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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
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第四十一話 モテすぎるのも何かと辛い

久々に外の空気が吸いたくなって、俺はひっそりと森の奥地に転移魔法で抜け出した。プロイセンの冬は厳しく雪も多い。しかし、赤い魔素が多いせいか地面に残る雪はそう多くない。

歩くたびに少し沈み込む感覚は新鮮だ。

俺、都会っ子だしな。こんなに緑の匂いがする場所なんてあんまり来たことがない。


わざと足跡をつけるように、地面お柔らかそうな場所を選んで無心で歩き進めていれば、急に開けた場所に出た。

赤、青、緑、黄色ーーー色鮮やかな小花が咲き乱れ、黒い蝶々が2体連れ添うようにして舞っている。

背の高い木々で昼間でも陽光が遮られるような薄暗い森の中に突如現れた色の洪水。歩み出すと光の強さに少し怯む。スポットライトが当たったようで、眩しさに目を細めた。

花を潰すのも気が引けて、俺はなんの気無しに宙に舞い上がって横になった。

すかさず魔素たちが集まってきて支えてくれる。

板状になった魔素たちに頬を擦り寄せるようにしているうちに、ふと気づく。

これほど魔素の豊かな場所だ。普通なら魔獣の一匹や二匹、遭遇しそうなものだな?


「ーーーあいつらの方から俺のことを避けてるんだろうな」


気配的にこの森のボスは赤地竜だが、俺が北へ行けば南に、東へ行けば西にと言った具合に見事に逃げられている。そんなに怖いか?と内心苦笑いしてたり。


「にゃー」


突然の鳴き声に危うく転がり落ちそうになる。

魔素たちに支えられて、なんとか無事着地した俺にーーー擦り寄ってくる黒猫。

塗れば烏のような漆黒な毛並みに金色のまあるい瞳。


…。

………。


俺がまずやったのは魔力と表情のコントロール。

…騎士団長として過ごした時間も無駄じゃなかった。取り繕うことがずいぶん上手になったから。

「いちごジャムを溶かしたみたい」なんて揶揄されている表情を見せてはいけない。ーーー俺の未練が彼女を縛り続けていたのだから。

口元にだけ笑みを貼り付けて、なんでもない風を装う…たったそれだけのことがこんなに大変だなんて。黒猫一匹で俺をこれほど翻弄するのはやめてほしい。


「…あとつけてきたのかよ」


しゃがみ込んでくしゃくしゃと髪をかきむしっていれば、どうしたの?と言いたげに首をかしげられた。


ーーーふと思う。このしもべ魔獣って主人との意思疎通は取れるのだろうか?


「ライ……黒竜とお前って魔力パスは繋がってるの?」


うっかり名前が口から滑り出るとこだったぜ、習慣って怖いな。

俺は戻る気はないのだ、という意味を込めて「黒竜」と言ってやるのだ。

彼女に聴こえていれば、少しは俺の覚悟が伝わるだろう。


黒猫は「にゃー」とひと泣きした。

いや、その鳴き声はどっちだよ、YESかNOかで答えてくれよ…。


「お前、しゃべれないの?」


「ふみゅう」


首をこてんとする黒猫がとても愛くるしくて和んでしまうのだが…しゃべれないのか。やっぱりそれってしもべ魔獣と呼んでいいのか怪しいな?彼女はまだ成体には程遠いしな?

