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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
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第四十四話 解除と再会

容赦ないって何が?

意味がわからなくて首を傾げる。

紬様のことは浮遊魔法で側近たちの方へと送り返した。

彼女を受け取った護衛長が俺の方に会釈してきたので気にするなという意味を込めて手を降っておいた。近くの椅子に人形のように座らされている紬様を眺めていれば、いつの間にかそばに来ていたシリル君が「だってそうだろ」と呆れたように言ってきた。


「意識刈り取るのにも躊躇いゼロ。自分で受け止めるのも嫌だとばかりに身を引いて浮遊魔法で運んでる。…お前ってやつは」


…。

触れたくないとは思ってたけどさ、見抜かなくってもいいのに。


シリル君は呆れ顔のままで「あいつは洗脳されたんだから悪くないだろ」と肩をすくめた。


「その態度、ちゃんと隠せよ?起きたら紬様は何も覚えていないだろうし」


洗脳されている間の記憶は残らない。シリル君が言ってるのはそういうことだ。

それにしてもーーー


「シリル君はやたらと紬様の肩を持つね?」


胸に湧くモヤモヤの正体がわからず眉を寄せていればーーーシリル君が何故か切なそうに目を細めた。


「紬様の故郷の和国は俺とライラの育った国にほんとに似てるから。…他人って気がしないんだよな」


シリル君の赤い瞳が見透かすように俺を射抜く。

ああ、バレている。そうか、俺はシリル君を通してやたらと紬様を重宝する彼女を思い出していたのか。


バツが悪くなって目を逸らした俺をシリル君は鼻で笑った。

…というかシリル君はエスパーか?なんで俺が考えてることがわかるんだ?


「お前が拗ねた顔するからだろ。誰を思い出してんのかなんてバカでもわかるっつーの」


…面目ない。

捨てられたのに未練を全く断ち切れていない。

居た堪れない気持ちになってきたので、俺は話題を変えることにした。


「ーーーところで、紫魔法ってシリル君解除できる?」


下手くそな話題転換にシリル君は片眉を上げた。

それでもすぐに考え込むような顔になった。

腕を組みつつ「俺には無理だな」と首を振った。


シリル君でもできないことってあるんだな。

赤竜になってシリル君の魔力を見てびっくりしたんだよ。

本人は「転移魔法」以外の固有魔法について全然見せないからあんまり知られてないけど、転移魔法も鑑定魔法も黒魔法も治癒魔法も重力魔法も使えるんだぜ?始祖竜の固有魔法コンプリート状態。邪竜様かよって思った。異世界人ってすげえんだな。シリル君を異世界から誘拐してきた先代赤竜も見る目ありすぎだと思う。誘拐はダメだけど。

だからシリル君ならてっきり洗脳の解除もできるかと思ったのに。


シリル君は俺の言葉を聞いて、不機嫌そうな顔になった。


「確かに色々使えるけど転移魔法以外は全部中途半端だ。洗脳魔法の解除みたいな難易度の高い黒魔法とかは無理」


と、全然謙遜なっていないことを言った。

うん、固有魔法なんて本来その国の王族しか使えないはずだからな?持ってるだけでありがたがられる魔力をコンプリート状態だからな?


