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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
38/64

第三十八話 渦巻く思惑…よりも黒猫が気になる

やっぱり剣バカと名高い俺は、文句を言いつつも勝手に進化した魔剣が愛おしくて仕方なかった。

黒革の貼られたカウチソファに寝そべっている俺に戯れるように斬りかかってくる魔剣を「こらこら」って笑いながら弾き返していたらーーーシリル君が血相を変えて駆け寄ってきた。


「デニス!?おい、やめろ!」


瞬時に抜刀し魔剣に向けてスイングしたシリル君。

寝返りを打つようにして頬杖をつきシリル君と魔剣のじゃれあい(?)を眺める。シリル君の顔は笑えるくらいに歪められてて、動揺しているのが丸わかりだがその割に一切の隙がない滑らかな剣さばきだ。

内心舌を巻く。

…やっぱこの人に剣で勝つのは簡単じゃなさそうだ。

頬杖をつきながらシリル君と魔剣のやりとりをのんびりと見守る。

シリル君に吹っ飛ばされた魔剣が…まるで人のように、よろよろと俺の方へ戻って来たので口元が緩む。

魔剣に手を伸ばす俺をみたシリル君は目を剥いた。


「え、この魔剣もしかして…前に闇市で買ったやつ?」


さすがシリル君。一度見ただけなのによく覚えてたな。


「そうだよーーー触ってみ…ないほうが良さそうだ、よし、また後で遊ぼうな」


俺がシリル君に「触ってみる?」と言う前にシリル君の指に向かって斬りかかる魔剣を俺はすぐに捕まえる。


「なんか買った時から別もんになってない?…ちょ、赤竜、素手で掴んで手切れないの?」


眉を釣り上げたシリル君が駆け寄ってくるが、俺は何ともないのでそのまま魔剣を柄に戻した。…ちょっとバインドもかけておこう、勝手に飛び出すのはよろしくない。


「悪い子だな、ちょっとはおとなしくしてろよ」


剣の柄をノックしながら剣に向かって話しかける俺にシリル君は何事かいいかけーーー突然、地面に倒れ込んだ。

カウチから跳ね起きて、慌てて駆け寄ろうとしたら必死に起き上がったシリル君に「違う、近寄るな」と右手で制される。


「一分くらいしか、耐えられない…魔力、抑えて」


ひゅっと喉が鳴った。

すぐさま薔薇の傘を呼び出して、頭上に広げる。

黒いベールで覆われた視界の先で、シリル君がよろよろと立ち上がった。

後悔か、反省か…謝ろうと口を開きかけたところで「謝るな、先代赤竜の愛し子のくせに俺が弱いのが全部悪い」と先手を打たれた。

シリル君はそれ以上何も言うつもりがないらしく、服についた埃を払って髪を手櫛で整えた。悔しげに歪められた顔が、かつてのジョシュア様を追いかけていた自分に重なって俺はそれ以上何かを言うのをやめる。

沈黙が落ち、気まずくなって俺は再びカウチに寝そべった。

邪魔な傘は呼び出したしもべ魔獣に任せる。頭の上に咲き誇る、視界いっぱいに広がる薔薇の花を眺めていたら、すっかりいつもの調子に戻ったらしいシリル君が「おい」と不機嫌そうに呼びかけてくる。

…?


「どうしたの?」


「その黒いベール、どうにかなんないの?お前の顔が見えないんだけど」


茶化すように「俺の顔見たいの?」って言ったら、舌打ちされた。

それでも睨み続けてくるので…俺は仕方なく魔素に呼びかけてベールの糸に黄色の魔素を混ぜて透明に近づけた。

ゴロンと体の向きを変えてシリル君と目を合わす。

…深い深い眉間の皺、いつか取れなくなっちゃうよ?


「どう?俺のナイスフェイスがよく見える?」


揶揄うつもりで言ったのに…シリル君は無言で一つ頷いた。

冗談の通じない奴だ。突っ込んでくれないんじゃボケがいがないだろ?