とはいえ、できることもあるんだろう。じゃなきゃ国を超えてわざわざ俺の目の前まで来たりしないだろうし。

目を細めて黒猫の魔力を探る…瞳に彼女の魔力一際強く感じるな。


「きっとこの子の目を通して俺の様子が向こうに伝わってるんだな」


あえて口に出していってやる。バレてるからな?という意味を込めるためだ。

続いて、「なんでしもべ魔獣なんて寄越すんだ」って怒ろうと思った。

しかし、自分の行動を振り返ってみれば気づいてしまう。

これは自業自得なのではないかということに。


「俺も騎士団としもべ魔獣使ってブリテン内調べさせてるんだよなあ」


だって、保守派のやつら放置できないだろ。

俺を王族に組み入れようと暗躍したかと思えば変な噂流すし、邪魔者だった俺が消えた途端に騎士団取り込もうとしてるし。


…などと言い訳はあるが、彼女が俺の元にしもべ魔獣を寄越してきても俺は文句は言えない。

俺だってしもべ魔獣に彼女の様子を探らせたいとか思ってもない。それはダメなラインだ、俺。向こうは王妃で既婚者だ。変質者として捕まるのは御免である。

向こうにいた時だって、平気で寝巻きのまま「デニス…ちょっと言い忘れたことがあるんだけど」なんて深夜に呼び出したりしてくる彼女の警戒心があまりにもないもんで「あれ、俺ってマスキラだと思われてない?」って何度なったことかーーー。


違う、そんなのはどうでもいいんだ。俺は赤竜になって彼女の護衛騎士じゃなくなったんだから私室はおろか離宮に入るのもだめだ。


頬杖をついて考え込む俺を見上げてくる黒猫。

彼女もよくこうやって俺のことを見上げてた。抱きしめることも、朝隣で目覚めることもできないけれど、金色の瞳が俺だけを見てくれる時間があるだけでいいって本気で思えた。だからずっとそばにいた。

過去形にできていない想いを抱えたままこうして彼女の作ったしもべ魔獣と向かい合っていればーーー俺の中には温かいものが溢れてたまらなくなるんだけどさ。


…この気持ちはもう外に出さないって決めたから。


「ーーー失せろ。もう俺に関わるな」


彼女には向けたことがなかった冷たい視線で黒猫を射抜く。

モーションなしで転移魔法を投げつけた。

間合いに入ってるんだぜ?

背中を丸めて逃げようとしたって遅すぎる。元来鈍臭い主人が作ったお前と俺じゃあ比べるまでもないんだよ。


鈴の音のような余韻を残し、空っぽになった場所。

冬の風がさっきより冷たい気がする。彼女に冷たくあたった俺を責めてるのかもしれない。


…わかってるさ。親友だもの。周りがいくら勘ぐろうが勘違いしたりなんてしない。離れたても元気かどうか心配なのだ。

だからしもべ魔獣を遣わせた。

しもべ魔獣だってさーーー作れないって言ってたのに。

もっと成長して完璧な個体を生み出せるようになるまで自分には必要ないって言ってたのに。俺のために無理したんだろう。ジョシュア様も手伝ったりしたかもしれない。不器用なあの子に瞳だけ魔力を集めるなんて芸当できそうにないしな。

推測に過ぎないが、シリル君の元には俺への伝言が届いていたりするのかもしれない。しもべ魔獣より先にそっちを試すだろうし。

ただ…多分、シリル君が突き返すんだろうな。だからしもべ魔獣なんていう回りくどい手段をとった。


別にいいのに、シリル君は怒ってるんだと思う。

ブリテンに単身乗り込んだっていうのは噂話で盗みぎいたし、(離宮の外で騎士たちがよくデカい声で喋ってるのだ)シリル君と話していても言葉の端々に死にかけてた俺を放り出したブリテンへの憎悪を感じる時がある。


