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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第一章 最年少騎士団長
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第二十五話 思いがけないプレゼント

デニスの中で変人ランキングの一位がめでたく更新された。

自分の別荘の中に自然公園と本棚が飛ぶ作業部屋をつくり、原稿締め切りのために重力魔法で時間の流れを歪めようとする人間(竜)は当分現れないだろうからしばらく変動はなさそうだ。


会話が途切れ、静寂で包まれた室内。

聞こえるのは青竜の使っているキーボードのタイピング音、デニスが紙を捲る音、本棚の移動音。

無機音は落ち着く。

デニスは夢中になって青竜の原稿を読み進めた。


作家としていくつ名前を持っているのか知らないがーーー青竜の仕事は多岐にわたっていた。新聞雑誌のコラムのようなものから長編小説、映画の脚本まであった。

中にはデニスもよく知る有名作家の次回作らしきものまであって、仕事を忘れて読み耽ってしまう。

「読みにくいところがあったら教えて」なんて言われたがとんでもなかった。

完璧に組み上げられた建築魔法と一緒だ、一つ崩したら調和が崩れる気がした。誤字脱字は散見されたので、赤で丸だけつけておく。


文字の奔流の中に身をまかせていたデニス。

不意に肩を叩かれ集中の海から引き上げられた。

顔を上げると、無表情の青竜の顔が触れそうな距離にあって、文字通り飛び上がった。

衝撃でデニスの赤ペンが机のふちから転げ落ちる。

デニスは間に合わないだろうなと半ば諦めながらも手を伸ばしーーーなぜか、キャッチに成功した。

デニスは近すぎる青竜に意識を120%持っていかれていたので、途中で落ちるのをやめ、デニスの手へとペンが移動したことなど微塵も気が付いていない様子。


「あ、青竜様、まだ終わってなくて」


しどろもどろになるデニスをみて、青竜は「もう大丈夫」と告げた。

そして犬のように鼻をひくつかせたあと、「気のせいだと思うんだけど、転移魔法の匂いがしない?」なんて言ってきたのでデニスは「俺にはわかりません」と首を振った。


「ボクの気のせいか…?まあいいか」


青竜は手に持った黒い万年筆で、窓を指す。


「外見て。ーーー人間はちゃんと寝たほうがいい」


「あ、ほんとだ。真っ暗だ」


部屋に来た時は午前中だった気がするのに、いつの間にか太陽の姿は見る影もなく夜の帷が外を満たしていた。

自覚すると疲労感と空腹感が押し寄せてきた。

腹に手を当てて体を曲げ、デニスは深く息をついた。


「青竜様のお話が面白すぎて時間を忘れました…」


「そう。ーーー任せた分、ほぼ終わってる。凄まじい集中力」


「ご苦労」と全然労う気なんてなさそうに告げる青竜のご尊顔をデニスは無言で押しのけた。パーソナルスペースを守ってほしい。

青竜は特に抵抗もなく三歩ほど後退した。

デニスから視線が逸らされることはない。

先ほどまでとかわり、青竜があえて生み出したであろう有機的な沈黙が流れーーー根負けしたようにデニスが眉をハの字にした。


「あの、帰っていいですか」

「だめ」

「え…」


じゃあどうすればいいんだよ!!

デニスは叫びたい衝動を抑えて、困惑するしかなかった。

青竜は鑑定士のようにデニスを凝視していたがーーー突然、舌打ちをかました。


端正な顔が歪められ、「やっぱりお前は気持ちが悪いし全然好きくない」とつまらなそうに告げられる。

デニスはますます当惑した。何が「やっぱり」なのかわからないし、理不尽に罵倒される理由もない。


怒った方がいいのか?

でも青竜様って真の暴君って感じがして、導火線を踏んだら一瞬で殺められそうな危うさあるんだよな…。


理不尽な不機嫌に当てられたデニスは口の中に溜まった唾液を無理やり飲み下した。

…早くライラの元に帰りたいなあ。


デニスから視線を外した青竜は腕を組み、円を描くように歩いている。

一周、二周、三周…ピタリと足を止め、非常に不服そうに口を曲げた。

冷気が漂うような青竜の仏頂面に見下ろされ、デニスは自然と背筋を伸ばす。


「ボクはお前という人間に全く興味がない。でも、ジョシュアがお前のことで困ってる。自分じゃ相談相手になってやれないって…ジョシュアは可愛い、だから手伝う。勘違いすんな」


「あ、はい」


機械人形のようにカクカクと頷きながらデニスは内心でブリテン王宮の方角へ文句を飛ばす。

余計なことを言ったのはあいつか!

