第四十話 勘違い?
「薔薇君を養うのも大変ですね」
エリザベータがやや強すぎるように見える力でシリル君の肩を叩いていたがーーーん?今なんて言った?
ローゼ、シエ?
…プロイセン語で薔薇の君か?
待て待て待て待て。
「おい、エリザベータ。ローゼシエっていうのは何だ?」
「赤竜様の別名です」と答えられる。…まあ、文脈的にそうだと思ったけど。
薔薇の君かあ。薔薇かあ…薔薇かあ!
弱そうで嫌だ!いかにも引きこもりの弱そうな王族って気がして嫌だ!
俺の不満は顔に出ていたらしい。
困ったように「団長は嫌がる気がしました」と肩をすくめられる。
机に寄りかかったまま腕を組んだシリル君が「ハインリヒ王子が広めてる」と追加情報をくれた。
犯人はあいつか!
拳を握りしめた俺をみてシリル君が慌てたように「落ち着け」と両手を上下させた。
俺は牛かよ、その動きやめろよ。
「そこまで嫌がるとは思ってなくてさ。だってお前寝るときいつも薔薇出すじゃん?傘も薔薇だし、しかも赤竜が通った後って薔薇のいい香りがするんだよ。俺もエリザベータもピッタリだと思って…」
「赤竜様じゃなんか寂しいですもんね」とエリザベータまで頷いている。
え、待って、俺だけ納得してないの?
「…ハインリヒ王子はこの間の面会で俺が薔薇を生やしてるのをみたのか」
呟けばシリル君とエリザベータが揃って首を上下させた。
………。
一つだけ、言わせてほしい。
「俺、別に薔薇全然好きじゃないんだけど!?傘作った時も俺はシンプルなのが良かったのに、魔素たちが薔薇の形にしたし、眠った時も勝手に生えてくんだよ、あいつらが!」
思わず叫んだ俺に「え!?」と驚く二人。
待って、なにその反応?俺が薔薇の花愛でる系の騎士に見えた?ねえ?
「俺は武器は好きだけど花は好きじゃない…」
「もっと強そうな名前がいい…」と肩を落としたが、何故か「あきらめましょう、似合いすぎてて騎士団でも定着してます、すでに」エリザベータに慰められた。
頭をポンポンされてしまい…なんだか一人だけごねてるのがバカらしくなってきた。
「まあ、似合ってんならいいか。俺かっこいいもんね、薔薇も似合うよね」
「自分で言うなよ」とシリル君に顔を顰められたが、俺は知ってるのだ。
「俺くらいの美形だと謙遜した方が嫌味なんだよ。今までで学んだ」
ドヤ顔で言い切ればエリザベータが「その通りです!」と賛同してくれた。
シリル君は苦虫を噛み潰したみたいな顔で「イケメン滅びろ!」って叫んでた。
「何言ってんだよ、シリル君もこの顔好きなくせに」
シリル君にパチンとウインクしてあげれば、失礼なことに「うえ」って言われた。
素直じゃないなあ。
ローゼシエ赤竜となった俺は「今日は何しようかな」と頭を悩ませつつ二階のウェイティングルームに戻った。
「よし、まずはお茶でも…「赤竜ーーー!!!」
「「「…」」」
俺たち三人は無言で視線を合わせた。
エリザベータが口を開いた。
「この、お声は…?」
待て、というように右手を上げた俺は悪くないと思う。
…いや、言わなくたってわかってるよ?こんな存在感がある魔力無視できないし!
でもさ、鐘一個分くらいしか経ってないよね?確かに「またくる」って銀蛇が恨みがましそうに俺のこと見てたけどさ!三日後くらいかな〜?って思った俺悪くないよね?!
