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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
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第四十五話 団長がいなくなったあとのこと

「赤竜様って、どこにいっても、どんな立場になっても誰かしらに溺愛されてますよね…」


おい、紬様、黙りやがれ。

レイモンドさんも頷くんじゃねえ。


「シリル王とまともに喋ったの初めてだけど…噂と違って優しそうな人でしたね」


…シリル君の噂は俺も聞いたことがあるからなんとなくレイモンドさんの言わんとすることはわかる。

だけどな?紬様の次の言葉はいただけないぞ?


「レイモンドーーーバカね。優しいのは赤竜様に対してだけよ。履き違えないようにしなさい」


「赤竜様のお話し相手になりなさい、私の護衛なんかよりずっと大事よ」じゃねえんだよ!おい、レイモンドさんも頷くんじゃねえ!護衛騎士が護衛しなくてどうすんだよ!


「姫様も一緒に…と言いたいところですが、洗脳を解いた名残の黒竜様の魔力が消えたら、多分この空間に五分も残れませんよね…」


「そうね、残念ながら私は赤竜様に存在意義を認められない弱者だから…今も昏倒しているばあやとじいやと一緒に倒れ伏すと思うわ。レイモンドがいてくれてよかったわ。あなたならこの場にもとどまれるしね」


紬様の言葉全てに棘を感じます!

ーーー聞こえないふりを続けていれば、レイモンドさんに「ローゼシエ」と呼ばれた。

なんだろう。俺別に会話に混じらなくて大丈夫だけど。


「ローゼシエ、出発の三週間後までに紬様と帯同できるくらいまで魔力を抑えていただけませんか?」


…なんだそんなことか。

心配いらないよ、と苦笑いすれば不思議そうな顔をされる。


「自分にシールドをかけるのが息苦しいから嫌で今は傘しか挿してないけど、本気出せばもっと抑えられる」


だから平気ーーーと続けたのに、紬様は涙目になっていた。

「私は本気を出してもらえないんですね…いや、私が弱いのが悪いのか」という小さな呟きが聞こえてしまったので少しだけ良心が傷んだ。うん、少しだけだけど。



紬様たちを案内させるために騎士団長を呼び出す。

しかし、なかなか来ない。

いつもは呼べばすぐ来るので違和感を覚える。


「いや、まだ五分くらいですよ?そんなに急いでもらわなくても」


紬様はお優しいからこう言ってるが、俺はそうは思わない。

というか俺が呼んだらすぐ来るやつを騎士団長にしてほしい。エリザベータなんて呼ばなくても来てたから便利だったな。


そんなことを考えていたらーーー城の入り口に魔力反応があった。

すぐに解除しようとして、なぜか二人の気配がすることに気がついた。


騎士団長しか呼び出してないんだけどな?


紬様とレイモンドさんに「ちょっと入り口見てくる」と断って俺は転移した。


一階の草原の中にポツンと存在する扉を開ける。

前に立っていたのは長身の騎士二人。

一人は見慣れた騎士団長。もう一方はーーー赤の制服を着て頭に黒い軍帽を被った、ニュートだった。

お互いに肩をぶつけ合っていた二人は突然開いた扉から現れた俺を見てーーーすぐさま膝をついて胸に円を描いた。

プロイセン流の挨拶である。


ーー新顔の方はかなりの実力者だな。全身に行き渡ってる魔力に無駄がないし、魔力量もかなり高い。

弱そうだったら追い返そうと思ってたけどやめた。

俺は二人に「立て」と命じ、新顔の方に「お前は誰だ?」と聞いてみる。


「私はファルコ=ホーエンツェルンです。プロイセン魔法士団長を務めております」


…騎士じゃなくて魔法師団長だったらしい。赤に黒の刺繍が入った制服、胸元についているたくさんの魔石がついたピンは階級章だろうか。

制服の雰囲気がブリテンの魔法士団とずいぶん違う。剣も下げてるし、多分全身に武器を仕込んでる気がする。身のこなし的に。

ファルコは背中まで流れる長髪を背中で一つに括っていた。あっさりとした顔立ちのファルコは人当たりの良さそうな笑みを浮かべながら「ご挨拶したく無理矢理ついてきました」と飄々と述べている。


