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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第一章 最年少騎士団長
20/64

第二十話 急募;竜語の通訳

無機質な目覚ましの音が鳴る。

反射で枕元をまさぐって止める。発光する画面に表示された時刻は朝の五時…


「朝か…鍛錬しなきゃ」


カーテンの隙間からほんの少し差し込む朝日。

心が鉛みたいに重いせいか、全部がだるい。

体を起こしてしばらくぼーっとしていたが…外で、奇妙な気配がふたつ動いていることに気がついた。

ひとつは気配だけで俺の機嫌を大気圏まで上昇することができる黒魔力。

あははーーー俺単純すぎ。やっぱり昨日俺に厄介ごと押し付けたの気にしてるのかな。すげえ複雑だ。気にしなくていいって言いたいけど…はちゃめちゃ嬉しい。顔見たらなんて言おう。絶対にやけるじゃん、俺。

もうひとつは巨大な魔力のオーロラみたいな気配。…なんか怒ってんのかな、今日は赤の色がぶっちぎりで強い。


ーーーなんでそこにいるの?君たち。


目にかかってくる前髪を後ろになでつけながら窓際へ早足で歩く。

鍵を開けて冷たい朝の風が吹き付けてきた。

思わず目を細める。そのまま窓から身を乗り出した。


「…朝からこんなとこで何してんの?」


まだ薄暗い騎士団寮の裏庭には、デニスの予想通りの人物たちーーー伝説の黒竜と魔法大国の国王がいた。

ライラの黒髪は魔素がじゃれつくせいで淡く発光して見えた。

俺の姿を目に留めた瞬間、ライラの翼が三回パタパタと動いた。


くう、かわいいぜ。ポーカーフェイスなのは変わってないのに…翼でバレちゃうんだよね。これ以上可愛さを積まれると俺の心臓が持たないのでやめてほしい。…嘘だ、もっとやって。


いつもは(少しくらいは)顔面コントロールを図るデニスだが、寝起きのせいか愛情がダダ漏れになっていたらしい。とろりとした笑みで「おはよう」と口を動かした。


「おはよー!」

「う…寝起きの、色気がやべえ」


ライラがにこりと笑って手を振ってくれる。寝巻きのままいつまでも手を振り合っていたらーーーぶつぶつと呟きながら下を向いていたシリル君が呆れたように顔を上げた。

痺れを切らしたように口を曲げて一言。


「ーーー早く着替えて降りてこいよ」


シリルに睨まれーーーデニスは気障ったらしく肩をすくめた。


「シリル君、ヤキモチ?ーーーシリル君にはウインクしてあげるから、機嫌なおして?」


ばちん、とわざとらしく目を瞑って見せるデニス。

泥を噛んだような表情をするシリル。


「うっわーーー似合ってるのが逆に嫌味。イケメン滅びろ」


すっかりいつも通りな調子のデニスにライラが安心したような笑みを浮かべる。

デニスと目が合うと、その笑みはすぐに引っ込められて、いつも通りの楽しそうな笑い方に変わる。


ーーーあーあ、完全に何かあったってバレてら。


気遣われていて、それをデニスが望んでいないのまでバレていて。

本当に、まだまだだな、と思う。彼女の苦労をもっとスマートに支えられるマスキラになりたい。…水上を優雅に滑る白鳥のように。水面下のバタ足はカッコ悪いから気配さえも気づかれたくない。


