第二十一話 「デニスの寝顔アップしたらバズったわ」
ライラの家出二日目。
フランク王国の天気は晴れ。気温はいい感じ。
デニス=ブライヤーズはちょっと寝不足。
なんでかって?俺を振り回すのなんて九割型ライラだよ。今回も例に漏れない。
昨晩ライラとひとしきり話した俺は別の客室へ引き上げようとした。
当然だよな。ライラは人妻で俺は護衛騎士だし。
なのにライラが「広すぎて落ち着かない、一人は嫌だ」とごねやがった。
夜中になんてことを言うんだ、襲われたいのかと結構本気で咎めたのに鼻で笑われた。くそ、舐めやがって。
プレイボーイと呼ばれることも多い俺だがーーーうん、一応ライラの騎士だしな。俺はジェントルマンなんだ。
…本命には奥手だとか言うな。友人ポジションを手放したくないし、ライラもそれをわかっているんだ、やめろ、泣いてなんかいない。
自分でも情けないと思うが、彼女と徒競走できるほどの距離をとって寝床を作ったし、魔力灯を消した後もしばらくの間彼女の寝息に耳を澄ました。太陽とともに起きだしても天蓋さえ捲れなかった。…寝顔見たかったな。
何やら弄ばれてる感が否めないとはいえ、ライラといつも以上に一緒に過ごせるわけであって。
ライラを膝に乗せて赤魔石をバリバリと頬張る俺の機嫌は最高。
ライラのご機嫌はイマイチみたいなんだけどな。
今朝の彼女は天蓋から出てきたと思ったら水魔法で頭から水をかぶってビッショビッショになり、その後は火傷しそうな温度で全身を乾燥していた。…竜人って耐熱性高いのかな。
この雑すぎる身支度方法からも伺えるとおり、面倒くさがり屋の彼女だ。
そこまでで満足しちゃったらしく、絹糸のように流れる髪の毛はそのまんま。クリーム色の寝巻きから着替えることもなく俺が座っていたソファへとやってきて朝食をとり始めた。
王宮から持ってきたらしい黒魔石をハムスターみたくちびちびとかじりつつ、机(の代わりにしている石)の上で沈黙している魔力通話を睨みつけている。
「ジョシュアさまからの連絡まだないの?」
デニスが問いかけるとライラは唇と一線に引き結んだ。
俺だったらライラが目の前からいなくなったら慌てふためいてカーペットくらい燃やすだろうなとデニスは思う。魔力コントロールがおかしくなる気しかしない。鬼電するし、探し回るし、ともかく全身全霊で動揺してしまうと思うのだが…ジョシュア様はこういうところがある。
落ち着いているというか…諦めてしまっているというか。
そして、ライラも似たようなタイプなので、ちょっと物憂げに画面を見つめているだけで何も言葉にはしない。
だからーーージョシュア様のことなんて大っ嫌いだけど、俺はフォローを入れてしまう。
「ジョシュア様、心配してたよ。ライラのこと」
ライラの金の瞳に流れる魔素は見ものだった。
喜びの黒の魔素が弾けたんだ。
「俺だっていつも心配してるよ」なんて思考が頭をよぎり、思わずビターに笑ってしまったのはちょっと反省だ。
はっと我にかえったらしいライラの瞳から金色が消えてしまったから。すぐに取り繕ったように怒りの赤の魔素なんかを流している。瞳の魔素のコントロールができるようになったのは成長って言えるかもな。
「なんで心配してたとかデニスが知ってるの?ーーーというか、魔力通話返した時にジョシュアに言わないでって頼んだのに」
感情の鏡のようなライラの瞳。
100カラットのカナリーイエローダイヤより綺麗だと思う。
まあ、親しくない人には氷のような瞳を向けるんだけどさ。
俺はご機嫌ななめなふりをする彼女の頭を撫でつつ、「約束は破ってないよ」と付け加える。
「場所は言わずにライラが無事だってことだけは伝えた。ーーー書き置きだけじゃ、誘拐犯が置いていったかもって思うだろ?」
「確かに」とライラは納得したようで…ちょっと寂しそうに笑った。
ああ、その笑い方は好きじゃないよ。
「こんな…家出なんてしても、ジョシュアの心に響かないんじゃ意味ないね。わがまま王妃って言われるだけか」
…本当は、ジョシュア様が自分の魔力荒れが収まった時を見計らって城中を探し回ったりだとか、どこにもいないってわかって屋根に寂しそうに座ってただとか、騎士団を通してライラが喜びそうな情報は入ってきてるんだけど教えてやらない。