シリル君は眠ったままの紬様を一瞥しーーー何やら複雑そうな顔で俺に向き直った。言いづらそうに口をモゴモゴする。

…まあ、なんとなく言われる内容には察しがつく。


今回の紫魔法を消すのに必要な高度な黒魔法が使える術者なんて、黒竜のお膝元のブリテンにしかいないもんな。


「ーーー誰に頼む?」


シリル君が言いづらそうに見上げてきた。

気弱そうな国王である。背筋を伸ばしてシャッキリしろ。


俺は瞳を閉じてブリテンに放っているしもべ魔獣たちとコンタクトを取った。

10通りほどの映像が脳内にドッと流れ込んできて一瞬眩暈がする。

えっと、パーシヴァル様は今はいなさそうで、ジョシュア様と黒竜は王城にいるのか。

心配そうな視線を向けてきているシリル君の頭を触れないくらいの距離で叩く。


「なんでそんな心配そうな顔すんの?」


シリル君は視線を揺らした後で「…俺が行くからな、お前は言っちゃダメだぞ」と釘を刺してきた。

そしてすぐに俺の答えを伺うように見上げてくる。

…どうやら、俺がこれ幸いとブリテンに帰らないか心配しているらしい。


「ーーー帰りたくても帰れないって知ってるだろうに、シリル君は何をそんなに心配するんだか」


わざとらしく肩をすくめて「心配性だなあ」って口に出してやればシリル君が脛を蹴ってきた。

シリル君の爪先の方がダメージ受けてたけどな。俺のことは岩かなんかだと思ってもらった方がいいぞ?


シリル君が右の爪先を押さえてうずくまってる間に俺はジョシュア様に向けて伝言を送った。「ちょっとブリテンの学生の紫魔法を解きたいので力貸してください」って。

紬様がこっちにきてるのは把握してるらしいから余計な説明は省いた。

ジョシュア様はすぐさま俺のしもべ魔獣を転移魔法で送り返してきた。

「分かった」という返答付きで。

よしこれで解決ーーーと安堵しかけた俺は、心臓をギュッと掴まれたように全身をすくみ上がらせた。

ブリテンで、黒竜の魔力が動いたのだ。

赤の魔素を集めて転移魔法の準備をしている。

行き先は?魔素たちの反応は?ああ、くそ、やっぱりこの城の真上だ。

おいおいおいおい、なんでそっちが来るんだよ。俺は会いたくなかったからジョシュア様に連絡したのに!

俺は慌てて立ち上がった。

シリル君に向けて「後はよろしく」と伝言を残して魔力を集める。


ーーー俺の方が転移魔法の起動時間短くてよかった!!!


「え、ちょ、ローゼシエ??」


ーーーリン


臆病な俺は彼女に会いたくなさすぎて逃げ出したわけである。


彼女の魔力が俺の城に入っていくのを森の奥から見守っていた。

…解除が要らなかったのが最高に笑えた。

ーーー無意識に彼女を弾かない防衛魔法をかけてたなんて、我ながら気持ちが悪い。


彼女はしばらくの間城の中に留まっていた。

俺が頭上を通過していく太陽をぼけっと眺めていたら、彼女の魔力が動く気配がした。

転移先を慌てて読む。

そして本能的に別の場所へ飛んだ。

間一髪でエンカウントを避けた。今度は距離が短いから転移までのラグも少なかたみたいだ。

彼女の転移魔法の気配がしたら俺も転移。

彼女が飛び立つ気配がしたら俺は逆方向へ転移。

そんな不毛な追いかけっこを繰り返す俺たちだったが、彼女が先に折れた。

まあそりゃあそうだ。追跡よりランダムに逃げる方が楽だしな。魔力もずいぶん使っただろうし。

ブリテンへ彼女の魔力が戻っていったところで俺はようやくほっと息をついた。


「ーーーすごい、疲れた」


…咄嗟に避けまくってしまったが、何の用だったんだろうか。


「ーーージョシュア様に側妃ができたこととか聞けばよかったかな」


いや、無理だ。

俺は怒りで頭が真っ白になって彼女を問い詰める気がする。

何で反対しなかったんだって。…それで彼女が泣き出しそうになる、うん、想像しかできないな。


ーーー側妃については彼女に聞かなくてもすでにしもべ魔獣と騎士団に探らせている。

…護衛騎士から情報を得られるからな。職権濫用もいいとこだがこっちも手段を選んでられねえんだよ。


まだ大した情報も得られてないがーーー先ほど送られてきた情報的には、典型的な王族っぽいフィメルだった。フランク王国の傍系王族の家系らしい彼女は、ゆるくウェーブがかった真っ青な髪が特徴で、魔力量はなかなかに多いらしい。

