第三十五話 新居見学
湖畔の中央に新しく立てられた俺のための城はほのかに発光する白い煉瓦作りであった。ノイスヴァインシュタイン城と同じ色合いに見えるので、プロイセン王宮内の城はこの色で統一しているのかもしれない。
環状囲壁の前に転移した俺ら三名は、城門の魔法陣に魔力登録を済ませた後、そびえ立つ環状囲壁、城壁通路を抜けて外郭のエリアに入った。
外郭にはすでに使用人たちや職人たちが居住できそうな簡素な石造の住宅が通りに沿って立ち並び、右手には魔法植物を育てるのに最適そうな温室、左手奥にはベルクフリート(見張りの塔)が見えた。
ーーーいや、俺の家というより領主一家の城だな?え、これ半日で作ってたよな?というか俺臣下持つつもりないのに、すでに家があるってどういうことだよ。本人の許可の前に外堀埋めすぎだろ…。
俺の住むパラスに行くのが怖くなってきた。遠目に見た感じ七階建てくらいに見えるんだけど、外郭でこれって…パラスはどうなっちゃってんだよ。
眉間の皺を揉みほぐしながら、後ろを無言でついてきている二人に視線を送る。
「俺の住処って言ったのになんで他のやつの居住区があるんだよ…しかも、ベルクフリートとか絶対いらないだろ。国王の住処のノイスヴァインシュタイン城じゃなくて赤竜の城に攻め入ってくるやついると思えねえよ。わざわざ上から見張らなくても俺魔力探知で敵の居場所わかるし」
しかし、シリル君は疲れたように「そうだな、お前のためにはいらないよな」と肩をすくめた。
エリザベータが得意げにピンと人差し指を立てる。
「ベルクフリートは夜勤の騎士たちの常駐スペースにする予定です。デニス様を守りたい騎士で今プロイセン騎士団は混乱状態ですから!」
え、どういうこと?
思わず足を止めた。
首が傾いてしまう。すかさずエリザベータが写真を撮ってきた。
「おい、盗撮すんな、許可を取れ」
魔力を込めて睨みつけると、エリザベータは怯えたように後退り…しかし、ものすごくいい笑顔のままで「はい、赤竜様!」と反省のかけらもなく笑った。
「あ、写真撮って赤竜さま公式アカウントにあげてます!」
……は?
「俺、そういうの嫌いって知ってるよね?」
低い声が出た。エリザベータを見下ろす視線の温度が下がった自覚がある。
シリル君が猫のように飛び上がって、巻き添えはごめんだとばかりにエリザベータから数歩離れて距離を取る。
しかし、エリザベータは膝をついた後で「存じております」と落ち着いた様子で頷くのだ。
「赤竜様がブリテン王家を立てて、護衛である自分がアイドル的人気を集め要らぬ災いを呼びこみたくないとのお考えであるのは周知の事実。赤竜様のファンも皆ご本人の意思を尊重し、主だった活動は自粛しておりました。ーーーでも、今回、その王家が赤竜様を見限りました。そしてあろうことか、王家の判断これ幸いと『デニス=ブライヤーズは裏切りの騎士、プロイセンのスパイだった』などと保守派の魔法使いたちがネット上に嘘偽りを投稿し続けているのです!」
「許せません!」とエリザベータが急に立ち上がって地団駄を踏み出したので、俺はびっくりした。
そんなことになってんのか…とどこか他人事のように思いながら頰をかく。
エリザベータは鼻息荒く続けた。
「保守派のクズどもの許せないところは今の王家も、赤竜様もあまりにお優しく、いくら赤竜様をネット上で誹謗中傷しようが厳罰はくだらないであろうとタカを括っているところです!」
「違いますか?」とキレ気味に言われてたじろいでしまう。
ーーーうん、まあ、面倒くさいし放っておくかも。
言葉にせずとも俺の考えるところを読み取ったらしいエリザベータが「そんなお優しいところも美徳の一つですがーーー私をはじめとした赤竜様を愛するファンたちはこんな事態静観できるはずがないんです!」と拳を握りしめた。
「保守派のクズどもが赤竜様の悪意ある流言を扇動してるのは間違いありません。しかし、奴らは長年王宮に住み着く古狸ども。正攻法で叩き潰すのは無理そうでした…だから、我々は味方を増やせばいいと考えたんです。数は力ですから」
