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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
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第三十六話 集められた騎士たち

まあ、いつでも城の装飾は変えられるしな、と言い訳みたいに考えたがーーー多分ずっとこのままにするのだろう、俺は。

オリオン座の並ぶ三つ星がゆっくりと移動していくのを眺めながら、眠る必要のない夜はとても長いことを知った。

一人で過ごすのはとても寂しい。騎士団長として過ごしていた時は夜勤や護衛が週の半分以上あったし、フィメルやニュートの誘いもわざと受けてたからこんなふうに静かに星を見上げる暇なんてなかった。

無意識のうちに愛しい黒の魔力を探してしまい、その存在がずいぶん遠くにあると実感する。不思議なことに彼女の横にいるはずのジョシュア様の気配は遠すぎるのかちっとも探れなかった。ーーー犬猫の区別がつきずらいように、人間の魔力の境目も曖昧になったのだろう。


「ーーーこれから、どうしようか」


とてもつかれた。

お腹もすいた。

じっとしていても、慢性的な飢餓感が消えないんだよな。魔素が足りていないんだ。でもどれだけ周りの魔素を吸い尽くしてしまいたい衝動に駆られても、この国以外から調達してこないといけない。空気中の赤い魔素が今はとても少ないから。


空がうっすら明るくなると、遠くから見知った気配が近づいてくるのがわかった。揃ってくるなんて随分仲良くなったなあと感心しつつ、適当に転移魔法を放る。


シャラン。


鈴の音とともに現れた二人に「おはよう、早いね」と挨拶する。


「た、他人って転移させられるの?」


シリル君が呆然と見上げてくるので、「できるんじゃない」と肩をすくめる。

エリザベータも衝撃を受けていたようだったが、すぐに復活すると「ちょっと城の装飾を見たいので外に出てきますね」と隣に座っていたシリル君をプレートからつき落とした。「いてえよ!」と憤っているシリル君には視線さえ向けずに階段へと去っていく。


「あいつほんとに舐めてやがる…そんなことより、どうやって他人を転移させたの、ねえ、赤竜?」


詰め寄ってくるシリル君には悪いが俺もわからん。


「魔素に頼むと大体やってくれるから俺も理屈は知らない」


「魔素に…頼む?」


わからない、と顔に書いてあるシリル君。

…というか、目元の隈がすごいな。


「寝てないの?」


シリル君は途端にいつもの仏頂面に戻った。

いやそうな声で「変な貴族がいっぱい湧いてきてうるさいんだよ」と口を曲げる。


「昨日この城が建ったことで赤竜誕生の噂が回ったみたいなんだよ。俺に赤竜に合わせろって…普段は招集しても全く集まらないくせに、都合のいい時ばっか擦り寄ってきやがって」


ーーーシリル君のぼやきをまとめると、プロイセンのお偉いさん達が俺に会いたがってるらしい。「断っといたから」と話を終えようとするシリル君に待ったをかける。

ああ、そうなんだよ。シリル君軍人としては優秀なんだけど国王としてはポンコツもいいとこなんだよ。

統治なんて脳筋って揶揄されてた俺の専門じゃないんだけどな、と思いつつも放っておくとどんどん国の政情を悪化させていきそうなシリル君を一度椅子に座らせてみる。


いろいろ確認しないといけない。まずはーーー


「ねえシリル君ーーーこの国って、貴族文化だよね?」


俺の問いかけにシリル君がびくりと肩を振るわせた。

黙って見つめていれば「そうだけど」と小声で返される。

まあ、疑問系にしたけどプロイセンがガチガチの身分社会なのはジョシュア様とかからも聞いてたから知ってた。

だからさ、ずっと不思議だったんだよ。


「シリル君が供をつけてるのをみたことがないんだけどーーーなんで?」


俺の口からこれを聞かれると思っていなかったらしい。

シリル君が居心地悪そうに背中を丸めた。

先生に叱られた生徒みたいだったがーーーこれはいけないな、と思う。

俺も一応名家と呼ばれるブライヤーズ家の出身だ。小さい頃にはマナーの先生もいた。口を酸っぱくして姿勢は良く、目線の流れはゆっくりとーーー将来王族の護衛として公の場に出られるように躾けられた。