ジョシュア様は俺に妬けばいいよ。
ライラのためにも。
目の前のほんのわずかに空間が揺らいだのはその時だった。
ライラと俺は視線をあげる。
程なくしてリン、と転移魔法の音。
現れたのは両手いっぱいに買い物袋を抱えているシリル君だ。シリル君の服装は白シャツにジーンズ。黒い髪を隠す赤のキャップが童顔がさらに幼く見せている。…シリル君の服、魔素の素材でさえないんだが。普段から足りない気がする威厳が外出中だ。目つきが悪いのと顔色が悪いせいで国王というより文官見習いとかに見える。
(ある意味)完璧な変装のシリル君に抱えられたビニールじゃないところがフランスっぽいなとデニスは思った。紙袋の隙間からはフランスパンとかトマトとかがのぞいている。どうやら食料品の買い出しに赴いたようだ。この屋敷の周りに何もないように見えたが、どこまで行ったのだろう。
シリル君は俺たちの前の平たい岩に紙袋をどさどさっと置いた。
じゃがいもが一個飛び出したけど、シリル君は土がつく前に自分の手の中へと転移させていた。空間魔法ついでに彼専用の亜空間を呼び出してキャップを放り込んだりしている。使いこなせると便利そうだな、空間魔法。
「フランス語わからないせいで無駄にたくさん買っちゃった」とため息をつくシリル君は俺の横にどさりと座った。一人ぶん開けて。シリル君はパーソナルスペースが広めだ。
シリル君は袋から取り出したベーコンエピをかじりつつーーー二人して魔石をかじる俺たちをみて「人間らしいものを食えよ」と呆れ顔をしている。
「人間じゃないし」
ライラが真顔で返す。
シリル君が俺の方を見る。
お前は人間だろうって?
「魔素さえ補充しとけば倒れないから」
俺の返事にシリル君は満足いかなかったらしい。
わかりやすく眉を潜めた。
視線が俺の右手にある赤魔石に固定されている。…なんだよ、食べたいの?
食べかけの魔石を差し出したら引いた顔をされた。そんな反応するならもの欲しそうに見るなよ!
「ーーーえらい魔素濃度の高い魔石を食べてるから気になって。普通だったら酔うぞ…デニス、お前普段から魔石ばっか食ってんだろ」
その通りだと頷くとシリル君は「俺よりひでえ」と眉間の皺を深くした。
八つ当たりするようにベーコンエピを噛みちぎっている。パンクズがとんだ。行儀が悪い。
デニスにはいまいち自覚がなさそうだがデニスの生家ブライヤーズ家はいわゆる貴族家だ。パンを丸齧りする庶民感丸出しのシリルとは対照的なお坊ちゃんなのである。価値観の相違がありまくりな二人なのだ。
柔和な声でライラが、「デニスはもっと魔素濃度が高いのも食べてるよ」と二人の間に割って入らなかったら口論になっていたかもしれない。
デニスからのマナー講座を回避したシリルだったが、彼はライラの言葉を信じなかったようだ。ライラへ一瞥さえよこさずにベーコンエピの残りを口に詰め込むと、気怠げに腰を上げた。
「今デニスが持ってるのより魔素濃度が高いなんて…よっぽどの魔法使いの形見魔石くらいしかないだろ」
そう言って、シリルは再び買い物袋に手を突っ込んだ。
だから、見ていなかっただろう。シリルの言葉ーーー特に「形見魔石」に反応して肩をわずかに振るわせたライラのことを。
………え、俺って一体何を食わされてるの?
急に不安になって、思わず手元にある魔石をマジマジと眺めていたら、悪い顔で笑ったライラが手首を持って魔石を無理矢理食わせてきた。
はい、黙って食べます。マイクイーン。
うーん、いつもと同じ赤魔素の味。
もしゃもしゃと魔石を頬張る俺の前でいつの間にか魔素補給を終えていたらしいライラが伸びをした。
目の前に指先が来る。
ついでみたいに鼻先をくすぐられた。ふふふと笑ってしまう。
彼女も綻ぶように口元を緩ませていたがーーー彼女の薄い腹に回していた手をてしてしと叩かれた。
名残惜しかったが、俺はライラが解放すると、紫色の翼を広げてふわっと宙に浮かび上がった。窓から差し込む後光に照らされる彼女は本物の天使なのでは?
