21-混沌とするプラザ(2)
サンシューターがいよいよクラップロイドに近接戦を挑む……数分前のこと。
人質としてフードコートに連れられた白鳥は、薄暗い中で膝をつく集団を前にしていた。
「お前もそれにならえ」
銃口で背中を押され、白鳥は抵抗せず輪の中に加わる。
そして、すばやく見渡す。人質の人数はかなりのものだ。おそらく、事件発生時にショッピングエリアにいた人が全員、ここにいる。
(……怖い)
打開策を探る白鳥の思考に、雑音が混じる。いまだにコーポレーションでの人質事件から立ち直りきっていない彼女は、銃を見ただけでフラッシュバックに耐えねばならない。
血溜まりで死んでゆくガイド。ディアブロの低い笑い声。鮫島の自分勝手な叫び。
だが、銃弾に立ち向かう銀の怪物を、堂本を思い出す。それが彼女の胸の奥、冷え切った血を少しだけ暖かくする。
震える息を吐き出し、恐怖を押し殺す。“逃げない。守る”……繰り返し念じるその思考が、彼女を少しずつ勇気付ける。
その時、雷鳴のような音が轟いた。皆の視線が吸い寄せられるようにそちらを見る。
焦げ臭い空気に、焼け溶ける柱。何があったのか分からないが、戦いが始まっている。
間を置かず、二度目の轟音。アトリウム全体が震えるほどの音に、とうとう泣き出す者や、叫び声まで上がり始めた。
(堂本くん)
正体不明の攻撃にさらされる彼を想う。弱気な思考が、毒のように白鳥を蝕む。
しかし彼女は首を振った。ここに来る前に、信じ合うと誓ったはず。きっと生きているはずだ。
犯罪者たちの無線機が音を鳴らし、不明瞭な何かを伝える。彼らは頷くと、吹き抜け目掛けて走っていった。
だが、1人は残っている。彼は油断なく人質たちを見回しながら、銃口を逸らさない。
内心で焦燥に駆られる白鳥は……ふと、気付いた。
打開策ではない。もっと最悪なもの。
背後で、老婆が咳き込み始めたのだ。
咳き込み、崩れ、床に倒れるようになる。それを家族らしき若い男が抱きかかえた。
「ごめんなさい、祖母はパニック障害で……さっきの音で、呼吸が」
「おい! 誰が喋っていいと言った!!」
銃を持つ男が歩み寄り、女性を支える男を蹴り飛ばした。
床に倒れ込む2人を見た時、白鳥の頭は真っ白に染まった。鼓動が乱れ打ち、判断がやってくる。
考えることもできずに、その前に立ちはだかった。
立ち止まる足が床で鳴る。老婆が咳き込む音が響き、静寂が満ち満ちる。
銃口が、白鳥の胸を狙っている。
「どけ」
「やめて。彼女をいますぐ安全な場所へ運ばせて」
「黙れ。死にたいか」
「……」
また、轟音。咳き込む音が酷くなる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……殺さないでください……」
啜り泣くような謝罪の言葉。下がらない銃口。フラッシュバック。銀の怪物。
彼のようなアーマーはない。撃たれれば、死ぬ。
……そうだ。そんなことで、堂本くんも篠原さんも怯みはしない。
「……笑わせないで」
「何?」
「笑わせないでと言ったのよ。大きな大人が、銃を持ったら強くなったつもり?」
彼女の喉が震える。だが、そのカリスマは消えていない。喋れば皆が次の言葉を待つ、その輝き。
彼女の持つオーラはむしろ、その場の恐怖を徐々に呑もうとしていた。人質たちがパラパラと顔を上げ、彼女を見つめる。
「黙れ! 撃つぞ」
「ならとっくに撃つべきだった。あなたみたいな人はいつも同じ。必死に脅して、お伺いを立ててるつもり? 中身のない言葉に、人が従うと思ってる?」
「……!」
銃口が揺れる。犯罪者の目が血走り、呼吸が乱れる。見下されることが我慢ならない……この手の人種は、変わらない。
そこまで言って、ふと白鳥は微笑んだ。
「だから弱いのよ」
そう、だから私は弱いのだ。白鳥は脳内で、そうひとりごちる。
「クソ女ッ」
伸びてくる手。制御を失った感情に身を任せ、犯罪者が突進してくる。
白鳥は破裂音のような呼吸を響かせ、回転した。軸足を残す膝蹴りは、まず脇腹を。下がった顎を、肘が打ち抜く。
空手の教本じみた動きを終え、白鳥が残心の姿勢をとる。その時にはもう、犯罪者は倒れ伏していた。
(雑すぎて師範に怒られちゃうな)
ふと、そんなことを思う。倒れた犯罪者は白目を剥き、四肢に力が感じられない。
脳震盪だ。思っていたパターンではないが、無力化には成功した。
だがある意味、ここからが勝負。白鳥は自分を見る人質たちを見回す。
「お嬢ちゃん、強いんだねぇ」
「ありがとうございます、俺、その、」
「しっ! 皆さん、騒がないで。まだ危険です。誰か、彼を拘束できますか」
白鳥の指示に、集団が頷く。数名が気絶した犯罪者を抱え、その手足を縛りあげた。
ここから篠原さんと堂本くんの動きをサポート? 机の前に座ってゆっくり考えたいくらいの難題だ。でも時間がない。
「お嬢さん、やつらターミナルってとこを利用するために私達を捕まえてたらしい」
「ターミナルを? やっぱり、人質としてですか」
「そうみたいだ。無線で言ってるのを聞いたよ。何人か制御室に残って作業してるみたいで、施設のハッキングがどうとか……」
「……!」
それなら、今すぐ制御室から犯罪者たちを引き剥がさなければ! 篠原さんが向かえば危険だ!
