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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第一章 最年少騎士団長
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第二十四話 最上のふたり

再び問題児の元へ戻っていった青竜様。

ライラは緩慢な動作でプリントを拾い上げた。


「ーーー青竜様も今の幸せと向き合えって言いたいんだよね…そうだよね、ジョシュアと一緒に過ごせるのなんて長くて数百年なんだから」


「こんなに恵まれてるのにわがままだね私」なんて自嘲気味に語るライラ。


「俺は、ライラがわがままでもいいけど…青竜様が言いたかったのはそうじゃないと思うよ」


言葉にしてからちょっと後悔した。

だって始祖竜同士のやりとりに俺が口を出すなんて烏滸がましかったかなって思ったから。

でも、ライラは優しいので「デニスはどう思ったの?」って聞いてくれる。

俺はライラがちょっとでも喜んでくれればいいなって願いを込めて金色の瞳を覗き込む。せめて隣に座っていられる間は、俺に向けてくれる感情の魔素の流れを一欠片も見逃したくないから。


「幸せになってくれれば一番いいしーーー幸せが感じられない時は自分と過ごした楽しい思い出を振り返って元気になってねってことじゃないの?」


青の愛し子様が最期に贈った詩だと聞いた時から、絶対に遺していく青竜様の長い人生の幸福を願った詩だと思った。

ライラの瞳が潤んでいるのに気がついたけど、ここまできたら最後まで言ってしまおう。


「始祖竜と愛し子の関係って、愛の最上の関係でしょ?ーーーだから、ライラ、大丈夫だよ。ジョシュア様とライラは大丈夫」


ライラは薄く唇を開いたがーーーすぐに閉じてしまった。

長いまつ毛が伏せられた。

俯くなよ。まゆがハの字になってる。


「どしたの?」


「ライラ」って、名前を呼んでも顔をあげない。

我慢できなかった俺はライラの顎を掴んで無理やり視線を合わせる。


「俺に隠し事なんて無理だろ?何年の付き合いだと思ってんだよ」


鼻がぶつかるくらいに顔を寄せて「言え」って命じる。

自慢じゃないけどさ、俺がここまでやったらフィメルでもニュートでもマスキラでも大体頬くらい染めてくれるのに。

ライラは瞳の魔素ひとつ揺らしてくれない。


「デニスには言いたくないよ」

「それは、俺が、お前を好きだから?ーーー全部ひっくるめて受け止めてやるからはけって言ってんの」

「イケメンかよ…ますます自分が嫌いになりそうだよ…」


視線を逸らしてむくれるライラ。

根比べみたいになる。ライラからはほのかに黒バラの香りがする。

…ジョシュア様と同じ香水をつけるんだよな。


ーーー辛抱強く見つめていたら、口を開いてくれる気にはなったらしい。


「わかった、言うから。…近い、離れろ」


端的に命令されたのでパッと手を離す。

しまったな、どさくさに紛れてキスくらいしとけばよかった。


ライラは気怠げに頬杖をついた。

黒髪が波のように流れて彼女の表情を隠してしまったのでそっと耳にかけさせてもらった。

くすぐったいと肩を震わようが知ったことか。横顔を見せろ。


「始祖竜と愛し子の関係は愛の最上だってデニスは言うけどーーー正直さ、わかんないんの。黒竜としてジョシュアをどうやって大切にすればいいかわかんないの。私の中には愛が入ってないのかもーーーデニスには前も言ったけど、その、私って家族にあんまり愛されてこなかったし?」


「ライラは上手くやってると思うけど。ジョシュア様を大切にしてるじゃん」


「ジョシュアが私の生きる意味なんだからそりゃあねーーーでも、黒竜としてジョシュアに何ができてるかって聞かれると…何もできてないんだよなあ。最強のジョシュアの陰に隠れてぬくぬくと暮らして。ーーージョシュアのことは大好きだけど、人間だった頃と同じでジョシュアに守られてるようじゃだめなのに。一緒に並んで歩きたいのに。…今の私には全然黒竜の役目ができてない。ただのお荷物だ」


