不穏な知らせ
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【サイド:アスク・ギルシア】
機密統括室。
それは六十年前の魔族との大戦の後に発足された王国直轄の機関。
その役割は『技術の失伝を防ぐ為』にある。
平和となりつつある今では薄れてきてしまっているが、元来貴族は魔術や知識を用いて民を魔獣から守る使命を持っている。
その使命故に彼らの元で新たに生まれた技術は、悪用され民に被害が出る事が無いようにその家々で秘匿されている事が多くあった。
その結果、魔族との大戦で多くの人間が死傷し、失われてしまった技術が多く発生してしまった。
機密統括室はそういった技術の失伝が行われない為に作り出された機関である。
現在では新たな技術が生まれた際に国王陛下か、それに準ずる立場の者に認められた技術のみが彼等の管理下に置かれる。
そうして認められた技術の失伝を防ぎ、国王陛下の威光により盗用、悪用を禁ずる。
機密統括室に管理される技術を持つという事は、この国に住むあらゆる技術者にとっての誉れである。
そんな国家の重要機密を扱う機関に所属する人間は途轍もない程難関な試験を突破した優秀な人間であり、同時に非常に多忙でもある。
だからこそ予定より三時間も早く来る事など予想していなかったが、何かあったのだろうか。
そう考えながら応接室の扉を開けると、目元を隠す為の仮面をつけた男がソファに座っていた。
機密統括室の人間は、その存在自体が国家の重要機密を抱えた宝だ。国家に忠誠を誓い、己を滅して国の情報を決して外部に渡さぬように努めている。
故に仕事の時は常に仮面をつけ、個人を特定されないようにしているらしい。
「すまない、客が来ていたもので。待たせたな」
「いえ、こちらこそ随分と早く来てしまいました。御迷惑をおかけして申し訳御座いません」
そう言って仮面の彼は頭を下げる。
「しかし今はなるべく急ぎで登録者様方の御耳に入れなければならない情報が御座いますので、どうかご容赦下さい」
「あぁ、構わない。それで私に伝えたいこととは何だ?」
「はい。申し上げにくいのですが実は、一昨日の夜、何者かが保管庫に侵入したようなのです」
「…は?何だと!?」
私は驚愕した。
機密統括室の登録者は自身の技術を預けるに足るかを知る為に、一度だけ技術書保管庫を見学することが出来る。
なので私も見たことがあるが、あれは私が見た物の中で最も堅牢な防衛だった。王城の地下、狭い上に迷路のような複雑な構造になっている入り組んだ道を三十分近くかけて移動してようやく辿り着く場所。
ついた先にも兵士が十人以上常駐しており、扉も簡単には開かない仕掛け付きだった。
「あの中に侵入したと言うのか…。被害はどれ程出た?警備兵などがいたはずだが、何人で突破されたんだ?」
「いいえ、敵は恐らく一人。一度の戦闘もなく、突然部屋の中に現れたそうです。
幸いにも外にいた兵士が物音に気づき、中に入ったところ戦闘も無くすぐに逃げられたそうです。中の書物も今朝確認しましたが、どれ一つとして紛失した物はありませんでした」
「…ひとまず被害は少なそうで安心した。…だが、可能なのか?そんな事が。
というかその状況からどうやって逃げ出したんだ。そいつは」
正直に言えば一から十まで理解不能だが、つい先ほどフリュー・ケルニトスという全く持って未知の存在に触れたばかりで頭が混乱に慣れていた。
どちらかと言えば目の前にいる仮面の彼の方が混乱している様だ。自身の職場の事を良く知っているからこそ、今回の事件の衝撃が強いのだろう。
「逃走経路や方法については未だ調査中ですが、その侵入者を目撃した兵によれば『地面に溶けるように消えた』との事です」
「ほう、聞いたことのない魔術だな…魔術師団も知らない魔術か?」
「えぇ、副団長殿と管理長殿に確認しましたが聞いたこともないそうです。恐らくその人物固有の魔術と思われますが…
ちなみに此処までの情報は誰にも漏らすことが無いようにお願い致します。不甲斐ないことですが、機密統括室に入られ、更に逃げられたなど国家の信頼に関わりますので…」
「分かっている。口外はしない」
…誰も聞いたことの無い魔術。
もしかしたらフリュー君なら何か分かるだろうか。
二重人格を作り出す魔術など聞いたこともないし、彼女は間違い無く魔術において天才だ。近いうちに会おうと約束したが、これは明日にでもまた来てもらう必要があるかも知れない。
私が思索していると、仮面の彼が少し申し訳無さそうに質問してくる。
「そういう訳でして、機密統括室の侵入を許してしまった以上あの場所も絶対的に安全と言える保証が無くなりました。
現在は人員を増やし再度この様な事が起きないように努めております。
ですが、またあの場所を狙われる危険もある以上、技術登録者様の希望があれば書類の一時返還を受け付けております。アスク子爵は如何なさいますか?」
「ふむ…いや、返還の必要は無い。どの道我が家の防衛力では未知の敵に対応出来ない。
これまでより強化してくれていると言うなら信頼して預けよう」
「ありがとうございます。その信頼にお答え出来るように、今まで以上に徹底して管理致します。
…では、私の用事はこれで終わりです。お時間を頂き誠にありがとうございました」
「あぁ、何か進展があれば報告して貰えると助かる」
「えぇ、必ずや良い報告をお持ちします」
話し合いが終わり、仮面の彼を見送る。思ったよりも早く終わったので、もしフリュー君が残っているなら未知の魔術について聞いてみたい。
そう思って部屋を出たが既に彼女達は帰ってしまったらしく、玄関に妻と娘だけが残っていた。
「もうフリュー君達は帰ってしまったか」
「えぇ、ついさっき帰ったわ。
統括室の方、どういった要件で来られていたの?」
「悪いがそれは話せない。それより、私が離れてから何を話してたんだ?」
それを質問すると、ティスがニコニコしながら三枚の用紙を見せてくる。
「これは?」
「フリューちゃんに貰った秘密道具だよ!
二枚一組の道具で、片方の紙に魔力を流すともう一枚の方で音が鳴って、それで助けを呼べるんだって!
使い方教えてもらったから、お父さんにも教えたげる〜!」
「ほうこれは…、彼女の魔術の才は十二分に認めていたつもりだったが、もっと上に修正する必要があるかな。
だが、我が家の人間は魔術を使えんだろう。この魔方陣は使えるのか?」
「それあたしも思ったけど、実はあたし達にも魔力あるらしいんだよ。自分にある魔力の感覚を掴めてないから魔術使えないんだって!
さっき魔力の感覚はあたしもお母さんも教えてもらったから、あたし達にも使えるよ!」
魔方陣。エルフの英傑が作成した物を一度だけ見たことはある。が、あれはまだ極々一部にしか普及していない筈だし、そもそも形が違うので彼女が書いた可能性が高い。
彼女達は自分の家事情に巻き込んでしまった事を申し訳無さそうにしていたが、むしろ味方に選んでもらえたことに感謝する日が来るかも知れない。
私はそんな事を考えながら、娘にその魔方陣の用途と使い方を教えて貰った。