、「え、きたな!どっから迷い込んだのこいつ!?」というひどい感想を述べた。


…一応、黒竜の僕魔獣だと説明すれば、シリル君は「だから気配がしないのか、さすが黒魔法」と納得していた。


「なんでこんな泥まみれで毛艶悪いの?もしかしてブリテンから走ってきたの?」


疲労困憊ですと言わんばかりに絨毯に寝そべっている猫を二人で眺める。

…よく手紙が無事だったな。防御魔法かかってたけど、こいつの汚れっぷりを見る限り、道中泥くらい跳ねそうだ。


「…やっぱ、シリル君も走って来たって思う?」


「飛んできたら葉っぱとか泥とかつかなくね?」


「………。だよな」


ーーーだからヘビにしろって言ったのに!俺の蛇は手紙を持ってようが、二、三時間あればブリテン王宮に着く。戻ってきた俺のしもべ魔獣から「すぐに返事する」って伝言受け取ったのに、それから返信こないからおかしいなとは思ったんだよ!


ここに来て、毎日俺の元へ来る猫たちはいったい何日前にブリテンを出発したんだろうという恐ろしい考えが浮かんでしまった。

7日でくるとこんなにボロボロになるのだ。休み休み来てるとしてらいったい何日かかるんだ?


「ーーー手紙、読むんじゃねえの?」


シリル君に言われてハッとする。

そうだった、しもべ魔獣のことは後で考えればいい。

先ほど猫の背中から回収した真っ白な味気のない便箋をそうっと開く。

隣に腰掛けたシリル君がベールが邪魔で文字が見えないと文句を言って来たので、俺は渋々自分にシールドをかけて傘をしまう。


勝手に俺から手紙奪い去り、開いて読み始めていたシリル君から便箋を取り返す。俺の方が早く読みたい。


彼女の筆跡に懐かしさを覚えつつ、さして長くもない手紙をすぐに読み終える。


「ーーーなるほど」


彼女らしく、一切泣き言のない手紙だった。

シリル君も「業務連絡って感じだな」と苦笑いしている。


書かれていたのは二つ。


「ジョシュア様が邪竜様に連れて行かれるのが半年後。唯一回避できそうな手段が邪竜様の愛し子を見つけ出して邪竜様を説得してもらうこと…か」


ミシェーラちゃんの予知夢で邪竜様が伝えて来たらしい。

ーーーミシェーラちゃん、大丈夫だろうか。学生時代に黒竜に関する予知夢をみてるときは紙みたいな顔色でうなされてたからな。

めっちゃしんどそうで何もできない俺たちはただオロオロしてたんだっけ。

俺にとっては懐かしい思い出である。…ミシェーラちゃん的には終わったと思った悪夢の再来なんだろうけど。


シリル君が訝しげに「ミシェーラさんの予知夢って時期までわかんの?」と眉を寄せてきた。

どうだろう?でもはっきり書いてくるってことは多分わかるような夢だったんだろう。


「とにかくミシェーラちゃんの予知夢は絶対起こるんだ。ーーーだから今回みたいに逃げ道があるケースはかなりレア。どおりで焦ってあいつが何度も連絡してくるはずだ」


彼女はきっと必死になって邪竜の愛し子を探しているのだろう。

多分愛し子は魔法使いだから、彼女のいるブリテンか俺のいるプロイセン、青竜のいるフランク王国のどこかにいる可能性が高い。


シリル君が俺に向かって「ローゼシエ、黄色竜の位置わかるんなら邪竜の愛し子も探せないの?」と聞いてくる。


シリル君の質問はもっともで、俺がずっと考えて実行してたことでもある。

ーーー俺は静かに目を伏せた。

だって、始祖竜とその愛し子の位置がわかるのに、見つけられていないのだ。つまりはまだ、目覚めてない。


「ーーー半年後、か。短すぎるな」


諦めムードな俺に向かって、シリル君は「本当にいないのか?邪竜様の魔力ってわかりにくいだけじゃないのか?」と意外にも食い下がってきた。


ーーー邪竜様の魔力がわかりにくい、か。

確かにそれはあるかもしれない。


「…シリル君のいう通り、愛し子は始祖竜自体とはちょっと魔力が違う。ーーーでも、俺からするといる場所の周りが淡く光ってるから存在自体に気づかないなんてことはまずないと思う」