だからシリル君を諦め、自分でどうにかすることを選んだ。

ずいぶん回りくどいやり方だが、自分たちがくると不安定なプロイセンの魔力バランスを壊すことを恐れてるんだろう。

そろそろその段階は過ぎると思うんだけどね。結構頑張って守りの魔法陣に魔力入れてるし、そろそろ半分は超えるんだ。俺ってば一人で頑張ってる。


…彼女もきっと一人で、耐えてるんだろうな。

「近いうちにジョシュアが死ぬかもしれない」っていう恐怖に。

ずっとそばにいると約束した俺を恨んでたりもするのかもしれない。


俺をすんなり解雇してシリル君へ引き渡したくせに、しもべ魔獣なんて寄越す彼女を恨むことはしない。

矛盾してるなんて分かりきったことをあえて声高に叫ぶ必要もない。

俺たちはいつだって矛盾して歪みきってたし、突き放した方がいいってお互いわかってるけどあえてそばにいる。その関係性が普通だった。

離れなきゃいけない時がこんなに早くくるなんて俺は全く思ってなかった。


考えるな。

虚しくて、辛くて悲しくてーーー張り裂けそうな心の叫びに蓋をする。

考えてもしょうがないのだ。

プロイセンへ来ても、赤竜になってもダメだった。

彼女は結局俺を選ばないことは嫌というほど思い知らされたのに。

俺は彼女以外を選べない。


「ーーーあいつ以外を、選びたくても選べない」


もう最悪だ。

比べるなんて最低なのに。どうして思い出しちゃうんだろう。

愛の言葉と聞き間違うようなセリフを残していくシリル君を見ても、感じたのは罪悪感だけ。

なのにーーーそれなのに、転移の瞬間、彼女にそっくりな黒猫の瞳が悲しそうに歪められただけでーーー仄暗く照らされて、舞い上がる俺。

愚かすぎる。

シリル君に勝手に罪悪感を感じる資格なんてないのに。

頼むからそんな目で俺を見ないでくれって叫び出したい。

想いが叶わない辛さを誰よりわかってるつもりだ。

他人に味合わせるのなんて最悪なのにーーーなんで上手くいかないのか。


空中で宙返りを繰り返していたらーーー視界の端で何かが光った。

静止して、視線を向けて、ようやく気づく。なぜか特大の赤魔石が落ちていることに。


近づいて拾い上げてみる。

鼻先へ近づけてみけばーーー見慣れた魔力の匂いがした。

ルビーのような赤に黒いモヤが薄くかかった魔石は間違いなく、彼女が用意したものだ。黒猫はちゃっかり転移間近に俺への贈り物を落としていったらしい。

この魔石を見るのは実は初めてではない。

夜通し彼女の扉を警護していた俺に「夜勤の後だってちゃんと食べなきゃダメだよ」ってよく差し入れしてたのと同じ魔石だろう。

赤魔石になんの趣味か少しだけ彼女の魔素を混ぜるのだ。

「ちょっと苦くなるよ」なんて意味のわからないことを言って。


よそのマスキラに自分の魔力を渡すなんて、旦那に怒られればいいのにと思いながら俺はいつだって拒めなかった。

「後で食べるわ」なんてお礼を言って空間魔法の鞄にしまってた。

でも、実は食べたことはない。食べられるわけがない。

だって、無理だ。

無理に決まってる。

俺が、彼女の魔力を体の中に入れるのなんて、ダメだろう?考えただけで体が沸騰したみたいに熱くなるのだ。こんな変態にとんでもないものを渡すあの子もとんでもない悪女だ。馬鹿野郎、好きだけど!


なんだかイラついてきた俺は、手のひらに乗せた魔石を初めて丸呑みしようとしてーーー結局舌先でちょっとだけ舐めた。

舌の上に乗ったやけつくような赤い魔素の味…のなかに、ほろ苦い甘さを感じてしまい。

力が抜けた俺はその場にしゃがみ込んだ。

心臓がありえんくらいばくばく言ってて、身体中が真っ赤だろうなって自分でもわかった。


ああ、ついにやってしまったと思う。

共犯者だ。

陛下の裏切り者だ。

初等部とかでは授業で他人に魔力を借りたりする人もいるけど大体そういうのはニュート同士でやるんだ。俺はダメだ、彼女もダメだ、俺たちってとこも全部ダメだ。完全アウトなのだ。

ジョシュア様になんて言おう、いや、あの人「そうか」って普通に頷きそうだな?二人してずれてるもんな?あの夫婦!