見惚れていたら、俺の天使がへたっぴなウインクをプレゼントしてくれた。
「魔素も回復したしもう一人連れてくる〜」
は?ちょっと待って、ウインクに悶えている間に耳が異常をきたした?
間抜けにも口を開けっぱなしにしている俺の横でシリル君がひらひらと手を振った。「ジョシュアに見つかんなよ」だって。
…どうやら幻聴じゃなさそうだ。誰か連れてくるつもりらしい。
と言うか、シリル君がすごく落ち着いている。この二人だけ打ち合わせ済みなのなんなんだ。
ちょっと疎外感を感じている俺を放置して、ライラはシリル君と俺に手を振って消えた。
鈴のような音。
転移したようだ。
どこへ?
一体誰を連れてくるつもりだ?
説明プリーズ!
事情を知っていそうなシリル君は手のひらよりも大きいクロワッサンを頬張っている。
サクサクで美味しそう…じゃなくて、誰がくるのか教えてくれ。
「フランスではクロワッサンってパンじゃなくてお菓子らしいよ」
すごく無関係な返答が返ってきた。
そうじゃなくて誰がくるのかアンサープリーズ。
相変わらず食べるのが下手なシリル君はズボンにいくらかこぼしながら三日月の形のパンを完食した。
そして指を舐めつつ…
「和国の子が気に入ったから連れてくるって言ってた」
ーーーと手に持った魔石を取り落とすくらいの衝撃の事実をもたらしてくれた。
和国の子って…紬様のことか?
「え、それって色々大丈夫なの?」
紬様って皇族だよな?
誘拐とか言って国際問題に発展したりしないの?
困惑する俺だったが、シリル君は心底興味なさそうに「そこまでは知らない」と返答を放棄しやがってくれた。おい、面倒くさがるな、プロイセン国王。
口を開きかけた俺に被せるようにして「ねえ」とシリル君が言った。
なんだ。
シリル君がふらりと立ち上がった。
ひょろりと縦に長い背中が右左と揺れて、三歩くらい歩いて止まった。
背中を向けたまま、シリル君は何故か「ごめん」と聴覚強化がなければ聞き取れないくらいの音声で言った。
あ、まただ。
魔石の赤い魔素が舌に絡みついてきて、部屋の奥から聞こえる滝の音は急激に大きくなった気がした。
青飛竜の親子がキュウキュウと鳴きあっているのが耳に響いてくる。
息をつめて肩甲骨が浮き出た白シャツを凝視しているとーーーシリル君がふっと笑った気がした。
平坦で、でもどこか温かい声が落ちてくる。
「昨日の俺、ちょっとおかしかっただろ?ーーーそんな警戒されると、俺も調子狂う。言い訳させて」
振り返った時のシリル君は二十六歳の顔をしていた。
いや、当たり前なんだけどさ。シリル君って童顔なのもあって幼く見えんだよ。
でも、俺を見下ろす赤い瞳のお兄さんはちゃんと年上の顔をしてた。
黙りこくる俺に向けてシリル君は丁寧に言葉を紡ぐ。
「昨日のお前がどうしてか前女王陛下に重なったんだ…無理しすぎて、倒れそうで。そのくせ完璧に笑っちゃうあたりとか…あと、何故か魔力もめちゃくちゃ似てた…」
お前髪も目も赤いしあの人にそっくり、なんて言われても困る。
元女王陛下は…その、俺らの因縁の相手だ。
人間だった時のライラの寿命を削りまくって、グレイトブリテンの黒竜の儀をめちゃくちゃにしようとした人。
でもシリル君にとっては、かけがえのない人だった。
正直言っていけすかない相手に似てると言われーーーしかも華奢な美女にだーーー困惑しきった俺を見て、シリル君は口元だけで笑った。
「やっぱり魔力が似てる…ごめんごめん。警戒すんなって。俺はお前のことを好きだって言ったりしないから、そんな身構えなくていいよ」
疑いの目を向け続けても、シリル君は涼やかな視線を返してくるだけだった。
ーーーどうやら、本当みたいだ。
ドッと息を吐く。
安堵のあまりに力が抜ける。
そっか、なるほど。
シリル君の気持ちが俺には手に取るようにわかるんだよなあ。
…遊び相手にも、銀髪だったり金色の瞳の子を選んでしまう。黒髪に金眼だとあからさますぎるから、人間だった時の彼女の姿ならバレないかななんてね。…不毛極まりないんだけどさ。