ジョシュア=シャーマナイト!俺のことを青竜様に相談する余裕があるなら嫁を迎えに来い!!

頭痛がしてきたデニスは頭を抱えて転げ回りたかったが、青竜の凍りつきそうな視線が許しを与えてくれなさそうだった。


ーーージョシュア様の空回りしている「思いやり(笑)」に心の汗が出そうだぜ…。


「赤の魔力がマグマのように煮詰まって波打ちだっている。ーーー辛いことがあるうなら吐け、言葉にして昇華させろ」


「悩みがあるんだろう!」と恫喝され、すくみ上がるデニス。

カツアゲでもしそうな青竜だが、一応デニスの言葉を待つ気はあるようで体を小刻みに揺らしながらじっと沈黙を作っている。


ええええ。

何か言わなきゃ帰してもらえない感じ?

空きっ腹を右手で押さえながら、デニスは「仕事がつらくって」などと当たり障りのないことを言ってみた。

「嘘つくな!」と床をつき破りそうな剣幕で足を踏み鳴らした青竜に一刀両断されてしまったのだが。


「お前の悩みはライラックに関することだとジョシュアは言っていた。そもそも人間関係の悩みじゃなきゃ魔力はここまで澱まない」


デニスが貝のように口をつぐんだ。

…当然だ。ジョシュアと繋がっていると明言した相手に馬鹿正直にライラとの関係を相談できるはずもない。


ブウウウンという本棚の魔法動力音だけが響く。

腕を組んだまま貧乏ゆすりを続けていた青竜がーーー突如、右手から花火のように魔力を宙へと打ち上げた。

数回の破裂音。「威嚇射撃か?」と身構えるデニス。


青竜は憑き物が落ちたような顔でデニスに再度向き直った。


「すまん、お前の魔力は赤に似すぎている。取り乱した」


先程までの奇行などなかったように落ち着き払っている青竜様。

ーーー爆弾解除人ってこんな感じなのかな、とデニスは他人事のように思った。

青竜様の行動が予測不能すぎて、ドキドキで胸が苦しいぜ。もちろん悪い意味な。


「ほら、悩みを言いなさい。…正直さ、手伝わせるなんて連れ出す口実だったの。だからブリテン、ドイツ、フランス、イングリッシュごちゃ混ぜの束を渡したのに…ボクの予想の十倍くらいの作業速度で片付けていくもんだから声をかけるタイミングを見失ったよね。本来の目的をはたさせてよ」


「え?じゃあ今日の仕事は無駄だったってことですか?」


「ううん、初めの三枚の締め切りが明日までなのは本当。他の原稿は…適当なプロを雇って一月くらいかけてやらせようとしてた仕事だったってだけ。ーーーお前って本当にただの人間?能力平均値が高すぎて信じられないんだけど。愛し子じゃないの?」


これは褒められてるのか?