ライラはこう言ってるが、何もできていないなんて嘘だ。

黒竜の力は大きすぎてわかりにくいだけだ。

新しく生まれてくる子供の魔力は着々と強くなっていってるし、ミーティアウィークに振る魔石の量だって年々増えている。ブリテンを取り巻く魔力総量が増えてるってことの証明なんだ。


しかも、ライラは肝心なことが何もわかってないと思う。大方、俺らのジョシュア陛下が大事なことをろくに喋らないせいだ。あいつが全部悪い。


「ジョシュア様は子供たちの魔力量が上がったことももちろん喜んでいるとは思うけどーーーライラが黒竜として存在してくれている、これ以上の尊いことなんてあるか?自分の横に始祖竜がいてくれるんだ。不満なわけないだろ」


ライラが泣き笑いした。

「デニスは優しいね」ってーーーぜんっぜん信じてないな?


呆れすぎて魂から息が漏れる気がした。

なるほど、ため息の起源がわかった気がした。

始祖竜たちが馬鹿すぎてーーーきっと青竜様の愛し子もあんな詩を遺したんだな。


これは見せたくなかったけど、俺の言葉じゃ信じられないみたいだから、特別サービスしてやろう。


[ジョシュア様〜青竜様のお気に入りの詩だって。青竜の愛子様からの贈り物らしいっす。

 

 Si tu es heureuse, oublie-moi

 あなたが幸せなら、私を忘れてください。

 Si tu es malheureuse, ne m’oublie pas

 あなたが不幸なら、私を忘れないでください。


知ってます?]


[ヴィクトル・ユゴーの詩だな。でも、きっとこれを贈った青竜の愛し子は青竜様のことを死んでも忘れないんだろうな]


[なんでそう思うんですか?]


[忘れろなんて他人に言う奴は自分が忘れられなくて苦しいんじゃないかと思った。ーーー少なくとも、黒竜の愛し子は生きようが死のうが、片時も黒竜のことを忘れそうもない]


[ーーー惚気かよ。自分が黒竜の愛し子だからって調子のんな、ライラに伝えてなんてやらないからな!]


[デニス、敬語。ーーーお前はライラと仲が良すぎる。お前こそちょっとはライラのことを忘れろ。黒竜は私のだ]


わざわざ聞いた俺も悪いけど…珍しく旦那に惚気られたんだよなあ。ーーーライラ本人に言ってやれば、こんなフランク王国まで来なくて良かったかもしれないのに。


「デニスの嘘つきーーーみせないって言ってんのにみせてるじゃん」


ライラは俺の魔力通話の画面を何度も何度も読み返してた。


「俺の言葉もちょっとは信じられるようになった?」


ライラが無言で首を上下に振った。

透明な雫がいくつもこぼれ落ちる。


「泣き虫」「デニスのせいじゃん」


ーーーライラって嬉しい時はすぐ泣くんだよなあ。

抱きしめてあげたかったけど…多分それは俺の役目じゃないから、黙ってハンカチを渡しておいた。

ライラは目元にハンカチを当てたまま肩を震わせていたが…しばらくして落ち着いてきたらしい。

水色が濃い青になってしまったハンカチを四つに折り畳んでカバンにしまう。

顔を上げた彼女は目と鼻を真っ赤にさせたまま、笑った。

釣られて俺も笑顔になる。ーーーやっぱり笑った顔が好きだなあ。


「顔洗ってくる」


ライラは小さくつぶやいて出て行ってしまった。

手持ち無沙汰になった俺は…先ほどからずっと言い争っているシリル君と青竜様の方へ行ってみた。

所在なさげに視線を彷徨わせていた紬様と目があったので…「これはどうしたの?」と尋ねてみた。


紬様は無言でプリントを差し出してきた。

どうやらシリル君が青竜様からもらった課題みたいだがーーー紬様の表情が微妙に笑ってるのは何でだ?