俺はずっと密かに疑問に思っていた。シリル君は力のある魔法使いだ。

国王としても遜色ない魔力を持ち、ミーティアウィークにはほぼ一人で国の守りを担っている。

それなのに、史上最弱なんて影で呼ばれてた先代女王陛下の治世よりも、さらに今の国内は荒れている。


なぜかーーー俺の出した結論はこうだ。


「シリル君が、プロイセンの階級社会に馴染もうと努力していないから臣下はついてこないんじゃないの?」


静かに告げると、シリル君はショックを受けたような顔になった。

ーーー俺にいきなりこんなことを言われると思ってなかったのだろう。

肩をしぼめるシリル君には悪いが…俺はマスキラには厳しいのだ。しかも赤竜にされてしまったから関係者なのだ。国王のシリル君にも遠慮なく物申してやるぞ。


「王宮に入ったときにマナー講座とかは受けなかったの?」


ずっと叱られた子供のように背中を丸めているシリル君は「受けた」と返してくる。仏頂面をやめろ、俺だって好きでこんなこと言ってるわけじゃない。


「女王…先代が用意してくれた教師と、馬が合わなくてーーー」


「で、投げ出したと?」


コクリと頷いたシリル君に思わず冷たい眼差しを向けてしまった。

というか、先代も先代だ。自分が先を託す可能性を考えていたのなら、シリル君には貴族としての生き方を教えてやるのが本当の優しさだろう。


故人の悪口を言うのは心が引けたので必死に堪えつつーーーこぼれ出てしまったため息を聞いてシリル君がそっぽを向いた。


子供じみた仕草に若干苛立ち尖った声が出る。


「自分が頭を下げなきゃいけない相手が一般人感丸出しじゃ、そりゃあ貴族社会で生きてきた王族達は反発するよ…わかった、俺が赤竜としての手本を見せるから、シリル君も今日から国王らしく振る舞って」


「い、今更俺が偉そうに振る舞ったって誰も相手にしないんじゃ…」


「偉そう、じゃなくて国王らしく振る舞うの。王族としての威厳を持った立ち振る舞いを偉そうで片付けちゃだめだ」


「でも、俺の元いた世界は身分制度とかなかったしーーー」


シリル君が無理だと言いたげな顔を向けてくるがーーー甘えてんじゃねえ、と思う。俺は先代の優しい女王陛下じゃないのだ。それに、シリル君は言ったはずだ。


「この国を王として治めて先代の名前を歴史に刻むんでしょ?ーーー立ち振る舞いに厳しい階級社会も含めて、この国の文化だ。今のままじゃ全然ダメだよ、自分でもわかるでしょ?」


赤竜とはいえ年下のマスキラに好き放題言われて御立腹らしいシリル君はしばらく無言で拳を握っていた。それでもなんとか「わかったよ」と返事が返ってきて安心する。


ーーーきっと、シリル君にとってマナー講座を受けるのよりも飛竜を10体討伐してくる方が容易いのだろう。礼儀作法とか知らん、武器を振り回してたいって気持ちはわかるけど、ここは避けて通れない道だと思うんだ。


しょんぼりしているシリル君を元気付けるために、俺は笑みを浮かべる。

「大丈夫だよ」とできるだけ優しい声を出す。


「俺が初めはサポートする。ーーー任せて、人身掌握は得意だから。国王派も反逆勢力も全部俺に惚れさせて、シリル君の前に差し出してあげる」


パチンとウインクしてみたが、シリル君はいまいち信じていなさそうな顔で「いや、あいつらまじで陰湿だし、そんな簡単にいかないと思う」などと文句を言ってくる。


「とりあえず敵対してて位の高い貴族二人くらい面会に連れてきて。今日の四の鐘にしよう」


シリル君は「えええ」と不本意そうな顔を向けてきたが、俺の表情を見て譲る気がないのが伝わったらしく「わかった」と渋々頷いた。


「第二王子と宰相かな…忙しいって言われたら?」


「赤竜の呼び出し以上に優先するものがあるのかって言えばいいよ。それに多分断らないよ、来たがってんでしょ?」


まあ、そうか、と腕を組みながら納得してみせるシリル君。今まで忙しいって言われたら引き下がってたんだろうか。本当に身分制度を理解していないらしい。国王に忙しいなんて返答、不敬もいいとこどぞ?それを日常的に許しているようでは舐められるはずだ。

