007力と戦い
「タケル様、私が援護に行ってきますね」
「そうだな。全力は出すなよ」
「はいっ!お任せください!」
嬉しそうに岩陰から飛び出すアリィ。
ワイバーンを狙って手を掲げる。手の前の空気は急速に冷え、作り出された氷の礫がワイバーンを襲う。
飛んできた氷を、低く滑空して避けるが、そこをスフィアは見逃さない。
「たぁぁぁ!!」
跳ねて、全力で剣を振り下ろした。
剣は袈裟斬りにワイバーンの体を大きく切り裂いた。
翼の動きが止まり、咆哮をあげながら地面に落ちる。
しかしすぐに首を持ち上げ、口を開く。倒れたままでも炎を出す気らしい。
口の周りの空気が歪み始める。しかしその口から炎が吐き出されることは無かった。
スフィアが落下の勢いのままに剣を振り下ろし、その頭を斬り落としたのだ。
「ぉお〜、お見事」
パチパチと手を叩くと、照れくさそうに、しかし得意げにスフィアは剣を納める。そしてワイバーンの体に向けて膝をつくと、手を組んで祈りを捧げた。
「アリィもお疲れさま」
「ほとんど出番がありませんでしたね。スフィアさん強いですよ」
「本当にな。思ったより肉弾戦寄りの脳筋だったけど」
「誰が脳筋よっ!」
スフィアが立ち上がり、大声で抗議している。勇者は耳もいいらしい。なにやらぶつぶつ言いながら、腰に巻いたポーチからナイフを取り出し、器用にワイバーンの一部を切り取った。
「それは?」
「逆鱗よ。これで討伐報告になるし、そもそも依頼人がご所望の品よ」
「牙はいいのか?売れるだろ?」
「魔物とはいえ、必要以上に命を弄ぶような真似はしないわ。これだけで十分よ」
まさに清廉潔白。そう言われると目の前で牙を折るのも気が引ける。
報酬額に文句は無いし大人しく諦めるか。
「タケル様ー!見てください!こんなに獲れましたよ」
駆け寄って来たアリィの手の中には、両手いっぱいの牙。根本から血が滴る生々しいそれを満面の笑みで見せつけて来る。
「迷いが無いなあ!?」
スフィアをチラリと見ると、ため息を吐いて笑っている。
「いいわよ別に。あくまで私の信念だし。あなた達冒険者にも生活があるしね」
「そ、そうか。じゃあ有り難く貰っていくよ」
「それにしてもアリィさん・・・アリィちゃん?すごいわね、あの魔法わざとワイバーンが下りて来るように撃ったでしょ?」
「タケル様ー!爪も獲れましたよー!」
「ちょっとは話を聞いて欲しいのだわ!この子私にだけ冷たくない!?」
「いやー、ごめん。スフィアにっていうか全人類に興味無いだけなんだ」
アリィは話も聞かず、ワイバーンの爪を剥がす仕事に戻り、忙しそうにしている。
その様子を離れたところから見守る二人の大人。
「ねえ、あの子ってかなり上位の魔族じゃないの?」
「分からん。本人も知らない」
「私に華を持たせてくれたみたいだけど、ワイバーンごと凍らせる事もできたんじゃないの?」
「それはできた」
「へえ、隠さないんだ」
「だって、ほら」
指を差した先ではワイバーンの全身が見事に凍っていた。そしてポキポキと音を立て、指を根本から折って採集するアリィの姿。
その光景を見たスフィアの口は開いて塞がらない。
「なにあれ!?あの規模の魔法を、あんな事のために〜?」
「あんなもんどうやって隠せってんだよ」
「あなたも苦労してるのね・・・」
気の済んだアリィを連れて町へ戻る。
帰り道では夕陽に照らされた三人の影が長く伸び、町へ到着する頃にはすっかり夜だった。
「じゃあ今日はありがとうね。私は広場の教会に滞在してるわ。明日、報酬を受け取りに来てちょうだい」
「おう、こちらこそありがとう。1週間くらいかけて稼ぐつもりの金が、お土産の分も合わせたら今日だけで済みそうだ」
「ふふ。そうなの、良かったわ。じゃあ明日から暇?時間があるなら付き合って欲しいのだけど」
アリィが二人の間に割って入る。
「それはデートのお誘いですか?」
「んなっ。そんなわけないじゃない。そもそもアリィちゃんにも来て欲しいのだけれど」
「ならいいです。それと、アリィでいいですよ」
「わかったのだわ。よろしくねアリィ」
「また明日ね」と言うと、スフィアは颯爽と去って行った。
こう暗くては今日は何もできない。大人しく宿屋で休むな事にした。
宿屋の受付でパンと水だけ売ってもらい、それを持って部屋に入った。
小さなテーブルを前に、簡素な木の椅子に腰掛けて、乾いたパンをかじる。
「よく働いた〜って気分でいたけど、よく考えたら俺ってば今日何もしてなくないか?」
「いいじゃないですか。タケル様が相手にする程の魔物でも無かったですよ」
「まぁ、そうか・・・」
頑張らないスローライフは自分の望みのはずだったが、スフィアに影響されてしまったのだろうか。
もうずっと本気で戦っていない事に気付く。
「アリィは俺も本気で戦った方が良いと思うか?」
「思いませんね。そのための私ですから」
即答だった。
「あの村から救って頂いてからの数年間も、アリィはタケル様に助けて頂いてばかりでした。今はその恩返しの真っ最中です」
「その恩返しいつ終わる?」
「一生です。いえ永遠です」
「長いって!」
「もー、この話も何回目ですか。タケル様とてこれだけは譲りませんよ」
アリィは自分が魔族である事と、魔族とはどういう存在かをタケルに聞いてから、死に物狂いで魔法の訓練を重ねた。
使い方は本能が教えてくれた。気持ちに呼応するように魔紋様が疼く。あとは感情に従って自分のやりたい事を具現化する。
やればやる程にコツを掴み、魔法の威力は高まっていった。
そして体もその力に応えるように、急速に成長した。
容姿を褒められる事は多かったが、主の役に立たないのであれば何の価値も無い。欲しいのはこの人を幸せにできる力だけだ。
寝る支度を整えて、ベッドに入る。
ベッドから手を伸ばし、蛍光石に触れると数秒で部屋は暗くなった。
アリィは目を閉じて耳を澄ます。隣のベッドから聞こえる主の寝息がいつも子守唄だ。
あんな話をしたせいだろうか、初めて会った日の事を思い出す。
自分を抱きしめた腕。見上げると血と涙と煤で汚れた黒髪の青年の顔。世界の絶望を一身に背負ったような悲痛な表情は一生忘れる事はない。
あんな顔はもうさせない。自分はそのために力をつけた。
そしてあんな顔をさせた者達を絶対に許す事は無い。
万が一にあの村の生き残りや、あの信仰に連なる者がいたら迷い無く全て殺してやる。
復讐では無い。これが主へ捧げる愛だ。
心に渦巻く黒い感情を心地良く感じながら、今日も眠りにつく。




