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20-混沌とするプラザ

「ネットワークの掌握率は……そこそこだな。まあキリキリ働けとも言わんさ、俺は。ノンビリやるといい」


 ターミナル制御室。プラザの全セキュリティがコントロールされるその部屋で、半笑いの声が響く。

 壁一面のモニターを前に忙しくタイピングする犯罪者。その背を見て、“その男”は肩をすくめた。


「貴殿らにユーモア溢れる返事は期待してなどいなかったが。これではちと寂しいな」

「フォトニック・ヴェインの掌握率が50%を通過。ドローンを使った攻撃が可能」

「マグニフィセント! どうだ、日本のスシでも祝いに……」

「黙れ、サンシューター」


 サンシューターと呼ばれたその男は、ションボリと肩を落とす。

 が、すぐにその胸の無線機が鳴った。


「もしもし、レオか? こちら傷心のサンシューターだが、少し話を……」

《サンシューター、“銀の怪物”がショッピングエリアに向かいました。迎撃を》

「ほほう、これで退屈の慰みもできるというもの!」


 打って変わって喜色満面の声色で、サンシューターは背後の“何か”を持ち上げる。

 小型の大砲じみたそれは、スナイパーライフルだ。微調整されたスコープに、手ずから長さを調整されたバレル。愛おしそうに指を這わせ、ため息を吐く。


 そんな究極的な暴力の化身を担ぐと、狙撃手は笑った。


「今度の獲物はどんなモノか、少々遊んでもらうとしよう」



『……』

「……」

「……」


 一言も喋らず、俺たちは薄闇が包むショッピングエリアに到着していた。

 互いに目配せしあって、物陰に身を潜める。商品テレビが薄暗く照らす向こうで、動く気配があったのだ。


「……なあ、聞いたかよ。“銀の怪物”の話」

「ああ聞いた。要はレオ様とか、ヴェニーノ様みたいなことだろ? ただの銃でなんとかなんのかねぇ」

「スポーツエリアの連中はやられたらしいが、助けに行かなくていいのか?」

「バカ、連中がやられたから俺たちがここを守らないとダメなんだろ。“ターミナル”を取られたら何人逃がしちまうやら」



 見える敵は、4人。やれる、と思って腰を浮かせると、白鳥が制してきた。

 ヘルメット越しに目が合う。首を横に振るその顔は、確信に満ちている。


「……で、こっちの人質はいつ殺すって?」

「殺さねーよ、バカ! 聞いてなかったのか? このエリアの客は生かしとくんだよ」

「ああ、そんな話だったかよ。ケッ、回りくどいことだぜ。見張りの時の啜り泣きがうるせーのなんの」


「……ターミナルの掌握時間を少しでも長引かせるためね。ショッピングエリアの客は人質として利用するんだわ」


 白鳥の囁きで、ようやく腑に落ちる。なぁるほど、腐るほどいる客で役割分担ってか。

 あまりにも邪悪すぎない? やってることが外道のそれなんだけど。


「……このまま人質の場所まで喋ってくれれば良かったけど、そう上手くはいかないわね……」

『ここまで分かっただけでも十分だろ。あとは俺が……』

「ダメよ。人質を解放しようとするなら、一瞬で済ませないと」

『……じゃ、どうすりゃいい』


 白鳥はしばらく目を瞑っていたが、やがて開いた。


「……私が、人質として連行される。そして、他の人質たちと合流する」

『ダメだ』

「む、む、無茶でしょ……」

「いいえ。やるわ。上手くいけば、貴方たちは隠れたままでいられる」


 覚悟を持った言葉だ。その眼光に、思わず圧されそうになる。だが……。


『……震えてる。怖いんだろ、ムチャすんな』

「ッ……」


 白鳥は顔を歪め、自分の腕を握る。昨日人質に取られ、殺されかけた人間が……もう一度、人質に戻る。

 その発案の勇気だけでも、皆が白鳥を認めるだろう。だがそれ以上は、負担が大きすぎる。


「……じゃあ、貴方たちはムチャしていないの?」

『……それは』

「……」


 そりゃ、俺だって怖い。いくらアーマーがあっても、相手は殺す気でくる。この鎧が無効化されて死ぬんじゃないかと、攻撃されるたびに思う。

 篠原だって、死ぬほど怖いに決まってる。俺のようなアーマーすらない状態で、銃を持った敵に立ち向かうなんて。


 何も言えない俺たちに、白鳥は毅然とした口調で向かい合った。


「私も、逃げない。自分が信じたことを、ここで貫き通すわ」

『……分かったよ』


 色々言っても、無駄だろうな。白鳥の頑固さは折り紙つきだ。

 それに、実際に人質を盾にされれば、俺も何にもできなくなりそうだし。


『何かあったら、絶対助けに行くからな』

「……わ、私も。ターミナルを、ハッキングして……助ける。ひとりに、しない」

