第16話:動き出す準備、動かない心(後編)
放課後。
俺たちは旧校舎裏の訓練用スペースを借りて、チーム先の練習に取りかかった。
本番は2週間後。
それまでにちゃんと形にしないといけない。
正直なところ、俺はともかく他の3人は学年トップクラスの能力の持ち主たちである。
楽勝だろうと思っていたのだけれど――
「まずは連携確認からですね。簡易演習で各自の動きと役割を擦り合わせましょう」
さっそく渚が指揮を取ってくれる。みそぎちゃんさえ持っていなければ本当に安心して頼れる存在だ。
持ってきてるけどな!
相手は見ただけで戦意を失うであろう。
俺の戦意もだが……。
しかし上手く行きそうな雰囲気はそこまでだった。
「ボクは自由に動くから、後ろはよろしくね~」
鈴音が手をひらひらさせながら、説明も聞かずに勝手にフィールドの端へ走っていく。
「お、おい、鈴音! せめて段取りだけでも聞いてからの方が」
「だいじょーぶだってー! 空気読むから!」
「風だけに、ですか?」
渚が苦笑する。
「大丈夫かよ、ほんとに」
そうして、訓練用のダミー人形(謎の原理でちょっとだけ動く)を相手に訓練を開始したのだが――
案の定、自由奔放な鈴音の動きに、後衛陣は混乱。
渚の詠唱がタイミングを外され、楓の動線に被るように突っ込んだ鈴音が跳ね返される。
「わわっ!? 痛ったー! なにこの土の壁」
「魔法攻撃への防御壁です。集団戦ではまず一斉砲火に備えなければ……。」
「うわーん、冷たっ!」
「あっ、ごめん鈴音ちゃん!」
今度は鈴音が渚の出した撹乱用の水霧に突っ込む。
お前が撹乱されてどうするんだ!
そんなこんなで、開始5分で全員の動きがバラバラになり、チームとしての体をなしていない事実上の“戦術崩壊状態”に。
つまりそれぞれが勝手に戦っているだけという有様だった。
それから2回ほど試してみたがまるで改善の兆しも見えず……。
「……今日は解散するか」
「承知いたしました」
珍しく疲れ切った顔の楓。
「異論ありません……」
渚は大きなため息をつき。
「はー、やっぱ最初はうまくいかないねぇ!」
鈴音だけはいつも通りの飄々とした言葉。
しかし言葉ほどにはどこか余裕の感じられない表情をしていた。
夕日が差し込む中、訓練は“全員散々だった”という結論で幕を閉じた。
「主、わたしは買い物に行ってから帰宅致します」
「いつもありがとな」
「私は図書館で少し調べ物をしていきますね。お先に失礼します」
渚も静かに礼をして、去っていく。
気がつけば、フィールドには俺と――鈴音だけが残っていた。
沈みかけた太陽が、校舎の屋根にかかる。空は茜色。
「ふー……散々だったねぇ」
鈴音が、ごろんと芝に寝転がった。
「お前が自由すぎるんだよ……」
「それが個性ってやつでしょ? チームプレイに慣れてないだけ~」
「まあ……否定はしないけどさ」
「ま、ボクに合わせられないみんなの方が問題では? なーんて!」
言うだけ言ってから、こっちをちらっと見る。
冗談だとわかってても、反応に困るやつ。
少しの沈黙。
夕日が目に刺さる。風が涼しい。
「なあ、鈴音」
「んー?」
「焔理の誘い、断ってよかったのか?」
ぴく、と鈴音の眉がわずかに動いた。
「さっき、お前のこと誘ってたろ。すごく……本気っぽかったし。なんかこう、見てて、気まずかったというか」
「ふふ、気にしてくれたの? ゆーゆーってば、やさし~」
「いや、そういうんじゃなくて。……でも、なんか、気になったんだよ」
鈴音は、空を見たまましばらく黙っていた。
その横顔は、笑ってるようにも、どこか遠くを見ているようにも見えた。
「……昔はよく一緒に練習してたんだ」
「練習?」
「うん。ボクとえりえり、火と風で相性悪いけど、それがかえって面白くてさ。ぶつかり合いながら、なんか気が合うっていうか」
「今はもうやってないのか?」
「うん。途中で終わっちゃった。ボクが勝手にやめたんだけどね」
「……なんで?」
「それは――ひみつ♪」
振り返った鈴音は、いつものふざけた調子だった。
けど、目だけは笑ってなかった。
「いい女は謎が多いものさ」
「自分でいうかね」
俺が呆れた調子でツッコミをいれると、鈴音は小さく目を伏せ、もう一度ぽつりと呟いた。
「……えりえりだって悪いんだ」