「俺を、休ませろよ!」
怒りつつも窓辺に行って窓の魔法陣を解除する。
…後ろでは「七日も寝てたのにまだ休み足りないのか?」「378件の面会希望者全部消しますか?」などと話している。
鍵に手をかけつつ、「いつも思うけど俺の副官は物騒だな」なんて考えながら、鍵を解除し、窓をぐっと押し上げた。
一月の冷たい風が顔に吹き付け…同時に、この国ではほとんど存在しないはずの治癒魔法のオレンジ色の魔素が滝のようになだれ込んできた。
「うわ、やめろ!まとわりつくな!」
手を振って魔素を蹴散らしているとーーー治癒魔法の魔素を連れ込んだ大元がスーッと俺のいる四階まで上がってきた。
ギリギリ手が届かない距離を保ったまま静止したのは白銀を纏う始祖竜である。俺は白金竜を威嚇するように睨む。
「何の用だよ」
俺と絶妙な間合いを保ったまま、白金竜は安穏とした調子で「伝言は聞いたであろう?」と語りかけてくる。
伝言?
確か、飛竜の襲撃のせいで魔力が足りない…だっけ?
訝しげな顔で「魔力が足りないくらいで俺のとこまでわざわざ来たの?」と聞けば、白金竜は涼やかな美貌を歪ませ、
「魔力が足りないくらいとはひどい言い草だ」
と眉を釣り上げた。
「しかも王都の魔法陣を直せと伝言したのに全然聞いてないじゃないか!」と声を張り上げるもんで俺はそっと耳を覆った。
いや、こんなことしても聞こえるんだけどね?気分的な問題ってやつだ。
のらりくらりとした俺の態度を見て、白金竜は作戦を変えたらしい。
「赤竜〜」とすり寄ってきた。
やめろ、婆さん寄ってくんな、手を握るな、部屋に入ってくんな!!
「うわあ、竜にもモテるんですね、ローゼシエ」
「い、いや、あれは単に恐喝されてるんじゃ…?」
見てないで助けて、エリザベータとシリル君!
縋り付いてくる白金竜から必死に逃げているうちに、俺は二人の前を通過し、カウチの周りを三周くらいし、ついには壁際に追い込まれた。
いや、こええよ!
壁に背中をつけたままの俺の腰に抱きついてくる白金竜。
「はなせ!」
巻きついた腕を外そうと魔力を取り出した俺だったがーーー
「ああ!老ぼれは、か弱いんだから乱暴するな!骨が折れるぞ!」
などと悲壮な感じで言ってくるんだよ!こいつ!
「お前の魔力が掠っただけで折れるんだからな!あと100年で終わりを迎えるボクの身体は今スカスカですごい脆いんだからな!」
ーーーあああああ!うぜええ!
…などと脳内で絶叫しつつも、魔力を纏っていた腕を下ろして諦めたように白金竜を抱え上げてしまったりするから、この竜は調子に乗るんだろう…知ってたけど!
か弱いらしい白金竜を俺は三人がけソファの真ん中に下ろした。
ふと視線を向け、気づく。
…破壊したテーブルが片付けられて新しいのになっている。
いつの間に取り替えたんだ、と内心驚きつつ俺は白金竜の正面に座った。
「ーーー話くらいは聞きましょう」
精一杯渋面を作ったのは、俺の意地だ。
しかし、白金竜の演技は続くらしい。
白金竜はそのお綺麗な顔を歪ませて、目に涙っぽいものを浮かべながら「この哀れな老人を助けておくれよ」と肩など震わせてくるのだ。
…だんだん、俺を見つめるエリザベータたちの目が責めるようなものに変わっていってるのは気のせいじゃない気がする。
「…具体的に、俺に何をして欲しいんですか?この国から出られないのは知ってますよね?」
ーーー俺が譲歩の姿勢を見せた途端、いつもの冷淡な美貌に戻った白金竜。
無表情で「ようやく話を聞いてくれる気になったか」などと曰ってくる。
「手間をかけさせおって…お前はまだ生まれたての若造なんだ、この老竜の頼みくらい二つ返事で引き受けてくれよ」
先ほどの態度はどこへやら。長い足を組んでソファに背をつけてくつろぐ白金竜。…というか、ちょっと待て。
「まだ、引き受けるとは言ってません」
ーーー俺になんの得もないしな!