「……ありがとう。絶対、皆を守ってみせるから」


 少しだけ微笑むと、白鳥は立ち上がった。そして、震える足で歩き出す。

 強い奴だ。……俺たちも、グズグズしては居られない。


『篠原、動くぞ。ターミナル制御室を目指す』

「う、うん」


 一層固まった覚悟を胸に、俺たちも行動を開始した。



《レオ様、ショッピングエリアで人質が1人漏れていたようです》

《漏れていた? どういうことです》

《その……女子高生がひとり、逃げ遅れたと言って俺たちのところに》

《……他と同じく、フードコートに閉じ込めなさい》

「際限なく増えるな! 人質は多ければ良いというモノでもなかろうに」


 覗いたスコープのツマミをいじりながら、“その男”は笑う。

 ショッピングエリア、上階。吹き抜けを見下ろすエスカレーターの傍で、スナイパーライフルを片手に構える存在があった。


《黙りなさい、サンシューター。“銀の怪物”は発見したのですか》

「いーや、まだだな。そもそも、この遮蔽の多い場所に俺を配置するというのが、なんとも」

《黙ってターミナルを封鎖し続けなさい。……ネットワーク掌握率は?》

「監視カメラを使えるほどではないから、こうして苦労しているんじゃないか」


 チラと階下を見るサンシューター。ポニーテールのうら若き乙女が、銃を突きつけられてフードコートに連行されるのが見える。

 フードコートの電気も切られ、薄暗い場所に呻き声や啜り泣きが満ちるのみ。


「全く辛気臭いじゃないか、ええ? シンジカートの“儀式”は、皆こうでないとダメなのか?」

《あなたの口数を減らすのには、あと幾らほど積めば良いのです?》

「これはしたり……ム?」


 その時、サンシューターは身を乗り出した。スコープを覗き、目を瞬かせる。

 銀色の、反射光。レティクルの中心に据え直せば、それは一階商品棚の影に見える金属的な光沢だ。……間違いない。


「……こちらサンシューター。どうやら、見つけたな」

《本当ですか》

「ウム。“ターミナル”狙いかとも思ったが、違ったようだ。制御室への通路を目指してはいない……殺すかね」

《無論です。早急に殺処分を》


 許可が下った瞬間、サンシューターの口は大きく歪んだ。

 笑みと呼ぶにも恐ろしいその表情で、彼は商品棚に狙いをつける。


 超大口径スナイパーライフル“エクリプス”。初速1200メートル毎秒を超える弾丸は、当たればトラックもペシャンコにする。並一通りの銃弾を無効化するアーマーとて、オモチャのように砕けるだろう。

 電磁加速の理論を応用したこの銃は、前に立って生き残った人間などいない。


「さあて、怪物殿。お手並み拝見」


 標的の死を確信しつつも、サンシューターは期待せずにはいられない。

 生き残るのではないか。しぶとく足掻いてくれるのではないか。狩りの楽しみを、引き延ばしてくれるのではないか……。


 だが、引き金を引く瞬間、彼はある意味醒めていた。


 何度こんな期待をしてきたんだか。どうせ死ぬ。



 あたりの空気が爆発するような銃声と同時に、商品棚が粉々になった。

 恐るべき威力に、着弾点近くの柱が焼け爛れ、折れ崩れる。真っ赤に溶解していくのは、床に散らばった商品だ。


「アチチ、アチ。ジャジャ馬め」


 あまりのエネルギーで焦げつく銃身が、スチームを吐いて排出される。


 そして、肝心の標的は……


「……ム?」


 肝心の、標的。銀の怪物は、弾が当たった脇腹を痛そうに抑えて、苦労しながら起き上がった。

 そして、サンシューターを見る。バイザーから漏れる光が、スコープ越しに狙撃手をとらえた!


「なんと!?」

《どうしたのです》

「当てたぞ!? 当てたが、ワッハッハ!! 生きてる! マグニフィセント!!」


 カートリッジ式銃身、淀みなく再装填。即座に引き金。

 プラズマをまとって飛ぶ弾丸を、“イカロス”の狙撃手であるサンシューターは見ることができる。その弾が、仕事を果たそうと飛んでゆく。


 その弾丸をしかし、“銀の怪物”も見ている動きだ。避けれないまでも、アーマーに角度をつけ、弾く!!

 赤熱するアーマー、よろめく怪物! 代わりに受けた床が、円く溶けて飛び散る!


「仕留め切れん」


 自動排出、遅い。イライラとバレルを取り出す自分を見出し、彼は笑った。仕事がある。楽しみはあと。それが社会人だ。

 無線機を取り、叫ぶ!


「こちらサンシューター! ショッピングエリアの人員は時間を稼げ! 化け物狩りだ!」


 人質を使う? 全くもってナンセンス! そもそもショッピングエリアの客は殺すなと命令したのは“レオ”、今回の作戦指揮官ではないか!

 だからこそ、怪物とヒリつく狩りが楽しめるというもの!  