「お前、勝手に喋るな!失礼だろうが!」


騎士団長の方が小声でファルコに注意している。

そして俺の機嫌を伺うように視線を送ってくる。

…どうやら、俺の王子と宰相とのファーストコンタクトの一件は順調に広まってるらしい。直答許さないと喋らせないからね、俺偉いんだから。

よしよし、と内心満足しながら騎士団長に向けて「別にいい」と手を振ってやる。


「お前たちは軍人だろう?軍人にまで貴族様していたらその間に敵にやられるーーー着いてこい」


魔法陣の制限を解除する。

ファルコは得意げな笑みを一瞬だけ浮かべたが、すぐさま元の口元だけの笑みに戻った。

…度胸もありそう、か。いいなこいつ。


俺は「三階な」と言い残してさっさと転移した。

転移の間際、ファルコが口をあんぐりと開けていて、隣の騎士団長に「気持ちはわかるがすぐになれる」と肩を叩かれているのがチラッと見えた。


ウェイティングルームで待つ紬様たちに「騎士団のものに部屋まで案内させます」と説明してれば、騎士団長とファルコがやはり押し合いながら三階に上がってきた。

…暇さえあれば小突きあいって、こいつら仲良いな。


二人はまさか俺の城に客人がいるとは思っていなかったらしい。

ウェイティングルームに入ると、どう見ても異国風の顔立ちの紬様を見て一瞬だけ硬直した後、膝をついて敬礼している。

紬様はいつの間に取り出したのか、扇で口元を隠しながら「立ちなさい」と静かに言った。

先ほどまで俺に向かって文句を述べ続けていたのと同一人物とは思えない。さすが皇族、猫被りも上手だ。


ーーーシリル君もこんな感じになれば部下にも舐められないのかなあ。


俺は騎士団長を手招きしつつそんなどうでもいいことをつらつらと考える。


「ローゼシエ、ご命令を」


「お前、貴族だったよな?」と確認すれば「子爵位ですが」と頷かれる。

よし、じゃあいい感じに手配してくれるだろう。


「この姫君は俺の賓客だ。騎士団に周知してお守りしろ。彼女は三週間プロイセンに滞在されるのでくれぐれも失礼のないように。あと姫君の護衛のレイモンドは俺の昔の知り合いなのでしばらくの間この城に頻繁に出入りすると思う。これも伝えておけ」


騎士団長は「拝命しました」と頷いた後でーーー「東の薔薇園の離宮でいいですか?」と質問してきた。

…どこだそれ。


「…お前が思う一番いいとこにしろ。ギーナ、お前のことは信頼している」


ここで少しだけ笑みを浮かべて、魔力をふんわりかけてやる。

そうすると騎士団長は熱に浮かされたような表情になった後でーーーやたらと熱のこもった視線で「命をかけてお守りします!」と頷いていた。

…暑苦しいなおい。


紬様とレイモンドさんが何やら肩を寄せ合い「でたよ人たらし」「ああやって被害者を増やしてくんですよ姫様、騎士団がファンクラブみたいになったのはアレのせいです」なんて言っている。