ーーー本当にその王子と宰相が「忙しい」なんて返してきたら無能と判断して首をすげ替えるつもりだけど、今のシリル君には黙っておこう。


「なんで二人なの?」


なんでってそりゃあ…


「一人だけ呼んだら質問しても嘘つくかもしれないだろ?ーーー俺に取り入ろうとしてくれれば儲けものだね」


シリル君が「赤竜は策士だね」なんて言ってくるが、こんくらいで「策士」なんて呼んでたらいかにも魔窟っぽいプロイセン王宮じゃやっていけないと思う。


あ、そうか、だからやっていけないのか。


内心頭を抱えつつ、ほら行け、とシリル君を追っ払う。


転移魔法を使おうとした彼をーーーふと思いついて引き止める。

手招きすれば、訝しげな表情で近寄ってくるシリル君。

頬杖をついたまま、シリル君の額に手を伸ばす。


長い前髪を払い除けつつ、


「魔力を貸してあげるから…二人に言付けをしたら少し寝ておいで、隈がひどい」


瞼をスッとなぞったらーーーなぜかシリル君がApfel(りんご)みたいに赤くなっていた。

手を離しても棒立ちのままなので「行かないの?」と聞いたらキレ気味に「このタラシが!!」って叫ばれた。そして転移魔法で消えた。情緒が不安定だが大丈夫だろうか。


シリル君と入れ違いになるようにエリザベータが戻ってきた。

窓に向かってプレートごと突っ込んできたので慌てて中に転移させる。

…俺の行動を予期していたらしいエリザベータは満面の笑みで「ありがとうございます」なんて言ってきた。さっきは驚いていたのにさっそく人をアゴで使うとは…順応が早いなこいつ。


「デニス様…お城!素晴らしい装飾でした!」


褒めてくれるのは結構なんだがーーーその含みのあるニヤニヤ笑いはなんだ。

ご機嫌なエリザベータが俺にカメラを向けて「内装もとりまーす」とシャッターを切ってきたので顔の前に手をかざす。


「俺は、撮るな」


強めに言ったら「はあい」と首をすくめた彼女。

天井に施された魔法陣や柱の彫刻などを撮影することにしたらしい。


これでもかというほど撮影をしたエリザベータが「赤と金か〜」と呟いたので、まさかな、と思う。

まさか、俺がなんで赤と金にしたのかわかってるわけじゃ…ないよな?


「かつての想い人の瞳と自分の瞳の色を重ねるなんてーーーやっぱロマンチストですよねえ」


ーーーー!!!!