デニスは視線を紙の上で数往復させーーーふっと表情を綻ばせた。


なるほど、これで紬様は笑いを堪えてるのか。


「On a toujours du loisir quand on sait s’occuper ; ce sont les gens qui ne font rien, qui manquent de temps pour tout.ーーーシリル君は意味わかったの?」


答えてくれたのは青竜様だった。


「全て辞書で引かせてドイツ語訳させたわ。ーーーこんなに坊やにピッタリな詩はないでしょ?って言ったら『うるせえババア』って軽口を叩いてきたからちょっとお灸を据えてるの」


「小学生みたいな暴言だな…。シリル君、勉強嫌いだからってIQまで下げなくても。え?元から低いって?」


「デニスふざけんなーーー俺が動けないからって後で覚えてろ…いい加減はなせや!いてえんだよ!」


「ーーーまだ余裕そうね。もうちょっと出力あげちゃう?」


「おい、ふざけんな!俺が重力魔法の反魔法使えなかったらとっくにぺしゃんこになって死んでんぞ!って、やめろ!聞けよ!」


青竜様はシリル君を重力魔法で押さえつけつつたおやかに微笑みかけてくれた。ーーー芋虫みたいに暴れてて気持ち悪いなと思ったけど重力上げられてたんだな、むしろよくあんな元気に動いてるって感心するべきかも。


シリル君のノートを覗き込むとーーー予想外に几帳面な字で、


On a toujours du loisir quand on sait s’occuper ; ce sont les gens qui ne font rien, qui manquent de temps pour tout.

時間の扱い方さえわかっていれば、自由な時間はいつでもあるのです。 何もしない人ほど、時間が足りないと言うのです。


ーーーと書かれていた。


「…めちゃくちゃ仏頂面で書き留めてました」


半笑いの紬様が小声で教えてくれる。

そうだろうな。どうみても「俺忙しいから」って勉強をサボろうとしたシリル君への説教入ってるもんな。


勝手に空いている席に座らせてもらう。

そのまま特に意味もなくシリル君を眺めていたら、「デニス様」と紬様に呼びかけられた。


「なんですか?」


紬様とゆっくり話すのなんて随分久しぶりだ。

アンバーの瞳がじっと俺を見ていた。


「いつもよりやわらかなお顔をされてますね」


紬様が少しいたずらっぽい顔でこんなことを言うので、慌てて口元を覆い隠した。

ーーー俺、そんなににやけてた?


「だらしないとお感じになられたならすみません…これが素です」


頬をかいていたら、またもや笑われてしまった。

俺だけに当たりが厳しい気がする紬様が、いつになく上機嫌だ。どうしたんだろう。


怪訝な顔をしていることに気づいた彼女がーーー声を落として、耳元でこんなことを言ってきた。


「ーーーデニス様の大切な方が、生きていると知って…わたくし、本当に安堵しました」


「……まあ、バレますよね」


俺がずっと好きなのはライラだってこと。そして世間的にはライラは死んで、俺は失恋したことになってるけど…現在進行形で黒竜になったライラに片想い中だってことも。


紬様は上品に口元に手を当てて微笑んだ。


「ご本人に聞きました。ーーーわたくし、なぜだかライラ様にとても目をかけていただいているようで。…心配なさらないで、こちらからお願いして守秘義務の強い契約魔法は結んであります」


ライラのやろう、自分でバラしたのか!

そんなに異世界の故郷と和国が似てるのか?紬様の面会の時もテンション上がりまくってたもんなあ。


頭を抱える俺に向けて紬様がぽつりと言った。


「辛くないんですか?ーーーご結婚されたライラ様の騎士をするなんて、私だったら耐えられない気がします」


デニスは紬をジトっと睨みあげたが紬はずずしい顔で微笑んでいた。


「ーーー他人の傷口を突くのは品がないんじゃないですか?」


「あら、未亡人の蝶を何匹も飼っているデニス様に言われたくはありませんわ」


二人の間に火花が散った気がした。

しばし笑顔で睨みあいーーーデニスが先に折れたようだ。

芝居が買った仕草で両手をあげて背もたれにもたれかかった。


「つらいですよ。何度も離れようと思ったーーーでも、ライラがしょっちゅう俺の前で泣きそうな顔をしたりするもんだから、安心してジョシュア様に任せ切ることもできない。あと、俺はライラ以外の主人に剣を捧げられる気がしない」


紬様の琥珀色の瞳が翳る。


「忠誠の先は、選べませんよね」


聞き間違いかと思った。底無し沼みたいな暗くて濁った色が紬様にはあった。

かける言葉が見つからなくて、黙り込んでいた。

ーーー俺は、彼女のことを何も知らない。


ゆっくりと瞬きした紬様。

「いつものかお」の彼女が「さすが愛の騎士様は情熱的ですね」とおちょくってきた。

陽気さを演じる彼女に合わせてウインクを差し上げた。愛の騎士だけあってキザな仕草も似合ってるらしいからな。


紬様が表情の読めない笑みを浮かべたまま、


「わたくしも…認めようと思います」


なんてうそぶく。

肝心な目的語がないな。文法のテストだったら減点だぞ?