昨日デニス以上に真っ白な顔色になっていたシャロンが聞いたら激怒しそうだ。

でも、仕方ない。恋は病っていうし、デニスはずっと重病患者なのだ。


デニスは部屋の中に引っ込むと、大急ぎで寝巻きを脱ぎ捨て運動着を引っ張り出した。

こういうときには青魔法が使えてよかったと心から感じる。顔洗ったり寝癖を治したりは赤魔法にはできない。

学生時代は赤魔法だけでよかったって何度も思ったし、青魔法の実技試験とかめちゃくちゃ苦労したけどな。


ものの数分で身支度を終えたデニスが開けっ放しだった窓枠に足をかける。

身体強化よーし。

4階の窓から飛び降りたデニス。

デニスが着ている黒飛竜の皮でできたジャージは「最高素材の無駄遣い」と騎士団員からは揶揄されているものだが、激しい動きにも完璧に追従してくれる。

四階から飛び降りて宙返りで着地した時とか。


デニスはストンと着地した後、呆れるシリルには目もくれず、ライラをその腕に閉じ込めた。


「おはよう、愛しい人」


「おはようーーー朝からあっまいな」と笑っているライラが背中にぽんと手を置いてくれた。


挨拶と言い訳できるくらいの時間の包容のあと、デニスは理性に命令を下して華奢な彼女の背中から手を外す。

ものすごく離れ難がったが、何しろ騎士団寮の裏庭だ。抱き合うのにふさわしい場所とは言い難い。


ライラの真横に立ったデニスは彼女の背中に流れる黒髪を指に巻きつけながらーーーシリルの方へと顔を向けた。


「ライラもだけどーーーシリル君の方が不思議でいっぱい。なんでここにいるの?」


一応国王だよね?やめたの?とデニスがからかうように言う。

そんなわけないだろうとか、無礼だとかーーーそんな言葉が来ると思った。

でも、怒っているように忙しなく魔力を揺らす国王からは予想と違う反応が返ってきた。

シリルが気まずげに、何かを言いかけてやめる。

口をモゴモゴとするシリルを見てライラがニヤニヤとしている。

ライラを恨めしげに睨んだシリルだったがーーーすぐ横に立つデニスとうっかり目が合うと、さっと視線を外し、そのまま黙り込んでしまった。


ライラが「しっかたないなー」とちっとも思ってなさそうに言って、(ご機嫌で可愛かった)事情を説明してくれた。


「デニスの副官がさ、シリルに連絡したらしいよ。『デニス様の様子がおかしい』って。ーーーそれで、慌てて飛んできたシリルの顔って言ったら。…ふふふ、ジョシュアのこと無視して騎士団寮に突撃しようとしたせいで捕まえられてるの。私が間に入ってあげなかったら魔法戦争が勃発してたかも」


流石の俺でもライラの可愛さで誤魔化されきれない言葉がいくつも聞こえた。

エリザベータさん!?何してくれてるんだ。またストーカーしたな?確かに昨日の帰りは周囲のこと気にしてる余裕なかったけど!なんでよりによって隣国の国王に連絡した?


しかも、その後!!

笑えない冗談だな、おい。

ジョシュア様とシリル君の魔法合戦ってこと?

え?ブリテン王宮を破壊したいのかな?

確かにライラのお手柄だ。俺の様子がちょっといつもと違ったとか鈍感大魔王ジョシュア様にわかるわけがない。しかもそれでシリル君が突撃してきたとか急展開すぎて俺でもびっくりだ。ライラがうまい具合にはぐらかして二人を宥めたのだろう。


褒めて、褒めてとでも言うように見上げてきたライラの頭をデニスは優しく撫でた。ライラがちょっと恥ずかしそうにする。子供っぽかったと思ったのだろう。


「は?可愛すぎるからやめてもらっていい?」


理不尽にキレ始めたデニス。

呆れた顔をするライラ。

そんな二人のやりとりを見つめていたシリルの薄い唇が小さく動く。


「…月が綺麗ですね。」



風音に紛れて聞き取りづらかったがーーー確かに、月が綺麗だと言った気がした。

思わずシリルの方を見る。

怪訝な顔をしたデニスを見てーーーシリルの顔色が土気色に近くなった。


聞こえると思っていなかったらしい。

そんな、素人じゃないんだから。聴覚強化のこと忘れるなんてシリル君らしくないな。

…まあ、確かに?うちの呑気な女王様はゼンッゼンこれっぽっちも聞いてなかったみたいで、俺の手に撫でられるのを満足げに目を細めてるけど。

なんで今日こんなにかわいいの?眠いの?


シリル君の顔色があんまりにも悲惨だったので、俺は聞こえなかったふりをすることにした。シリル君はチラチラと俺とライラの顔を伺っている。

心配しなくてもライラは常時聴覚強化をしたりはしていない。黒竜になっても人間の時と変わらないで不器用なんだ。常時展開系は苦手っだってよくこぼしてる。


ーーー月なんて出てないから、変なこと言ったって思われるのが嫌なのかな?シリル君ってそんな繊細なこと気にするタイプだっけ?