俺にとって彼女の魔力は麻薬みたいなもので。一度始めたらやめられるわけもなく、次は前歯でちょこっと齧った。

口に広がるほろ苦さがたまらなくて、またちょっと腰が抜けた。

頭が沸騰したみたいに熱くて足に力が入らない。

情けなすぎる。童貞かよ、馬鹿みたいだ。


生まれたての子鹿のようにフラつきながら浮遊魔法で舞い上がった俺は、手の平サイズの魔石をリスみたいに齧りながら俺は森の中を引き返すことにした。なんかじっとしてられなかったのだ。後暗い場所に行きたかった。背負いきれない羞恥心から隠れたかったのかもしれない。


転移魔法で部屋に帰るっていう最短ルートが頭から抜けきってた俺は、森の入り口までふらわふわと進み、なぜか入り口で待機していたシリル君たちに見つかった。俺の姿を見つけるなり氷の世に固まったところも不可解だった。

シリル君とーーーその横に立つ懐かしい人影に思わず「なんでいんの?」と声をあげてしまう。


ストンと地面に降りれば、また、足がふらついた。

魔石は道中食べきった。もっと食べたい…いや、もう二度と食べない。

彼女の魔力が回ってるって思うだけで俺は二足歩行もできなくなることが判明したからな、しかも見られるし。タイミング最悪だよお前ら!!


地面にしゃがみ込もうとした俺をーーーシリル君の横に立って険しい顔になっていた兄のブランドンが即座に駆け寄ってきて、片手でヒョイっと抱え上げてくれた。


しかし、何かがおかしかった。

いつも「デニス、デニス」と騒がしくクマさんのような空気を纏う兄の様子がおかしい。

固まったままだったシリル君へ「おい、シリル王、フードがついた長めのマント持ってないか?」などと険しい声で呼びかけてる。


ブランドンの声で硬直が解けたらしいシリル君はーーー顔を真っ赤にした後、髪のように白くなって「す、すぐに探す」と早口で言った。

亜空間を一気に五個も出して片っぱしからもの取り出しては投げ捨てている。落ち着け、どうした?セクション5とか絶対服入ってないよね?そもそもーーー


「俺マントなんていらないよ?熱くないし」


ブランドンに抗議したのに、顔を歪められた後で「黙れ」と言われた。

ひどい。顔を隠すためかぐいぐいぐいと後頭部を下に押してくるのもひどい!


「痛い痛い痛い痛い!ブランドン、ひどいよ、俺の首をへし折る気か!」


必死に首に力を入れながら抗議したら「涙目になるなあほ!状況を悪化させるな!」と叫ばれた。

ーーー????

俺たち、違う言語で喋ってる?え?ブランドン兄ちゃんプロイセン語得意だったよね?


「兄ちゃん、今日どうしたの?」


気の緩みで一瞬俺の力が緩んだからだろう。

顔をブランドンの胸筋に押し付けられた。

俺は抗議のために後頭部の手を外して顔を上げたがーーーすぐに押し戻された。ひどい、むさ苦しいだろ、やめろよ。


暴れようとした俺の肩にーーーフワリと軽いものがかけられた。

ブランドンがすかさずフードを被せてくる。

なぜか安心したように「シリル王…感謝する。俺の弟がすまない」と10年に一度ってくらいレアな、お兄ちゃんするブランドンの声が聞こえた。


俺に一言も告げることなくシリル君が転移魔法を使って本城へ戻った気配がした。ブランドンがのしのしと歩き始める。


…?

……???


「色々、聞いていい?なんでここにいるの?なんで俺隠された?」


ブランドンが赤い瞳をこれでもかってくらい見開いた。

そして…心底困ったように「なんでかわかってないって無自覚か…」と呟いたのだ。


ブランドンは俺の背中をやや強すぎる力で二回叩いた後で、


「俺も聞きたいよ…デニスが綺麗すぎて俺心配だよ…」


こんな図体のでかいマスキラを綺麗って言うのブランドンくらいだよって笑ったら真顔でおでこに手を当てて熱を測られた。「それは本気か?本気で言ってるのか?」と次には心配された。おい、失礼だな?