いや、今はそのことはいいんだ。
ああ、よかった。
俺の勘違いでよかった。
シリル君は兄貴分みたいな存在だ。
…人に好かれるのが苦手なんて贅沢かもしれないけど、でも、シリル君がそうじゃないって断言してくれて正直とても嬉しい。
「デニスはもしかしてプロイセン王家の血を引いてるのかもしれないな」
膝を抱えてニマニマする俺を見て、嫌そうに呟くシリル君。
すっかりいつもの調子に戻っていて、猫背でテクテクと歩いて部屋から出て行ってしまうーーーと思いきや、途中で足音が止まった。
シリル君にしては大声で、「その袋の中身」と呼びかけられる。
「好きに食っていいからーーー魔素だけじゃなくて、栄養もとって、お前は長生きしてくれ」
天気の話でもするみたいに言うから、驚いてシリル君の方を見てしまった。
でも、シリル君はすでに扉の向こうに消えかかっていて「長生きして」なんてうそぶく彼の表情を窺い知ることはできなかった。
ちょっと心配だなあ。
…でも、一人で考えたい時もあるよね。
俺がシリル君が買ってきてくれたやたらとうまいキッシュをナイフで切り分けていたら、遠くでジャレあっていた赤飛竜がわらわらと寄ってきた。
どう見てもシリル君がいなくなるのを見計らっていたとしか思えないタイミングだ。シリル君…竜の愛子なのに飛竜にも距離置かれてるの?人間だけじゃなく?
「い、いや、きっと俺がたまたま飛竜に好かれる体質なんだな!」
独り言にしては大きい声でデニスがひとりごちるとーーー
「きゅ!」
幼体の子が返事をしてくれた。かわいいので頭の辺りを撫でたらーーー他の飛竜が自分も自分もと言わんばかりに距離を詰めまくってきた。
俺が座るソファとテーブルを取り囲むようにして飛竜たち。1、2、3…全部で8体。こらこら後ろの方、紙袋に頭を突っ込むな。
八体がキャウキャウとひっきりなしに鳴くので、お腹が空いたのかなと思って鞄から魔石を取り出す。
突如現れた特大の赤魔石を見て、俺の髪の毛を燃やす勢いで喜んでくれる赤飛竜たち。
かわいいなあ、王宮の飛竜たちも魔石が好きなんだよな。
防御魔法を貼りつつ、魔石を砕いて八等分…にはならなかったけど、八個に分けた。先ほどから俺の膝に頭を乗せているちびすけに一番大きいのをあげる。
すぐさま魔石を丸呑みしてしまった幼体を見て、若そうな飛竜が不満の鳴き声をあげたのだが、他の大人に宥められている。
俺はキッシュ、赤飛竜たちは魔石を食したあと、いつの間にか膝の上に移動していたちびすけがすやすやと寝息を立て始めた。
…動けない。
しばらくの間ぽっこりと膨れた腹が上下するのを眺めていたら、デニスの方も眠たくなってしまったようだ。
そっと幼体を持ち上げて脇のクッションへと移動させたデニスは、猫のように背中を丸めてソファの上に横たわった。
「チビのこと潰さないようにしないと…頭の横なら、へいきだよな」
疲労が溜まっていたのだろうか。
すぐさま寝息を立て始めたデニス。
デニスにどかされてしまった幼体が途中で目を覚ましてわざわざデニスの体の上へと移動したりしている。仲良く寄り添うデニスと幼体の写真を勝手に撮っていった人間もいた。デニスは後から掲示板にあがっている自分の寝顔を見て頭を抱えることになるのだが…。
二、三時間眠っただろうか。
デニスはあたりが何やら騒がしいことに気がついて目を覚ます。
ソファから体を起こすと腹の上で寝ていたちびすけが転がり落ちた。
ソファにワンバウンドして地面へと放り出されている。
「わ!ごめんな!」
幼体は頭から落ちていた。ヘニョりと翼をしおらせ、若干涙目な赤飛竜。
のそりと起き上がった幼体の赤竜は、小さな鳴き声をあげて宙へと飛び上がった。デニスからわざとらしく顔を背けているあたり、怒っているようだ。
パタパタと背中の翼を動かして遠ざかっていく赤飛竜だったのだがーーー途中で不自然な発光が起きて突如デニスの視界から消失した。膜でも通過したみたいだった。
「なんか、ある…?」
デニスは不審に思い目を凝らす。