「…聞こえているぞ」


睨みつけてやれば、紬様の方は怯えたように肩を震わせた。

レイモンドさんは「知ってまーす」と笑うばかりだったが。


騒々しい二人を張り切っている騎士団長に送らせる。

ファルコは俺たちのやりとりを終始笑顔で見守っていたが、俺が適当に座れとソファを指してやれば、物音一つ立てずに着席した。

ロングソードを下げているのに身体の一部みたいに自然に動けている。うちの魔法士団と違ってこっちの魔法士団は剣の訓練も相当にやり込んでそうだ。


ーーーやっぱいいな、こいつ。


「…ファルコ、お前今日は挨拶だけのために来たの?」


ファルコは一瞬だけキョトンとした。質問の意味がわからなかったらしい。


「挨拶だけーーーといいますか、その魔法士団の副主席として団を代表して挨拶に参りました。主席魔法史の国王陛下はいつまで立っても御目通りを許してくれないので」


シリル主席も困った人です…困ったように笑うファルコだったが、言葉からはシリル君への尊敬が感じ取れた。主席と副主席なんだから接点も多いのかもしれない。

魔力も今まで見た中ではダントツで、シリル君との相性もいいのか。ーーーもうこいつでいいじゃん。


「ファルコ、俺の側近やらない?ちょうど一人辞めちゃって困ってんだよね」


ファルコは固まったまま「へ?」と間抜けな声を出した。

驚いてる驚いてる。


「まさか…辞めたというのはエリザベータですか?」


あ、知ってるんだ。

そうだよ、と頷けばファルコは急に頭痛がしてきたみたいでこめかみを抑えている。


「知っていますよ…ブリテン騎士団長の暗殺目的で派遣された反王政派の一流暗殺者のはずがいつの間にか熱狂的な騎士団長ファンになってるって私たちの間でも有名でしたから」


…うん、ちょっと思ったのと違うかな。

いや、大体合ってるけどさ、王政にも反発して友好国の暗殺まで企んでるとんでもないやつの話だったはずなのに途中からネタキャラみたいになってるよね?


ファルコは「俺は暗殺者じゃないので無理です」と断ろうとしてきた。

おい待て、なんで暗殺者が必須応募条件みたいになってんだ。


「え?だって団長は暗殺プレイを楽しんでるから私を採用したってエリザベータが言ってたって、友人の親戚の友人から聞きましたよ」


…ツッコミどころが多いな!人を変態みたいにいうな!最初の方とか特に、マジで殺しに来てたからあいつ!あと友人の親戚の友人ってもはや他人でいいよね?説明されると逆に引っかかるよ!


とんでもない誤解をなんとか解き、もう一度「側近やらない?」と聞いてみる。


「でも私が辞めてしまうとそうでなくても職務放棄気味な主席の穴埋めがいなくなるんですが…」


え、シリル君職務放棄してんの?

思わず聞き返せばファルコははい、と頷いた。


「いつ会いに行ってもハインリヒ王子か宰相と言い争ってるか、魔獣を狩るか、王城の地下に引きこもるか…最近はマナー講座っていう毛色の違うことまで始めてて、魔法士団に構ってる暇はないそうです」


ーーーうん、全部俺が命じたことだったわ。王城の地下に引きこもるのは守りの魔法陣の書き換えだろうから自分の意思と言えなくもないけど…どう見ても俺が国外に出られるようにするためだしな。

シリル君は俺が言ったことを真面目に全て実行してくれているらしい。マナー講座とか絶対サボってると思ったのにな。


「だから無理です」と赤い眉を下げるファルコ。

まあーーー見逃してやる気なんてないんだけど。


「ーーー俺は気に入ったやつしかそばに置きたくないの。…シリル君には劣るけど、俺のそばにいても平気そうなお前の魔力量、あと俺に平然と言い返してくるその胆力。どっちも気に入った。俺の側近になれ」


ファルコは「話聞いてました?!」と悲鳴を上げたけど俺が「聞いてたよ」と頷いたのでわかりやすく肩を落としていた。

だってどうでもいいもの、もし万が一プロイセン魔法士団が崩壊しても俺かシリル君が出張れば解決するだろうし。そもそも我慢とか嫌いだしな、俺。

だからわざと自信のある笑みーーードSっぽいとか言われる表情で言ってやる。


「ファルコーーー返事は?」


ファルコはいやそうな表情を必死に作ってたけどーーー耳の先が赤くなってて、俺は勝利を確信した。

この顔に産んでくれた母親に感謝しなくては。


「イエス、ユアレッドドラゴン」



午後になって「邪竜さまから新情報もらっちゃった〜まあ赤竜には教えないけど★」などとほざく青めの竜、別名激うざブルードラゴンがやってきたので、魔剣の切れ味を試してやった。鱗が三枚くらいはげて本気で青ざめててウケた。