…ジョシュアの子を作る器としてはピッタリだって笑ってる保守派の顔を遠隔で破壊したくなったことまで思い出してしまった。

王族を人だと思ってないのだ、あいつらは。

権力を動かすための駒だと思っている。


まあ、保守派と王妃の間だけで行われた話し合いの後、突然フランク王国から側妃を送りつけられたジョシュア様はいつも通りの泰然自若とした態度を崩してないみたいだけど。(すごいよな、俺だったら怒り狂うと思う)初めの数日こそ側妃の元に顔を出していたようだが、最近では「お前の顔は立てたよな?」とばかりに放置している。

黒竜の元にもあまり行かずに、いつも通り凪いだ顔で執務室に詰めているみたいだ。でもさっきの二人の情報伝達の速さからしてそこまで険悪な仲でもないのかもしれない。


離れているというのはもどかしいものだ。

確かに国王夫妻の中はこじれているんだろうに、今の俺には何もしてやれない。

…いや、違うか、何もするなと釘を刺されたんだった。


それでも未練がましくブリテンの内情を探ってしまうのは、二人のもと側近として見逃して欲しいものだ。いきなり他人になれなんて言われたって心配すぎて無理なんだ。


いつまでも森の中で悶々としていても埒があかないので、俺はゆっくりと自分の城に戻った。

転移で降り立てばーーーなぜか、シリル君と紬様が言い争いをしている。


「どんだけ心狭いんですか?!ライラ様のお願いくらい聞いてあげればいいじゃないですか!」


「お願いって魔力通話をデ…ローゼシエに持たせろってことか?いやだよ、せっかく頑張って立ち直ろうとしてるあいつの邪魔にしか何ないだろ!」


「でも、今までの友人とか、全部向こうにいるんですよ?」


「その、友人を語る奴らがローゼシエの過去の恋愛関係とやらを週刊誌にリークしまくったせいで掲示板上に根も歯もない誹謗中傷が広がったんだよ。…本当に必要な連絡はしもべ魔獣にやらせてるみたいだし、ローゼシエが言ってくるまで俺は魔力通話は渡さないね」


「え、言われたら渡すんですか?意思弱くないですか?」


「ばあか。俺があいつの頼み事断れるように見えるか?何でも買ってあげるに決まってんだろ!」


「ええ…こわ」


「うっかり洗脳されて言い寄ってたお前の方が怖えよ」


「ちょ、それは言わない約束でしょ?!」


「は?何十年経っても言い続けてやるね。失敗した、録画しとけばよかった」


…二人ともお通夜みたいな顔で掛け合いを続けている。

うん、シリル君がフィメル相手にこんなに喋るって珍しいな。やっぱり仲良しみたいだ。話題が俺のことばっかなのは解せないけど。

それに俺は紬様の冷静だけど暗い感じの顔を見てほっとしたよ。よかった、洗脳はバッチリ解けたみたいだ。


ところで、シリル君は俺の存在に気づいてるんだけど(視線をチラチラ向けてきてるし)静かに転移しすぎたせいで、紬様が全く俺の存在に気づいてない。


驚かせても悪いなと思いつつ…わざとらしく咳払いしてみた。

背後から突然聞こえた物音に可哀想なくらいに肩を震わせた紬様。

飛び上がるのは皇族のプライドで抑えたらしい。まるでおばけに遭遇したみたいに、ゆっくりをと俺の方へと顔を向けた。


目があった。

紬様が立ち上がった。

そのままソファを降りて地面の横に膝をついた。

流れるように頭を床につけーーー


「デニス様…いえ、赤竜様、この度の数々の非礼、誠に、誠に申し訳ございませんでした」


…謝罪されました。

いや、待って?何その姿勢?床に額を擦り付けるのやめて!?一応皇族だよね、紬様?