この世界には愛し子が二人しかいないのだ。

現黒竜の愛し子であるジョシュア様と前赤竜の愛し子だったシリル君。


黄色竜の周りはちょっと変な光り方してるんだけどーーー愛し子がいるって感じじゃないんだよな。黄色竜が病気なんじゃないかって俺は密かに心配してる。


シリル君は「ローゼシエでもわからないのか」と眉を下げた。


「というかーーーローゼシエは俺が遠くにいてもわかるんだ」


変な感じだな、とシリル君は腕を組んでいる。


「まあそうだね。ーーーシリル君は始祖竜ともジョシュア様とも違う光り方をしてるからすぐわかるよ」


シリル君は固有魔法をいっぱい使える異世界人なせいか一際眩しく光ってるのだ。まあ、大体が俺のそばにいるからわざわざ場所探さなくてもいいんだけどさ。


「ーーーローゼシエ、昼食お持ちしましたよ」


入り口から顔を出したのはファルコだ。

無理やり側近にしてしまったが、あれ以来俺のそばで何かと世話を焼いてくれている。…エリザベータとは比べなければ、優秀だ。生え抜きの暗殺者って自分で言うだけあってあいつはいろんな能力がカンストしてた。


ファルコはシリル君に気がつくと「主席、ここにいらしたんですね」と目を細める。


「知ってたら主席のご飯も持って来たんですが…二人揃って、全然食事を摂ってくださらないから」


ファルコは俺の前のローテーブルに山積みの魔石とライ麦パンとビーフシチューを置いた。

シリル君はファルコの小言など聞こえていないようで、


「守りの魔法陣の材料で海底山脈の真珠が足りないんだけど在庫ある?」


と急に魔法陣の話を始めた。ファルコは呆れながらも慣れた様子で「ちょうど昨日西の商人が来てましたから地下倉庫後で見ておきますよ」と返したりしている。


俺は二人のやりとりをぼけっと眺めていたのだがーーー急に二人してこっち向くからびっくりした。


「「ローゼシエは、早く食べてください」」


…こんな時だけ息ぴったしなんだもんな!?


ファルコは初めて俺の寝起きに遭遇して手首の握った際に「え?棒?」という非常に失礼な感想を述べた。

ファルコ曰く「ニュートの自分より背丈が20センチも高いのに、手首、足首、ウエスト全部同じ太さで許せない」だそうだ。

それ以来こうして一日3食炭水化物とタンパク質の入った料理を運んでくるようになった。

…始祖竜って人間の食べ物食べても太らないのではないかと思ってるのだが、俺の抗議は一切聞き入れられなかった。


魔石の山を一瞬で取り込んだ後、銀のカトラリーを持ってちびちびとすくっていく。一口、二口、三口ーーー


「…もう、いらない」


俺の向かいで専門用語を並び立てていた二人が、急に静かになった。

ファルコは「もっと食べてください!」と鼻を膨らませている。


「…だって、味しないし」


多分味覚が違うんだよなあ。

ファルコが「栄養素は入ってますから気合いで食べてください!」と謎の根性論を展開してくる。

スプーンを握りしめたまま、恨めしくビーフシチューを睨んでいればーーー


目の前のシリル君が「しょうがないな…」とため息をついた。


「ファルコ、2階から今すぐカトラリー持ってこい」


ファルコは俺の食事をお盆ごと自分の前に引き寄せてるシリル君を見て、「主席は新しいものを用意させますよ?!」と目を白黒させている。


「ーーーこれでいい、もったいねえし。…ほら、早くいけ」


背中を押されてファルコがかけていった。

すぐさま木のスプーンを持って帰ってくる。

…はええな。こいつ十秒もしないで二階と四階を往復したぞ。


シリル君はファルコから木のスプーンを受け取った後、全く手がつけられていないライ麦パンを魔法で一刀両断した。

…お盆も机も傷つけないあたり、器用だな?


そして半分になったパンをこちらへ放ってきた。

ファルコが「食べ物を粗末に扱わないでください!」と小さく叫んでいる。

余談だが、ファルコはホーエンツォレン家…王家の血筋らしい。前プロイセン女王の姉であった母親が降嫁した伯爵家の生まれなのでファルコ自身は王位継承権は持たないが、ハインリヒ王子の親戚である。

プロイセンで高位にある魔法使いは大体貴族だ。魔法陣オタクのシリル君が浮くはずである。


シリル君はファルコに悪びれもせず「うるせえ」と返し、俺に向かって、


「ライ麦パンの半かけくらい食べろ。…人間の姿の時は多分栄養吸収してるんだから」


と命じてきた。…俺の残したものを食べさせてる罪悪感で断れなくしたな?ちくしょう、だんだん俺の扱い心得やがって。


硬いライ麦パンを歯で引きちぎる。

…口の中パサパサする。


「蜂蜜ほしい…」


思わずつぶやいてしまう。プロイセンのパンは俺にはちょっと硬い…。


「わがままか!でもそういうと思って持ってきてしまってる自分がいます!今日はマヌカハニー入りですよ!」


ファルコは文句を言いながらも蜂蜜と…メープルシロップとバターを目の前に並べた。…完全にパンしか食べなかった場合もシュミレーションされてるじゃねえか。

無言でビーフシチューを口へ運んでいたシリル君が俺たちのやりとりを見て、珍しく「くくく」と声を立てて笑っている。

ファルコはそんなシリル君を見てーーーすごく優しい目をしているではないか。


ははーん。

なるほどねえ?