「デニス様を見ていたらーーー国のために自分の心を殺すのがバカらしくなりました」


え?


ちょうどその時鈴の音のような音がした。転移魔法の発動音だ。


「え!?」


デニスの内心を代弁するように鈴のような可憐な声が響いた。

慌てて声がした方…真上の方をみる。


「いつの間にそこに!?」


紬が叫んだ次の瞬間、デニスの真上に()使()が降ってきた。

慌ててデニスは天使ーーーライラを受け止めた。


「転移場所のチョイス!!」


デニスのツッコミもどこ吹く風だ。

ライラはといえばデニスにもたれかかりながら首だけ紬様の方に突き出している。人を椅子にするなよ…。


「自分の心を殺すのをやめたってどういうこと!?紬好きな人できた??」


「ライラ様には秘密ですーーーヒントもあげません。鋭いから…もう可憐な見た目には騙されませんよ!」


「気になるじゃん!ちょっとでいいからさ!」


「絶対に秘密です…祝福される恋ではないので」


「うおおお、なになに?てっきりデニスかと思ったのに!」


「ふふふ、言いませんってば!!」


ーーー何やらフィメルズが楽しそうだ。全然ついていけないのだが…まあいいか。みんな俺の名前をあげるけど…絶対違うだろ。

紬様だけでなく他人の色恋沙汰にあんまり興味がわかない。皇族の恋愛沙汰とかちょっと怖そうだし。

ライラが珍しく甘えたように頭をぐりぐりと押し付けてきたので…俺の中の尊さメータがーが振り切れて、顔が溶け切ってしまった自覚はある。

だから紬様よ、そんなゴミを見るような目で見ないで。俺のメンタルやられちゃうから。


「はあああああ。今日もライラが可愛い…」


抱きしめても怒られなかったので、可愛い小さな頭にキスをいっぱい振らせておいた。あんまりおとなしいとこのまま食べちゃうぞ。


「………デニス様を手玉にとれるのなんてライラ様ぐらいですよ…悪役王妃ですね」

「ほら、デニスめっちゃ人気だから。国内だけじゃなくてプロイセン国王とかね、どこかの皇族とか」

「……まだ疑ってるんですか?」

「秘密だなんて怪しいじゃない?」


二人でなんか言ってんな。ーーー紬様、ライラとは俺がしゃべりたいんだけど…。


「ーーーライラ、俺にも構って」

「はいはい、デニスワンちゃん。撫でてあげるから」


「わんちゃんなんてバカにすんな」って口で言いながらも魔力が飛び出てライラの目の前で煌めいてしまったので喜んでるのはバレバレだったと思う。

やや恥ずかしい…が、せっかくなので飼い犬よろしくライラの肩口に鼻を押し付けて「撫でて」ってお願いしてみる。

髪をわしゃわしゃしてくれるライラ。


「ーーー幸せだわん」


犬になりてえ。

ーーー口に出してないのにライラにはお見通しだったようで。


「…首輪つける?」


…想像して、いいなと思った自分がちょっと怖い。

「冗談だよ」ってライラが言ってくれなかったら頷いてた気がする。

あぶねえ。俺騎士団長なのうっかり忘れかけてたわ。


戻ってきた青竜様に「ちょっとは真面目にやれ」とお叱りを受けてしまった俺たち。

ライラは逃げるように向こうの机へとかけていった。

そしてーーーライラの背中を追いかけようとしていた俺は青竜様に呼ばれた。

執筆手伝い要員として白羽の矢が立ったのだ。


「一人は誤字脱字チェックして欲しいの。雀色の髪の人間とシンメトリーのお前で迷ったけど、シリルは放っておくとサボりそうだから監視がいるでしょ。ライラは放っておいても真面目にやるでしょーーー消去法でお前しかいないよね」