一人で拗ねていると、シリル君が不機嫌そうな表情のまま「マジでなんともないって顔してんな」と呟いた。

…俺はそんな顔をされる理由がわからない。


「ーーーそろそろ四の鐘だからイラついてんの?」


推測してみたけどハズレっぽい。

「まあ」と頷くシリル君の口元は歪められたまま。

短く舌打ち、


「錯乱した兄貴が乗り込んできてお前のこと罵倒していったって聞いたのは、エリザベータの虚偽報告?」


あ、そのことか。

ゴロゴロとしたまま、ぽんっと膝を打った俺に、シリル君はまたひとつ舌打ちすると何故か助走付きで蹴りを入れてきた。

ーーーそして跳ね返って地面に転んだ。


「ーーーイッタ!え?鋼鉄かなんかなの?硬すぎない!?」


…自分で人様を蹴り、自爆して悶絶している。

足を抑えてうずくまってるけど、大丈夫?


「お前いつからそんなに硬くなったんだよ!」


ーーー何故キレられてるのかはわからないけど…


「元の赤竜の体積考えてみて?魔素の圧縮濃度が人間とは桁違いなんだよ」


だから剣でも切れないよ?と右手をひらひらとさせて教えてやれば「心配して損した!」と睨まれた。


「お前と話してると何で怒ってんのか忘れるよ…」


悪かったな。


「錯乱した兄貴に、わざわざ自分のしもべ魔獣をあげたって言うのも本当?」


あー、そのことか。

さっきの出来事はあんまり思い出したくもないし、責めるような視線でみられる意味もわからず、シリル君に背中を向けて黙り込んだらーーーシリル君がよろよろと立ち上がり近寄ってきた。

カーペットに右足をひきずるような音が心配になって目線だけ向ければ、ソファに伸ばしていた足に手が伸びてきた。

魔力がやっぱり痛いのか、指先が隠し切れないくらいに震えているくせに。

両手で俺のふくらはぎをつかんで、そっと背もたれの方に動かすシリル君の手つきが、まるで壊れ物に触るみたいに丁寧で俺はなんとなく視線を逸らした。

…俺の寝そべるソファの足元に座り込んできたシリル君は、器用にも俺に触れないように背筋を伸ばしたままで、先程打ちつけたらしい(俺の体にだけど)右足の小指が痛いらしく、うめいている。


「お前が優しすぎるのは今に始まったことじゃないけど…ひどいこと言われたら、怒らなきゃだめだ」


赤い瞳は見えないけど…何やら心配されていることはわかる。

強がって平気って言ってると思われてるのか?ーーーそれとも兄さんを守るためになんでもないって顔をしてるとでも?

シリル君は俺のことを買い被り過ぎなんだよな。

…ただ、俺の価値基準が彼女かそれ以外かってだけ。

自分のことだろうが、彼女に関係がなくなった時点で俺にとっては怒ることさえ面倒になる。


「怒ったよ?魔力で威圧して這いつくばらせた」


ーーーまあ、ちょっと凹んでる感は否めないけど。…ジュリアンは俺のことが嫌いでも、俺は兄さんのことが嫌いじゃないんだよなあ。

シリル君にみられている気がして、視線から逃げるようにソファに顔を埋める。


「…俺たちの目を盗めるとでも?エリザベータが言ってたよ、赤竜様は激昂しているように見えて完璧に魔素をコントロールしてたって。…むしろ集まってきた魔素を必死で蹴散らしてたって」


まさか気づかれているとは思わず動揺で肩が揺れた。

シリル君が「図星かよ」と小さく笑ったのがわかる。


兄さんが俺に向かって低頭してるのなんてみたくなかっただけだし。

………あいつ、余計なことをシリル君に報告するな?