「兄ちゃん…忙しいでしょ、なんでここにいるの?」


俺はさ、真面目に聞いたんだよ?だって、騎士団長のジュリアンがアレじゃあ心配じゃん!

なのに自由人クマさんは、


「休みもらったから飛竜に乗ってきた」


とドヤ顔でおっしゃった。

あ、うん、そうか、非番なんだ。俺が聞きたかったのは「ブランドン兄さんが残ってないと何かあった時に騎士団がまずいんじゃないか」ってことだったんだけど、兄さんが満足げに「久々の休みなんだ」って目を輝かせてるからいいことにするよ。うん。


「帰りは転移魔法で送って?明日までデニスのとこに泊まるって外泊申請出してきたから」


「おけおけ」


「ところでさ、デニス一個聞いていいか?」


あらたまってなんだろう?

少し身構えた俺を見て、ブランドンは真面目な顔で言った。


「デニス、俺たち、どこに向かってるんだ?」


………。


「とりあえず、おろせ?」


「立てる?」


「ずっと立てるんだよ、兄ちゃんが勝手に抱えたんだよ」


ブランドンは口をへの字に曲げた。

俺が冷めた目で見つめていれば渋々といった様子で俺を解放してくれた。

よかった、いい年下兄弟に抱っこで運ばれてるって絵面的にきつかったからな。誰にも見られてないとはいえ精神的疲労がすごかったんだ。


「それで、どこ行く?」


「俺の城の客間でいい?」


ブランドンは「俺の、しろ?」とだいぶ不思議そうにしていたが反対はしてなさそうだったので勝手に転移魔法で運んだ。

さっきはだいぶ動転してたな…森の奥から直接帰ればよかったじゃん。


ブランドンのことを入り口の魔法陣に登録したかったので、俺たちは城の正面入り口前に転移した。

ブランドンは突然現れた城を見て目を輝かせている。

「大きいなあ」だって、気に入ったみたいで何よりだよ。


いつまでも上を見上げているブランドンの服を引っ張って魔法陣に手をかざさせる。

魔法陣を光らせる魔力の紅色が俺そっくりで、やっぱ兄弟だなと思う。


中へ入れば今度は草原が俺たちを出迎える。

ブランドンはまたもや「わー広いなあ」と感心していた。三歳児みたいな感想しか言わないな?


「城の中は後で好きなだけ見てまわれ」と宥めすかして巨人を上階へ移動させる。自分で歩いてくれ、頼むから!力加減がまだわかんないんだよ!


途中から面白がってわざと動かなかったブランドンをなんとか三階のウェイティングルームまで上げた俺はまっすぐカウチソファに寝そべった。

ブランドンが寄ってきたので「あっち行け」と追い払う。しょんぼりしたふりしても無駄だ、演技だろその表情。

しばらくあたりを徘徊した後、ようやく正面のソファに落ち着いた兄だったが、いまだに落ち着きなく当たりを見回していた。


「中身まで完璧に城だな…格式も他国の王族が来ても接待できる最高級ロイヤルワラントの家具しか置いてない。お前、大事にされてるなあ。なんか俺安心したよ」


え?そうなの?初耳なんだけど。

「お前大事にされてるなあ」の部分は聞き流させてくれ。城建ててもらった時点で俺にだってわかってるから!

むくりと起き上がった俺の考えていたことを兄は口を開かずとも理解したようだ。「ほら、そのマーク見てみろよ」と俺の足元にあった紋章みたいなのを指差している。まじか、何年も使ってんのにこんなとこに何か書かれてるなんて気づかなかったぞ…。


「わかってなかったのか…この家具揃えるだけで騎士団長の年俸くらいにはなると思うけど。にしてもお前は昔っから武器にしか興味がないよなあ。そのお前のお気に入りのソファだって陛下が用意したものだしな。普通王族しか使えないはずなのに、そのカウチをつくった老舗メーカー」