「だから許可なく公式アカウントを作って私がイメージアップ作戦の先導役を担ってます!」と宣言される。
頭痛がしてきた俺はこめかみに手を当てた。
正直なところいくら俺の悪評が高まろうが今更な気がするし、逆に人気がどれほどあるのかなんて知りたくなかったがーーー存在を教えられてしまった以上、気になってくるじゃねえか。ふざけんな。
腹いせにエリザベータの桃色の頭を鷲掴みにしてぐりぐりしておいた。
「デニス様、ひどいー!っていう準備してたのに全然痛くないんですけど、これはご褒美ですか?」
「ーーー力加減わかんなくて加減した俺が悪かった。握り潰す勢いでやるからこっち来い」
じゃれる俺らを見てシリル君がいやそうに顔を歪めている。「デニスってフィメルに激甘じゃん、エリザベータが暗殺者だからって絶対痛いことしないだろ」と呟いてたのは聞こえないふりだ。
俺の評判はどうでもいいから消せと言ったのに、「シリル王の許可も得てますからいやです」と返された。いや、本人の許可が一番大事だろうが。
「本当に俺はそういうの無理なんだって。消してよ」
真剣に頼み込んでんのに、エリザベータは駄々っ子のように首を振っている。
「嫌です、しかも私一人の意思じゃないんです。騎士団の半数と魔法士団の一部の隊員で運営してるんで全員を説得してください」
いや、だから本人の許可なく(以下略)
どちらも一歩も譲らない、なんとも不毛な言い争いを続けているとーーーシリル君が疲れたように「とにかくパラスに行って座ろう」と歩き出した。
俺はエリザベータを睨みつけた後でシリル君の背中を追いかける。
…建物の配置には気を配らないとな。一度来た場所じゃないと転移魔法ってやりずらいんだ。
シリル君はの歩調はいつもよりやや遅い。
簡単に追いついた俺はいまだに腹の中のイライラがおさまらずにいる。
シリル君と話したら八つ当たりしそうで、先へ行こうとしたらシリル君に「赤竜」と呼ばれた。
渋々俺は歩調を緩めた。「なんですか」と不機嫌さを滲ませてやりながら少し下にある黒髪を見つめる。
シリル君はそんな俺を呆れ顔で見上げた。
「お前は注目を浴びずに一人で生きたいのかもしれないけどさ、せめてお前を幸せにしたい俺らの気持ちを受け取ってくれよ…ライラが誹謗中傷されてたら許せないだろ?一緒のことだよ、大切に想う人が言われない中傷にあってたら助けたくなるんだよ」
ガンッと頭を殴られた気がした。
そうか、自分のことに置き換えてみると非常によくわかった。
「彼女」がネット上で俺みたいな扱いを受けていたら?
ーーー許せるはずがない。言い出しっぺを吊し上げて再起不能にするだろう。
でもその「言い出しっぺ」が権力者で正攻法ではすぐに手出しできなかったら?
ああ、そうかーーー
「だから、別の手段で戦おうとしてるんですね」
俺のこぼした独り言に、シリル君は不機嫌そうに「やっとわかったか」と舌打ちした。
「シリル君もエリザベータも騎士団の奴らも俺のこと好きすぎんだろ」
シリル君が「自分で言うなよ」と鼻に皺を寄せた。
肩をすくめる。だってこれしか言いようがない。
パラスの扉の前に着くと、シリル君が足を止めた。
七階建ての中世風の城を見上げている。
俺は白の扉に描かれていた魔法陣を消して自分で描き直す。流石に自宅の入り口の防御魔法はしっかりしておきたい。ピッタリと寄り添うようにくっついてきたエリザベータが「うわあ、人間どころかハエ一匹と通す気ないですね、古代魔法が混じりすぎてて半分も理解できませんよ」などと首を振っている。
赤い魔法の筋が白のレンガに染み込むように消えていくのを見届けた俺は、もう一度振り返った。
ーーーシリル君はいまだに考え込むように城を見上げている。
「おーい、シリル君、中に入ろう?」
呼び掛ければシリル君はハッとしたようにまつげをゆらし、足早に近づいてきた。
「何考えてたの?」
扉を押し開けながら聞いてみる。
答えてくれないかなと思ったけど、意外にもあっさりシリル君は「さっきの続き」と教えてくれる。
さっきの続き?俺の公式アカウントをどうするかって話?