黙り込んだ俺の腿のあたりをシリル君が軽く叩いた。

そして低い声で小さくこぼす。


「ーーーお前が許しても、俺は許さない。…お前のことを傷つけた奴は全員代償を払わせる」


代償を、払わせる。

物騒なセリフに俺が震えたじゃんか。

シリル君の表情が見たくて、振り返ろうとしたところでーーーゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーンと四回鐘がなった。


ハッとしたように立ち上がったシリル君が足早に「外にいるから迎えに行ってくる」と背中を向けた。

俺も起き上がって二階のウェイティングルームに移動しようとしたのに、振り返ったシリル君に「ここでいいよ」と制される。


「なんで?わざわざ客間があるのにーーー」


「その黒革のカウチ、気に入ったんだろ?今日は私的な集まりだし、赤竜が落ち着く場所にいればいい」


「ここにいろよ」と念押ししてシリル君は今度こそ走り去った。

シリル君の表情が優しすぎて俺は「貴族らしくするんなら下にいたほうがいだろ」って言葉を言いそびれてしまった。

しっとりと冷たい革に頬をつけ…俺は大きく息をつく。

確かに落ち着く…だって、「彼女」の離宮にあった俺の仮眠室にあったものとそっくりなんだよこれ。偶然で片付けられるはずもない。このカウチだけでなくベットからソファまで…体を休めるための家具は全てが最高品質なだけでなく俺の好みにしっかりと合わせられているのだ、この城。

カーペットやシャンデリアなどはプロイセン王宮らしい伝統的なデザインだから、きっと他人が見ても気づかないだろうけどさ。

シリル君かエリザベータあたりが俺の好みをリサーチさせて、さりげなく盛り込ませたのだろう。


残念なことに、俺はみんなが言うほど鈍感でもない。

多分俺がブリテンに帰れないって決まった時点で、シリル君とエリザベータは俺のために屋敷を作る計画をしていたのだろう。俺が赤竜になったから少し規模を大きくして屋敷から城へと変更したんじゃないかな。

ブリテン騎士団を模倣した俺の私設騎士団だってびっくりした。プロイセンにも騎士団はあるのにどうやって騎士を募ったのか…ざっと魔力チェックしたけど普通にレベル高かったしな。


…気づくに決まっている、シリル君にめちゃくちゃ甘やかされてね?ってことに気付いちゃうに決まってるのだ。


取り残された俺は途方に暮れるしかない。

俺に構うほどプロイセン王って暇じゃないはずなのに。

シリル君はどうしちゃったんだ?


「ーーー俺がいない三ヶ月間に変わり過ぎだろ」


カウチに向かって顔を押し付けていたらーーー何やら、視線を感じた。

ぼんやりと窓辺に顔を向けてーーー跳ね起きたよね。

黒い毛並みに金色の目をしたの猫が、外から俺をじっと見つめてたから。

ーーー見覚えのありすぎるカナリーイエローに吸い寄せられるように窓際へ歩いていったら…お月様のようにまんまるの目が笑ったみたいに細められた。

魔力の匂いが全くしない猫だった。

触りたくて夢心地で手を伸ばそうとしたら、がつんと窓ガラスに手が当たった。

ーーーああ、誰だよ外との境界に思いっきし防御魔法貼ったの!

俺だよ!昨日のな!

窓の鍵に手を伸ばした途端、魔力の匂いのしない猫は「にゃー」とひとつだけ鳴いて俺に背中を向けた。


「待って、行かないで!」


叫びながら鍵を開ける。ああ、ジャンプしようとしてるし!


「おい、危ないよ!」


俺の引き止めも虚しく、黒猫は空中に走り出た。

…四階だぜ?慌てて窓枠をこじ開けて手を伸ばしたけど…魔力の匂いがしない猫はすでにどこにもいなかった。

空気に溶けるみたいに消えていたのだ。


自分の見たものが信じられなくて、胸元に刺したサークルストーンに手を伸ばす。冷たい感触と手に馴染んだ魔力。

特大のカナリーイエローの魔石をいじくりまわしながら、ふらふらとカウチソファに戻った。


…。

………。


「クッソが」


髪の毛をかきむしって、う゛ああああという意味のないうめき声をあげる。


色合いといい。

魔力の匂いが全くしないことといい。

隠す気ないよなあ!?魔力の匂いを消し去るのなんて「黒魔法」の十八番だもんなあ!?


「ばかが…喜んでんじゃねえよ。諦めるって決めたばっかりだろうが」


にやけようとする顔面を自分でつねり、必死に怒りの感情に変換する。

ふざけんな、いらないって捨てたんならもうほっておけよ!

