12-変化を追う(2)
「——以上が、今回人質に取られた生徒たちの供述となります!」
「ご苦労。まあ、あまりアテにならんか」
「はい。心理カウンセラーも、集団での自衛的合理化と……」
その報告を聞き、ベリーショートの髪を掻きながら彼女は溜息を吐いた。
クラリス・コーポレーション、本社ビル。“災害救助フロア”にて、青い制服の警官達が忙しく駆け回っていた。
殺害されたガイド役の女性と、人質に取られた(らしい)生徒達。そして、破壊された発明品……現場に残っていたのはその程度。
ひっくり返った装甲車や、粉々になったリジェネデバイスを見れば、異常事態だったのは分かる。
だが、逆に言えば、それしか分からない。警備システムがシャットダウンされ、監視カメラが映像を残していないのだ。
ベリーショートの女警官が肩をすくめたところに、声がかかった。
「おう鉄巻、なんか分かったかよ」
「鬼原。……いや、芳しいとは言えんな」
女性が振り向いた先に居たのは、スキンヘッドにサングラスのコワモテ男だ。
鬼原と呼ばれた彼は、それを聞いて笑った。
「白鳥が発狂寸前だったぜ。自分の娘が見学会に居たとかで……連絡してやったらどうだ?」
「娘がするだろ。アイツの親バカに巻き込まれたくない」
「へっ、言えてる」
コワモテ男は足元、リジェネデバイスの破片を拾いあげる。どれもスレッジハンマーで叩き潰されたような惨状だ。
「こいつの展示フロアは一階だぜ。なんで三十階に来てる?」
「……さあな。そもそも普段は強化ガラスで隔てられて、触れもしないらしいが」
「なあオイ、こりゃプロがやってるぜ。ハッキングされたんだろ」
「まだ結果が出ん。痕跡が洗い出しにくいそうだ」
「ほれ見ろ。巧妙に隠してるが、それがかえって証拠になってる」
「じゃあ質問するぞ、名探偵どの。そこまでやれる連中が、なんでこんなに派手な痕跡を残す?」
鉄巻の視線の先には、腹を天井に向ける装甲車“レスキューローバー”。抉れたエンジン、焦げた床が、大暴れの過去を見せる。
鬼原は何か言おうとして、諦めたように眉を上げた。
「……やってみたくなったんじゃねえ? 俺もいっつもそんな感じだし」
「バカたれ。お前のトリハピと一緒にするな」
「じゃあアレだ。生徒が言ってる、“銀の怪物”!」
「……」
鉄巻の眉間が、深くシワを刻む。長い沈黙と、思索の吐息。
やがて彼女はむっつりと喋り出した。
「その“怪物”に生徒達が守られたというのは、どう思うんだ」
「さあな。ただ、かなり意識のハッキリしてそうな奴も喋ってたぜ。妙な感じだろ?」
「妙か……」
鉄巻は腕を組む。たしかに、この現場には妙なことが多すぎる。
ビルの警備は決して手薄ではない。むしろテックによる防備は手厚く、そこにセキュリティ部門の管理が加われば難攻不落。
警備員による見回りこそないが、それはフロアの構造すら外部に漏らさないための策だ。
誰かが、手引きしたのか。だが、誰が。
「離してください! 直接話をさせてください!」
「ちょ、ダメですよ! まだカウンセリングの途中でしょ!」
そこまで考えたところで、鉄巻は後ろからの声に振り向いた。
暴れている“誰か”を、警官が取り押さえようとしているらしい。生徒のようだ。
「おい、どうした?」
「て、鉄巻さん。この子が伝えたいことがあると聞かなくって」
「さっきから、私たちの経験したことを幻覚で済ませようとしてますよね! このまま供述が届かないくらいならッ……」
「おいおいお嬢さん、落ち着け。お前も、離していいから」
烈火の如く怒っているその生徒は、パッツンの前髪から覗く燃える瞳で、鉄巻を見た。
まだ息の荒いその子を、警官は困惑しつつも解放する。しばらく息を整えていた生徒は、咳払いした。
「……白鳥 さくらと言います。アワナミ高校からの見学会で、今回の事件に巻き込まれました」
「ご丁寧にどうも……って、白鳥の娘か。私は鉄巻 雪、市警の“特殊事件対策室”所属だ」
「おぉおぉ、あの子煩悩のお嬢ちゃんか。俺ァ鬼原でいいぜ。所属は同じトクタイ」
「トクタイ?」
そのチーム名を聞き、白鳥は一瞬だけ眉をひそめた。