「ーーーなんで俺の片思いの相手(人間だった時の彼女)が金の瞳だったって当たり前みたいに知ってんだよ!!」


大きな声が出た。

立ち上がった俺に向けてエリザベータが「え?みんな知ってますよ?」と追い討ちをかけてくる。


「赤竜様はご自分の人気を甘く見過ぎですよ。身長、体重、過去から現在の恋愛遍歴、趣味や嗜好に至るまでほとんど把握されてると思った方がいいです〜」


俺のプライバシーはどこいった。


頭を抱える。まあ確かに、俺は一般人とは言い難いから、ちょっと情報が出回るのはわかるよ。騎士団長だった以上騎士団の顔として目立っても仕方ないとは思ってた。

でも、ほとんど把握されていると言う言葉にゾッとした俺は悪くないと思う…。


椅子に沈み込んだ俺を見てエリザベータが「元気出してください」と適当に肩とか叩いてくるので振り払っておく。


「…騎士団のアホどもはいつくるの」


「一の鐘です」とエリザベータが答える。外を見た。だいぶ明るくなってきたが、一の鐘が鳴るまであと二時間くらいかーーー


ちょっと試したいことがあった俺はエリザベータを外に連れ出した。


「エリザベータ、パラスの表門まで行ってくれる?」


俺の指示に従順に頷きながらも「なぜでしょうか?」と首を傾げるエリザベータ。


「今日は『()()()』に戻ってるお前で一般人の俺の魔力への耐性を測りたい」


嫌味を込めて「弱い方」を強調してやったのに、エリザベータは感激したように「エクッェレント!騎士たちがくる前に確認しておきましょう!」と手を叩いた。

…こいつの謎も解明しなきゃいけないな。転移魔法使える時点で絶対プロイセン王族なのに正体不明って怪しすぎるだろ。


「赤竜様は騎士たちの前ではご自分へのバインドをかけないんですね?」


エリザベータの確認に俺はうん、と頷く。

あれ気持ち悪いのだ、自分の魔力を自分に巻きつけたい奴なんていないと思う。

それに俺はもう騎士団長じゃない。ーーーもう「いいやつ」を演じる必要はないのだ。


「弱いやつに俺が合わせる理由がないよねーーー早く行け」


猫をかぶるのをすっかりやめた俺の言動を聞いてエリザベータは愉快げに目を細めた。何も言わずに門の方までかけて行った彼女の背中を見守る。


彼女が立ち位置についたのを見てーーー俺は自分にかけていたバインドの魔法を解除した。


縄で縛られていたような感覚から解放されて、ふうっと息をつく。

エリザベータの様子は…まだ平気そうだ。こっちに手を振っている。


少しずつこっちに近づけーーーと叫ぼうとして、やめた。

シリル君に注意したばかりなのだ。俺も赤竜らしくしよう。

俺は口元に手をやって、ふっと息を吐いた。

赤く輝く魔素がゆらめき踊るように宙に漂う。


「シュランゲ」


命じれば、炎のように揺らめいてーーー魔素は一匹のヘビになった。

舌をチロチロとしつつ優雅に宙を泳ぐこの赤蛇はしもべ魔獣と呼ばれるものだ。

先代の記憶にあったからやってみたわけだがーーー消費魔力が思ったより少なかった。数百体は出せそうだなと見積りつつ、俺の魔力から生まれたしもべ魔獣へ命じる。


「歩けるとこまで近寄ってこいとエリザベータに伝えろーーー行け」


了解の意味で空中で一回転した赤蛇は真っ直ぐにエリザベータの方へと飛んでいった。

エリザベータの方から「蛇がしゃべった!?」という驚きの声が聞こえる。


「なんで蛇がしゃべるんですか?これ、どこの魔獣ですか?」


しもべ魔獣だよ。どこかって聞かれたら俺産だよ。

しもべ魔獣の伝言を聞いていなかったのだろうか?少し待ってみてもしもべ魔獣に興味津々のエリザベータは歩き出そうとしない。

ーーー早くしてくんないかな。


しもべ魔獣は俺の苛立ちを感じ取ったのか。エリザベータを急き立てるように噛み付いたようだ。「いった…おいしくないよ!」なんて悲鳴が聞こえてくる。

しもべ魔獣の奮闘もあってようやく歩き出したエリザベータをじっと見守る。

…検証の結果、エリザベータで十五メータが限界だった。

そこから先は這いつくばらなければ無理らしい。エリザベータが実践しようとするので止めた。

俺がもう一度自分にバインドをかけたところで、エリザベータが駆け寄ってきた。首を傾げる彼女。


「弱者に合わせる必要はないんじゃないんですか?」


揶揄するような視線には気づいたがスルーだ。戯れている時間はない。


「お前がマスキラだったら遠慮なくお前にシールドをかけるけど、フィメルに魔法はかけない」


嬉しそうに手を叩いたエリザベータが「むしろかけられたいフィメルもいます、是非かけてください」とおかしなことを言っているが聞こえないふりだ。

こいつ有能なんだけどうるさいんだよな。


それにしても困ったぞ。

騎士団でトップクラスの魔力を持ってるエリザベータ(こいつは弱体化しててもトップクラスなのだ)が15メータだとすると、多分今日来るやつらは倍近く離れないとダメだろう。

俺の考えを聞いたエリザベータも「確かにそうですね」と苦笑いしている。


「三十メータも離れてたら会話になんねえよ。ーーーうーん」


シールドの魔法をかけるか?でも赤竜が寄り添ってやってる感じをあんまり出したくないんだよな。


考え込んでいるとエリザベータが「何か天蓋のようなものに魔法陣はかけるのはどうですか?」と指を立てた。


「俺が天蓋に入って謁見するの?」


外で天蓋に入ってるって変じゃない?と聞いたら「まあ変ですけど」と頷かれる。人を変人にしようとするんじゃない。


「じゃあ傘はどうですか?ベールで覆う感じの!多分腰から下は出てても魔力漏れませんよ」


傘か…まあ、それならありか?