内心の文句が漏れ出ていたのか、白金竜は俺の表情を見て口元を少しだけ上げた。
「赤竜、命の恩人には優しくするべきだ。わざわざ来たのだから歓迎してくれても良かろう?…うん、喉が渇いたぞ」
白金竜はくるりと後ろへ振り向いた。
伝説の存在に見つめられ、怯むように肩を震わせたエリザベータに向け「茶」などと指示を出し始める白金竜。
…もうやだこの婆さん。
程なくして湯気を立てるえんじ色の紅茶が俺たちの前に置かれた。
俺がエリザベータに向けて「ありがとう」とアイコンタクトしている間に、白金竜が満足げに陶器のティーカップを持ち上げた。
薄桃色の唇をカップにつけつつ長いまつ毛を伏せたーーー「いい香りだ」と呟く声色は穏やかで、紅茶を堪能しているようだった。
…満足していただけたならよかったですよ!
ちびちびと紅茶を飲んでいれば、白金竜が「本題だが」と切り出してくる。
「飛竜が攻め込んでくるのはーーーまあ、滅多にはないがベルギー王国の魔法使いが対処するし、いざとなれば国の守りの魔法陣があるので大した問題にはならない。ボクは今の王族が嫌いだから基本的に干渉することもない…ただ、今回ベルギー王国に来たのはただの飛竜ではなかったため、流石のボクも看破できなかった」
白金竜の瞳にスッと黒い魔素の影が流れるのを、俺は黙って見ていた。
銀河の奥のような吸い込まれそうな強さを持った視線が宙へと投げられる。
いつになく真剣な白金竜の様子に、俺は自然と居住まいを正していた。
「ベルギー王国に接している魔物の森は知ってると思うが、あまり凶悪な魔物はいない。…プロイセンとは比較にならない、下級の魔物ばかりが住んでいる。ーーーにも関わらず、今回現れたのは百体もの飛竜…しかも、飛竜を率いていたのは、邪竜様の気配を持つ黒竜だった」
え?
喉が奇妙な音を立てた。
カップが手から滑り落ち、中の液体が溢れかけたので無意識に浮遊魔法をかけた。
赤い液体と白磁のティーカップが目の前を浮遊していき、白の陶器が机にコツンと着地した。追いかけるように赤い液体が正しい場所に注がれる。
黙り込んだ俺を見た白金竜が小さくかぶりを振った。
顔を歪ませて「ようやく事態の深刻さが伝わったか」と憎々しげに呟いている。
じゃ、邪竜様の気配を纏った黒竜?
何それーーー
「めちゃめちゃカッコ良さそうじゃないですか!ずるい!俺も戦いたかった!」
「いや、全然伝わっておらんな?!この馬鹿者が!」
「あほ!」と地面を踏み鳴らし、我慢ならなかったのか立ち上がった白金竜。
喜びのあまり両手を広げて虹色の魔素を撒き散らし出した俺。
白金竜が「こっちは真剣なんだ!」と地団駄を踏んでいたので、俺は楽しくなって彼女の腰を掴んでポーンと宙に投げ出した。
「お、おい!何するんだ!浮遊魔法をとけ!なんでそんなに喜んでるんだ!ボクの話聞いてた!?邪竜様の気配が人間界にあるっていうのは恐ろしいことなんだぞ!?」
うんうん、恐ろしいよね。
ところでーーー
「邪竜様の魔力と戦う時って何が有効なんですか?反対属性で言うなら黄色魔力?でも転移させるのが吉?ねえ、実際戦ったんでしょ?どうでした?」
…部屋の入り口付近、いつでも逃げだせる準備を整えたエリザベータとシリル君が頭を抱えているのが見えた。多分「ああ、ローゼシエの悪癖が…」みたいなこと言われてた気がする。
なんとでも言え!見知らぬ強敵!邪竜様の魔力!
…ワクワクしかねえよな!!