雪を蹴散らした草原の上に降りたって残された青い鱗を一心不乱に刻んでいればーーー少し慌てた様子で。プレートに乗ったシリル君がやってきた。

どうした?珍しく慌てて。


「ローゼシエ!ファルコのこと引き抜いただろ!」


出会い頭に叫ばれたので、俺はまず剣を鞘に戻した。

プレートから降りたシリル君が足音荒く近づいてくる。

地面に座ってる俺の前で腕を組んで睨みおろしてきた。


なぜ怒っているのかがわからず、首を傾げてしまう。

そのまま「欲しかったから勧誘したんだけどダメだった?」と聞けば、間髪入れずに「ダメじゃない!」と返ってきた。


「え?ダメじゃないならいいじゃん」


よくわからないなと思って首を捻っていれば、シリル君が慌てたように口元を押さえた。

そして眉間の皺をさらに深くして「やめろよ上目遣いでその顔。なんでもいいよって言っちゃうんだよ馬鹿野郎」と言われた。

え、ひどくない?俺なんか悪いことした?


「…魔法士団の副主席だっけ?そんなに大事だった?」


シリル君はまたもや「いや、お前の方が大事だ」と断言してくれた。

ーーーならいいじゃん。さっきもやったぞこの流れ。

シリル君までもが「俺、何しにきたんだろう」と絶望した顔で言っている。


カオス極まれる空間を生み出す俺たちの元へーーー雪を踏みしめ、近寄ってくる足音があった。

救いを求めて視線を向ければ、やってきたのはレイモンドさんだった。

逆光になって表情はよく見えないのだが、何やらめちゃくちゃ笑っているようだ。

レイモンドさんはシリル君の横に肩を並べるとーーー目頭を擦りながら「ああおかしくって涙出て組んだけど」とまだ口元を震わせて笑っている。


「ローゼシエは赤竜になっても相変わらずかあ。…エリザベータを副官にした時のこと思い出してツボに入りました。騎士団全員が『暗殺者なんて得体が知れないからそばに置くな』って言ったのに赤竜が『でも俺は気に入った。だめかな?』って言っただけで全員が折れたっていう。…普段は冷静沈着って感じなのにたまーに末っ子出してくるんですよねえ」


…そんなことあったっけ?

よく覚えてない。まあ、確かにエリザベータが強そうだったから副官にしようとは思ったけど。


シリル君は心底安堵したように「よかった、俺だけじゃなかった」と頷いている。…プロイセン魔法士団の件は何も解決してないんだけど、シリル君が納得したならいいや。


「ーーーあんま覚えてないけど、確かに昔から欲しいものは譲りたくない」


シリル君が「暴君かよ」と言ってきたので、「嫌いじゃないでしょ?」と流し目をくれてやった。

いちアッフェルの出来上がりだ。うん、効いてる効いてる。

ーーーこんなにちょろくて大丈夫なのか、とシリル君のことが心配ではあるけどな。


「なんかもう驚かないわ。頑張ってシリル王。こいつ放っておくとどんどん信者増やしてくよ」


もう驚かないらしいレイモンドさんは何気なく俺の足元を見てーーーひくり、と口元を引き攣らせている。


「ローゼシエ、すごい魔素密度の高い魔石が…なんで粉々になってばら撒かれてるんだ?」


ああ、これ?


「ムカつく青竜がどうでもいいこと言いにきたから、鱗はいで追い返したの。逃げ足だけは早いから、腹いせにあいつの鱗の魔石を切り刻んでた」


俺の魔剣の切れ味すごいでしょ?って言ったら、レイモンドさんは頭を抱えてた。

どうしたんだろう?


「わかるよ、レイモンド。青竜って世界最強の竜でそんな隣のクラスメートみたいなノリで会いに来たり、鱗はいで追い返したりして大丈夫なんだっけ?って言いたいんだろ?」


誰もが通る道だ…じゃねえんだよ。

二人して俺を残念な目で見るな。失礼だぞ!