抗議しようと口を開く前に「拒否権はない」と言い切られました。

わりかし長身な青竜様に襟首を掴まれ、「もうちょいこっち」と強引に引っ張られる。


「ぐえっ、いたあ!」


ーーーカエルみたいな変な声出たじゃねえか。


デニスの怨念のこもった視線など歯牙にもかけず、虫でも払うように青竜の右手が振られ、彼女の青の魔力濃度が沸騰した。

視界が暗転。

遠くの方でかすかに聞こえた鈴の音。

流れるような転移魔法。

瞬きした次の瞬間デニスは見知らぬ部屋に立っていた。


「ここは書庫兼ボクの作業部屋でーす」


ぽいっと放り投げるようにして空中に投げ出される。

自分は浮遊魔法で浮ける青竜は真っ直ぐ奥へと飛んでいってしまった。


「ちょ、ちょ!なんか飛んできたー!」


叫びつつも、動きは俊敏なデニス。

持ち前の運動神経で咄嗟に体を捻る。

目の前を高速で通過していった()()を間一髪のところで避けた。


群青色の絨毯が敷かれた地面へと着地して部屋を見回し…言葉を失う。始祖竜の屋敷はびっくり箱だ。

先ほどまでいた部屋は家の中に自然があった。

この書庫はーーー本が生きている。


空間魔法と重力魔法を自由自在に扱える青竜様が作ったせいで、脳が示す常識との違和感がすごい。あ、これ褒め言葉な。


淡いクリーム色の壁の部屋。

広さは目測で25メータ四方。窓は正面の一つだけ。

群青色の天井には直視すると目がやられそうなほど大きな魔石がついた魔力灯。

そして部屋の中を泳ぐ本棚。数えたけど47個ある。


ーーーそう、部屋の中を木製や金属製の本棚が動き回っているのだ。


「重力魔法ってこんなことに使えんのか…ていうか魔力の無駄遣いにも程があるだろ」


上を向いたまま惚けているとやや苛立った声色の青竜様に「早く来て」と叫ばれた。窓の方に青竜様はいるみたいだ。

慌てて絨毯の上を走り抜ける。

…途中で本棚が避けてくれて思わず笑みが溢れてしまう。

見られてるみてえ。

青竜様は窓の前に置かれたどでかい丸テーブルに向かって座っていた。

テーブルの上には図鑑とか読めない文字の本が広げられていて、隙間には走り書きの書かれたメモがたくさん。ーーーむっちゃ散らかっている。

しかめっ面でペンを片手で回しつつ、ラップトップを睨みつけていた青竜様が視線を上げた。


「あの、俺は何をすれば?」


空いている椅子を顎で指される。座れということですね、わかります。


「さっきも言ったけど、これ、今日中に全部読んで」


ーーーとのことで俺は青竜様の新作の原稿を読むことになりました。

誤字、脱字、その他わかりにくいところを教えて欲しいんだって。


「明日担当に送らなきゃいけないの。お前が今日いてくれてラッキーだわ」


重力いじって時間の流れ遅くしようか迷ってたんだよね、なんて呟きは聞こえないことにする。そうだよね!重力増えれば時間の流れが遅くなるもんね!ーーーアインシュタインの相対性理論を実生活で使いこなしてる人初めてみたなあ!そっか、人じゃないもんなあ!


落ち着くんだデニス=ブライヤーズ。

青竜様の一連の言動を脳内再生して…。

え、待って、明日提出?