デニスは訳もわからず「ありがとうございます」と胸に手を当てた。

ただ、愛し子ではないとはっきり否定しておく。


「黒竜の儀でも俺は何もできない傍観者でした。ーーー愛し子な訳ありません」


青竜様も俺のことは名前で呼ばない。

…なんとなく察するさ。多分、始祖竜の物語の登場人物ではないのだろう、デニス=ブライヤーズは。


「何もできない傍観者ねえ…まあ、お前は黒竜の儀の登場人物ではないよね。見るからに」


始祖竜である青竜様に改めて言われると、胸にくるものがあるなあ。

デニスは黙って唇を噛み締めた。

当の青竜は不思議そうにデニスを眺めている。焦点がイマイチ定まっていないところから察するに魔力の動きを見ているのかもしれない。


「ジョシュアってさ、バカ可愛いのよ。ーーー自分も幸せになれてないのに友人や側近を幸せにできる訳ないのにね。…お前もそう思うでしょ?」


「はあ」


「大体さ、人間はすぐ幸せ幸せって曖昧なものを追い求めるけどーーー不幸だってそんなに悪くないよね?ずっと幸せな主人公なんて魅力が一欠片も感じられないよ」


ーーー青竜様の話はイマイチ要領を得ない。おかげで俺はバカっぽい顔で「そうかもしれません」なんて相槌を打つしかない。


「お前がさ死にそうな顔で赤魔力を煮詰めている理由なんてボクは知らないよ。…でも、お前とライラを見てるとなんだか懐かしい。数百年前にはお前たちみたいな主従がいっぱいいた」


デニスの擦り切れた心に、ぽつりと雫が落ちた。

デニスがうっすらと濡れたルビーを青竜へと向ける。


「ライラとお前は強い主従関係で結ばれてる。ーーーお前はそれが不満なの?」


不満な訳、ない。

デニスは何度も首を振った。青竜が「そうだよね」としたり顔で頷く。


「騎士文化が廃れて久しい。ーーー今の騎士団は名前は同じでもただの国営組織だ。…だから、お前たちみたいなのは珍しいんだ。主人へのまっすぐな忠誠は輝きが強すぎて、嫉妬や誤解を招く。どうせ、現代の忠誠心を持てない弱者がお前の強さを理解しきれずに変なレッテルを貼るんだろう?…強い感情は愛憎しかないと思い込んでるうつけ者が多いから」


デニスは赤ん坊のような瞳で青竜を見上げていた。

澄み切った瞳の青竜はデニスに温かいものは返さない。

ただ、自分の考えだけを述べている。


「ボクは他人の関係に名前をつけるのが大っ嫌いだ。陳腐な言葉は絆を歪めるから。…でも、見てられないから、仕方なくボク直々に綺麗なプレゼントをあげよう」


「プレゼント…?」


呆然と言葉を繰り返すデニスを見て、青竜は「間抜けズラだね」と呆れたように肩をすくめた。


「言葉のプレゼントだ、ボクは物書きだからね。ーーー魔力を捧げると決めた騎士が主人を慕って何が悪い。興醒めな外野など無視しなさい。お前のライラへの愛着心は至当しとうなものだ」


至当…至って当然なこと、だろうか。

ライラと俺の関係は至当なもの。

デニスは自分の中で青竜の言葉を噛み締めた。

至当であるという耳慣れない言葉が、今の瞬間からデニスの一番好きな言葉になる確信があった。


青竜は言葉通りデニスのことが好きでもなんでもないのだろう。

彼女の顔は終始つまらなそうだったし、デニスの名前を呼ぶこともなかった。


でも、青竜のプレゼントは、デニスにとって、今まで与えられたことのなかった()()》だった。


「ジョシュアも、ライラも、新しい黒竜を迎えたブリテン王国そのものもみーんなまだ若い。ボクから見たら赤ん坊と一緒だ。…美しい物語を紡いでくれよ、お前たちをみてるのは退屈しなそうだ。なあ、何もできなくって関係がないらしい傍観者くん?」


意地の悪い顔で笑われても不思議と腹は立たなかった。

それどころか、励まされている。違うかもしれないけど、そう勘違いすることにした。


「あの、実はずっと気掛かりがあるんです」


デニスは気付けば口を開いていた。

名前さえ呼んでもらえないこの竜になら聞けると思った。

兄に言われてから心の奥でずっとわだかまっていたこと。


「青竜様…俺にも赤竜の次代探しでは役割はあるんですか?」


デニスの問いに「お前は心配事がいっぱいだね」と青竜はおかしげに笑った。


「知ってても知らなくても答えられないよ。始祖竜は他国の次代継承の儀には不干渉がルールだから。ーーーでも、黒竜と愛し子であるジョシュアとシリルがお前にあれだけ執着してるんだ。劇の登場人物ではあるんじゃないの?」