空中の魔素たちに「傘になれ」と銘じたら深紅の傘が手元に落ちてきた。

なんだか不思議な形の傘だった。命令が雑すぎても完成のものが落ちてきたのだろうか?


「え、今どこから出しました?」


「空中」


「ーーー存在のバグですね?」


失礼な副官は無視してゆっくりと傘を開いてみるとーーー頭上に大輪の薔薇が咲いた。

…なぜか薔薇の形の傘だったのだ。重なり合う花弁を揺らしてみれば、朝露のように輝いた後で黒い魔素が滴り落ちる。驚いて深く息を吸い込めば、本物と見紛うような芳醇な薔薇の香りが胸いっぱいに広がる。


「ーーーなんだこれ?」


思わず呟けば、エリザベータに「こっちが聞きたいです!」と突っ込まれた。いや、俺も魔素に傘をお願いしただけだから、てっきり真っ黒のベーシックなタイプの傘を渡されると勝手に思ってたんだよ。

作り直すか迷いながらクルクルと傘を回していたらエリザベータが「とてもお似合いです!美しいデニス様は薔薇くらいささないと」と賛辞(?)を述べてくれる。


うーん、これさしてると赤竜っぽいかな?

エリザベータの反応をみるに「特別感」は出てそうだよな。

一度閉じて全容を確認する。ーーーこうしてみればでかい薔薇の蕾だった。


「まあいっか…結構いい魔素が集まってできてそうだしな」


指の腹で花弁を撫でてやれば、まるで生き物のようにほのかに白く発光する傘。ーーーなんかそのうち意思を持って動きそうな予感がするのは気のせいだろうか?柄の部分の魔石が魔核になる予感がするのは俺だけか?

なんか変なもの作っちゃったなあ…これから魔素にお願いするときは気をつけよ。

もう一度傘を開いて肩に乗せる。

魔素の雨が降っているようだと思いつつ、空中の魔素に糸になれと命じた後で、魔力の糸を撚ってベールを紡ぐ。180センチ以上ある俺の腰まで届き、俺の魔力を外の人間に干渉させない簡易的な幕になるように。

薔薇が欲しかったんじゃなくて俺の魔力を遮断してくれる布が必要だったのだ。黒の魔素を中心に編み込んで…念には念を入れて魔法陣も描いた。


開いた状態でくるくる回してみた。向こうが透けるように薄い膜は波のように揺らめき、黒地の上には赤い魔法陣が浮かび上がる。

魔力を流して軽く点検してみたけど向こう側に俺の魔力が漏れ出ることはなさそうだった…即興で作ったが結構いい感じにできたんじゃないかな?


どう?とエリザベータに聞いたら「最高にかっこいいです!」と返ってきた。違う、そうじゃない。


「魔力の遮断はうまく言ってるか聞いてんだよ…十メータくらい離れろ」


「はーい」と返事をしたエリザベータが離れた位置に立った。

傘をさしつつ俺はバインドを解除してみる。


「どう?」

「神々しさだけ伝わってきていい感じです!近づいてみますね」


彼女が5メータまで近づけるのを確認し、写真を撮りたいと鼻息荒く主張しながらすでにシャッターを切っていたエリザベータを城外へ転移させた。

エリザベータには朝食をとってきたほうがいいだろう。こいつがいないと騎士たちもここに来れないだろうし。何よりうるさいし。朝のテンションと思えないくらいうるさいし。


エリザベータを追い払った俺は…なんとなく近くに生えていた木の近寄り、根元に座って幹にもたれかかった。薔薇傘は閉じて懐に抱えた…薔薇の匂いなんて苦手だったのに、不思議と落ち着くんだ。

風が頬をくすぐって、冬の黒の魔素があたりをチラついていた。


「疲れたなあ」


ふと目を閉じればーーー不思議なことに、俺は眠りに落ちていた。



何やら周りが騒がしいと思う。

ーーー嫌だ、ずっと夢の中にいたい。


でも、夢だって気づいた瞬間、もう目覚めているのだ。

ゆっくりと目を開ければ、瞼の横をコロコロと透明な魔石が落ちていった。

…竜って泣くと魔石が落ちるんだっけ。

ふと自分の周りを見回せばーーー数個の透明な魔石と、薔薇の茂みが俺を取り囲んでいた。


ーーーいや、だからなんで?