思わず「結構重要任務に聞こえるんですけど、俺でいいんですか?」って聞いちゃったよね。

キーボードをブラインドタッチで使いこなしている青竜様からは「今いるメンツじゃお前が一番適任だろ」とのお返事。


「青竜様ーーー実はこれでも騎士団長でして、その、文官的な仕事への才能はこれっぽっちもないっていうかーーー」


顔の高さまで積まれた原稿を前に往生際悪く言い募るデニスだったが、青竜の方が上手だった。

青紫の唇に人差し指を持っていき、デニスの言葉を封じる。


「文官的な仕事の才能はない?ーーー笑止千万。どっかの騎士は試合前にこれをやるんでしょ?」


突如浮き上がった青竜様は…羽のように一度回って、なぜか、右手を高く突き上げた。

既視感のある仕草にデニスが「まさかーーー」と目を見開く。


「騎士に授けられる剣、それはアダムの原罪を背負いし主人が孤独に焼かれた大樹の象徴である。故に騎士は、その剣によって大樹の敵を打ち砕く責務を負う。騎士とは正義の維持のための存在だからこそ、その構える剣は両刃である。騎士道と正義。その二つを護持せんがため」


紫色の唇から再生された「デニスのルーティーン」は完璧だった。

瞳孔が開き切った真っ青な瞳に見下ろされたデニス。

背中、踵から爪先まで薄ら寒いものが駆け抜ける。


「ど、どうして俺の口上を…?」


固まったデニスを一瞥した青竜はピエロのように口元を釣り上げた。

これは…笑顔なのか?怒ってるわけではないのか?


始祖竜のやりとりに不慣れなデニスを存分に翻弄しつつ、不気味な笑みを浮かべた青竜はストンと椅子に収まった。


「ボクはね職業柄流行の劇とかも観に行くんだ〜最近人気なんだよ?麗しのプロイセン騎士団長が主人公の舞台。…赤魔法の出力を上げるために唱えてるの騎士道の書からの引用でしょ?あんなマイナーな古書読み込んでる時点でこいつは文学のオタクだなってピンときたよね。名前は知らないけど有名な騎士団長くん?」


顔が赤くなってる自覚がある。完全に油断した…シンメトリーとか呼ばれるからまさか知られてると思わねえよ。しかも舞台で認識されたっていうのがどうしようもなく恥ずかしい。絶対脚色されまくってるじゃん…ブリテンでのがそうだもん。騙し打ちで連れてかれたことあるけど、騎士団の同期なんて笑いすぎて呼吸困難になりかけてたからな。

フランク王国とかもっと派手やかな舞台になってそうだ。パリに近寄るときは変装しよ…。


「なんで赤くなってんの?気持ち悪いね?」


「ーーー誰のせいだと…というか青竜様、俺のこと気持ち悪いって言い過ぎじゃないですか!?」


涙目のデニス。はじめは緊張が抜けきらない様子だったが、歯に絹着せぬ物言いの青竜が相手である。だんだん言い返す余裕も出てきた様子。

しかし、すぐさま「思ったこと言っただけだよ」と容赦なく返されて撃沈している。


青竜につむじを向けたまま、デニスはモゴモゴと言い募る。


「俺の口上…騎士団の仲間の間でネタみたいになってて。こっちはめちゃくちゃ真剣なのに」


「ネタ?ーーーそれって言動をやや見下した調子で身振り手振りを混ぜて真似されること、の意味で合ってる?」


「合ってますけど!…冷静に解説しないください」


「ほら、物書きとして言葉の進化にはついて行かないといけないからね。で、ネタにされて落ち込んでるの?なんで?」


「なんでって…やっぱかっこよく見えたいじゃないですか」


いや、俺は伝説の始祖竜相手に何を言ってるんだ。

「かっこよく見えたい」ってガキかよ。


「忘れてください」デニスがそう言いかけた時、青竜様は再度「なんでかっこよくないの?」と首を傾げた。

デニスが緩慢な動きで顔を上げる。

青竜の後ろで一つに束ねられた青い長髪が遊ぶように揺れているのが目にとまった。


「赤魔法の出力を上げるために騎士の十戒から引用したんでしょ?騎士のルーツから選ぶなんて洒落てると思うけど。しかもライラの騎士であることを踏まえてオリジナルに改良して。赤魔法は情熱の魔法だからね、ラグビーで士気を上げるために試合前に踊るのと同じでしょ」


予想外に肯定されて面食らう。

…というか、青竜様、ラグビーとか知ってるんだ。白の人のスポーツなのに。


「ほら、顔に血を集めてないで早くチェックしてよ」


「…へい」


ーーー青竜様って、全然掴めないな。

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