鬼原は面白そうに笑う。からかうような声色だ。
「おいおい、評判悪いらしいな。オヤジさんから聞いてるか」
「そこまで警戒するな。まあ、事件の対処に普通の手順をすっ飛ばすこともあるが……そのために作られたチームだからな」
説明されても白鳥 さくらは怪訝な顔だが、しかしすぐに状況を思い出したらしい。ためらいを捨て、説明を始めた。
「銀の怪物は、私たちを守ってくれてたんです。2メートルは超えそうな大男と、“スマートガン”で武装した犯罪者から」
「詳しいな。銃マニアか?」
「いえ、見学会で拝見しました。警察の武装にも採用されている、と」
なるほど、よく覚えている。その話を聞きながら、鉄巻は内心頭を抱えた。
コイツがまともなら、銀の怪物の存在もそれなりに信憑性のあるものになってくる。上にどう報告したものか。
「で、そいつらの行き先も知ってくれてると嬉しいんだが。俺らの仕事も減るんでな」
「……そこまでは……」
「ま、そうだよな」
鬼原の言葉に、白鳥は肩を落とす。そう、それこそがトクタイが出動した理由だった。
クラリス・コーポレーションから、トクタイに直々の捜査依頼があったのだ。市警に巨額の寄付を継続しているスポンサーからの“お願い”とあらば、無視するわけにはいかなかった。
(コーポレーションめ。まるっきり我々を犬扱いだ……上の連中も、へいこらしやがって)
苦々しい思いで、鉄巻は拳を握る。
トクタイ。書類を作らず、現場に突入できる即応チーム。表沙汰にしたくない事件には丁度いいということ。
「……ディアブロ」
物思いにふける鉄巻は、その言葉に顔を上げた。
白鳥だ。彼女は、口からこぼれたその言葉で、勢い付いたように続ける。
「ディアブロ。銀色の彼がそう言ってました。大きな犯罪者を見て、そう言ってたんです」
「ディアブロだと? そいつは……」
「……確かか?」
「確かです! 聞きました」
それまでヘラヘラ笑っていた鬼原も顔を引き締めている。鉄巻は一層表情を険しくした。
ディアブロ。中南米の傭兵部隊の長。インターポールによって国際指名手配中の、戦争犯罪人だ。“即発砲”の許可対象。
「……そいつが引いていったのか?」
「はい。銀の怪物が現れて、少ししたら」
「チッ。面倒なことになってきたぞ」
ガシガシ頭を掻き、女警官は苛立ちを隠さない。その引き際の良さ、確かにインターポールを長年相手にしてきた歴戦の立ち回りだ。伝えられた身体的特徴とも一致する。
だが、腑に落ちないこともある。それは……。
「……だが何故、お前達を殺そうとした。追われている以上、目立ちすぎるだろう」
「それは……雇い主が要件に入れているって」
「雇い主が?」
つまりそれは、ディアブロが雇われてアワナミにいる事実を示している。
誰に? ……人質にとった学生を、皆殺しにしようとするような凶悪な組織……。
「十中八九、ナハシュ・シンジカートだな」
「……」
「なんだよ! 聞いたことくらいあんだろ? 麻薬カルテルが自分の麻薬でパーになって、“カミサマ”に生贄を捧げてるとかなんとか……」
「はぁ……シンジカートめ、本格的にここに腰を据えるつもりか」
1番聞きたくなかった、しかし1番可能性の高い名前を相棒の口から聞かされ、鉄巻はこめかみを抑える。
ナハシュ・シンジカート。南米から日本へ渡り、ここアワナミにも根を張り始めた麻薬カルテルの名だ。人間爆弾や“生贄”と称しての殺人など、血生臭い罪状は枚挙にいとまがない。
連中が拠点をつくれば、ドラッグは瞬く間に一帯の治安を壊滅させるだろう。
おそらく今は“準備”の段階。人々に衝撃を与え、武器を蓄え、街の一角を図々しくも切り取って占領しようとしている。
「次が必ず来るぜ。コーポレーションには警告を出した方がいいな」
「連中が聞くものか。だから我々が駆り出されるんだ」
「ハッハァッ、サイコー! 撃ち放題!」
「……あの、解決のために捜査してくれるんですよね?」
不安げな白鳥に、鉄巻は今日1番の笑顔を作った。
「安心しろ。とっ捕まえたら、お前らの前で土下座させてやる」
ヤケクソの笑みだった。