004魔法のある生活
街の中をうろつき、アリィが人に尋ねて宿屋を見つけた。
人に何かを尋ねる役割は任せている。特に男性が狙い目で、大体の男は鼻の下を伸ばして素直に教えてくれるのだ。
タケルはお世辞にも強そうに見えない。
そして自分にメリットが無いと、話すら聞いてくれない人は意外と多い。
転生一年目の頃は、少しでも強そうに見えるように、重い甲冑を我慢して身に纏っていたものだ。
勇者を諦めて、平々凡々な村人の服を着るようになり、ギルドの場所を聞くと「ガキは家に帰ってママのメシでも食ってな」と古い洋画の吹き替えのような返事が返ってくることもしばしば。
だから効率と、相手の身の安全の事を考えれば、アリィに頼むのが一番なのだ。
宿屋に着いてベッドに腰掛け、一息つく。
アリィも隣のベッドに腰をかけ、大きく背伸びをした。
「あー、座ったのは失敗だった。もう動きたくねえ〜」
「たくさん歩きましたからねー。足でもお揉みしましょうか?」
「アリィ、よだれ」
「っと・・・」
マッサージを断られたアリィは、自分もリラックスするために、その身を包んでいた外套を脱ぎ始める。
服から出た素肌の肩には、魔族の証でもある黒い紋様がある。
それは背中から、左右対称に三本の太い線が肩の内側まで回り、先端は獣の爪痕のように細く尖るように描かれている。
描かれると言っても入れ墨ではない。
人間には無い、魔族にのみある器官、魔紋様。
そこから周囲の魔力を取り入れ、体内で力に変換するという感覚らしい。
タケルにその器官は無いので理解できないが、魚のエラみたいなものだと思っている。
「また紋様を見てますねー?魚のエラとか思ってるんでしょう」
「いやいや!アリィの紋様はいつも格好いいなと思って!」
「お揃いにしますか!?」
「いや、それはいい」
「そんなぁー、気が向いたら言ってくださいね?」
図星を突かれて、思わず変な事を口走ってしまった。
しかもそのせいで、入れ墨まで彫られそうだ。
この世界で、黒い線の入れ墨は御法度である。
人間からしたら魔族に憧れる痛いやつ。
魔族からしたら、自分達のアイデンティティにファッション感覚で踏み込んで来る気持ち悪いやつなのだ。
「ギルド探しは明日の朝にしますか?」
「探すったって宿屋の主人に聞けば一発だろ」
「あえて聞かず、二人の足で探すのも楽しそうじゃないです?」
「遊びたいだけだろ」
「ええ、まぁ」
「俺は仕事して来るから、ひとりで遊んでてもいいんだぞ」
「それじゃ意味ないんですよ〜!デートしましょうよ〜!」
これである。アリィはタケルを神だと言ったが、信仰を捧げているわけでは無いので、不可侵という事も無い。
尊敬、主従、信頼、友情、家族愛、そして恋心、両立し得ない感情も含み、全てのポジティブな感情が向けられているように思う。
その感情の正体は本人も恐らくは分かっていない。
特大の『好き』が心にあるだけだ。あとはその心に従うのみなのだ。
「次の町まで行けるくらいの金が貯まったらな」
「遊んでくれるんです!?」
「おー、遊ぶ遊ぶ。鬼ごっこか?かくれんぼか?」
「アリィはそんな子供じゃありませんっ!」
異性として意識させられると、つい子供扱いして遠ざけてしまう。
アリィが自分に向ける感情は、報恩的愛情、孵ったばかりの雛鳥、そんなものだと思う。
あの村で、あの状況から、ほとんど二人きりで旅をしてきたのだ。自分以外の人間をほとんど知らないアリィの気持ちに応えるわけにはいかない。
雛鳥はいつか巣に帰す。
問題はその巣が何年経っても見つからない事だが。
結局この日は宿屋の主人に金を払って、簡単な食事を出してもらった。
腹も膨れて、ベッドに横になると部屋の明かりを消す。
タケルの元いた世界で電気で動いていたものが、この世界では魔法と加護によって動いている。
部屋の明かりとなるのは、光の加護を込めた発光する石。一般人でも、触れるだけで明るさを調整できるようにしてある。
料理はもちろん炎の魔法が込められた石だ。
発熱する石はお湯を沸かすだけでなく、暖房にも使えて重宝される。
どの石にしても、使うと蓄積された魔力が消耗される。
消耗した魔力を再装填するのは有料なので、消費量が多い暖房に石を使う家庭はほとんど無く、暖炉がある家も多い。
タケルはアリィが魔法を使いこなせるようになってから、いわゆる光熱費がかなり浮いている。
そうか、アリィが生まれ故郷に戻れたら、またあの高い光熱費を取られるのか・・・・・
目を閉じて、そんなくだらない事を考えているうちに、眠りに落ちた。
次の日の朝、アリィに体を揺さぶられて目を覚ます。
大きな欠伸をして、上体を起こすとアリィはすでに外套を身に付けて準備万端だった。
「おはようございます。今日はどうしますか?お買い物に行きますか?お散歩でもしますか?」
「んー、何だその選択肢は。今日はギルドで」
「承知しました!寝ぼけ作戦失敗です」
「何をやってるんだお前は・・・」
宿の主人にギルドの場所を聞き、歩いて向かう。
仕事は好きではないが、目的の無い旅にだって金はいる。ギルドで依頼を受けて、路銀を稼がなければならない。
朝の空気は澄んでいて気持ちが良い。自分達と同じ方向に歩く人達の中には、腰や背中に剣を装備している人もいる。目的地は同じだろう。
甲冑を装備している者や、杖を持つ見るからに魔法使いのような女性の姿が見える。さらに、ツルハシを担いだ筋肉質な男性や、修道服の女性等よく分からない格好の人もいるが、あの人達まで目的地は同じなのだろうか。
そんな一団が進む道は、足音だけでなく、ガチャガチャと金属が擦れる音で賑やかだ。この通り沿いに住む人達は朝からたまったものではないだろうと想像してしまう。
ギルドに到着する。二階建ての建物の壁は、朱色のレンガの所々に白いラインが入っている。元いた世界のどこぞの駅を連想させたが、大きさは遠く及ばない。現に中に入りきらなかった人達が、外にまで列を作っている。
「あら、出遅れちゃいましたかね」
「悪いな、俺が早く起きられないから」
「いえいえ、その分長く寝顔を拝見できるので、ありがとうございますとしか。んふふ」
「明日からは絶対にすぐ起こしてくれ!」
並ぼうか諦めようか迷っていると、どこかで見た覚えのある女が目の前を横切る。
その格好はいかにも冒険者で、胸部から腹部まで覆われた胸当てが銀色に輝いている。肩当てもしているが、その他の手袋や靴はただの革製に見えた。速度を重視しているのだろうか。
腰には体にやや不釣り合いな、大きな剣が備えられていた。コツコツと響く足音は軽やかで早い。
その顔が見えなくなり、背中を目で追う。風に靡く金髪を見て記憶が蘇る。
「あ」
思わず声が出た。女性はその声に気付き、振り返る。
昨日の修道服と印象が違いすぎて気付かなかったのだ。
「あ」
金髪の女も声を上げた。