もう一度魔剣を取り出して魔石をさらに粉々にしようとしたらシリル君に「待て、勿体無いし拾いづらくなるからやめろ」と止められた。


「青竜の鱗魔石なんて滅多に手に入らないんだから粗末に扱うなよ。…守りの魔法陣に入れよう。ちょうど最高純度の青魔石探してたし」


シリル君は頭の中が魔法陣でいっぱいになってしまったらしく、手のひらで青魔石のかけらをすくいあげると、ぶつぶつ言いながら立ち去ってしまった。


レイモンドさんは何やら複雑な表情で立ちすくんでいる。

何しに来たのか尋ねてみれば、「ちょっと赤竜様の様子を見てきて」と紬様に命じられたらしい。


「青竜の鱗魔石を刻みながら新しい側近をスカウトしてましたって言っといて」


レイモンドさんは微妙な顔で「その報告、俺だったら信じない」と返してきた。

なんでだろうな?


「普通に生活してきたら青竜様なんて出てこないし、プロイセンの副主席ってシリル王がくる前までは歴代最高の魔法士だってめちゃくちゃ有名だった人なんだよ…」


へえ。


俺は適当に相槌を打ちながらーーー今日も現れた黒猫に向けて素早く魔法を投げつける。

くそ、避けやがった。回避性能上げてんじゃねえよ。


「ーーー少し本気を出すか」


魔剣を抜いて、黒猫を一刀両断するため走る。

レイモンドさんが「ちょ、え?!は?」とか言ってたけど無視だ。

すばしっこく逃げていたが、流石に俺に追いかけられればひとたまりもなかった。

真っ二つになった後で魔法の粒子として消えていく猫を俺は黙って見送る。


「ーーー今度は、なんだよ。急に斬りかかるから動物虐待かと思って焦ったら、魔物だったの?でも魔石落ちなかったしーーー」


レイモンドさんが「これ以上の衝撃はいらないんだけど」と顔を引き攣らせている。別に大したことしてないだろ、さっきから。


「ああ、黒竜のしもべ魔獣だよ。よくくるんだ。毎回消してんのに懲りもせずに送ってくる」


困ってんだよね、と肩をすくめる。

レイモンドさんは「しもべ、魔獣?」とオウムのように繰り返した。


レイモンドさんが怪訝な顔になっている。


「しもべ魔獣って蛇じゃないの?」


それな、俺も初めに思ったよ。


「なんか知らないけど黒竜のしもべ魔獣は猫なんだよ」


…このやりとり、何度目だろうか。

いいかげん黒竜はしもべ魔獣がなんで猫なのか公にするべきだと思う。

そしていまいち動きが鈍臭いから今からでも蛇にするべきだと思う。10センチくらいしか飛べないしもべ魔獣ってすごい微妙だ。


レイモンドさんは全然わかってなさそうな顔で「そうか」って頷いてくれた。

助かる。この件に関しては俺もよく知らないんだ。


「黒竜様、ちょっと抜けてるとこあるもんな。『猫の方が可愛いでしょ』とか言って利便性考えずに決めたのかもな」


ーーーそうか、レイモンドさんは黒竜の人間時代を知ってる数少ない一人だった。


レイモンドさんが小さく「陛下、なんで第二妃なんてとったんだろうな」とこぼした。

だから俺はできるだけ平坦に「王妃が望んだからって聞いたけど」と答えた。


「ーーーまじか、俺ブリテンにいるのに知らなかった。…お前の部下は相変わらず優秀だな」


レイモンドさんはそれからしばらく口をつぐんでた。

俺は足元の草をむしってた。千切れた草から緑の魔素がふわふわと湧き上がってくる。