ライラが「一時間後に戻ってくる」という謎の伝言を残して空間転移で消えていった。

なんで戻ってくるのか尋ねても教えてくれなかった。ーーー結局朝から来ていた理由も答えてくれないし、シリル君だけでなくライラもなんだか今日はおかしい。クリスマスイブの子供みたいに楽しそうだから嫌な予感はしないんだけど。


シリルの視線が背中に刺さっているのを感じ取りつつーーー独り言と呼びかけの中間くらいの声で前を向いたままデニスは言った。


「俺はこのまま日課の鍛錬に行きますけどーーーシリル君はどうします?」


返ってきたのは変化球だった。


「お前ーーーちゃんと、笑っててよかった。本当にライラが好きなんだな。…でも、趣味悪いよ、お前のこともっと大事にしてくれる人、いくらでもいるだろ」


シリル君はなんでだかすごく切なそうな顔をしていた。

デニスは思わず足を止める。

シリル君の真紅の瞳と視線が交わった。

今日はどうしたんだろう。来た時からずっと変だ。

いつもは恋愛絡みの話するのすごい嫌がるのに。


「俺がライラのことをどれくらい好きかなんてーーーシリル君はわざわざ確認しなくても学生時代から知ってるでしょう?急にどうしました?」


副官が何か言いました?って聞いたら無言で首を振られた。

エリザベータをしばかなきゃいけないかと思ったが違うらしい。というか、暗殺者と国王って連絡取れるのか。マジで何者なんだあいつ。


シリル君はしばらく黙り込んでいたが、やがて小さく頷いた。

そして、目から涙がこぼれそうで、ギリギリ堪えたのが丸わかりの顔で言った。


「なあ、プロイセンに来いよ。ーーー俺の方が、ジョシュアよりお前を上手く使えるよ」


突然の勧誘。

いつも通り、間髪入れずにお断りしたのにーーーシリル君は珍しく食い下がってきた。


「ライラの護衛騎士をやめろなんて言わねえよ。公式の場には送ってやるから、だからーーーこんな、寝れてない顔とか、いつもより荒っぽい魔力とか、見たくない」


真っ赤な瞳が至近距離まで近づいてきて、俺は思わずのけぞった。

背を向けて無言で歩き出した俺の後ろで、シリル君がかすかに笑った気がした。


ーーーえ?え、ちょ…何、今の。


内心大混乱しながら、いつもの人目につかないお気に入りの鍛錬場まで走る。

後ろからは滑るようにシリル君がついてくる。どっか行ってくんないかな、一人で考えてえ。


足を止めて、ストレッチをする。

足を開いて体を倒してーーー近くの木の幹にもたれたシリル君を盗み見る。

…いつも通りの仏頂面だ。


青白いシリル君の横顔が朝日に照らされた。

目が合う。怪訝そうに見返される。


…どうやら、気のせいみたいだ。


び、びびったあ。なんだよシリル君。口説かれてんのかと思っただろ。

冷や汗が出たわ。

「お前のこともっと大切にしてくれる人いくらでもいる」は正直聴き慣れているがーーーその後に、「自分とか」が続く人も、まあ、そこそこの人数いる。

シリル君のさっきの雰囲気があまりにも…いや、やめよう。見間違いだ。


だてに何十人ものマスキラに口説かれてないんだから見間違いなわけないだろ、って告げてくる脳内の俺、やめろ。考えただけでも恐ろしいだろ?自分の国王をたぶらかした騎士とか、エリザベータをさらに凶悪化したやつが百人くらい送られてきそうだ。俺は暗殺されたくない!!