そこで、ようやく自分を取り囲むようにして見覚えのない魔法反応がすることに気がついた。5メートルほど先から向こう側が曇りガラスの様に見えづらくなっている。ドーム状の魔法の中にいるようだった。
ーーー防音…だけかと思ったけど、違うな。防音プラス反射魔法が貼られてる。
靴を引っ掛けて魔法に近寄っていくデニス。
赤飛竜の反応を見るに(躊躇いなく突っ込んで通過して行ったし)危険なものではないだろうとあたりをつけつつ恐る恐る触れてみる。
「うわ…エグい性能だなこの魔法」
押し返すような弾力がある、膜みたいだった。デニスの魔力に反応してうっすらと浮かび上がる古代文字が非常に幻想的だ。
才能の無駄遣いにしか思わずため息が出てしまう。さっきのジャガイモを救った転移魔法といい、シリルは何気なく天才魔法使いさを見せつけてくる。
「転移魔法に…ソートの部分には探知魔法まで組み込んであるのか?わけわかんねえ…」
触れた感じから、固有魔法のオンパレードであることだけはデニスにもわかった。でも、それだけだ。使うどころか理解さえ追いつかない代物だった。
デニスにだって「全てを遮蔽する」反射魔法ならなんとか貼れるだろう。しかし、シリルが使ったこのデニス専用の「天蓋」はレベルが違う。空気とか温度とか必要最低限なものだけ通す親切仕様なのだ。どうやって高度な選択基準を魔法行使時に組み込むことが可能にさせたのか…。
デニスもある程度腕に覚えがある魔法使いだ。
だからこそ嫉妬してしまう。天才はいるのだ。しかもこんなに身近に。
こんな高度で面倒臭いことをやってのけるのなんてシリルくらいしか思いつかない。どうせプロイセンでの引きこもり用に開発したのだろう。
「確かにおとといから全然寝れてないけどさ」
要らぬ気遣いなのに…シャロンが余計なこと言ったからシリル君に心配されまくってるじゃねえか。
おかげでデニスは「天蓋」を出て衝撃を受けることになる。
「なんか、増えてる…」
まず、ライラが帰ってきている。護衛対象がいる目の前で寝こけてしまった…ちょっと後悔。
そしてライラの横には全身が彫刻のように整った長髪のニュート…いや、フィメルか?全身醒めるような青色の色彩を持ったその人物はライラに向けて親しげな笑みを浮かべている。
誰だ。まるで、始祖竜みたいな魔力なんだけど青竜さま本人か。
少し離れた芝生の上には三角に膝を立ててつまらなそうに魔力通話をいじるシリル君。…すぐそばで所在なさげに縮こまっている紬姫に話しかけてあげる優しさは持ち合わせていなかったようだ。本当に連れてきちゃったんだな…。国際問題にならないといいけど。
デニスが駆け足で近寄っていくと、ライラと青髪の(聞こえてきた声の感じ多分)フィメルが振り返った。
「あ!起きたんだ!よく眠れた?」
「う…申し訳ありません、客人がいらしたのに情けない姿をお見せして…」
ライラの前に跪いて謝罪を始めたデニスは紬姫の助けを求めるような視線には気付いていないようだ。
デニスの謝罪を「気にし過ぎ」と笑って流したライラはデニスを引っ張り上げると隣のフィメルを紹介してくれた。
「この人は青竜!だいぶやばい人だから下手に刺激しないでね」
やっぱり青竜なのか、というかやばいってどういうことだとデニスが硬直している間に、なぜか、そのやばい人がデニスを凝視してきた。
サファイヤのように深い青に射抜かれてデニスは思わず息を止めた。
威圧されたわけでもないのに、デニスは一歩も動けなかった。
デニスは本能で彼女の強さを理解したのだ。
デニスが今まで見てきた始祖竜たちと違って青竜の魔力は生き生きとしていて若さがあった。
最盛期の始祖竜に叶う生き物など存在しないのだ。
「逆らわないこと」が最善の選択肢になる。
多分一分くらいだったがデニスにとって無限に感じられた時間の後で、青竜はデニスから視線をライラへと戻した。
続いたのは寂寥をにじませた小さな呟き。
「ーーーほんとに、赤のやつは死んだんだね」
…なぜ俺を見た後にその感想が出た。赤ってなんだ?死んだっていうくらいだから先代のプロイセンの赤竜様か?
