13-始まる流れ
「作戦は失敗した」
事もなげにそう言い放ち、巨漢“ディアブロ”はバックパックを放る。
床に落ちたそれは、中から銃や防具をこぼす。どれもクラリス・コーポレーション製品だ。
静寂があった。倉庫の外から聞こえてくる潮騒の音以外は、身じろぎの気配ひとつない。
だが、やがて、暗がりから誰かが身を乗り出した。
「……俺は“堅実”という評判を聞いてアンタを雇った。間違いだったかな、ディアブロさんよ」
「安払いに部下の命を賭けるつもりはない」
「で、おめおめ逃げ帰ってきたわけか。生贄も捧げられず、コーポレーション製品も満足に奪えず」
「そうだ」
悪びれる様子もないディアブロ。むしろ撤退を誇ってすらいる様子だ。
舌打ちが飛ぶ。部屋の暗がりから、また別の気配。
「全く、これでは私の手伝いも何のためになったのやら……せっかく薬で洗脳したクズ学生を送り込んだというのに」
「アレは貴様の差金か、レオ。次はくだらん事を喋れんようにしてから送り込め。足がつく」
「……言うに事欠いて、この私にジャンキーの扱いを口出しだと? 誰が失敗したのかよく考えてから……」
「“フォールン”か“イカロス”か知らんが、送り込まれてきていたぞ」
続く言葉に、その場に緊張感が満ちる。
誰も、口を開かない。ディアブロの次の言葉を待つ。
「ヴェニーノ。派手に動くなと言ったはずだ。アワナミでの初動に対応されるとなれば、俺たちはつけられた可能性が高い」
「……テメェは物事を悲観的に考えすぎる。偶発的じゃねぇのか」
「偶然か、それはいい。偶然“生贄”を守るために戦う怪物が現れて、偶然そいつは俺の名前を知っていた。納得できる筋書きだな」
「雇われの分際で、口に気をつけろ……!」
レオと呼ばれた声が、怒りのオーラを滲ませた。暗がりから見える手が、ステッキを床に打ち付ける。
だが、ヴェニーノは笑っていた。クツクツという音を鳴らし、レオを手で制する。
「そうか。つまり、テメェは不安なわけだ……そうだよなぁ。俺たちは“クァーラ様”に仕える身。厄介な敵も多いってわけだ」
「そうだ。わかっているのなら、慎め。下らん信仰の犠牲に俺たちを巻き込むな」
「ヴェニーノ!! コイツを殺す許可を!!」
荒々しい音と共に、レオが一歩踏み込む。怒りで蒼白になった痩身の顔と、ディアブロの無感情な瞳が睨み合う。
しかし、ヴェニーノの声は楽しげな調子のままだ。
「やめろ、レオ。……ディアブロ、よーく分かったよ。今後テメェの役割は倉庫番だ。奪った物資を守るだけでいい」
「……」
「その代わり、武器の強奪はこっちが担当する。生贄もまぁ、最低限に収めるさ……」
「最低限?」
ディアブロはまったく納得していない様子で、部屋の奥を睨む。
肩をすくめるヴェニーノ。おどけた動きが、シルエットで切り抜かれる。
「ま、俺らも遊びでやってるわけじゃねえ。“クァーラ様”は見ていらっしゃるからな」
「……」
「数十人ほどパッパと殺すか、信徒にするなりして……」
「“信仰”で俺たちが不利益を被りそうなら、この依頼を降りる」
もはや言葉を交わすこともなく、ディアブロはドシリドシリと歩いて倉庫を去ってゆく。
その後ろ姿が消えるまで睨みつけ、レオは暗がりに振り向いた。
「ヴェニーノ! あんな奴に、“クァーラ様”の素晴らしさは……!」
「落ち着けって言ったろォ、レオ。“サンシューター”はコーポレーションの輸送ルートを抑えてるし、“クズハ”は新たな技術の情報を仕入れてる……計画自体は順調なんだ」
「だが……」
「しつけえぞ」
その瞬間、暗がりから顔が覗く。灰色のウロコに覆われた、人間とも蛇ともつかない顔が。
その鋭い針のような瞳孔に睨まれ、レオは脂汗を流しながら俯いた。
「す……すまなかっ……」
「あぁ、いい、いい。……そうだ、次の仕事はテメェが指揮をとりな」
「……いいのか? その、生贄も」
「ハッハ、だからテメェにやらせるのさ。次の狙いも、情報が揃ってきてんだ……」
高笑いするヴェニーノの顔からは、いつの間にかウロコが消えている。青年の顔に、人懐っこい笑みが浮かぶのみ。
「……ナハシュ・シンジカート、アワナミ支店。グランドオープンといこうぜ。クッ、クッ……」
◆
(ほら、こんな感じで。だーいぶ綺麗になったじゃないですか!)
「……」
あの後、島善さんと別れた俺は、どこにも寄らずに帰宅していた。
あまりの精神的な疲労感に、ご飯が炊けるまでじっとできずに掃除していた。すると脳内の声が、アレコレ口出ししてきたのだ。
従わないとうるさいのでやっていたら、どんどん綺麗になってモデルルームのようになってしまった。
(ね? ほらちょっと見直したんじゃないですか!? やっぱり暮らしが改善されると心も晴れやかになるものですよ!)
「まあ、確かにな」
(! ご、ご主人様が……えっ、私を見直して……?)