俺はピンときたぞ。

…シリル君は、全く気が付いてなさそうだけどな。


残念なやつだと思ってシリル君を見てたら、「あ?なんだよ?」と睨みつけられた。柄が悪い。察しも悪い。


「ーーーだからモテないんだよ」


あ。口から出ちゃった。

手で口を押さえてシリル君を見る。

…青白い顔色が若干赤くなってく。怒らせてしまったかー。


シリル君がちょっと涙目になりながら「うるせえ!言われなくても俺がモテないのは知ってるよ!才色兼備な甘え上手は黙ってろ!」と褒められた。うん、ありがとな?



「ちゃんとパン半分食べられましたね!」


「ビーフシチューもスプーンひとすくいくらいは食べたよな!」


俺がすげえ低いハードルで賞賛を受けていると…入り口の魔法陣が光って、レイモンドさんが現れた。


「ーーーよお。…これは何事?」


ああ、大したことじゃないよ。


「ちゃんとご飯食べたねって褒められてる」


「幼稚園児かな?!」


ーーーまずい、まともな奴が来てしまった。

すでに俺の側近(シリル君は国王だから俺の側近じゃないはずなんだけど誰より側近してしまってる)二人はやばい領域に入ってしまってるので、レイモンドさんの言葉にも全く動じず、


「何言ってるんですか?!あのローゼシエがライ麦パン半分も食べたんですよ?」


「そうだぞ。ちっちゃい一口も三口分食べたし!大きな進歩だ!」


いかれた論理を真面目な顔で展開する二人のせいで少数派に追い込まれたレイモンドさんが非常に困惑している。

助けを求めるようにこちらを見た。

しかしキンダーガーデンローゼシエとなった俺はお昼寝の時間だ。


「…いっぱい食べて眠くなったから寝ようかな」


カウチへ飛んで横になる。

ひんやりとした黒革に頬をつけて目を閉じたのだがーーー


「「「それはやめてください」」」


…和国への出発まであと五日なのに眠るなんてダメに決まってると口を揃えて言われてしまった。

軽い冗談だったのに、そんな真面目に説教しなくてもいいじゃん。


「にゃおにゃお」


…うん、足元の方からなんか聞こえるけど気のせいだよな。


「え!翼がある猫がいるじゃん!何こいつ?」


…やめてくれよレイモンドさん。幻聴ってことにしておきたかったんだよ。


「レイモンド、こんなケッタイなもの作るの黒竜以外にいるわけないだろ。俺があいつに『お前の猫空飛べないから伝言に時間かかりすぎ』ってテキストしたら猫に翼生やしやがった。何がなんでもしもべ魔獣を蛇にはしないつもりだよあいつ」


俺は魔剣を亜空間から呼び出した。

身体を起こして、翼の生えた猫に向かって一閃する。


魔素の粒子となって消えていった猫の残影を見送りつつ、魔剣を再び亜空間にしまった。


…三人の、視線が痛い。


「ーーーなんだよ」


眉を顰めて言えば…シリル君が「いや、なんか黒竜の作ったもの切り捨てるローゼシエが意外で」と小さくつぶやいた。

レイモンドさんも頷いている。ファルコは俺たちの会話から始祖竜同士のの話題と察したのか、空気を呼んで「私は仕事に戻りますね〜」と階段の方へ消えていった。


俺はカウチで寝返りを打ち、何かいいたげな視線から背を向けた。

…俺は赤竜になったんだ。彼女と前みたいな関係を築くつもりはない。


「ーーーあいつに振り回されることに疲れたんだよ」


助けを求められれば応じる。

赤竜としてやれることはなんでもする。

…でも、以前のように気安く言葉を交わすのなんてとても無理だ。


自分の瞳にそっくりなしもべ魔獣をよこしてくるあたり、彼女もなかなかに意地が悪いと思う。呑気な猫の顔を見ると、あいつに離れてても友達だよって言われてるみたいでーーー俺はまだ自分がどんくらいダメージ受けてんのかさえわかってないのにな。

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