慌てて地面に降り立った俺は駆け寄ろうとして、紬様の息が荒くなったので慌てて距離を取る。

だめだ、近寄れない。どうしよう。

ちなみに側近三人のうち二人は即昏倒。唯一意識を保っている一人も俺が現れた瞬間から地面に膝をついて息苦しそうにしていらっしゃる。白の人や力の弱い魔法使いにとっては俺の魔力は化学兵器並みに有毒らしい。


縋るようにシリル君を見れば、彼は呆れたように「まずは傘をさせば?」と言われた。

確かに。

俺は慌てて傘を取り出して頭上に咲かせた。


紬様の呼吸が落ち着き、唯一意識を保っていた騎士もそろそろと顔を上げている。ごめんね、ちょっと気が回ってなかったや。


内心反省する。

彼女が追いかけ回してきたことで俺もだいぶ気が動転してるみたいだ。


シリル君が紬様の腕を取って立たせている。

そして俺の方に向き直りーーー「話を聞いた方がいい」と言ってきた。


話?何のだろう?


シリル君はまだ魔力に酔ってるらしい紬様が倒れ込まないように支えながら、「ほら、さっきした話もう一回」と紬様を促した。


紬様は視線を伏せたまま「私の不注意が全ての原因ですが、」と前置きをして静かに語り始めた。


「忌々しい婚約者は私が王になっておとなしくさせます。私の未来は私が作る…当たり前ですよね、なんてカッコつけてあなたに言った日に私は洗脳されて自我

を奪われました」


そんなこと言ってたっけ?

思い出せなくて渋い顔になってしまった俺をみて、紬様は淡い笑みを浮かべた。


「ーーーあの日のことは、あまり覚えてらっしゃらないそうですね?青竜様に瀕死の重傷を赤竜様が負わされた日に、私もエリザベータから攻撃を受けました」


紬様の言葉で俺の記憶は急速に巻き戻しされていく。

…そういえば、青竜様が突然現れた日に一緒にエリザベータもいた気がする。

ジョシュア様が死ぬって聞かされてパニックになってる間に拉致されて殺されかけたからすっかり頭から抜けてた。


「思い出しましたか?」と問われたので小さく頷き返す。


エリザベータがまさかそんなことを…なんていう気にはなれない。あいつ洗脳までできんのかよとは思ったけど。

副官にしといてあれだが、あいつは頭のネジが二本も三本も飛んでるやつだ。

それに紬様のことは嫌いそうだった。やらかしていたとしても何も不思議ではない。


さてーーーどう収めればいいか。

俺の表情が急に真面目なものになったせいか、紬様が少しだけたじろいた。

何を要求されるのかと身構えていればーーー黙り込んだ俺たちを見越したのか、シリル君が話に割り込んできた。


「…そんなに怖い顔すんなよローゼシエ。お前がエリザベータを処罰しないだろうっていうのは紬様にも伝えてある。…あの時とは状況が変わりすぎてるからな。紬様も納得してくれている」


うん、確かにいろんなことが変わった。

俺は騎士団長じゃなくなったし、赤竜になった。

俺に責任を問おうにも無理がある。


「じゃあ、紬様の要求は?」


平坦な声になった。紬様が怯えたようにまつ毛を揺らし、シリル君が呆れ顔になった。「怖えよ」と口パク。…愛想笑いでもした方がいいのか?


俺たちのアイコンタクトを見た紬様は何かを決心したように「あの」と一歩進み出てきた。

シリル君の腕がゆっくり外される。魔力酔いからはだいぶ回復したみたいだな。


「私の要求は二つです。一つ目はエリザベータが二度と危害を加えてこないように制約すること。二つ目は私の名誉の回復を赤竜様にお手伝いいただくことです」


紬様の雀色の瞳には強い光が戻ってきていて、俺はほっとする。

それにしても一つ目も二つ目も簡単に頷けない要求だ。


「…まず、エリザベータは俺の元から離れていった。あいつには今連絡はつかない」


紬様が驚いたように口元へ手を当てた。

確認するようにシリル君を見上げている。シリル君が頷いたのを見て、諦めたように「そうですか」と肩を落とした。


…そんなに落ち込まれると、罪悪感がチクチクと刺激される。

あ、でもーーー


「もう帰国されるのでは?こんな物騒な国を離れてしまえば平気だと思いますよ」


紬様は俺の言葉に微妙な顔になっている。

「そうだといいのですが」と困ったように眉を寄せる。


「実は王妃様が大変よくしてくださっていてーーー帰国後も定期的にやりとりをするお約束をしていますの。…それと、フィメルの恨みは怖いので、やっぱり制約魔法で縛らないと安心できません…」