どうにも脈略がない発言に思え混乱するデニスだったが、ライラはのほほんと「そうだねえ」なんて頷いている。
「私が代替わりしたように赤竜さまも次代が出てくるんだろうねえ。ーーーシリルは毎日必死になって探してるし」
「ねえ、シリル?」とライラが呼びかけたのでシリル君に視線が集まった。
しかし、シリル君は手元の画面を覗き込んだままだ。
ーーー絶対聞こえてただろ!ライラを無視するな!
憤る俺と違って寛大なライラはシリル君の子供じみた態度にも穏やかに笑っていた。聖母のようだな、ライラは。
「やばいやつ」らしい青竜さまはシリル君とライラを交互に見た後で、恐ろしいほどに綺麗な笑みを浮かべた。ジョシュアさまを彷彿とさせる人形のような表情だ。
「おまえたちの魔力は綺麗だな。」
…俺を見た感想といい、この青竜さまは会話のキャッチボールをする気が一切なさそうだ。
ライラは青竜の独特の会話のテンポにも慣れているのか楽しそうに瞳に魔素を流している。
「青竜さまの魔力も綺麗ですよ」
自分と同じ始祖竜の前だからだろうか。キラキラっと流れ星のように光る瞳にこちらまで笑みが浮かんでしまう。楽しそうだ。
青竜さまが愉快そうに目を細める。
そしてーーーなぜか青竜さまは歌い始めた。
この方はミュージカル俳優かなんかなのか!?
「真っ赤な怒りと深い悲しみ。
君らの魔力は綺麗なの。
絶望の青…もっともっと戻ってこれなくなるくらい絶望してほしいなあ。
聞かせておくれ。何がそんなに嫌だった?
憤怒の赤…許せないのは誰?復讐はした?
聞かせておくれ。何がそんなに嫌だった?」
はい、ここでアモーレライラから新情報です。めちゃくちゃ聞きづらいこと突っ込んでいくじゃんと引いている場合ではないです。
青竜さまの趣味は物語や詩を書くことだそうです。
昔は人間に混じって作家の真似事をしていたが、注目を集めすぎてしまい始祖竜だと民衆にバレかけたんだとか。
「シェイクスピアは…センスが良かったからちょっと目をかけてあげたよ」なんてブリテン繋がりで思い出した知り合い風に語られると反応に困るんですが。
ライラもライラで「もう、青竜さまったら」みたいな軽い感じで応対していく。
「いつの時代のグレイトブリテンの話をしてるんですか。彼はずいぶん前に他界してますよ?」
「そっか、人の寿命は短いねえ」じゃないいんだよ。頷き合うなそこの始祖竜二人。シェイクスピアを「彼」で片付けないでほしい。
「ボク人が怒ったり悲しんだりするのが好きなんだあ。」
ーーーとトンデモ発言をしながら青竜さまはライラの横を離れてシリル君へと詰め寄って行った。
「前にも会ったねえ、赤の愛し子。魔力がいい感じに歪んでるねえ。いいねえ、最高だねえ」
「はあ」
至近距離でこんな会話を交わす二人。
巻き込まれてはたまらないといった風に紬姫が避難してきた。
正解な判断だと思う。でも、ここが安心なのかは疑問だぞ?
「何がどうなってるんですか…!!」
涙目で睨まれても困る。俺もよくわかってないんだ。
いつの間にかライラを抱え込んでいるデニスが青竜しか視界に入ってなさそうなライラの袖を引いている。ライラの始祖竜好きは人間時代から大して変わっていないようだ。
「ライラ、お前が連れてきたんだろ。説明してあげなよ」
ここで、紬さまがギョッとしたように俺を見た。
ーーーあ、やべ、護衛騎士っぽい喋り方するの忘れてた。
しかし、ライラの方はもう隠す気もないらしくグデーっとデニスにもたれかかってきた。デニスは嬉しそうに「疲れちゃったの?」なんて笑いかけつつ、片手でライラを抱え上げている。
「な、な、え?へ?」
単音しか発しなくなってしまった紬さまを見てようやくライラは「あ、ちょっと不味かったかな」と言いたげな顔になった。
「デニス、言い訳…しといて」
ものっすごく雑に命令すると、ライラは青竜さま観察に戻ってしまった。
デニスはやや困ったように頰をかいている。
チラリと斜め右下に視線を向けてーーーはにかんでいる。
「護衛騎士なんですけど…女王陛下とはともだちみたいな感じなんです」
タイトル追記→デニスは盗撮写真をネットに挙げられるのが大嫌いです。
でもひとりだけ何をしても怒られない子がいます。
…誰だかわかりますよね?