「……」
マジでうざいからすごい。調子に乗らないでいただきたいものである。
ただちょっと無視し続けるのに罪悪感が湧いてきただけだから。
「お前さ、なんで俺の中に入ってきたんだ。めちゃくちゃ強引だったけど」
(運命とはひと目見た瞬間に全身を駆け巡るもの……私がご主人様を見た時に感じたショックは、まさに運命!)
「……ストーカーとかの言いそうなことやめてくれる?」
(まあこうなった以上は実質ストーカーですよ)
本当に嫌。なんで体の中に見知らぬお喋り野郎を感じて過ごさなきゃならないんだ。
クラスメイトを助けようとしたらコレって、前世でよっぽど悪いことしてないと帳尻合わないよね?
「で? 俺がガソリンを飲んだ理由は?」
(“アーマー”は特殊な自己活性化構造を持ち、維持のためには炭化水素化合物が必要とされます。エネルギー変換効率が高いのはガソリンだったということですね)
「聞いても分かんないんだけど……」
(車と同じだと考えれば早いです! 私の分子分解炉に給油したのですよ!)
人型の車になっちゃったよ……。俺もうタクシーとして生きていこうかな。人力車っていうか、人車。
「つまり、お前がエンジンか。俺は車体?」
(まさにその通りです。いま私って心臓のあたりに陣取ってますから)
「やめてくれない? 怖いんだけど」
(いや〜ここ居心地良いですね〜さすがご主人様の心臓。どきどき言ってますよ)
いや怖えよ。ひとの鼓動を実況中継すんな。
「は〜……篠原とかにどうやって説明しよう……」
(誰よその女ッ!)
「うるせーよ! なんなの、友達だから。今みたいに独り言いってたら絶対バレる……くそ、バレたらどうなるんだ俺。逮捕じゃすまないだろ」
(あーはいはい。女ね。私というものがありながら女ね。まあ良いんじゃないんですか? 誰を愛そうがどんなに汚れようが最後にはこのパラサイトの隣におれば良いので)
「話聞いてます……?」
なんでAIが独占欲なんて持ってんだよ。
ため息と共に雑巾を絞ろうとして、バツンと千切れた。ふざけんなマジで。
「パラサイトさん、これは」
(パワー調整が未熟ですね。まあそんなに落ち込まないで)
「ざけんなクソAI! 普通の体返せコラ!」
(あーん!? 誰がクソAIですって!? “わからせ”が必要なようですねぇ!!)
「上等だかかって来い!!」
かつてないほど騒がしさに満ちる家で、俺たちは結局一晩中ケンカしていた。
◆
「さくら! ああ良かった、無事だったんだな……」
「もう、あなた? 落ち着いてください……さくら、おかえり。大変だったわね」
家の奥からドタバタと駆けてくる足音。お父さんだ。
警察によって送り届けられた私は、いつも通り、賑やかな我が家に帰れた。
「おねーちゃん、今日帰ってくるのはや〜い! ねね、ミカと遊んで!」
「ごめんねミカ、今日はちょっと……」
「ほらみかん、お姉ちゃんを困らせないの。……さ、入って。お疲れ様」
事情をよく飲み込めていない妹がはしゃぐのを、母さんが制してくれる。
有り難かった。今日だけは、いつものように相手をしてあげられる余裕がない。身も心も、消耗し切っている。
「怪我はないというのは本当か? 今からでも、救急車を呼べば……」
「ほらほら。さくらが喋れてないじゃありませんか。ね?」
「父さん、大丈夫。私は怪我していませんし、少し疲れただけです」
今にも叫び出しそうな父を見て、少しだけ心が緩む。自分が人質事件の被害者になったなんて、まだ現実感がないのが本音だった。
それくらい、あっという間だったんだ。何もかもが嵐のようだった。
「そう、か……いや、それなら。コーポレーションには私からキツく言っておくからな。そもそもあの警備体制が杜撰すぎる!」
「お父さん、話があるの」
「は、話? あらたまって、どうしたんだ」
鼻息も荒かった父さんは、そう声をかけるとようやく落ち着いてくれた。
私は数度深呼吸して、慎重に話し出す。
「……事件の時、私たちは助けられました。銀色の、よく分からない生物に」
目をつむれば、今でも鮮明に思い出せる。銃弾を一身に受け、犯罪者たちに向かってゆく銀色の影。
「……」
「お父さんの仕事は分かってるつもりです。でも、あの生き物は……」
「ダメだ」
そこまで言って、遮られた。父さんの目は揺らぐ事のない絶対的な意志を宿している。
市警の幹部なのだ。揺らいではならないのが、当たり前。分かっていても、落胆した。
「生徒たちの供述には目を通した。その上で、私はその生物を“危険である”と認識している。あくまで逮捕が急務だ。他の犯人たちと同じくな」
「でも、お父さん!」
「この話は終わりだ、さくら。今日はもう休みなさい」
それだけ言うと、父さんは鞄を掴んで玄関に向かって行った。仕事に復帰するのだろう。
その途中で止まり、肩越しに振り向き、歯切れも悪く言葉を出す。
「……とにかく、怪我がなくてよかった。これ以上、関わらないようにしなさい」
そして、玄関の扉から出てゆく。
母さんは溜め息を吐いて見送る。そして、やや疲れたような笑みを浮かべた。
「……さあ、さくら。ご飯が出来てるわ、食べられる?」
「……はい」
あの生き物は市警に追われることになる。恐らく、犯罪組織の恨みも買ったはず。
私は一体、どうすれば良いのだろうか。夕暮れる曇天を見上げ、しばし呆然としていた。