俺が「王妃様が大変よくしてくださっている」の部分に内心で舌を突き出していれば、すっかりお見通しらしいシリル君に「本題はそっちじゃねえ」と傘を叩かれた。ひらひらと傘から赤い花びらが散る。俺は何とか意識を紬様の元へ持ち帰ってくる…クソ羨ましいけどな!ちくしょう。


黙り込んだ俺を半目で見たシリル君が「フィメルの恨みってどういうこと?」と助け舟を出してきた。

紬様は何故か俺の方を見ながら「わかるでしょう?」と言ってくる。


いや、ちっともわからんのだが。


「王妃様の心証が良ければプライベートの場にお呼ばれする機会も増えます。…赤竜様は王妃様の護衛騎士でしたので、プライベートの場にももちろん同席します。王妃様の計らいで赤竜様と同じ時間を過ごせることが、赤竜様のファンからすれば恨めしいのでしょう」


「…エリザベータは『ファン』なんて可愛いものじゃないけど、まあ、話はわかった」


シリル君に目で問われる。

「聞いていたか?」だろ?もちろん聞いてたさ。


「エリザベータがそこまで拗らせてたのは知らなかったけど、あいつならやりかねない」


俺がエリザベータの非を認めたことで紬様はほっとした顔になった。

…でも、まだ腑に落ちない点もある。


「うちの副官が迷惑をかけたがーーー洗脳魔法っていうのは対象まで決められるのか?とんでもない代物だな」


何気なく言ったが、部屋の空気が凍りついたのがわかった。

紬様が青ざめ、シリル君にもう一度傘越しに叩かれる。


「紬様…うちの赤竜がこんなやつで、ほんとにごめんな」


「いえ、いいんです。ここまで興味を持たれてないっていう事実を受け止めたくないですが、変に期待を持たされるよりはいいんです…」


…俺が、悪いみたいな顔で二人が見てくる?

え?なんで?


本気でわかってない俺に向けてシリル君が仏頂面のまま語り出した。


「これはあくまで一般論だがーーー洗脳魔法っていうのは、脳の理性の部分の動きを邪魔して隠してた欲望や憎悪の感情を増幅させるって言われてる。ーーーあとは自分で考えろ」


シリル君は教師みたいな口調で言い切ると俺の反応を伺ってきた。

確かに授業で習ったかもしれない。俺は赤魔法が強いしかかりにくいって言われたからろくに聞いてなかったけど。

無言になったあとのシリル君の視線の圧がすごい。これ以上は言わせるなってことですね。わかります。


えーっと。洗脳魔法にかかると欲望や憎悪が増幅される…紬様は何が増幅されたんだ?

あ、なるほど。


「紬様、俺のこと好きだったんですね」


めちゃくちゃ普通のトーンで言ってしまったせいか、紬様とシリル君はずっこけていた。

顔を上げた紬様が真っ青になっていたので、今度こそ愛想笑いを受かべて大丈夫ですよ、と安心させてやるために口を開く。


「俺はこの顔ですから。護衛した令嬢に淡い好意を寄せられることには慣れてます。大丈夫です、守ってもらえればちょっとカッコよく見えますよね?本気にしたりしないんで」


しかし、紬様は俺の心のこもった(?)慰めに対しものすごく嫌そうに「フォローしてくださりありがとうございます」と言った。

うん、全然ありがたくなさそうである。


それにしてもエリザベータはなんて厄介ごとを残していくんだ。

皇族はやめろよ。後始末が面倒くさいだろうが。


紬様は俺の胡散臭い笑みを見て何を思ったのか悲しそうにため息をついた。


「ーーーやっぱり、エリザベータは赤竜様のお気に入りなのですね」


…ん?