その声は、聞かせるつもりはなかったのか、それとも聞こえても良かったのか。
2人の関係は単に疎遠になったとかではないらしい。
「――帰ろっか? そろそろお腹すいた~」
「……ああ」
スキップ気味に歩き出した鈴音の背中を見ながら、
俺は、彼女の“風”の中に少しだけ、火傷の跡みたいなものを感じていた。
――その夜。
一日の疲れがどっと押し寄せて、俺はベッドに沈み込んだ。
「……これなんとかなるんかな」
頭を抱えたくなるほどのチームバラバラ具合。
まだ練習は始まったばかりとはいえ、今のままじゃ予選すら危うそうだ。
「この連携の取れなさだと、俺マジで集中攻撃食らって烏丸に焼き殺されんじゃないの……」
そんな独り言が、部屋の静けさに溶けた――その時だった。
「まったく、その通りですね」
「……って、うおっ!?」
俺が跳ね起きると、そこには当然のように銀髪の少女――ニャルが、無表情で立っていた。
「勝手に入ってくるなって、何度言えば……!」
「監視対象の動向把握は基本です。あなた方の訓練中、烏丸焔理のデータ収集に努めました。初期報告書はこちらです。ありがたく受け取ってください」
バサッ。
ニャルが出したのは、妙に分厚い一冊の紙束だった。
「多っ!? ていうかこれ、本なの!?」
「今日、過去の大会についてリサーチした後、
彼女が1人で練習している姿を観察し、訓練内容、認識速度、戦略行動指標、そして感情変動曲線まで含めて、80ページに圧縮しました」
「えっ! 今日だけの観察で感情まで計られてるの!?」
「問題ありません。感情の可視化は、視線の収束角度と呼吸リズムの組み合わせでおおよそ推定可能です」
いや怖すぎるだろ。
「観測中、彼女は一度だけ論理魔法を使用。“これで焼き尽くしてやる”と叫びながら、4語詠唱を開始。構文は【魔力誘導・炎柱昇華――《焔昇陣》】でした」
「聞いただけでヤバそう……」
しかも焼き尽くされる対象ってあれだよな。
俺……。
「当然です。彼女は火属性の学園最高峰。3語詠唱の一歩手前の領域におります」
3語手前って……。
授業で言ってたけど2語が現実的な限界って話だぞ。
2語詠唱がこの世界のトップクラス。
あの鈴音ですら4語なんだぞ……。
学生でもう完成しつつあるじゃん。
「観測結果からすると、おそらく対象地点に約半径3メートル程度の火柱を立てて、範囲内を焼き尽くす魔法です。対象となった樹木は灰になってました」
「ええ……」
そんなん食らったら死んじゃわない?
「お察しの通り、識域拡張による防御演算が未熟だとふつうに死にます。楓や渚、鈴音は喰らってもすごく痛いくらいで済みますがあなたは――」
「よし、出場を辞退しよう」
俺が頭を抱えると、ニャルは少しだけ間を置いて、ぽつりと呟いた。
「……ですが、勝利の可能性はゼロではありません」
「えっ?」
「“弱い者の方が変化が大きい”という、当たり前の統計論です。ただし、実践するには犠牲も伴いますが」
俺は思わず、視線を落とした。
今回はタイマンじゃない。
チーム戦だ。上手く連携さえ取れれば……。
俺は鈴音と焔理の関係をよくは知らないけど、ここで俺が逃げると2人は仲直りできないんじゃないかという雰囲気がある
「……やるしかないかぁ」
「そうですね。あなたが戦いから逃げるのはあなたの自由です。でも、“鈴音がどう受け取るか”という問題からは逃げられませんからね」
ニャルは底意地の悪い笑みを浮かべて俺を見た。
「ちなみにもし仮にあなたが逃げずに対抗戦に参加しても、チームが焔理に敗北した場合、すべて“ご主人様(嘲笑)”のせいとなり、あなたの学園での立場はさらに低下します」
「まだ下がるの!?」
「マイナス評判には限界がありません。負の連鎖に終わりはないのです」
「……呪いかな?」
「ま、死なないように頑張ってください」
それだけいうと、ニャルは紙束を残して姿を消した。
どうやらおねむの時間らしい。
昔はわたしには睡眠など必要ないとか言ってたくせに。
やはりニャルがバグってるのは夢じゃなくて現実なのでは……。
俺はため息を着くと、ニャルが残した分厚い資料に視線を落とした。
練習はする必要があるとしても、焦っていきなり強くなるわけではない。 まずは情報収集に努めよう。
やれるだけやってみるさ。
俺は、資料を掴んで机に向かうと、静かに中身を読み始めた。