どこか気まずい空気の中でも、デニスは淡々とメニューをこなしていった。

スプリント、身体強化、魔法の増幅ーーー最後に、剣を抜いて素振りを始めるとシリルが興味深そうに近寄ってくる。


「お前、本当に綺麗なフォームだな。ーーー騎士団の指導とかってコツとかある?俺は我流すぎて参考にならないって言われちゃって」


ボソボソと喋る口調も、太陽を恨めしそうに睨みつける目線もいつもの気怠げなシリルだった。


ーーーほら、気のせいだ。


「俺は父様の指導方を参考にしていますーーー正直、俺はなんでもすぐできちゃうタイプだったので」


あは、と笑うとシリルが顔をしかめた。参考にならないじゃねえかと言われても困る。

どうせシリル君も同じ口だろう。

我流とか言っているが固有魔法をバンバン絡めた剣技は鬼のように強い。

正直赤魔法がちょっと優れているくらいのデニスじゃあ歯が立たない。

ようは天賦の才が与えられた人なのだ。この最年少の主席魔法士め。


シリルに観察されながら素振りをしていたデニスだったがーーーはと我に返った。

なんてもったいない時間を過ごしているんだ。

絶好の対戦相手が目の前にいるじゃないか。

嫌がっているシリルを宥めすかし、なんとか手合わせまで持ち込んだ。


「行きます!」

「うえー。朝からようやるよ…」


文句を言いつつも、シリル君の目はすでに本気だった。

上段切りから入ったらあっさりかわされて手首を叩かれそうになる。


慌てて避けたらニヤリと笑われた。

「隙だらけ」…クッソ、余裕ぶりやがって。

再び距離を詰める。当然難なく対応される。

楽しい。自分より上の相手と手合わせをする機会が少ないから本当に楽しい。

相手が次に何をしてくるかわからないこの感じ。

重力魔法で速度が変わる剣技。

デニスの中でワクワクがモヤモヤを塗りつぶしかけた時ーーーデニスはシリルの魔法剣がかするのも気にせず一本を取りに行った。

いつものことだ。格上相手に無傷なんて無理だから。

それなのにーーーデニスの頬に入った一筋の傷を見て、シリルはさっと顔色を変えた。

シリルの剣筋に力がなくなる。

デニスは慌てて太刀筋を止めた。シリルなら避けるだろうと踏んで思いっきり急所を狙いに行っていたのだ。


「シリル君!?急に剣を止めるなんて危ないよ?」


若干苛立ちを込めてデニスが叱責したのにーーーシリルは、呆然とデニスの頬の傷を見ていた。


ようやく、「ごめん」と発した時も、なんだか、自分の中で迷子になってしまったみたいな顔をしていた。


「お前の魔力が…ちょっと、こう、」


そのまま、黙り込む。

…。

………。

ちょっと、こう、なんなんだよ!

え?ほんとのガチの暗殺者送られてくるパターン?

でも、なんかシリル君自体が戸惑ってない?

シリルを問い詰めるか非常に迷うデニス。

こういう時は藪蛇なこともあるのだ。

そっとしておくのが一番か、いやでも、シリルはいい先輩なのだ。

なんだかよくわからない感じで手合わせしてくれなくなるのは嫌だ。

打倒ジョシュアを掲げるデニスにはシリルは欠かせない存在なのだ。何しろシリルくらいしかジョシュア以上に空間魔法を巧みに操る魔法士を知らない。

大男二人が不気味に黙り込んでいる。

やけに鳥の囀りが大きく聞こえる。



二人の気まずい空気はーーー空間転移で現れたライラの衝撃発言によって吹き飛ばされた。

リン、と涼しげな音を立て空間魔法で降り立ったライラ。

彼女はなぜか、所要量マックスの空間魔法の鞄を手にしていた。ジャジャーン、と真顔で言うライラの登場に、シリルがとてもホッとした顔をしている。

沈黙が途切れてデニスも正直安堵した。

ちょいちょいとライラに手招きされ、デニスは頭の中からシリルのことを意図的に吹き飛ばした。すぐさま愛しの彼女の元へと走り寄る。

デニス、これ持って、と両手で抱えなければいけないほどの鞄を渡される。

…重い、まるで一月くらい力に行ける分の荷物を詰め込んだくらい重い。


輝かんばかりの笑顔でライラが笑った。

…この顔をデニスは何度か見たことがある。

ロクでもないことを言い出す前の顔なのだ。


紫の美しい翼に秋陽を受け、ほっそりとした指を胸の前で組んだライラ。

本当の天使かと見紛うような美しい笑みを浮かべーーー宣言した。


「はい!それではこれから、フランク王国へ行きます!」


ーーーは?