キョトンとした俺を見てシリル君が一瞬笑った。
一歩踏み入れると、そこには草原があった。
横のシリル君が「いい感じに仕上がったな」と口元を緩めている。
ーーー空間魔法って本当にすごい。屋内のはずなのに、見渡す限りの草原が広がっていた。
頰を撫でる風と鼻をくすぐる緑の匂いが本物にしか思えなくて言葉を失っていると、シリルくんと何やらアイコンタクトをしたエリザベータが得意げに胸を張った。
「一階は赤竜様が竜の姿になっても十分にくつろげるようにしました。シリル王の職権濫用による素材集めにだめ押しするようにして赤竜様が魔素に働きかけてくれたのでここまでの広さが実現しました。…気に入りました?」
少し不安そうに風に揺られる桃色の髪をひとふさ取って、口付けた。
頬が緩む。自然は好きだ。この広さなら飛竜を連れてくることもできる。
「ありがとう、エリザベータ。とても気にいった」
エリザベータが得意げに「そうでしょう」と頷いた。シリル君にはハグしようとしたら、飛びすさったあげく魔力を逆立てて警戒心の強い猫みたいに威嚇された。
…職権濫用って何したの?いや、なんとなく想像はつくけどさ。この規模の建物に必要な建築材料とか魔石にしたら何個分?
…考えるだけで気が遠くなるな。
お礼をいったほうがいいのか分からず(なんでそこまで警戒されてるのかも謎だ)口をモゴモゴさせていたらエリザベータが「あんなの方っておいて構ってください」とすり寄ってきたので顎を撫でてやる。
俺の魔力が〜と説明していたが、ここまで自然の魔素ばかり選りすぐって閉じ込めたのは彼女の功績だろう。大量の魔素の厳選など並の魔法士には無理だ。それこそ大規模な空間魔法が使えるような魔素に精通した魔法士じゃないと。
「赤竜様、ご褒美に口づけしてください」
薄桃色の唇を指さされたので迷わず顔を近づけて、チュッと吸い付く。
慌てたようにシリル君が咳払いした。エリザベータが「チッ」と舌打ちしている。
俺は塞いでた気持ちが少し晴れた気がした。
俺を幸せにしてくれようとしているらしい、ご機嫌斜めにシリル君を睨め付けている副官を抱き上げる。
「で、デニス様、何するんですか!」
文句を言われたがーーー語尾が弾んでるので怒っているわけではないだろう。
「上まで運んであげる」って笑ったら、ガッツポーズしていた。うん、機嫌は治ったみたいだ。
ただ、今度はシリル君の周囲の温度がさらに下がった気がしたのは気のせいだろうか。
「俺のこと幸せにするとか言っておいて、マジで腹たつ」と文句を垂れていた。ーーー不幸体質のシリル君にはもちろん黄色竜を見つけてきてあげるよ?
「人間のお姿の時は二階から上の方が落ち着くかもしれません。あちらに行きましょう」
はてなマークを浮かべながらも、エリザベータが指さす入り口横の階段に向かう。シリル君は足早に言ってしまった。
そんな彼といまだによくわかってない俺を見てエリザベータが悪い笑みを浮かべた。
「シリル王にもキスしてあげれば機嫌治るかもしれませんね」
くすくすとからかうように笑うエリザベータのほおを突く。
「俺はマスキラにはキスしないよ」
愛の形に偏見はないが…まあ、自分はそうって話だ。
「マスキラが好きなマスキラが聞いてるかも知れないんだから他所ではそういう
からかい方しちゃダメだぞ」と注意したら「わかってます」と微笑まれた。はいはい、わかって俺にはやってるのね。
肩をすくめて階段を上がる。見上げれば、意外と先が長く三十段くらいあって面倒だった。浮遊魔法に切り替えたら天井に頭をぶつけかけたので慌てて着地した。…今度は初めから二階に転移しようと密かに決意する。
戯れるような言い争いをしながら二階へ上がったところで、毛足の長い絨毯にエリザベータを下ろした。
ダークグリーンでまとめられた室内はウェイティングルームのようだった。奥の階段横には木製の扉が二つ見えるので小さな厨房などがあるのかも知れない。
奥の一人がけソファに肘をついているシリル君。俺は少し迷って正面に座った。エリザベータが「給湯室があるはずなのでお茶を用意してきますね」と奥へ消えていく。
息が詰まるような静寂が落ちた。
久しぶりに腰を落ち着けるとなんだか気が抜けてしまう。
病院で死にかけて赤竜になって城の建設ーーー濃すぎる二日間だった。
放心していると、正面に座ったシリル君が少しみじろぎした。
少し気まずそうに「おい」と呼びかけられる。
「何?」と口元を意図して持ち上げたらわかりやすくシリル君が安堵の表情になった。
…もしかして俺がダンマリだから怒ってると思った?