俺が胸の高まりを抑えきれないまま白金竜を追いかければ、宙を泳ぐようにして白金竜が逃げ出した。
「どうだったか!?最悪だった、使えない今の王族たちはたちまち逃げ出したし、数少ない愛し子の祖先も治癒魔法以外はからっきしだからボクが守るしかないし!…封印の魔法陣を描いてそこに閉じ込めたんだよ!それで三日かけて宇宙の遠くに転移させた!邪竜様の魔力の気配が王都に染み付いててまだ浄化も途中だ!」
ーーーなんだ、もういないのか。
ちょっとテンションが下がった俺は地面に着地した。
ダメもとで「その転移させた黒竜呼び戻しませんか?」と白金竜に提案してみたが「絶対に嫌だ、何をされようが転移座標は教えぬ」と目をむかれた。
ちぇ。
白金竜の転移魔法を解いて地面に下ろしてやる。
部屋の隅に浮かんでいた白金竜は着地の瞬間一瞬よろけて、すぐに持ち直した。
窓を見た。俺を見た。頭を抱えた…肩をすくめた後、先ほどまで座っていたソファに視線を定めた。ーーーこちらに戻ってくるようだ。文句を言いながら。
「暴走するポイントが一切わからん!ーーー黒竜は弱すぎて使い物にならんし、青竜よりは扱いやすいかと思ったが、お前もお前だ赤竜!」
ーーー理不尽にキレられた。というか俺はいいけど、黒竜を侮辱するな?あの子は大器晩成型なだけだ、今はまだ準備期間なんだ。
「ーーーそれにしもべ魔獣だって作れるようになったんだぞ!」
「え、なんの話?」と怪訝そうになった白金竜。
何お話って、黒竜の話に決まってんだろうが!と噛み付いたら、ただ引いた顔をされた。「なぜお前が怒っている?」と静かに聞かれても困る、ムカついたから怒ってるだけだし。
「黒竜は5年経ってようやくしもべ魔獣を作り出したということか?いや、遅くはないか。青竜と赤竜を基準に考えてはいけないしな…というか、あの、奇怪な猫、やっぱりしもべ魔獣なのか…ボクの銀蛇から聞いてたから存在は知ってたけど」
やっぱりしもべ魔獣が猫って「奇怪」なのかと内心で思いつつソファで腕を組んで白金竜を待った。
…というか、こっちに向かってくる白金竜、よろよろしてるが大丈夫だろうか?
ようやくソファに腰を落ち着けた白金竜はーーー疲弊し切った様子で、「話を戻すが」と話だした。
「邪竜様の魔力を浄化するには今のベルギーの王国の魔法使いでは力不足だ。ーーー赤竜よ、世界最強の始祖竜として我が国に救いの手を差し伸べてはくれないか?」
…そんな、大層な肩書きで呼ばれてもなあ。
困ったように眉を寄せた俺を見て白金竜は「頼むよ」と言ってくるがーーー無理なものは無理だ。
「邪竜様の魔力の浄化は俺の専門外だよ。ーーー相性的には黄色竜…次点で無効化できる黒竜じゃないか?」
俺の答えは予想の範囲内だったのか白金竜は驚くこともせず、「浄化は、そうだろう」と頷いた。
ーーー含みのある言い方である。
「浄化は正直諦めているーーー黄色竜はそもそもいないし…」
ん?
「黒竜はまだ邪竜様の魔力を無効化できるような段階にない」
いや、ちょっと待ってーーー
「黄色竜、もういるよ?この世界に」
白金竜は「は?」と怒ったように眉を寄せた。
「変な冗談はよせ、黄色竜がいないからボクは必死に考えて、赤竜にうちの国の新しい魔法陣を描いてもらおうと思ったのに」
?!
いや、黄色竜はいるんだけどさ、今探させてる段階とはいえ絶対いるんだけどさ…
ちょっと待て、この婆さんなんて言った?
俺は頭痛がしてきてこめかみを揉み解した。
いや、確認したくねえ。でも確認しとかないと後でもっと面倒になりそうな気しかしねえ。
「白金竜は、俺にベルギー王国の守りの魔法陣を描き直させようとしてんの!?」
大声を出すな、と顔を顰めた白金竜は悪びれることもなく「準備は進んでいるぞ?」と首を傾げてきた。
…本人の許可なくなんで準備が進んでんの??