どうせいつもの気まぐれだ。

うん、きっとただの紛らわしい猫だ。


「…ただの猫がたまたま外の結界をすり抜けた上に四階から飛び降りて消えるかよ!?」


バンっと皮張りのソファを叩く。ていうかいつの間にしもべ魔獣を出せるレベルまで成長した?…そもそもあれってしもべ魔獣なのか?猫のしもべ魔獣なんて聞いたことないな?普通蛇だよな?


「やっぱりただの猫か?」


うつ伏せのまま真剣に考え込んでいたら、入り口の魔法陣に反応があった。

ーーーああ、そういえば誰か来るんだっけ。

その場で腕を一振りして制限を解除してやれば…シリル君の他に建物に入ってくる人間の反応が1、2、3…10人か。

中でも魔力が強いのは二名ーーー宰相と王子だろうな。


猫のことで頭がいっぱいな俺はカウチに寝そべったままお客人を待っていた。

程なくして宰相と王子の一行が3階まで上がってきた。シリル君に先導され、一人、またひとりと魔法陣を抜けて室内へ入ってくる…その誰もが、俺を見て一瞬金縛りにあったかのように固まる。どうやら生で見る赤竜は珍しいらしい。誰も彼もおんなじような反応だなあと思っていれば、七人目…多分服と装飾品の派手さからいって宰相だと思われるおっさんだけが、足を踏み入れるなり俺に向かって、

「陛下を前になんて態度だ。シリル陛下に無礼だぞ!」と叫んでた。

俺が視線を向けただけで静かになったけど。


最後の一人が入ってきた後で入り口の魔法陣を確認していたシリル君は、近くに棒立ちしていた王子の護衛騎士を押しのけて俺の元へ走ってきた。

シリル君の黒髪が風に流れる。さっきの猫も濡羽鴉のような見事な毛並みだったなあ。


「赤竜さま、ご命令のままにお連れいたしました」


シリル君が跪いた時、室内にいた全員の顔がこわばった。

俺は「やっぱりさっきの猫に触りたかったな」と思ってた。


…この後このことは、シリル君に悪かったと思ってる。

シリル君の髪の毛ばかりに気を取られていた俺はちょうどいい位置にあった頭に手を伸ばして、指先で触れていた。

ふわふわとした猫っ毛はやはり先程の猫を連想させる。


ふわふわふわふわ。


しばらくポフポフと手を上下させていれば、小さくシリル君に「おい!」と叫ばれた。

はっと我に返る。

手を引っ込め、わざとらしく「花びらがついていたよ」なんて付け加えてみたが…シリル君の顔が真っ赤を通り越して紫色になってたので誤魔化せたかは怪しい。


「あ、赤竜様…お戯れはおやめくださぃ…」


噛み締めるように小さくつぶやいたシリル君。

魔力を竜巻のように舞い上がらせると、凶悪な顔で睨みあげてきた。

この時、後ろにいた全員が「屈辱で怒りに我を忘れたシリル王が赤竜様に斬りかかるんじゃないか!」と怯えていたらしい。そのままこの国を揺るがす大戦争に突入するんじゃないかって。…竜巻のように舞い上がった魔力が怒りじゃなくて照れから来るものだなんてわからないんだってさ。

まあ、このくらいの魔力なんて鼻息で吹き飛ばせる俺は正しくシリル君の照れを読み取って「また怒らせちゃったなあ」と内心笑ってたんだけどね。


シリル君に睨まれたことで自分の赤竜としての役割ーーーついでに「貴族社会のお手本を見せる」といったことを思い出した俺は思考のスイッチを切り替えた。


表情を冷たいものへと切り替え、シリル君に向かって「椅子を出せ」と命じる。

シリル君はまだ怒っている様子だったが、恨みがましい視線を俺に向けつつも「亜空間…Bセクション」と空中に裂け目を作っている。


程なくして「Bセクション」とやらから黒革の椅子(これもどっかでみたことあるやつだなあ!俺の元いた騎士団長の部屋とかなあ!)をシリル君がちょうど跪いた面々の真正面に向けるようにして放った。