あまりにもブランドンが羨ましがるので、このカウチはどういう経緯で俺の元に来たんだっけと思い出してみる。

城の騎士団長室の家具に初めからあったはずだ。でも父様の時にはなかったのかもしれない。俺は陛下夫妻の側近でもあったから騎士団長室の内装を一新された気がする。あんまよく覚えてないけど、父様の使ってたままでいいって言ったらみんなに反対されてんだ。

最終的にはジョシュア様に頼まれたパーシヴァル様が用意してくれてたはず。…あの人はルールとか無視するだろうな、俺の部屋に王家御用達のソファ置いても不思議じゃないな。


「俺はブランドン兄さんがそんな常識的なこと言うと変な感じするよ…」


家具なんて使い心地が良ければいいんだよなーーーと早速興味がなくなってきた俺は再びゴロンと横になった。

兄は家具好きだったんだろうか?いまだにあの椅子は、あの机は…と語り続けている。

クマさんで蜂蜜大好きな巨人だって思っててごめんな。


「ところで腹減ったんだけど、なんか食いもんない?」


急に食欲が湧いてきたらしいブランドンは腹に手を当てて眉を寄せた。

…やっぱり動物っぽいな?


俺は、早速エリザベータを呼ぼうとしもべ魔獣を呼び出してーーー


「ああ、こういう時に便利なエリザベータは今ブリテンにいるんだった」


俺の呟きにブランドンがうなずく。「あいつが戻ってきたから俺がこっちに来れたんだ」とニコニコで言われた。よかったな?


それよりブランドンの食事どうしよう。

この城の厨房、人間の食事なんて多分常備してないんだよな。


シリル君に頼むか?

…でも一応国王だしな、さっき迎えにきてたからこの辺にはいると思うんだけど。


「シリル王に連絡しなよ。あの人デニスが呼べばいつだって来るよ」


「…。そうする」


言いたいことは、色々あったけどね?

しもべ魔獣に命じてシリル君に夕飯を用意してもらうことにした。

実際シリル君くらいしか頼めそうな人いないし。俺のプロイセンでの知り合い対して多くないんだよな。そもそも人間に俺が近寄れないし…あれ?


俺は今更だがあることに気がついた。

さっきから魔力一切仕舞ってないんだけどブランドンはなんで平気なんだ?


「ブランドン…俺の魔力だいぶ強いんだけど、なんで平気そうなの?」


ブランドンは俺の言葉の意味がわからないらしく腹に手を当てたまま首を傾げた。

この意味の通じない感じ、やっぱり威圧が効いていないらしい。

シリル君でさえ効いてそうだったのに…と俺が慄いていると「さっきから全身を針で刺されてる感じはする」とのんびり答えてくれた。いや、威圧効いてんのかよ。にしては呑気だな?


「違和感はあるけどーーー苦しくはないんだよね。デニスが赤竜になった時に俺と父様、母様には加護が降りてパワーアップしたのも理由の一つなんじゃないかな。他人の魔力って感じはしない」


俺の、加護だと?

聞いてないんだが。


ブランドン兄さんを問い詰めてみれば、俺が赤竜になった日にブライヤーズ家に巨大な飛竜が来て魔力を振り撒いていったらしい。

王家の騎士団は敵襲なんじゃないかって肝を冷やしたそうだ、なんか悪いな。

…ジュリアン兄の頭上だけ魔力の粒子が避けていったせいで、ジュリアン兄が余計にグレたっていうのは聞きたくなかったけど。


「加護っていうのは受け取る側の好意がないと無効だからな〜自業自得だよ、あいつは」


はあ、と肩を落としたブランドン兄さんは何かを思い出したらしく頭を抱えた。「ジュリアン兄さんなあ…」とうめいている。


「まだ三ヶ月経ってないのに兄さんの代になった騎士団は酷い状況だ。ジュリアン派の第一、三隊なんて保守派に賄賂送ったって噂されてるやつが急に副隊長になったりしたし。デニスがエリザベータを戻してくれたからこれからはマシになるって思いたいけど…兄さんは最近稽古もせずに飲み歩いて家で暴れるんだ。父様と殴り合いの喧嘩になりかけたし」


え、あの温厚な父様が殴り合いの喧嘩?