 シンジカートの構成員が、湧き出す! フードコートから、食品店から、家電コーナーから、そして2階、3階から飛び降り始める!


 銀の怪物は手近な者から殴り倒し、蹴り飛ばし、それでもサンシューターを警戒している。

 まるで野生動物のような、素人丸出しの動き! 戦いながら隠れることもできんとは!


「全くお前は、最高だ! 総員で囲め、囲い込め! 注意を散らせ!」


 打ち寄せる波の如くに、“怪物”に次々かかってゆく構成員たち。一人一人は弱いが、無視はできない。

 もし跳躍でショートカットしようとすれば、身動きの取れない空中でただちに射殺するものを。だが銀の怪物は中途半端に用心深い。それがサンシューターを昂らせる!


 3発目!! 発射された弾丸は、弾道を遮る構成員を粉々に吹き飛ばす!

 貫通弾を、辛うじて躱す怪物! 信じられないとでも言いたげな視線が、チラリとサンシューターに届く!!


「チチチチ、甘い甘い。俺たちのようなハゲタカに、仲間意識などあるわけなかろう」


 エクリプスの心地よいスチーム音を聞きながら、サンシューターは徐々に慣れ始めていた。

 視線一つで気持ちが伝わるように。


 この怪物の動きが、心が、徐々に、手に取るように。


(次は右か。ウム。ならばその次は左に動くよな? 成程、勿論そうだ)



 怪物がレティクルの中央に居座る時間が、長くなりはじめる。

 そして更に、追い風。スポーツエリアから収奪したエクソギアを着用し、2人の構成員が登場したのだ。


「リベンジマッチだ」

「ケケケ、サンシューターと組めるとはな」


 銀色の化け物が振り返り、2人に向かって構えなおす。

 2人は同時に懐からシリンジを取り出すと、首筋に注射した。中身が押し出されるにつれ、その表情が激しいものに変わる。


 “ブラッドフォグ”。シンジカートの誇るフレンジードラッグだ。攻撃性を増幅させ、痛覚の擬似遮断現象を引き起こす。

 肉体を引き絞ってエンハンスするエクソギアとは相性抜群。手足から血を撒き散らしながら、2人は異常加速した戦闘を開始!


 人体関節すら無視したその動きは、機敏! 銀の怪物は圧されている!


(狂信者どもめ。ま、せいぜい怪物同士で踊るがいい)


 内心で吐き捨て、雇われ暗殺者は機を伺う。

 2人の攻撃を捌きながら、怪物はそれでも立ち回っている。あらためて、規格外。“イカロス”か“フォールン”なのは間違いない。


 だが……限界だ。エクソギアと構成員を相手に、意識が少しずつ狙撃から逸れている。殺意がないのも致命的。



 サンシューターの口が、日蝕の如く弧を描く。

 そのレティクルが、怪物のこめかみを捉えた。




 瞬間、スコープ越しの光景が歪む。眉をひそめて顔を上げれば、それは水滴だ。

 鳴り響くアラーム音。降り注ぐスプリンクラー。火事か?


 見渡せば、フードコートから煙。人質のいるエリア。殺してはならない人員のいる場所だ。


「なんだ、邪魔を……人質班、どうしたね」

《……》

「……全く、呆れ果てるな! フードコートで異常発生。ターミナル班、どうせ怪物はそこを狙っておらん。そこを離れて、人質の様子を見に行け」


 言いながら、一瞬の疑念。まさか、“銀の怪物”がこれを引き起こしたわけではあるまいな?

 ……いや、ありえない。奴は当初から、“最上階”のターミナル制御室を目指していなかった。こんな混乱、奴にとって何になる?


 それに、それにだ。怪物はずっと、狂信者ども相手にあくせく戦っているではないか。混乱に乗じるというなら、チャンスをとっくに逃していないか?



 いや待て。それと言うのなら、なぜ。


 なぜ、やつはずっと、吹き抜けで戦っている。



 まるで、おれに、狙撃してほしいと言わんばかり……まさか……。


 まさか、別働隊が。


「っ、してやられたッ! 敵の狙いは……」

『はい詰みィー!!』


 叫び! それは銀の怪物からだ!

 同時に、シャッターが降下! サンシューターの周囲三方が叩きつけるように閉じられ、吹き抜けに取り残される!


 スナイパーライフルを持つ手が震え、真っ白に染まるほど力が籠る。

 狩りが。獣が。否。


 最初から、狩られていたのは。



《サンシューター、どうなっているのです!? ドローンの動きが止まりました!》

「……ククク……」


 無線の声には答えない。笑いの音を発する口元は、食いしばった歯が覗く。

 その目から、慢心が消えた。


「良かろう。それならば、先達として教えようではないか……手負の獣の恐ろしさを!!」


 いよいよサンシューターはライフルを背負い、二丁拳銃をホルスターから引き抜く! その瞳には、隠しようもない憤怒が光る……!!



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