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まず絶望ありき。ゆるい暮らしがしたいのですが魔王になるって本当ですか?  作者: 10MA


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001まず絶望ありき

まず初めに絶望があった。

ある魔族の少女が見る空は狭い。

高い壁の上にある僅かな隙間から見えるのみ。

ご丁寧に鉄格子まで嵌められているが、跳んでも届かないうえに、触れられたところでどうする事もできない。

壁は木造ではあるが、太い丸太を隙間無く積み重ねられている。

叩いても殆ど音が響く事は無く、その厚みを感じさせた。

食事は日に一度。硬く乾いたパンと、土が付いたままの小さな野菜、それと木桶に入った水。


もうこの暮らしも随分と長い。

遠い記憶を遡る。青空の下で、両手を広げた背の高い人達に向かって走って行く自分。

これはいつの記憶だろうか。

それか夢で見ただけの光景なのかも知れない。

今でもたまにその夢を見る。そんな日は幸運だ。


もう時間の感覚も無いが、どうやら自分が今年で10歳になるということは分かっていた。

数えたわけでも無く、誰から教えられたわけでも無い。

ただここに食事を投げ入れてくる大人達が、外で話しているのを聞いただけだ。


「今年だ。今年でようやくこのガキも10になる。あと満月を2回待てばこのガキの世話も終わり、我らの大願が果たされる」

「ああ、5年も待ったのだ!待ち遠しいが、あと2度の満月なんて一瞬の事のようだな!」


たまにこの小屋の外で交わされる会話で、自分が近いうちに何者かへの捧げ物とされる事は分かっていた。

ようやくこの空虚で意味のない生活に終わりが来るのだ。

特に感慨は無い。

もちろん死ぬのは怖い。こうして体を動かす事も、考える事も出来なくなってしまう。

でもこの生活が続く事も怖い。安息が訪れるなら死んでもいい。

そんな矛盾を考え続けているうちに諦めがついた。

せめて来世がある事くらいは、期待しても良いのだろうか。



夜になり、狭い空も暗くなる、

部屋の隅に置かれた木桶から、掌に水を掬って口に含む。水と一緒に口の中に入ってきた小さな枯葉を、舌で唇から押し出す。それを指で摘んで床に捨て、口の中の水だけを飲み込んだ。

固い地面に横になって瞼を閉じる。


そうか、あとちょっとで終わるのか。


大人達の会話を思い出す。

終わってもいいけども、もう一度あの青空の下で抱きしめられたかった。

夢で感じたあの温かい気持ちになりたかった。

いや、温かい気持ちって何だっけ。

夢の中でならなれるのに。

起きると記憶には残っているが、その感触は逃げてしまって、この胸には何も残らない。


今日はあの夢が見られる日だといいな。








外の喧騒に目が覚める。夢を見る事はできなかった。

少し残念だが、今はそれどころでは無い。

立ち上がって壁の上の鉄格子を見上げると、外は明るく、空は青い。

遠くから怒るような、叫ぶような声が聞こえて来る。


「朝・・・」


声に出してみるも、掠れた小さな声は、遠くから聞こえる喧騒にも負けてしまって響かない。

喧騒は徐々に大きな音になっていく。


「お前!何のためにこんな事を!」


ついには硬く重いドアの向こうから、大人の男の大声がした。肩が大きく跳ね上がる。

大きな音に驚いた事もそうだが、あの人達が大きな声を上げる時は機嫌が悪く、痛い目に遭う。体がそれを思い出して反射した。


「おい!なんとか言っ・・・がぁぁ!」


ゴトンとドアに何かがぶつかるような音。

更にそれより大きな音がして、ドアが中に倒れてきた。

ドアと共に、何度も見たことのある大人が力無く倒れ込んできたが、その体は血で赤く染まっており、白目を剥いていた。口は大きく開いたままで、恐怖に顔を歪ませているようだった。この人のこんな顔は初めて見るが、何だかおかしかった。


顔を上げて、ドアがあったはずの壁を見る。その眩しさに思わず目を細める。

長方形に切り抜かれた青空を背景に、黒い人が立っていた。逆光が眩しく、その顔はよく見えない。

手には血を滴らせた長い剣を持っている。

この人がその剣で、私のこの生活を終わらせるのだろうか。

地面に膝をつき、手もつく。頭を下げると髪が左右に落ちて、細い首が露わになった。

痛いのは嫌だ。一瞬で終わらせて欲しいと、その瞬間を待つ。

しかし剣は振り下ろされない。

顔を上げて何度か瞬きをすると、目が慣れてその姿が見えてきた。

その人は男の人で、随分と若く見える。

息を切らして、肩を上下させていた。

黒い鎧だと思っていたが、大量の血によって赤黒くなっていたのがそう見えていたようだ。所々に銀色の輝きが見える。


「はぁー・・・」


青年は大きく息を吐くと、手に持っていた剣を足元に投げ捨てた。剣は見た目以上に重いようで、地面に跳ね返る事も無く、低い音を立てて土の上に倒れた。

少女の前まで来て、青年も膝をつく。

そして少女を優しく抱きしめた。

頬には鎧の冷たい金属の感触。


「え・・・?」


予想外の出来事。他人とこんなにも密着したのはいつ以来の事だろうか。

頭の上に水が落ちて来る感触があった。青年の顔を見上げると、大粒の涙をこぼしていた。


「ごめん、遅くなってごめんな・・・!」


若く見えるとはいえ、自分よりも大きな人間が、こうも顔をぐしゃぐしゃにして泣くのを初めて見た。

それを見て、自分の目からも頬を涙が伝った。

なぜかは分からなかった。

何者かも分からない人に抱きしめられ、理解できない状況で、どうしてそうなったかは分からないが、涙が止まらない。

ついには嗚咽が大きな声に変わり、叫ぶように泣いた。こんな事は生まれて初めてだったかも知れない。


感情の奔流も少し落ち着いた頃、青年は自分が羽織っていた外套を少女に被せて、()(かか)えた。

そして丸太でできた小屋から外へ出る。

数年振りの広い青空は、思っていたよりも更に広く、果てが見えない。

青年の腕から見る景色は高く、ずっと遠くまで見渡せる。

空の下では炎が燃え盛り、死体が広がっていた。青年は構わずに道を歩く。

苦悶の表情で転がっている死体は、どれも知った顔だった。自分を殴った者。鉄格子から顔を出し、罵詈雑言を浴びせかけてきた者。食事を蹴飛ばし、拾い集める姿を見て笑っていた者。

まだ息がある者もいるのか、所々から小さいうめき声が聞こえる。

目に見える建物はどれも燃え盛っている。大きな炎を上げて、黒い煙を空に立ち上らせている。

それでも空は青く、濁る事がない。

少女はこの光景を美しいと思った。

そして今日この時、初めて『この世に生まれた』気がした。

こんな景色を見せてくれた青年の顔を見上げる。

視線に気付き、目が合った。

にこりと向けられた笑顔に、胸が熱くなる。生まれて初めての感覚。


少女は思った。

ぁあー、この人が本物の神様というものなんだ。

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