やや乱暴にシリル君が場所指定したせいでずしりと重い音が床を震わせ、王子や宰相をすくみ上がらせている中、ここでようやく身体を起こす気になった俺は、のんびりと足をカウチから下ろす。

絨毯に両足で立とうとする前に、すぐさまシリル君が駆け寄ってきた。

どこから取り出したのか、両手には俺の靴が握られている。


「俺に礼儀がなんとかっていっておいて、裸足で降りないでください」


「おう」と答えている間にシリル君は足元に跪いている。

シリル君が跪くたびに宰相が「シリル王!そんなことは従者にやらせればいいのです!」と悲鳴のような声をあげている。シリル君は眉間の皺を深めているが…わざと俺を煽るような宰相の態度が芝居がかって見えるのは気のせいか?

宰相の声を完全に無視したシリル君が、薄手のスラックスの上から俺の足首を掴みながら「ほっそ…チッ」などと一人でキレつつも両足に皮靴を履かせ、しっかり紐も縛ってくれる。

そのまま手を差し出されたので、大人しく握った。


「ひとりで歩かせてください!椅子にもシリル王が座ればいいのです!」


またまた宰相が叫んでいる。周りの従者が焦って宥めているのがかえって可笑しい。「シリル王のためを思って私は言ってるのだ!」だそうだ。

俺は宰相の声など聞こえていないふりをしながら大人しくエスコートされて黒革の椅子に向かう。

…というか、シリル君。やればできるじゃないか、ちょっと期待してたのとはベクトルが違うけれど。

シリル君の騎士としては非常にスムーズな動きに、なんとなく悟る。

多分、シリル君は国王よりも騎士として立ち回る方が肌に合っているのだろう。

だから、「王」がいれば騎士として正しく振る舞えるのだ。


ーーーでも、騎士としてじゃ困るんだよなあ。

エスコートしてくれたシリル君にお礼を言って、俺はあえてゆったりと椅子に腰掛けた。頬杖をつき、足など組んでみせた。

俺の右後ろにシリル君が立つと、宰相が「ひえ!そこは騎士の立ち位置ですぞ!」と宰相が合いの手を入れる。

…やっぱわざと俺を怒らせようとしてるのか?

無表情のまま宰相に視線を向ければーーー怒りの表情だった宰相の目の奥が、きらりと光った気がした。


「赤竜様からお話がある…先ほどからうるさいぞ、宰相」


とシリル君が不機嫌そうに宰相を睨みつける。

シリル王に名指しされ、宰相が顔を真っ白にした。そのままシリル君に向かって跪き、またもや「相手が違う、赤竜様に詫びろ」とシリル君に舌打ちされていた。


「私の、主人はシリル陛下です!ーーー初めてお会いしたそちらの紳士を王と認める気などありません!」


はあん、そうくるか。

目を細めて口元を曲げて見せれば、俺の表情を伺っていたシリル君が宰相に向けて「黙ってろ」と短く命じている。宰相とその配下と思われる二人の赤いローブの魔法使いが不満げに顔を歪めながらも「陛下のおおせのままに」と絨毯に額をこすりつけた。

…シリル君に注意されてもなおこちらを睨みつけてくる宰相。

彼は俺を挑発して怒らせたいと思って間違いないだろう。

だって、屈辱であると言わんばかりの表情の割に全然魔力が動いてない。要は、試されてるのだ。俺の態度を。


ーーー面白いじゃん。腹黒は嫌いじゃないよ。


次に動いたのは王子の陣営だ。

王子は右手に立っていた赤髪に白髪の混じるの護衛に向けて「行くぞ」と一言命令した。年嵩の護衛は剣に手をかけたまま警戒するように室内を一瞥し、王子の後ろに立っている残りの騎士たちに向けて向けて小さく合図した。

王子を取り囲むようにして近寄ってくる騎士たちを俺は不思議な気持ちでなっがめていた。

…お前らのレベルで俺から王子を守れると本気で思っているんだろうか?