ーーー完全無欠なんて言われてたジョシュア様と比べちゃダメだってわかってはいるけどなあ。本当に大国の国王と思えない…気の小さなひとだと思う。人間らしいとも言えるんだけどさ。
失礼なことを考えている俺に向けてシリル君は「色々聞いていいか?」と姿勢を正した。
「なんでもどうぞ」
「黄色竜を連れてくるなんて言ってたけど、赤竜には居場所がわかるの?」
うん、と頷いたら「当たり前みたいに肯定してくんなよ…」と頭を抱えられた。
まあ、驚くのも無理はない。40年前に先代の黄色竜が帰天し、イタリア竜王国がミーティアウィークの魔石被害で壊滅した。竜大国が一瞬にして消え去った衝撃は忘れがたく、数十年が経過してもなお語り継がれている。
黄色竜の次代がいるのでは?という噂はまことしやかにあった。
兆候があったのだ。空気中の黄色の魔素が15年ほど前に少しだけ増えた。年々少しずつ増えている。みる人がみれば「黄色竜の次代または愛し子がどこかにいて空気中の黄色の魔素が増えている」と考えつく。
しかし、この事実があまり公にされていないのには理由がある。
存在しているはずの黄色竜と愛し子にイタリア王国の跡地は15年前から今に至るまでミーティアウィークの魔石から守られていない。
年々荒廃していく一方のイタリア王国跡地を見れば、黄色竜の加護はもはや人間に向けられていないのは誰の目にも明らかだった。
「人間を見放したらしい黄色竜の誕生」は必ずしも喜ばしいとも言えないのだった。特に権力者たちにとっては。
顔を上げたシリル君は重々しく「なんで赤竜には居場所がわかるんだ?それとも他の始祖竜は気がついて静観していたのか?」と問うてくる。
静観していたわけではない、文字通り黄色竜の存在を知らなかったのだろう。
俺が言うとーーーシリル君はわからない、という顔をした。
…説明していいのか、やや迷った。
シリル君は先代の赤竜の愛し子だ。竜になってみてわかる、愛し子は魔力の質が他と違いすぎる。ただ、俺が覚醒してしまった以上、シリル君は今の赤竜の愛し子ではないのだ。先代が教えていなかったことを口にしていいのか迷う。
俺の逡巡を感じ取ったらしいシリル君が眉間の皺を深くした。
「言えないならいい」そうこぼした瞳が寂しそうで…まあいいか、と俺は腹を括った。
タブーなら、俺が罰を受けるだけである。
「始祖竜について説明しないとシリル君の質問には答えられないんだ。…もったいつけたわけじゃなくてさ、『人間に始祖竜のことを知られすぎてはいけない』っていう邪竜様との制約が俺らにはあるからちょっと迷った」
「まあ、愛し子は例外なんだけどね」と付け加えたが、シリル君の耳に届いたのかは怪しい。シリル君がこれ以上ないくらい青ざめて立ち上がったから。
…まあ、そうだよな。邪竜と結ぶ誓約を破ったら何が起きるか、先代の赤竜を寿命を待たず予期せぬ形で見送ったシリル君は誰よりもよく知っているだろう。
「で、デニス、そんなつもりじゃなかったんだ」
「赤竜ね」
「赤竜…俺はお前に死なれたら困る。さっきのことは忘れてくれ」
可哀想なほど青ざめてしまったシリル君を見て苦笑する。
「愛し子は大丈夫だよ」と宥めても弱々しく首を振る。
「赤竜が迷ってたのは俺がお前の愛し子じゃないからだろ?」
まあ、そうだね。
肯定してやれば力が抜けたようにシリル君はソファに座り込んだ。
「そういえば…」とぼんやりとしたように言う。
「赤竜の愛し子はどこにいるんだ?」
俺は沈黙で答える。だって俺も聞きたいから。
ただ、一つの可能性に俺は気づいてるんだよね。
「黄色竜にも愛し子がいない気がする。ーーー俺もだけど、先代と違って俺らは愛し子を必要としないのかも」