首を傾げていたら、俺ともたれかかっていた木を取り囲むように咲いていた薔薇がスルスルと地面に消えていった。

変な姿勢で寝たから首が凝ってる気がして、両手を天に突き上げてうんと伸びをすればーーー薔薇が消えて開けた視界の先、動揺したようなさざめき声が重なり合って耳に届く。


…あ?


ゆっくりと立ち上がりながら、軽い衝撃が俺を襲うーーーなんと、見慣れた青と白の騎士団服を着た集団がいたのだ。

30メートル先に整列していた彼らの存在に一瞬固まる。


「赤竜様に敬礼!」


エリザベータの号令で一斉に全員が低頭した。

その数およそ…100名くらいいないか?


これほど大人数の気配を全く感じなかった自分にびっくりだ。

以前であればあり得なかったが、全く人の気配がしなかった…そこらじゅうにある木や鳥の魔力と全然違いがわからなかったと言ったほうが正しいか。

俺は本当に人間じゃなくなったんだな、としんみりしつつ薔薇傘を広げる。

視界が黒のベールで覆われたのを確認し、もう一度しもべ魔獣を呼び出した。


「エリザベータを呼んでこい」


宙で輪を描いた後で真っ直ぐとエリザベータに向けて泳いでいった赤蛇。

最前列の右側に跪いていたエリザベータ。

しもべ魔獣に気づくなりすぐに飛んできた。

身体強化からの流れるような最敬礼の低頭。


「何か御用でしょうか、赤竜さま」


…先ほどの気安さはなんだったのかと言いたくなるな。


「来てたなら起こしてよ…今何時?」


「あと半刻で二の鐘がなります」


俺は丸々一時間くらい寝てたのか。

それにしても…


「なんか人数多くね?見慣れない顔もいるんだけど」


100人ってちょうどブリテン騎士団全員合わせた人数くらいだ。エリザベータは飄々と「ブリテンから連れてきた騎士に加えて、シリル王の命令でプロイセンでも騎士を募りました」と俺の疑問に答える。


え?シリル君が?


「ーーーなんで騎士団なんて募集したの?」


別に使えそうなの数人いればいいんだけどな。

声に出さずとも俺の考えはお見通しだったのだろう。エリザベータは「デニス様は百人の部下はいらないかもしれませんが」と肩をすくめる。


「どっかの馬鹿王は…デニス様から何も奪いたくないのでしょう。ブリテンから赤竜様を追ってきた騎士団を見た後で何を思ったのか、わざわざ私に調べさせて現在のブリテン騎士団の団員数を報告させました。そしてピッタリ同じ数になるようにプロイセンでも騎士団員を募集、わざわざ青と白の騎士団服まであつらえさせて今日まで訓練させていました」


シリル君がなぜそこまでして騎士団を再編成させたのか鈍い俺にはちっともわからなかった。傘をさしたまま黙っているとーーーエリザベータは呆れたように笑うのだ。


「本当に自分への好意には鈍いお方ですね。こういえば伝わりますか?あなたが騎士団長であることに誇りを持っていたと、シリル王はお見通しだった。だから赤竜になっても騎士団長であれるように騎士団を用意した。…城の建設だって昨日思いついたみたいな顔をしてましたがあらかじめ用意していたのでしょう」


ええ…

頭を抱えたくなった。

シリル君…そんなに赤竜が来たこと嬉しかったのか?

胸の奥に落ち着かない何かが湧き上がってきて、慌てて俺は別の話題を探す。

前列に騎士たちの顔には結構見覚えがあるな、うん。

でも違和感もある。普段は口から生まれたんじゃん怒ってくらいうるさいのに…今は別人みたいだった。


「あいつらが見たことないくらい静かなのはなんで?」


俺を揶揄うことはあっても、絶対に俺に最敬礼なんてしてこなかったのに、今は微動だにせず首筋を曝け出しているあいつらに不思議な気持ちになる。

答えを知っていそうなエリザベータを見つめてみれば、彼女にしては珍しく動揺したように瞳を揺らすと曖昧に笑った。


「赤竜様はーーー綺麗すぎます。動いているのが不思議になってしまうほどです」


動いてるのが不思議、だと?