だが緊急時、考えれば考えるほどドツボである。白鳥は頭を抱えてしまった。
(ど、どうしましょう……! 時間が。篠原さんが)
「あの……どうしたんですか、顔色が悪いようですけど」
「……ターミナル制御室の奪還に、私の友人が向かっていて。なんとか、テロリストたちを引き剥がさないと」
「なんだって! はやく何とかしないと危険だぞ」
人質たちの間に動揺が広がる。いまや彼らは、白鳥の問題を我が事のように捉えていた。
「お、俺聞いた! んだけどよ、やつら俺らのことは殺せねえって」
「え?」
「それ私も聞いたよ! なんか、儀式の完成までは生きててもらわないとって。これ、何か使えない!?」
「……」
その声に、白鳥は一瞬、逡巡する。
だが迷う暇すらないことに気付き、彼女は顔を上げた!
「わかりました。皆さん、誰かライターを持っている方はいらっしゃいますか?」
◆
そして、火災報知器が鳴り響く最上階!
ターミナル制御室から出てきたと思しき犯罪者たちが、スプリンクラーの水にまみれながら駆けてゆく!
「ったく、“サンシューター”も大したことねぇな。結局俺らまで駆り出される」
「アメリカ1の暗殺者が、聞いて呆れるぜ!」
「“銀の怪物”は俺らの手柄にしちまうか。“レオ様”に直接死体を持っていける」
……そんなやり取りが通り過ぎるのを、物陰で聞きながら……篠原は、震えていた。
(堂本……生きてる。でも急がないと)
身を起こし、バシャバシャと鳴る水の中を歩いてゆく。頬を伝う冷たい滴は、汗か水かも分からない。
雑音が多いとはいえ、彼女は隠密のプロではない。足音が敵の耳に入らないよう祈るしかないのだ。
そして、遠い。最上階は廊下が続き、奥に一室“ターミナル制御室”が見えるだけだ。
もし今の犯罪者が取って返してくれば。一巻の終わりである。そんな弱気な考えを振り払い、篠原は一歩踏み出した。
進みながら、彼女は自分の安請け合いを思い返す。天下のクラリス・コーポレーション製品相手に、クラッキング? 普段の彼女なら絶対に、考えすらしなかっただろう。
だが、銀の怪物になり、戦う堂本を見て、何かが彼女の中で変わっていた。
(堂本だって怖がってる。当たり前。銃が怖くない人間なんていない)
篠原は、彼女の部屋でのやり取りを思い出す。
手で顔を覆い、恐怖に震える堂本。銃に恐怖し、それ以上に自分の変化に恐怖していた。
それでも、彼は戦うことを選んだ。前に進んで、戦うことを。
篠原は今、靴底に溜まる水を感じながら、それでも重い一歩を踏み出す。この程度。この程度、と。
水音が鳴るたびに物陰に隠れ、それが散水装置であることに安堵する。けたたましい火災報知器は、階下の銃声で掻き消されがちだ。
やがてスプリンクラーがやみ、滴る水の音だけが響く。じゃばり、じゃばりと、隠せない足の音。篠原はそれでも、できる限り息を潜める。
そうして、ターミナル制御室のドアを、苦労して開けた彼女は……。
ひとり、先客がいることを知った。
薄暗い部屋の中、モニターが照らすその人物。場違いなほど優雅な雰囲気をまとっている。
「およ、誰かの。ここは今、空室のハズなんじゃが……」
古風な口調。深いスリットの入ったチャイナドレス。彼女はドアを開けた篠原を振り向く。
顔を半ばまで覆う、狐のドミノマスク。上がってもいない口角が、アルカイックな印象を与える顔立ち。
マスク越しでも伝わるほどの美貌に、篠原は一瞬だけ見惚れた。