シリル君は「そっか」と呟いた後で、背中を起こして座り直した。
俺は「じゃあ続けるね」と口を開いた。
シリル君が慌てたように「ダメだって」と言ってくるので安心させる意味で笑ってやる。
「シリル君相手には大丈夫な気がする…俺の始祖竜としての勘だけどね。あと、タブーでも罪の重さが大体決まってて、このタブーは一番軽いものだからせいぜい寿命を取られて数十年だと思う」
安心して?って言ったらシリル君が「そうだった、始祖竜って何千年も生きるんだった。数十年って誤差だよな」と首を振っている。
話を戻そう。黄色竜の居場所をなんで俺がわかるのか、だっけ。
「始祖竜の性質的に赤竜がこの世界では一番魔素を操る力は上なんだ。魔素の感知能力も高いから黄色竜のことも探せる。黄色竜は運を操れるし、青竜は重力を操って空間を曲げられるから、頑張れば未来や異世界にもいける。白金竜はあらゆる対象に治癒魔法が使える。…こうやってそれぞれしかできないことが始祖竜にはある」
あえて黒竜について触れなかった俺に、シリル君は何も言うことなく「なるほど」と頷いた。まあ、親しいし黒竜については聞かなくてもある程度知ってるっていうのも大きいんだろうけど。
「だから魔素感知に一番優れてる赤竜がだけが黄色竜に気づけたってことか」
シリル君の言葉に「正解」とウインクしたらうえって顔をされた。
失礼なシリル君だ。俺の顔嫌いじゃないくせに。
そして俺の話は終わってないのだ。
勝手に悩み出してるシリル君に「それでね」と呼びかける。
「黄色竜は運を操れるーーーこれ、大問題で、先代をなくして一人でこの世界に生まれ落ちた黄色竜はたぶん人間を恨んでるんだよ。だから運を悪い方に操ってる気がするーーーそうじゃなきゃ、ここ最近起きてる始祖竜関係者の不幸がちょっと説明できない」
シリル君が怪訝そうな顔を向けてくるので俺は自分の仮説を一個一個あげていく。
「まずは青竜、ジョシュアを救うためにたまたま目につけた人間だった俺がまさかの赤竜で100年寿命を削られるペナルティを食らった。あとは先代赤竜…『色なしの人間を始祖竜だと気がついてなかった愚かな王族』のせいで邪竜様から厳罰を受けて寿命を大幅に削られた。先代赤竜は野山で魔獣と戯れてるタイプだったからとばっちりもいいとこなはず…おかげで一時期の間赤竜の存在しない世界が生まれた。あとは黒竜…人間だった間に幾度も殺されかけたのはシリル君もよく知ってるはず、そして今度は邪竜様に愛し子を奪われかけてる」
あとはこんなに愛を求めてるのに愛し子がいない俺。
ーーー言葉にはしなかった。でもシリル君は俺のあげた理由だけで納得してくれたみたいだった。
「確かに関連づけて考えたことなんてなかったけどーーー全部、先代黄色竜が帰天してからの出来事だな。…この千年間何もなかったのにおかしいと考えられるかも」
「よく気づいたな」と感心されるがーーー首をすくめるだけに留める。
赤竜に覚醒して黄色竜がいることに気がついてから考えたからね。他の人よりちょっとヒントが多かったのだ、俺は。
そもそも合ってるかもわかんないしね。
「だからジョシュア様の救出案とか空気中の赤の魔素の補充とか色々やることはあるけど、まずは黄色竜を説得する。…全部不幸になるように仕向けられてるんじゃやってられないから」
「意図的に全部不幸にできるって怖すぎるな」とシリル君が腕をさすった。
奥の扉が開いてワゴンを押したエリザベータが出てきた。
紅茶と茶菓子を乗せてあるが…このメンバーで茶菓子を食べるのってエリザベータだけでは?と思う。