レイモンドさんが「なあ」と小さな声で呼びかけてきた。

俺は草をむしる手を止めて「何?」と顔を向けてみる。


「団長がいなくなった後のブリテンの話、してもいいですか?」


急に改まった口調になったレイモンド。

…聞きたくないな、って言うのが正直な気持ち。どうせ俺みたいな歴代稀に見る素行の悪い騎士団長がいなくなってみんな清々しただろうし。


俺が口をつぐんでいたので、レイモンドさんは「しゃべっていい」と判断したらしい。


「俺たちはーーーあなたの、凄さについてわかってるつもりだった。剣の腕も尊敬していたし、陛下の側近として外交官の真似事までしてた。昼間の訓練にも欠かさず出てくれてたし、夜は王妃様の護衛までしてた。すごい人が騎士団長なんだって…あなたのことを、わかってるつもりだった。だから、いなくなってびっくりしました。あなたが俺らに見せてたのなんて、ほんの一部だったってことに」


…思ったのと、話の感じが違うな?

ちょっと待って、と言いかける俺を制するように「最後まで言わせてください」と制された。

黙って聞けと言うことですか、わかりました。

大人しく口をつぐんだ俺を見てレイモンドさんが淡く笑った。


「団長は普段から飾らないし、全然いばんないからーーー俺たちが勘違いすんですよ」


ーーー俺がいなくなった後の騎士団は、よっぽど大変だったのかも知れない。ろくに引き継ぎもできなかったし、ジュリアン兄さん重圧に耐えきれてないみたいだったし…。


「まず壊れて行ったのは騎士団でした。腕利きの揃った直轄隊の休みが取れなくなって、不眠不休で働いてるせいで敵にやられたり、体調崩す奴が出てきて。ひと月くらい経った時、タチの悪い急イタリア王国の暗殺者が何人も王宮の深部まで入り込んでーーー保守派に攻撃の隙を与えたのもあれだろうな。王女の一人が斬りつけられたんです。騎士団の責任問題になりました」


…知らなかった。エリザベータの報告になかった話だ。

ーーー俺が死にかけててエリザベータも色々と暗躍してたみたいだし、流石のあいつも騎士団の内情にまでは目が届いてなかったのだろう。


「…責任問題になったって、結局どう始末したの?」


レイモンドさんは「陛下夫妻が動いてくれました」と頬をかいた。

それは…随分と、情けない話だ。

お守りできなかった王族から助けられたのか。


「ーーー陛下は白金竜様に掛け合って、王女を治癒させました。王女は今回負った傷だけでなく持病まで治ったとかでーーー陛下の顔を立てて、騎士団は不問になりました。それでも騎士団の慢性的な兵力不足は変わらないです。なので黒竜様自らが夜の間王城の上で見張りをしてくれることになりました。自ら王族を守ると言ってくれて。騎士団が落ち着くまでの期間限定、とのことでしたがーーー城に近づきすぎた暗殺者は黒竜様が黒魔法で消してくれるので、俺たちは見張りの範囲がぐんと減りました。暗殺者の間でも噂が回ったみたいです。まあ始祖竜を相手取りたい人間なんてそういませんよね」


…俺は言葉が告げなかった。

だって、俺が知る彼女は人殺しなんてできない子だった。

ーーーきっと、傷ついた王女を見て、無理して役目を買って出たんだろう。魔力だけは有り余ってるはずだから、とりあえず手当たり次第に投げつけたのかも知れない。黒魔法は夜は特に強力だから近くをかすっただけでも足止めくらいはできるだろう。その隙にトドメでも刺したのか。