ーーーちょっとよくわからないのだが、もしかしてあいつら俺の美貌に恐れ慄いて最敬礼してんの?


「ははは、なんの冗談?」


声をあげて笑ってみればーーーエリザベータもわざとらしく「ハハハ」と笑みを作っている。


「いやだな赤竜様、鈍感にも程がありますよーーーえ、本気で言ってます?」


キョトンとしてエリザベータを見下ろしてしまう。

ベール越しだが俺がふざけているわけでもなく至って真面目だと気がついたらしいエリザベータは…なぜかハンドサインでTを作ってきた。


…タイムだそうです。


「どうぞ」


手のひらを待機している騎士たちの方へ向けてやる。

重々しく頷く彼女。


「…ちょっと時間をください」


ダッシュで騎士たちの方に戻っていったエリザベータ。

「集合!」と馬鹿でかい声で叫んだ。騎士たちが突然の大声にびびりながらも彼女の周りに答えるべくーーー立ち上がろうとして失敗している。

いや、なんでそこ失敗すんの?

「腰が抜けました…」「立ち上がれません…」って頬を染めるのやめてもらっていいかな。

…一応俺の騎士団らしいのに、団長である俺の魔力に当てられたのか?人選大丈夫かよ。

チラチラとこっちに視線を送ってくる意味なんて俺はわからないぞ。絶対にわかりたくないからな。強すぎる俺の魔力に当てられたんだろう、うん、ベールで覆ってるし一歳漏れ出てない自信があるけど絶対そうだ。

頭痛がしてきて思わず眉間を揉んでいたら傘が風に煽られた。

ふわりとベールが浮かび上がって慌てて傘の柄を掴み直す。危ない、魔力が漏れ出すところだった。


「あ、赤竜さまぁ!死人が出るので大人しくしててください!!」


いや、一瞬ベールが舞い上がったくらいじゃそっちまで魔力は届かないと思うんだけどーーーなんで怒られた?

首を傾げる俺をよそに、前列に多くいたブリテンから来た騎士たちを中心に「立ち上がるのに成功した騎士たち」がエリザベータの周りを取り囲んだ。

…輪になってこそこそやりだしたがーーー丸聞こえなわけで。


「いいですかみなさん、あそこで寝ていたエターナルビューティー騎士団長改め赤竜様はご自分の美貌について全然わかってません、これは、由々しき事態です!」


「なんと!あんな薔薇に囲まれていてどこの白雪姫だよと言いたくなる雰囲気だったのにですか?」


厳しい顔でうむ、と頷くエリザベータを張り倒していいだろうか。


「麗しの寝顔を掲示板に上げなくて良かったです…サーバーダウン間違いなしでしたね」


「あとで送ってください副団長!」じゃないんだよ。盗撮するんじゃない、というか俺の寝顔くらいでサーバー落ちしてたまるかよ。


「と、と、と、とりリリ」


ど、ど、どうした?

聞いてるこっちがハラハラするくらいどもってる天パのあいつはーーー先月入団したやつだな?え、お前一ヶ月で騎士団辞めて俺についてきちゃったの?

周りに「ゆっくりでいいぞ」「わかる、お前団長のファンだったもんな、落ち着いてられないよな」と宥められて天パの新入隊員は額の汗を拭っている。

いや、ゆっくりハンカチで汗を拭ってないで「とりリリ」の続きを早く言えよ。


「と、とりあえず!出歩かれる時は、いつもお顔を覆った方がいいと思います!慣れてるはずの元騎士団員たちがこれですから…一般の、特に御令嬢方には刺激が強いかと…」


もう、ツッコミが追いつかない。

周りの奴らも何「確かにあの顔面は危険だ」って納得してんだよ。人のナイスフェイスを危険物みたいに言うなよ。


エリザベータにタイムは終わりだと言うために赤蛇を飛ばそうとしたらーーー「オキャクサンくるよ」と耳元で魔素の囁く音がした。

俺は慌てて「来るもの」の魔素を探ってーーー俺は頭を抱えた。


「今忙しいのに、またややこしいのがきた…」

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