ものすごく意味がわからないのだが、白金竜の中で俺が魔法陣を描き直すのは決定事項らしい。「次のミーティアウィークは九月だからそれまでに頼む」じゃねえんだよ、ミーティアウィークの日付くらい知っとるわ。
眉間をぐりぐりしてなんとか気持ちを落ち着かせる。
この暴走婆さんにちゃんと釘を刺さなければいけない。今この場で、これ以上勝手をしないように。
「まずーーー黄色竜はいる。だから浄化を諦めるな、魔法陣はまだ消してないよな?」
白金竜は全く俺の言葉を信じていない様子だ。
「お前それ正気でいってるのか?加護を受けていないせいで毎年荒廃していくイタリア王国の惨状を知らないのか?」と嘲笑ってくる始末。
…まあ、信じないならいいけど!
とにかく魔法陣を消すことはするな、と釘をさせばーーー白金竜の目が落ち着きなく泳いだ。
嘘だろーーー?
俺の予感は当たってしまったらしい。白金竜が俺と視線を合わせないまま、
「じ、実はすでにもうちょっと消した」
ーーーと報告してきやがった。
「おいいい!守りの魔法陣って建国の始祖竜が描いた国の要だろ!?自分が描いたからかもしれないけど、そんな簡単に消すなよ!しかも修復は俺任せって!」
「まあ落ち着け、ボクも手伝うから」じゃないんだよ!なんで俺が描く前提で話を進めようとするんだよ!
「いや、だって、消去法的にお前しかいないだろう?黒竜には無理、青竜は性格的に無理…お人好しでしかも魔素操作が得意なお前が一番適任だ!」
ーーー結局、俺は一言もやるといってないのに「九月までに頼むぞ」と微笑んで白金竜は帰っていった。しかも追加でいくつか約束もさせられてしまった。
「………」
無言で頭を抱えていれば、静かにシリルくんとエリザベータの気配が近づいてきた。俺は傘を取り出し、俺を覆うようにしてしもべ魔獣に持たせた。今絶対普段より魔力漏れてるしね。
ベール越しに見える人影は戸惑いがちに正面に立った。
「ローゼシエ…黄色竜様の捜索、急がせますね…」
ーーーありがとう、いいやつだよお前は、エリザベータ。
「…あの場でさ、白金竜様のために飛竜に命じてベルギー王国の国境を守らせる約束とかしちゃうからなんでも頼まれちゃうんだと思うよ?」
…シリル君の言葉はあんまり優しくない。俺もわかってるけどさあ。
いやでも、断るほどのことじゃないかなって。
飛竜を数体呼び出して魔力で強化した後、国境を守らせるのくらいなんでもないし。
ベルギー王国は「彼女」も綺麗なところだって言ってたし、竜大国の一つが飛竜なんかに壊されたらいやだし。
シリルくんの何かいいたげな視線から顔を逸らしていればーーーエリザベータが「もう一つ騎士団の件でご報告がございまして」と切り出してくる。
顔を上げれば深刻そうな彼女の表情。
俺は頭を掻きむしった後で、ソファに座り直した。
続けろ、と促せば胸に手を当てて「仰せのままに」と彼女が頷く。
「ご命令の通り、ブリテン騎士団に顔を出して保守派を調査しておりますーーー騎士団内はブランドンを筆頭とする元団長派と現団長派に分かれております。現団長が保守派の支持者ですので、半数ほどが保守派の勢力下に入っていると考えていいです」
「まじかよ、ジュリアン兄さんと保守派の繋がりはもう疑いようもないのか」
この時の俺は「ブランドンは相変わらずなんだろうなあ」って呑気に苦笑いしててーーーエリザベータを疑うことを忘れてて、「半数」も保守派がいることへの違和感に気が付けなかった。
だから、彼女が「お願いがあるのです」と言えば素直に「言ってみろ」と頷いてしまった。
あとで、この時のことをどれほど後悔することになるかも知らずに。
「本格的にブリテン王宮に潜ろうと思いますーーー捜索範囲をブリテン王家の周辺まで広げるつもりです。…敵の大きさを知らないうちには解決策も打てませんから。…ですので、私が元騎士団長の副官であるという証拠に、ローゼシエが以前使っていたロングソードをお借りできませんか?」