でも、実は俺はすでにこの王子のことが結構気になり出している。

本人に突っ込みたいこともあるのだが…まず、護衛の癖が強い。

だって、明らかにプロイセン騎士団の赤と黒の段服に身を固めた騎士たちよりさ、王子の左手に寄り添うようにして平然と歩いてる文官風のフィメルが…一番やり手なんだぜ?

持論だが、凄腕の護衛がいる主は大体傑物だ。

王子ではなく護衛に気を取られまくっている俺が今まで見聞きしたことのあるプロイセンで腕利きの剣士の名前を脳内で漁っていると、食えない笑みを浮かべたまま、王子が進み出てきた。

王子は違和感を着て歩いているみたいな見た目をしている。

赤い長髪の流れるままに、カシャン、カシャンと金属の擦れる音を立てながら、口元を綻ばせた好青年はゆっくりと歩を進める。

腰に下げた剣の縛り方が悪く、歩くたびに腿に当たっているし、今から出陣かよと突っ込みたくなるような全身フルアーマーで固めた彼は剣よりも万年筆が似合いそうな優男だ。

…わざとだろうな。いまだに俺を怒らせようと奮闘している宰相も、馬鹿みたいな格好で来た王子も俺のお手並み拝見といったとこなんだろう。

俺見た目変わってないしな、赤竜になったあとも人間の時の人格を残したままなのも把握されてるのかもしれない。

装備に着られている感が否めないいかにも文官風なその青年は、騎士たちが無駄に警戒している中で一人だけ笑みを浮かべており、「王子止まってください」と合図した護衛を完全に無視して、さらに三歩進み出た。

俺のことをまっすぐに見つめるとすぐさま恭しく膝を折る。

主人の動作を目の当たりにし、慌てたように王子の名前を呼んでいた配下五名も膝を折った。


試されているとわかっているわけだがーーーまあ、乗ってやる必要もないよね。

だって、俺強いし。ご機嫌とる必要ないし。

黙って王子を見下ろしていれば、目が笑ってない王子と視線が絡まった。

睨み合うようにしていれば、沈黙が部屋をみたしーーー


配下うちの一人がが何やら声を上げようとした。

お、と思って口元が緩んだのだが…残念ながら、王子自らが赤い刃を飛ばし顔を上げかけていた配下の帽子上半分を一刀両断した。


「ヒッ」


ーーー悲鳴が上がり、再び落ちる沈黙。

俺の近くに跪いているシリル君はずっと不機嫌そうに黙ったままだったがーーーちょっと魔力が揺れているので、「どういう状況?」と思ってるに違いない。


まあ王子は及第点、かな。

じゃあ俺も面倒だけど…ちょっと頑張るか。

ゆったりと背もたれから身体を起こせば、魔素たちがじゃれつくように集まってくる。少し笑ってしまいながら「いい子に待ってて」と囁けば喜ぶように仄かに輝いてくれるんだから可愛らしい。

俺の動きに合わせて甲斐甲斐しく傘の角度を変えてくれるしもべ魔獣の頭をひとなでした後で俺は、すうっとゆっくり息を吸い、魔力の熱さをたっぷりと乗せてーーー


「シリル?」


名前を呼んだだけなのに、シリル君はアッフェルのように頬を染めている。


「来い」


指先をちょいちょいと動かせば、シリル君がハッとしたように進み出てきた。

…王子までもが、惚けているのは、見なかったことにする!

棒立ちしているシリル君をかがませ、室内に聞こえる声量で「あの者はなんだ?」と問いかける。

口を開いて答えようとするシリル君を目で叱りつけ、小さく「王子に答えさせろ」と命じる。

シリル君は困ったような顔になりながらも王子の方へ走っていき、「赤竜様が名乗るように仰せです」と伝言した。


俺のことを凝視しながら口を半開きにしていた王子もーーーシリル君の顔を見た途端、調子を取り戻したのか再び食えない笑みを張り付け直した。


「お初にお目にかかります、ホーエンツォレルン家のハインリヒです。赤竜さま」


ホーエンツォレルン家というのはプロイセン王家の家名だったはずだ。

シリル君に有力者を連れてこいと言ったからまあ、王族は一人くらい来るだろうなとは思ったけど…何しろあのプロイセンだから、ゴリゴリの武闘派一択だと思ってた。こんな優男が権力を握ってるとは。