何を当たり前のことを。


「そりゃああいつ強いですもん。剣の腕は騎士団の中ではそこそこだったけど身のこなしが敏捷なんで並の騎士じゃ一撃も入れられません。おまけに魔法の腕がとんでもなくいい。ここだけの話ですが、暗殺者の捕縛に関しちゃあ俺より有能です」


ーーー言い切ってから気づく。

二人の生ぬるい視線に。

え?何その顔?


「ーーー忘れてたわ。ローゼシエの頭の中、黒竜のことと剣のことで埋め尽くされてるもんな」


「…ちょっと思ったのとは違いますが、お気に入りではあるんですね。なるほど、必要なのは力でしたか…」


強い方がいいに決まってると思うんだけど、二人的には違うんだろうか?


「ーーー?お気に入りって言い方をすれば俺はシリル君のことが一番気に入ってますよ?強いしいろんな魔法使えるし、人間の頃から手合わせ付き合ってくれるくらいには面倒見もいいし!」


俺のこの発言によってシリル君がアッフェルのように赤くなった。

だからなんでだ。プロイセンの主席魔法士なんだから自分が強い自覚ぐらいあるだろ?

紬様はますます遠い目になっていた。「まさか性別も関係ないとは」と呟いている。大丈夫だろうか、洗脳魔法を解かれたばっかで疲れているんだろうか。


紬様は大きくため息を吐き出した。

そして氷のように冷え切った視線を俺へと向けてきた。

ーーー機嫌悪くなってねえ?


「要するに私は弱くて存在意義も認められていないようですがーーーせめて二つ目の要求は飲んでいただきたい!私が洗脳されて醜態を晒した件が一部で噂になってるんです!護衛騎士のあなたとの仲が良好であると示しておかないと、私が勘違いフィメルだと思われて国に帰ってからも笑い物にされます!」


存在意義を認めていない…?えええ、俺一言もそんなこと言ってないよ…。

たじろいだ俺を見て、シリル君がわざとらしく咳払いをした。

どうした、まだ耳の先赤いままだぞ。


「ん゛ん゛!ーーー赤竜、お前黄色竜探しに行きたいんだろ?紬様の『名誉回復の手伝い』の提案は好都合じゃないか。帰国する紬様に合わせて和国に行って、ちょっと王都の上でも飛んでやれ。そして黄色竜を連れて帰還…お互いの利にかなってると思うけど」


確かに黄色竜の探索に協力してもらえるのはありがたい。

俺は恐る恐る紬様の反応を伺う。

急にキレるフィメルって苦手なんだよな。


紬様はもう怒ってなかった。

シリル君の提案に「いいですね」と頷いている。よかった、機嫌が治ったみたいだし、要求とやらもこれでいいらしい。


珍しくよく喋るシリル君が「よし、じゃあ決まりだ。三週間後に出発でいいな」と話をまとめる。

…どうしたんだよシリル君。頼り甲斐のある年上みたいじゃないか。


「ーーー俺は!お前より六歳も年上のプロイセン国王なんだよ!」


シリル君にげしげしと足を蹴られる。

身体強化済みだったみたいで先ほどと違い少し衝撃はきた。痛くはないけど。


シリル君も「これならいけるな」と頷いている。

…俺を蹴れる方法が見つかってよかったな?足癖悪いのは国王としてどうかと思うけど。


その後で紬様の護衛で唯一倒れていなかった騎士がシリル君に「紬様をプロイセンにおいてください」って直談判してた。エリザベータがブリテンへ戻ってて、しかも俺の首輪も外れてるとなっては気が気じゃないらしい。