「は?」


両手いっぱいに荷物を抱えたままぽかんとするデニスの背中にライラがそっと手を当てた。

シリルの方を振り返って「行ける?」なんて確認しあっている。


「バッチリ。ーーーほんとに俺がデニスを運ばなくていいの?」

「何度も確認したでしょ?始祖竜なんだから平気に決まってる」


ーーー何が何だかわからないが、とりあえずシリル君はグルだ。めちゃくちゃ落ち着いて増幅の魔法陣を取り出している。

なるほどーーー魔力の節約って大事だよねえ…違う、いや、違わないけど俺はもっと違うことを説明してほしい。

魔法陣の上に連行された俺は、すぐさまライラのおひさまみたいな魔力に包まれた。

リン、という音を立てて、足場が消えて、視界が一瞬闇に塗りつぶされる。

凄まじい量の魔力がライラの中から消えた。

思わず目を閉じて、慌てて背中に手を添えていたライラを引っ張った。

荷物と一緒に自分の前側で抱えこむ。

荷物に潰されかけながら、ライラが「心配性」と吹き出した。


リン。

視界が急に明るくなった。

宙に放り出される。

ライラの重力魔法によってデニスはストンと柔らかくおろされた。

虫がそこらじゅうで鳴いていて、空気は草の匂いがした。都会とは違う有機物の香り。

あたり一面には葡萄畑が広がっている。ところどころ赤く色づき始めている葡萄をみるに、収穫時期が近そうだ。

デニスはどうやらどこかの郊外にいるようだった。

目の前にはクリーム色の石造の豪邸。四階建て。

確か、フランク王国出身の王女様が似た雰囲気の離宮に住んでいたような…。


さっきのライラの言葉を信じるなら、ここはーーー


「はい!ここがこれからひと月を過ごすフランク王国の青竜様の別宅です!」


やっぱり!


ライラをそっと下ろして、すぐさまジョシュア様に連絡を取ろうとした俺の魔力通話をーーーなぜか、ライラが、没収した。

彼女の手によって黒い端末が空間魔法の鞄の中へと吸い込まれていく。

手早くかばんの口を閉めたライラ。

「ちょっと待って」って言おうとしたけど、無理だった。

彼女の金色の瞳が真っ過ぐに俺を射抜いたから。

桜色の唇に人差し指を当てて「ジョシュアには秘密」と歌うように告げられる。


「イエス、マイクイーン」


跪いた俺を見てシリル君が呆れたようにため息をついた。

一瞬だけ、「え?ジョシュア様知らないって本当に大丈夫か?もうすぐミーティアウィークだぞ?」って脳内の俺が言ったけど無視だ。ライラのいうことが正しい。しーって仕草かわいいな。もっとやってほしい。


俺とライラがほのぼのと笑い合っていると、シリル君が「とりあえず中に入ろうぜ」と顎をしゃくった。

ライラがパタパタと走っていく。

かわいい。飛べばいいのに、翼があるんだから。


後ろ姿を見送りながらーーー俺はそっとシリル君の横へと肩を並べる。


「ジョシュア様、マジで知らないんですか?」


「ああ、なんでもライラは怒ってるらしいぞ」


予想外なセリフが聞こえた。

それではまるで、ライラがジョシュア様に怒ってるみたいに聞こえる。


ライラはどうやら青竜と事前に下見に来ていたらしい。

すんなりと入り口の魔法陣を解除すると、躊躇いなく扉を潜った。


ご機嫌そうに二階へと続く階段を上がる彼女の背中を追いかけつつ、デニスは首を傾げる。


「ライラがジョシュア様に怒ってる…?」


ちょっと信じがたい。ベタ惚れーーーとはちょっと違うが、ライラはジョシュア様を崇拝している。

だからネガティブな感情を持つなんてありえないだろうと思ったのに、シリル君は「その通りだ」とあっさりデニスの言葉を肯定した。

…昨日だって仲睦まじそうに見えたのに、ライラは何に怒ってるんだ?

デニスが怪訝そうな顔をしても、シリルは面倒くさそうに顔を顰めるばかりだった。


「本人に聞けよ」


シリル君は短くそう言って適当な客室に入ってしまった。

デニスも思わず立ち止まりかけたが奥でライラが「デニスー!」と手招きしていたので慌てて最奥の扉の前へと向かう。


「この部屋がね、一番広いんだって」


青竜の別荘というだけあって、随所に魔法が施されているのだが、この部屋は格別なようだった。

国立魔法博物館に展示されていそうな緻密な魔法陣を備えた扉が目の前にあったのだ。ぶっちゃけオーバースペックだと思う。

ライラはペタンと手のひらを当てて黒魔力を流すことであっさりと解除した。


ぽわんを淡い光を上げて、氷のように溶けていく扉。

中にはーーー騎士団の訓練場がすっぽり収まりそうなくらい広い部屋があった。


…これ、一体どれだけの空間魔法の魔力を使って作られたんだ?