青竜はまた、ピエロのように蠱惑的な表情をつくった。

全てを知っていそうな笑み。

デニスが質問を重ねる前に…彼女は笑みを消すと、青いポニーテールを揺らし、デニスに背を向けてしまった。

「青竜様」と呼びかけても無視だ。デニスに与えられた時間は終わってしまったらしい。青竜はどこまでも自由だった。


窓際に置かれた木箱へと近寄っていった。

木箱の上に書かれた金色の魔法陣に手をかざしたあと、青竜は両手で蓋を外して、そっと脇に退けた。

デニスの場所からは青竜の背中しか見えない。ただ、肩まで深く手を突っ込み、中をゴソゴソしている時点で目測より明らかに箱の深さがありそうだ。

亜空間につなげてある箱なのだろう。今更驚きもないが。


長針が一周するくらい待っていたら、「あったこれだ!」と青竜が弾んだ声で叫んだ。


ほい、と軽い調子で青竜が何かを放った。

回転しながら放物線上で飛んできたのはーーー細身の剣だった。

デニスは反射的に手を伸ばして器用に柄を握るとーーー刀身を一瞥し、「わあ」と感嘆の声を上げた。


「すっごい、これ、カップヒルト・レイピアっすか!?」


デニスが急に大声をあげたので青竜は驚いたように目を見開いている。


「そうだけど…お前、そんな楽しそうな顔できるんだね…」


デニスは青竜の言葉なんか聞いちゃいなかった。

手元にある剣を視力強化まで使って見聞し…興奮冷めやらぬ様子で解説を始めてしまう。


「刃渡りは94センチ、刀の幅は最大で1.3センチ…幾何学を剣術理論の基礎とする動きが一気に広まった十七世紀後半、まさかカルロ・ビッチーノ作か?」


うっとりとした表情のデニスを見て、青竜が慌てたように「お前のじゃないよ?」と制している。

デニスは何故か憤慨したように「当たり前じゃないすか、これは一騎士には勿体無い代物っす」とまなじりを釣り上げた。デニスの剣幕に青竜が一歩後ずさる。


「ジョシュア様に献上すればいいんですよね?ーーーうわあ、ありがとうございます。こんなお宝品を目にできる日が来るとは。イタリア品は黄色竜の滅亡とともにおじゃんになったと思ってから感激だなあ。ああ、来てよかった、フランク王国!」


「…お前、武器オタクだな?そうだな?」


「青竜様!これ、俺が責任持って磨き上げてジョシュア様に献上しますね!」


「いや、お前のいう通りイタリア王宮の跡地で見つけたんだけどさ。私は使わないからライラにあげようと思ったんだけど…」


青竜は言葉を不自然に切るしかなかった。

デニスが「ええええ」と大声で叫んだりするものだから。


「なんでライラなんすか!?あいつ運動神経からっきしだからレイピアなんて使いこなせる訳ないっすよ。レイピアは一度刺すと抜きにくいから初撃が勝負なんですよ?絶対致命傷に全くならない腕とかに突き刺して『あちゃ』って顔してますよあいつ。その間に首チョンパ。レイピアはやめましょう、上級者向けすぎる」


「まさかここに地雷があるとは。すごいめんどくさいじゃん。しまった、本人に直接渡すんだった」


「青竜様?聞いてますか?俺がジョシュア様に渡しておきますから心配しないでくださいね!大丈夫です、ジョシュア様なら完璧に使いこなしますよ」


「全然大丈夫に聞こえないよ。何勝手に送り主変えようとしてるの?ボクの話聞いてた?」


「バリバリ聞いてましたよ。でも俺、剣が使われないままなのすげえやなんです。特にこんないいものライラにはもったいない。あいつはもうちょっと防御よりで乱暴に振り回すのに向いてるのにしましょう。バスケットヒルト・ソードとかがいいと思います。青竜様はどう思いますか?」


青竜が「うん、もうなんでもいい。お前に任せる」と頷いたのでデニスは「任せてください!」と本日一番の笑みで返している。


そうと決まったら明日はフランク王国の武器市に行ってみよう。…フランク王国の騎士団長にも久々に連絡してみるか。親父さん元気かなあ。


鼻歌混じりにレイピアに頬擦りするデニスを見た青竜が「やっぱり赤の周りはバカばっかだな」と呆れたように呟いていた。


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