俺が王子を観察している間、首を垂れ続けている王子。

そんな彼を見て周りにいる護衛や使用人たちがわかりやすく動揺しているのがわかり、俺は少し呆れる。

大方自分たちの主人がへりくだる様子に驚いたのだろうが…俺に見せちゃダメだろう。王子は有能そうなのに、側近たちのレベルが低い。


ーーーまあ、一人だけマシそうなのがいるんだけどな。

例のフィメルだけが、微動だにせず王子の左後ろで傅いていた。

…魔力からもわかるが一人だけレベルが違いそうだった。


ふうん、と思いながら俺は


「ハインリヒに聞きたいことがある…ハインリヒに直答を許す」


シリル君に再びアイコンタクトすると、キョトンとされた。


ーーーばか!


王子が咳払いし、宰相が後ろで冷笑しているのが見えた。

混乱しているシリル君に向けて。


「ーーーとハインリヒに伝えろ」


と言いそえてみたが…逆効果だったかもしれない。オウムのように「直答を許す」とハインリヒ王子に伝えるシリル君。

シリル君を蔑むような顔を一瞬浮かべたハインリヒ。

シリル君がはっきり顔を歪めると、人をくったような笑みを浮かべ直したハインリヒ王子はわざとらしく「かしこまりました」と頷いた。


内心大きくため息をつきつつーーー外向きは、ただ不機嫌そうな顔で「ハインリヒ」と呼びかけた。


弛緩しかけた部屋の空気が再び緊迫する。

…まあ、それもそのはず。俺の不機嫌=即死と言っても過言じゃないからな。


「唯一赤竜と直接やり取りする許可をもらっている愛し子」として扱っているのを、多分この部屋の中でシリル君だけがわかってないことに頭を悩ませるのは後にしよう。


…ちょっと巻いたほうがいいしな。来なくていい客がまた来ようとしてる気配がするんだよ。せっせと転移魔法を練ってるのがさ、魔素を通して筒抜けなんだよ!


「ハインリヒ…俺は目覚めて、衝撃を受けた。なぜこの国の赤い魔素はこれほどまでに薄い?」


魔力を込めながら言えば、ハインリヒ王子は顔を青ざめさせながらも、気丈に「お答えします」と頷いた。

そしてーーー憎悪の籠った目で、シリル君を睨んだのだ。


「先代赤竜様を救えなかった咎を一切省みることなく、圧政を敷き続けたシリル陛下は次々に国内の王族や魔法使いたちを処刑しました…赤竜様の加護が薄れていくのは当然のことだと存じ上げます」


あーー、なんとなく読めてきたぞ。

この王子はシリル君に個人的な恨みがあるな?


「シリルが魔法使いを処刑したことが今の魔素不足の原因と申すか?」


不機嫌そうに言ってやったがーーー以外にも、肝が据わっているらしい王子は「そうです」と頷いた。


ーーー正直こいつ、悪くないな?


ビビってるやつは嫌いなんだよな。これくらい骨があるほうがいいーーーそう思いながら口元を緩めた俺にシリル君が不安そうな表情を向けてくる。


ーーーそんな顔してる暇があったら、国王として言い返せ!


…みたいなことをオブラードに包んで「シリル、誠か?」と聞いてやる。

シリル君は不機嫌そうに顔を歪めたまま「勝手な言い分です」と首を振る。


「確かに私は粛清を行いましたーーーしかし、それは民間人を煽動して反逆組織に仕立て上げた者たちを処罰したのみ…」


シリル君の言葉を遮るようにしてハインリヒ王子が「戯言を!」と怒りの声をあげる。

おーい、シリル君?確かに美形が怒ると怖いけど、そんなわかりやすく怯まないでね?言葉を最後まで言い切ろうね?


思わず睨みつければ、俺の表情を見てさらに怯えた顔になったシリル君。

おい。

国王なら、臣下相手に怯んでちゃダメだろうがぁ!