俺は、少し迷った。
だって、ブリテン王家周辺っていうのはちょっと不穏だ。
エリザベータの身分は暗殺者だ。しかも敵国の。
いくらクビになったとはいえ俺は元側近…陛下夫妻に近づけたくはない。
俺が黙していればーーー意外にも、シリルくんの方から「貸してやれば?」とエリザベータを後押しする声がした。
「ーーーローゼシエが心配してるのはどうせ国王夫妻のことだろ?エリザベータがあの二人に何かできると思うのか?…黒竜と、世界最強の魔法使いだ。暗殺標的にはならねえよ」
シリル君の言葉を聞きながら、俺は今一度エリザベータを観察してみた。
ピンキッシュオレンジのふわふわツインテールと大きな丸い瞳だけ見れば騎士団員には見えないし、いわんや暗殺者だなんて誰も思わないだろう。
でも見た目で人を判断してはいけない。
小柄で細身だがすばしっこく、相手の間合いに滑り込んで王宮内の暗殺者を無効化する手際は騎士団一。魔力操作が上手で暗殺者なだけあって暗器の扱いにも慣れてるし、気配を消すのも上手い。能力の高さは一緒に活動している中で嫌というほどみてきた。
しかも…この間発覚したのは普段は魔力を制限していて能力の半分も見せていないという事実。転移魔法が使える時点で王族の血が入っているのも間違いない。ーーー知れば知るほど怪しさ満点のフィメルである。
しかしーーーブリテン陛下夫妻を超えるかと問われれば、そんなことはないだろう。あの二人、普段は抜けているけど、いざ戦闘となれば、どちらも卓越した能力を持っている。
俺が今でも心配なのは黒竜の方だがーーー最後にブリテンで見た彼女はだいぶ強くなってたし、流石に人間にどうこうされることはないか。
ジョシュア様は言わずもがなだ、初めから人間相手に遅れをとるとは思ってねえ。
考え抜いた末、俺は渋々亜空間から以前使っていたロングソードを引っ張り出した。
放るようにしてエリザベータに渡せば、彼女は花が綻ぶように笑った。
「ありがたき幸せーーーこのエリザベータ、必ずローゼシエのご期待に応えます」
立ち上がりーーー彼女が踵を返したとき、なぜか、俺の鼻腔を青竜の魔素が香った気がした。
不審に思った俺は「おい、エリザベータ、青竜を見かけたか?」と問いかけていた。
彼女は笑みを張り付けたまま、「いえ、七日前からお見かけしていませんが?」
と平然と答えた。
ーーー俺の、勘違いか?
もう一度空気の魔素を探ってみたが、青竜の魔素の香りはもうしなかった。
大事そうに俺のロングソードを胸元に抱え、扉の向こうへ消えてったエリザベータの表情がいつもより少しだけ強張っている気がした。
ようやく静けさを取り戻した室内。
378人いるとかいう面会希望者に捕まる前にちょっと散歩でもしてこよう。
シリル君に「ちょっと出かけてくるね」と言ったら「いつ戻る?」と聞かれた。
シリル君の仏頂面はいつも通り。
でも、不安げな眼差しに気づけるくらいにはこの人のことを理解し始めた。
「…そんな顔しなくても、ちゃんと戻ってくるって」
立ち上がれば、少しだけ下にあるシリル君の視線が僅かに下げられた。
ーーー信じてないな?
俺は無意識に手を伸ばしかけて…すぐに引っ込めた。
あぶねえ、触ったら魔力が流れるかもしれないのに。
俺の挙動不審な動きをめざとくみていたらしいシリル君は…怒ったように口を曲げ、なぜか二歩、俺の方に近寄ってきた。
「ん」
ちょうど手の届く位置に、差し出された頭。
…フリーズした。
え、まさかと思うけど…
確認した俺は、悪くないはずだ。だってこんなの疑うだろ。
「撫でて、欲しいの?」
いや、聞きたいのはそんなことじゃないんだけどさ。
自分の行動を言葉にされると羞恥心が湧いたのか、シリル君の血色の悪い頬はアッフェルみたいに赤くなる。
初心である。後宮を持ってもおかしくない魔法大国の王様のくせにめちゃくちゃ初心である!