月明かりの下で、暗殺者に向けて刃を振る彼女の姿が脳裏に浮かんで、俺は思わず目を閉じた。

ーーーこんなことのために、剣を贈ったわけじゃないんだけどな。護身用としていざというときに使ってくれればいいと思って選んだのに。


「瓦解しかけた騎士団の隙を保守派は見逃さなかった。あっという間に侵食されていく騎士団を見て、俺はもうダメかも、と思いました。次々に人が辞めていくし。ーーーでも、三ヶ月たった頃から、状況は好転していきました。なぜか、抜けたはずのやつを夜に見かけたって噂とか、赤い蛇を見たって奴が何人も出てきて。暗殺者が激減したとかで、黒竜様が見張りをやめても良くなったって連絡が来ました。呑気に喜んでた俺たちの元へ、さらにエリザベータが戻ってきました。そして、アホな俺らはようやく理解したわけです。ああ、こいつがここにきたってことは団長は目覚めたんだなって。ーーーエリザベータが戻ってきた日に、みんなで酒屋で飲み明かしましたよ。結局俺たちは守られてんのかって、みんな悔しそうなのにニヤニヤしてて。…団長に見捨てられてなかったってだけで、みんな本当に嬉しそうにするんです。情けないバカばっかですよ、団長はプロイセンごと守らなきゃいけなくなったのに」


…そんなにまずいことになってたのかよ騎士団。父様も兄様二人もいるのになんでだ?

というか思いつきでしもべ魔獣とか騎士とか適当に送ってたけど、結果オーライだな。


「ーーー団長がいた頃は悪口ばっか言ってた奴らまでもが今では口を揃えて、『俺らは甘えすぎてた』って言ってます。夜にこっそり俺らが手こずりそうな手練れを間引いてくれてたのは知ってたけど、夜遊びだと思ってたあれも情報収集の一環で、騎士団に刃向かおうとしてた奴らの弱みを握って、脅して黙らせてたらしいですね。…花街に行った奴らが『あんなにいい男を手放すなんてこの国は本当にばか』って言われたらしいっすよ」


ーーー見覚えがないぞ?

確かに夜に会ってた蝶たちに「困ってること」をさりげなく相談して、いつの間にか気を回した子達が「サロンで解決しておいたわよ」とか言ってくれることは結構あったけど。


「ーーーあれは、俺じゃなくてフィメルとニュートの手柄だよ。俺は情けなく愚痴言ってただけだし」


俺のこと褒め褒めモードに突入してしまってるレイモンドさんはなぜか呆れ顔で「謙遜もそこまでいくと嫌味だぞ」と傘を叩いてきた。

薔薇の花弁が舞う。蝶たちもいつも綺麗な格好をしてたなって思い出す。俺が赤が好きだから赤のアクセサリーをつけている子が多かった。

みんな綺麗で、俺みたいなのと遊んでいるのが哀れで、壊さないように大事に大事に扱ってたな。


「騎士団の次に壊れ出したのは裏社交会だ。ーーーパー様、最近見るといっつも目の下にすごい隈作ってんだ。…ローゼシエ有能すぎんだろ。騎士団長兼陛下夫妻の側近なんていうすげえキラキラした顔持ってながら、おっさんたちとマダムのヘイトコントロールまでしてたんだって?そのローゼシエが急にいなくなってーーーあの人なまじ有能なだけあって無理してるみたいです。…しかも、ジョシュア様の予知夢が降ってくるせいでミシェーラ様は寝たっきりらしいし。本当にパー様一人で今は頑張ってるみたい」


…ヘイトコントロールは、正直してた。

だって、陛下夫妻は能天気代表選手だから。嫌われ役が必要だった。

わざと派手に振る舞って、メディアにも写真とかバンバン撮られて。国民も社交会も派手なセレブが好きだから、その役を演じようと全力でやった。みんなの悪意の混じった好奇心の対象は俺になればいいと思ったし、結構上手くできた自信もある。王宮ではパーティーにはできるだけ出て、不満を溜めてそうなおっさんたちを適当にだまくらかして俺を恨むように仕向けてた。…幸い、俺のこの容姿は結構おっさんにもうける。生理的嫌悪感ってやつはどうにもできなかったけどな。


でも、そっか、ああいうの全部、パーシヴァル様一人でやってんのか。

ミシェーラちゃんがいれば、実家の大商会も動かせるからずいぶん違うだろうに。


「ーーーそれは、きついな。ミシェーラちゃん、早く復帰できればいいけど」


…まあ、邪竜様からの予知夢を受け取れるのはミシェーラちゃんくらいだ。

裏社会は他の奴がどうにかしてくしかない。


ああ、もどかしいな。なんで俺はこの国から出られないんだろう。

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