呆然とするデニスの手を引いてライラが部屋の中へと入っていく。

部屋の中なのになぜ木が植っているし、滝がある。そしてついでみたいに天井を青飛竜が飛び回っている。歓迎の印に青魔法の飛ばしてきたので慌ててライラを抱え込んで避けた。


「青竜様はナチュラル思考なんだって。元人間の私のために、わざわざベットを入れてくれたんだよ」


始祖中クラスになるとナチュラル=自然の再現になるらしい。

た、確かに?天井に浮かぶ魔石は太陽並みに発光してるし、あちこちに池もあるし、飛竜もいるしな?


「いや、そうじゃねえだろ!」


「ちょっとずれてるよねえ」とまるで自分はズレていないとでもいいたげなライラが指差した先にはーーーなるほど、キングサイズの天蓋付きベットが置かれていた。池の横に置いてあるから違和感がすごい。

天蓋がめくれていて、子供の青飛竜が興味深そうに天蓋に首を突っ込んでいる。

尻尾をふりつつ天蓋の中を見回していたらしい子供の青飛竜。

しばらくするとひょっこりと顔を出した。

バッチリ目が合う。


「…」


青飛竜はまさかライラが見ているとは思わなかったらしい。

驚いたように硬直した後で、慌てて空に飛んでいった。


「あー、気つかわなくてよかったのに。あの子なんて名前か後で聞かないと」


近所の子供を心配する感じで喋るライラ。

…始祖竜にとって飛竜は子供のようなものらしいからな。ライラが始祖竜にならなければ多分一生使わない知識だった。

そうこうするうちに青飛竜がライラに挨拶するためか群がってきた。

俺は一応ライラの後ろに控えておく。


「ぐがあああああ!(多分飛竜の挨拶)」

「ぐるるるるる、ぐーが!(ライラの返事)」

「「「「「ぐー?ギャアアアああああ!(多分歓声)」」」」」


なんだこの部屋。

デニスは思考を半分放棄した。突っ込んでいたらキリがない。そもそも青竜の別荘ってなんだよ。

デニスはかろうじで半分残した冷静さを総動員し、飛竜との交流を終えたライラを問い詰める。ジョシュア様に怒ってるなんて聞き捨てならない。ついでにちょっと期待する。仲悪くなってくんないかな、俺が付け入る隙ができるくらい。

嘘だけど。


「ジョシュア様に怒ってるってほんと?」


ライラの表情が聖母のような大人びたものから、一気に年相応になる。

ジョシュア様のことを思い出したのだろうか。


「そうだった。私は怒ってるので家出することにしました!理由は、過保護すぎるから!!始祖竜なのに箱入り娘並みに二人が扱うから!」


普段やればジョシュアに絶対バレるので、ジョシュアが魔力あれで引きこもり、ミーティアウィーク関連の仕事で忙殺されるこの時期を狙ったらしい。

絶妙に計画的でタチが悪い辺りがライラっぽい。


「シリルとデニスを巻き込んだことは書き残してきたから心配はしても追いかけてはこないと思うんだよね」


顎に手を添えて渋い表情をするライラは、ジョシュア様と俺の両方に怒っていたらしい…。

え、ショックだ…ライラを悩ませてたなんて。


本気で落ち込み始めた俺を見て、ライラが頭を撫でてくれた。優しい。


「もっと信頼して欲しかった。あと、二人のことが大切だからこそ、知って欲しかった。私にも意思があるし、ましてや守られてばかりでいるのは嫌だってこと」


不満げにほんの少しだけ口を尖らせて、「何度言っても過保護が治らないから実力行使に出ました」とーーー拗ねた表情がレアすぎて「愛おしい」で塗りつぶされかける思考を必死で押さえつける。

落ち着け俺、これは真面目な話だ。ライラの意見をもっと尊重するように、帰ったらジョシュア様とも話し合わないと。


「デニスも置いてきたかったんだけど、未婚のシリルと二人っきりは外聞がまずすぎるからやめた★」という言葉は冗談であったと信じてるよ。


シャーロックや陳情令などブロマンスが大好きです

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