信じられなくて喉を鳴らした俺にブランドンも「びっくりだよな」と肩を落とした。なんでも休みの日に家で飲みすぎて暴れ、奥さんを突き飛ばして子供が大泣きしたそうだ…なるほど、俺でも殴るかもしれない、それは。


「あんなに脆い人だって知ってたら俺が団長やればよかった。いつだって父様のいうことは正しいんだよな。知ってたけどーーージュリアン兄がずっと騎士団長なりたがってるの知ってたからなあ」


ーーーリン。


このタイミングで転移魔法で食事が届いた。宙に浮いた木盆に浮遊魔法をかけつつ俺は体を起こして手を伸ばす。

香ばしい香りがするなと思ったら、用意されたのは分厚いステーキだった。兄さんの好みをよくわかってるな、シリル君。でも俺の分はいらなかった。


「はい、兄さん。シリル君が届けてくれたよ」


湯気を立てる鉄板を受け取るブランドンの瞳が子供のように輝いていて俺は思わず吹き出した。


「二個食べる?」


ブランドンは「いいの!?」と目を輝かせた。

もちろんである、送り返そうかと思ったけどシリル君に小言を言われそうだからな。食べた程で行こう、うん。


ブランドンは相変わらずゆっくりと食べ進めていく。

ナイフとフォークの所作は完璧だし、ナプキンで口元を押さえる様子とか所作は綺麗なんだけどね、全てが遅いよね。この兄さんは。


食事中は口を開かないのがブライヤーズ家のしきたりだ。


俺は黙ってジュリアン兄さんのことを考えていた。

…優しい人なのだ。でも、確かに脆い人なのかもしれない。騎士団長の器でないと父様は見破っていたんだろうか。


三十分近くかけて付け合わせのポテトも全て平らげたブランドンがナイフとフォークを揃えておいた。「いっぱい食べたなあ」と呟きながら満足そうに腹をさすっている。

兄さんが空にした食器を再び引き受けた俺は魔力でメモを書いた後、すぐさまプレートを本城の食堂へ戻す。コックたち、急に現れた食器を見てびっくりしてないといいけど。


ブランドンは俺を見ながら「息するみたいに転移魔法使うな」とコメントした。


「デニスに役割があるとは聞いてたけど…流石に赤竜になるとは思ってなかったなあ」


「自慢の弟だ」と笑うブランドンを見てーーーあまりの変わってなさに、俺は少し安堵した。

ーーーブランドンのブラコンもたまには役に立つらしい。

無言でいれば、ブランドンが「あ」と声をあげた。

どうした、急に。


「そういえば母様にデニスがちゃんと食べてるのか見てこいって言われたんだった。ーーー俺が全部食べたこと黙ってて?」


ーーーと声を顰めて言われた。

…母様、俺一応赤竜になったから前と違って食べなくても平気なんだけど。


「母親って子供にご飯を食べさせたい習性あるじゃん、赤竜とか関係ないよ」


と口を尖らせたブランドン。久々だからだろうか、今日はよく喋る。


「俺も独身だった頃は食べるの遅いけど騎士団寮では大丈夫なの?って心配されたもん。どこに騎士団長の息子で騎士団の中でもガタイがいい俺から食事を奪うやつがいるんだよって何度言っても無駄だった。ーーーあの時思ったんだよね、母様からみれば俺は何歳になっても子供なんだなって」


ブランドンはそのあとで「まあ、デニスを心配する奴らは下心もありそうだけど」とくまさんの顔のまま言うので、ミネラルウォーターを飲んでた俺ちょっとむせた。


「モテすぎるのも大変だよな…今日、森で誰に襲われたの?」


…やたら喋るなと思ったら、お前ずっとそれが聞きたかったのか!



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