「赤竜様、どうぞ」
恭しく目の前の置かれた繊細な白磁の陶器。
一言お礼を述べてから少しだけ口に含んだ。
…たぶん美味しいのだろう。鼻をくすぐる芳醇な香りは高級な茶葉をいくつかブレンドしたものだ。今の俺は味覚が変わったからお湯としか思えないけど。
エリザベータが横のソファに腰を下ろしたのを見届けてから「エリザベータ」と呼びかける。
品のいい所作でカップを傾けつつ「なんでしょう」と不思議そうにする彼女に俺はあるお願いをした。
「明日、デニス様の元に集まってる騎士たちを集合させてほしい?ーーーこちらからお願いしたいくらいのお申し出ですね。でも、いいんですか?嫌がっていたでしょう?」
先ほどの俺の反応を注意深く見ていたらしいエリザベータはSNSのアカウントだけでなく集まってきた騎士も面倒に思っていると察していたらしい。
少しバツが悪い気持ちになりながら「いてくれるには越したことはないんだよ」と言い訳みたいに話してしまう。
「本音は俺に構わず自分たちの道を進んでほしいけど…俺は赤の魔素の補充があるから長くこの国を開けられない。だから手足となって動いてくれる部下がいるのはすごく助かる」
頭の回転が早いエリザベータは副官の顔になって「なるほど、解決しなければいけないことはたくさんありますもんね」と頷いた。
「明日皆を連れてきます」と笑顔で言ったエリザベータはもう一つ提案なんですがとカップを置いた。
「このお城もう少し装飾品を増やしませんか?外も中も真っ白で少し味気ない気がします」
部下を集める前に見栄えを少しでも良くしましょう!と張り切るエリザベータ。
しかしーーーそんな彼女と、しれっと一緒に立ち上がったシリル君を俺は座らせた。
「装飾は、二人が気になるなら俺が夜の間にやっとくから。ーーー今は休んでくれ、今日は俺の覚醒とか移動とかで疲れてるはずだ。明日も連れ回すことになるんだろうから」
二人は顔を見合わせたあと、なんだか複雑な顔で笑ってた。
「昨日まで死にかけてたデニス様を見ていたものですからーーーそうですよね、赤竜様は眠らなくても平気ですものね」
エリザベータの言葉にシリルくんも頷いている。
「お前は起きた途端色々起こしすぎなんだよ…」
「無茶すんなよ」と何度も念押していく二人に笑顔で手を振る。
人の気配がなくなり静けさを取り戻した空間に俺はしばらく立ちすくんでいた。
窓に月が見えたことでハッと意識を戻す。
居住スペースだと教えられた三階を見にいくか、味気ないと言われた装飾をするかで迷ってーーー俺は後者を取ることにした。
もともと派手なの好きだしな。真っ白が味気ないっていうのは同感だった。
外に転移して、自分のものになったらしい城を見下ろす。
でかい。七階建てなんだから当たり前なのだが家なんて言われてもピンとこない。
月明かりを浴びて朧げに光る真っ白の屋根を見て、初めはブルーにしようかと思った。
でも、すぐさま思いとどまる。青竜を思い起こさせるから青は嫌いになったんだった。
「どうしよう…」
悩んだけど、とりあえずやってみればいいかと思ってふっと魔力をばら撒いてみた。そしてーーー完成した色合いに、俺は頭を抱えた。
「赤と金って、赤と金って…」
俺、ほんとに諦められてるんだろうか。
手のひらを見つめてしまう。脳みそは諦めたって言ってるのに、全然魔力は言うことを聞いていないみたいだ。
「まあ、いいか…今の彼女をみて『金』を連想する人はいないだろうし」
デニスのファンは必ずライラの掲示板をチェックしてました。
最近更新がなくなって絶望してたようですが、エリザベータのおかげで供給が再開しそうですね。