残虐王なんて呼ばれるシリル君に対して度胸あるなあなんてその騎士の背中を呑気に眺めていて…あれ?と思う。

なんだか見覚えがあるのだ。しかも声も聞いたことがある気がする。


「そもそも紬様は黒竜様に無理やりあの場に連れて行かれていたんです。そしてエリザベータの襲撃にあった。…少しくらい融通聞かせてくれてもいいじゃないですか」


シリル君が困ったように俺を見てきた。

騎士がゆっくりと振り返る。

青の瞳と視線が交わりーーーようやく俺は気がついた。


「え、失恋仲間のレイモンドさんじゃん!」


紬様の護衛騎士ーーー改めパーシヴァル王弟殿下に隠れ家を与えられており、王弟殿下の元恋人でパーシヴァル様がつい最近マスキラ化するまではめちゃくちゃ愛人呼ばわりされてたーーー俺にとっては学園の時はよくしてくれた先輩でもあるレイモンドに挨拶する。

全然気づかなかった。…やっぱり人間の魔力弱すぎて見分けつかねえな。


レイモンドさんは俺に向かってすかさず「失恋仲間って言うな馬鹿野郎!」と言い返してきた。俺は先輩が変わらず元気そうで安心したが、紬様が驚いている。ああ、ごめんな、時と場所を弁えるわ。

そういえば俺が紬様の護衛を降りたあと、後任を頼んだんだっけか。

色々ありすぎてはるか昔に感じるな…一年も経ってないとか、ちょっと信じられん。


レイモンドは恨めしそうな顔で「本当に赤竜になってるし全然俺に気づかないし」と口を曲げている。


「いやあ、なんか人間の区別つかなくって。でも顔見ればわかりますよ」


「そ、そうか、種族違うもんな」


ーーーというか、レイモンドさんが倒れてたってことはさっきの俺どんだけ魔力垂れ流してたんだよ。レイモンドさん全然弱い魔法使いじゃないんだけど。


密かに反省していればーーーレイモンドさんが感慨深げに、


「知り合いがどんどんとんでもないやつになってくよ。…まあ、俺は紬様について和国に行くつもりだから関係なくなるけどな」


と笑っている。

ああ、そういえばブリテンを離れるって言ってたな。

紬様の護衛に引き抜かれたのか。

レイモンドさんの決断をパーシヴァル様は納得したんだろうか。ちょっと気になるけど…俺もブリテンを離れた身だし、そこまで踏み込んでいいのかは迷う。


「デニ…ローゼシエって呼ぶんだっけか。ローゼシエが『俺に役割がない』ってよく凹んでんの見て、最年少騎士団長で陛下夫妻の側近なくせにこれ以上何を望むんだよって内心思ってたけどーーーなるほどなあ。赤竜になる役割があったんなら、そりゃあ納得いかないよなあ」


うんうん、と頷くレイモンドさんには悪いが俺が赤竜になったのは陛下夫妻の陰謀のせいだと俺は思ってる。いくら遠縁にプロイセン王族がいるからって、俺の中に流れる魔力は薄すぎたはずなんだ。それをなんとかするために、元女王陛下の形見魔石を食わせてくるとか本当にとんでもない陛下たちである。ちゃんと二人の思惑通り赤竜になってる俺も俺だけど。


シリル君はレイモンドさんがやけに始祖竜の事情に詳しいのを知って訝しんでいたが、元パーシヴァル様の側近だと教えてやればすぐに納得の表情になった。


「じゃあローゼシエとの付き合いも結構長いのか?パーシヴァルと一緒だったってことはローゼシエと学園在籍時期も被ってるってことだろ?」


その通りである。

学園の時からの付き合いだといえばーーー先ほど渋ってたのはなんだったんだろうというくらいあっさり「じゃあ、紬様と残ってくれていいよ」と滞在許可を出した。


キョトンとしているレイモンドさんに向かって、シリル君は小さく「たまに赤竜の話相手にもなってあげて。…副官がいなくなったせいで、こいつの一人の時間が増えた」と余計なことを言って転移魔法で消えていった。


ーーーレイモンドさんと紬様の生ぬるい視線が居た堪れない。

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