いや、違う。そうじゃなくて…
心臓が、嫌な音を立てた。言うか?言わないか?
…迷うと口から出ちゃうのが、まあ俺なわけで。
「シリル君…まさかと思うけど、俺に惚れてーーー「そうじゃない!!」」
…食い気味に否定された。
うん、よかった。でも頭は引かないのね。撫でては欲しいのね?
歳上なのに甘えただなあ〜と思いながら、魔力が間違っても漏れないように厳重に警戒しながらシリル君の猫っ毛に指を滑らせる。
…なぜか、他の人にやるより緊張するな?
エリザベータにやるのはなんとも思わないのにな?
ド、ドキ!これは恋?!ーーーとはならない。
だって緊張する理由は明確なのである。
シリル君の魔力がアホみたいに揺れていて「緊張してます!恥ずかしいです!」と全力で俺に訴えかけてくるからだ。
え、触れって言われたよね?大丈夫?これ?となるわけである。
緊張ってうつるからね、知ってた?
しばらく撫でていたけど、終始シリル君が満足げに目を細めていたので、まあやってよかったと思う。
シリル君は自分から離れていき、無言で踵を返した。
ーーー恥ずかしかったんだろうなあ。本当にそんなに初心で大丈夫なのか俺が心配だよ。
呆れながらシリル君の背中の赤竜の紋章を眺めていればーーーシリル君が突然、歩を止めた。
振り返る。
黒のマントが揺れて、波打った。
口をへの字に曲げて、シリル君は「おい」と言った。
はい、なんでしょうか。
首をこてんと傾げてやれば…多分見惚れてたな。シリル君もだいぶ俺のナイスフェイス好きだよね。
慌てたように仏頂面に戻ったシリル君は「これは違うんだよ、その、いや、マジで違くて」と早口で喋り出した。
うん、落ち着け?
「勘違いすんな。ちょっと、ちょっとだけエリザベータが羨ましかっただけだ。俺も結構毎日頑張ってんのに、お前、俺のことは全然褒めてくれないからーーーうわあ、きめえ。キャラじゃねえ」
わお。ツンデレだ。
シリル君がそんなこと言い出すと思わないじゃん。
純粋にびっくりしすぎて、咄嗟に何も言えなかった。
パカんと口を開けた俺をみて、シリル君は今度こそ脱兎の如くかけてった。
取り残された俺は、今しがた言われたセリフを反芻していた。
指摘されてみればーーーまあ、思い当たる節はある。
だって、シリル君はずっと俺の兄貴分だった。兄貴分は「褒めない」よな?むしろ俺が「頑張ってるな」って言われてる側だった。
対してエリザベータは出会った当初から俺の部下だ。部下に評価を与えるのは当然のことだ。褒めるし叱る、当たり前だろ。
でも、シリル君的にそれは「羨ましい」にあたるらしい。
…シリル君の心中が正直全くわかんねえ。弟分に褒められて嬉しいのか?
俺は非常に混乱しーーーとりあえず、週一くらいで頭でも撫でておこうと決めた。うん、喜んでたし、人恋しいんだろ。友達いなさそうだしな。
ーーーなんてね。
「ーーー多分、そうじゃねえよな」
混乱して、自分の中で論議を繰り返したが…。
もう、これは、そういうやつだろう。
でもって、俺にできることは毎度毎度、残酷に確認することくらいだろう。
どんなに傷ついた顔をされても、青の魔力がさざなみだっても、言葉に出してあえて切りつけるしかない。
残念ながら俺はそんなに鈍くないし。
そして心変わりも、永遠にしないから。
シリル君のことが赤竜として大切だからこそ、突き放すのが優しさだと思う。
「勘違いならいいんだけどなあ」
視線と仕草の温度で伝わってきちゃうんだよなあ。
…俺の勘は、完全にアウトって言ってる。
「ーーー亡き先代と俺を重ねても、不毛なだけだよシリル君」