なんでそんなにへなちょこなんだよ、シリル君!こんなジョージみたいな優男、タイマンで戦っても絶対勝てるだろ!?なんで口をモゴモゴさせながら肩をすぼめるの?ねえ?

視線でゲキを入れていれば、何を勘違いしたのかさらに怯えるシリル君。

内心頭を抱えている俺をよそに、ヒートアップしていくハインリヒ王子。


「でまかせを言うな!ーーーあの湖の悲劇で私の姉は命を落とした!…姉は、優秀な治癒師として王族の子供を治療しに行っただけだったのに!ーーーあの場に居ただけで、粛清に巻き込まれたんだ!!」


うわあ、ほんとならそりゃあ怒るよ…。

何か上手いこと言い返せ、頼む!と思って視線を向けるもーーーまあ、予想通り。シリル君は顔を強ばらせてーーー「嘘だ」と小さくこぼすだけだった。


激昂して再び叫び出しそうになった王子に向けて俺は「落ち着け」と命じる。

あーーー。シリル君よ、シリル君、ここでいい負けちゃダメですよ?

内心はさあ、ため息つきまくりだ。

シリル君!無関係な医療関係者や子供(しかも王族)を巻き込むなんて一番だめなやつだよ!って肩を揺すぶりたいよ。


湖の粛清は俺も無関係じゃないのもまた頭がいたい。

プロイセンからブリテン王に向けて応援要請が来たのだ。王弟であるパーシヴァル様が任務に当たり、護衛騎士が必要だった。

そこで騎士団長でもあり陛下の側近でもあった俺に白羽の矢が立ったのだ。

事件に関わったと言っても、俺はパーシヴァル様について現場の後始末に行っただけだけど…パーシヴァル様が「民間人を本当に巻き込んでないのか?」ってずっと心配してたのが印象的で今でも鮮明に覚えている。

パーシヴァル様はいつも表を守るために裏社会で生きている人だから、シリル君のやり方の杜撰さが目についていたのだろう。

そして、案の定、罪のない命が消えていたのだ。


とはいえ、シリル君ばかりを責めるのもおかしな話だ。

宰相が見計らったように、


「勝手な言い分でシリル陛下を愚弄するな!反王政派のアジトなどに出入りするからいけないのだ!反逆罪と同等だろうが!粛清に巻き込まれたからといって文句を言う筋合いなどないだろう!」


と叫んでいる。

視線だけ後ろに向けた王子が「お前も王政派じゃないだろうが!黙っていろ!」と舌打ちしてて、カオスだなと思った。やっぱり宰相もシリル君の敵なのね。そんな気がしてた、うん。


国王であるシリル君は、王城の目と鼻の先にのさばっている反逆派をそのままにもできなかった。だから粛清した。そして一般人が巻き込まれた。

ーーー憎しみは、連鎖し、何も生まない。

いつか、ジョシュア様が言ってた言葉だ。


睨み合うシリル君たちになんと声をかければいいのか迷いーーやめた。

だって、俺はジョシュア様じゃないし、政治のことを考えるのは赤竜の仕事じゃないもんな。

だから「シリル、ハインリヒ」と名前を呼んで皆の意識をこちらに引き戻す。


「仲が悪いのはよくわかったーーー俺の望むことはこれ以上、魔素を減らさないことだ。国内の魔素が減りすぎている自覚は?」


王子とシリル君が揃って頷いた。

うん、わかってるならいいんだよ、言い争いは後でやってな。


「…プロイセンの魔法使いが消えれば、魔素量も減る。プロイセン内で不毛な争いを続けることは許さない…それほど戦いたいのなら外から魔素を奪ってこい。シリルは西、ジョージは北に進軍しろ…始祖竜が健在な地域は避けろよ」


先ほどの怒りの仮面をすぐにしまい、「喜んで拝命いたします」と頭を下げたハインリヒ王子。「北」と聞いた彼は非常に嬉しそうな顔をしていた。

一瞬だけ得意げな表情をシリル君へ向けていた…まあ、北にはイタリア王国跡地があるからな。一番プロイセンが侵攻したいのは北だろう。わかってて命じたけどな。


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