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第7章 勇者たちの再興。もうひとつの10・19〜①〜

 大学生の星野信之(ほしののぶゆき)との急造コンビとして出発したダブルジェネレーションとして、新しいネタを披露した佐藤は、その翌日、いつも、たまり場として利用しているショッピングモールつかしんではなく、電車で二つ隣の駅にある西宮ガーデンズに向かっていた。


 トライアスロンの新ネタを披露したあと、つかしんで知り合った松永博美(まつながひろみ)の娘・真美から、


「練習でも、めっちゃ面白かった! また新しいネタが出来たら見てみたい!」


と言われたことで、自分の幼少期の出来事を思い出したからだ。


 レンタルスタジオを退出する際、


「あのコの言葉は染みるな〜。島野さんも、こんな気持ちやったんやろうか……」


不意にそうつぶやくと、そばにいた星野が即座に反応する。


「ん? オッサン、島野さんって誰?」


「いや、気にせんといてくれ。ただの独り言や」


 佐藤は、そう言って、新しい相方の言葉をはぐらかした。


 そうして、他人には明かそうとしなかったものの、小学生の女児が発した言葉は、彼の幼き日の記憶を呼び起こすには十分だったのだ。


(そう言えば、ブレーブスが身売りしたのも、オレが、あのコくらいの年齢やったな……)


 幼き日に父と何度も歩いた西宮北口駅から球場へ至る道をたどりながら、佐藤はその頃を振り返る。


 いまや、県立文化芸術センターや公民館などが入居するビルが建ち並び、文化的な薫りが漂うようになった駅の南側周辺には、かつて、ここに野球場が存在していた痕跡をいくつか残していた。


 その残像の一つが、日本有数の集客を誇るショッピングモール、西宮ガーデンズの1階エントランスに至る東西の道路はいまだに「球場前線」、球場前線を南北に横切る津門川にかかる橋は「球場橋」、めったに遮断器が降りることのない踏み切りにも「球場前踏み切り」の名前が残っており、これらのプレートを大型商業施設の少し西側で拝むことができる。


 さらに、残像の二つ目は、ガーデンズの北側にある公園の案内プレートなのだが……。


 その金属板のプレートに書かれた文字は、それほど古くないにもかかわらず、はやくも消えかけて満足に読み取れなくなっていた。


(どこの広告会社のやっつけ仕事やねん……)


 佐藤は、このプレートを目にする度に、独りごちることが習慣のようになっている。

 そのまま、ガーデンズのエントランスを通りすぎ、モールの巨大な建物を囲む道(この道の球場型の湾曲ぶりこそ球場の名残でもある)を少し東に進むと、きらびやかなショッピングモールの隣にあるにはあまりに渋すぎる喫茶店が見えてくる。

 

 この喫茶店「ひさご」が、残像の三つ目だ。


 西宮北口スタジアムで、デーゲームの観戦が終わったあと、この店で父と食事をとるのが、小学校低学年の頃の佐藤のルーティーンになっていた。


 彼が、初めてブレーブスの応援に訪れた頃、父親にこんなことを言った記憶がある。


 「お父ちゃん、今日の野球、おもしろかったな! でも、僕は、ブレービーがいちばん面白かったわ! 明日も、ブレービーを観に連れて来て!」


 父は苦笑いしながら、答えた。


「よっしゃ、まかせとけ! 明日も、明後日も、ブレービーを観にこよう! ―――ただし、お母ちゃんが許してくれたらな」


 こんな会話を交わしていた幼い頃の佐藤も当時の父親も、知るよしも無かったのだが……。

 この小さな喫茶店は、西宮球場があった頃、全盛期の阪急ブレーブスの選手の溜まり場だったことで、つとに有名だった。


「米田や足立が球場入り前に90円のホットをすする。長池が新聞を広げ、森本や大橋もカウンターで肘をつく。そのままオーダーが組める顔ぶれだった」


 これは、阪急ブレーブスの栄光を記した中央公論新社刊『阪急ブレーブス 勇者たちの記憶』にある記述である。


(まさか、この店に試合前の選手が集まってたとはなぁ……)


 佐藤や父親が、選手たちが集っていた名残を感じなかったのも、無理はなく、この店の店主は、「(試合前で)心を落ち着かせてほしいから」選手にサインも写真も、せがんだことはなかったらしい。


 当時の試合で、もっとも佐藤の記憶に残っているのは、ブーマーの場外弾だ。


 渡辺久信から放った162メートルの特大弾は、夜空に高々と舞い上がり、レフトスタンドの上部にある屋根を超えて、はるか球場の外に消えて行った。


 球場の外周だったガーデンズの建物をぐるりと半周する間、佐藤に幼い頃の記憶が鮮明に蘇ってくる。


 ブーマーが、応援する子ども会に向かって笑顔で手を振ってくれたこと。

 山田久志の美しいサブマリンのフォームに、二塁ベースに向かって走り出す福本豊の姿―――。


 当時、一塁側応援席には小さな舞台があり、そこに乗って声を張り上げた記憶もある。


 日本一のラッパ隊と呼ばれたトランペットのおじさんや団旗を翻す方、ダミ声の応援団長の今坂さん。

 みんなで大声をあげ、それぞれの選手の応援歌を歌った。


 なかでも、父親に語ったようにブレービーは、小学生の佐藤のお気に入りだった。


(ブレービーがいなければ、その後のトラッキーや、ドアラ、つば九郎の活躍も無いやろう……)


 それが、ブレーブスファンだった佐藤の想いだ。


 西宮球場―――いや、ガーデンズの南側の駐車場近くにある阪急ブレーブスこども会30周年記念碑を懐かしく感じながら、佐藤は、モールの建物内に足を向けた。

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