8:正式村民になる
その晩ラウラはよく眠ることができず、寝不足の状態で朝食を食べていた。少女の考えはさっぱりわからないが、あの時何も言い返せないことが徐々に悔しくなってきた。
幼い頃父の友人だという、これまた性格の悪そうな人に口論で負けたことを思い出す。何より手当てが全くうまくいかず、何もできなかった自分を再認識することになりちょっとした自己嫌悪に陥っていた。
食事を終わると元気が出たのか、周りを見る余裕が生まれた。しかし例の少女が居た場所には誰も寝ておらず、どうやら別室にて寝かされているようだった。
「皆様、ご注目ください」
手を二回叩く音と、どこか神秘性を感じる声が部屋中に響き渡った。ラウラはその方向に吸い寄せられるように目を向けた。
「此度の件で我々一同、ニンゲンの皆様に伝えたいことがあります」
フクロウ面の異形が、その場に立っていた。ラウラは彼を視界に入れた瞬間安堵の気持ちで胸が一杯になった。ここにおちてきて、一番最初に見たの彼だった。しかし今の今まで目にすることは一度もなかったからだ。
あの者は幻だったのではないかと、そろそろ思い始めていたが、そうではないと判明したのだ。
「ほら、来なさい」
フクロウ面の異形が呆れたように言い放つと、押し出されるようにしてフードの異形が隣にやってきた。
「え、えぇええええっ。な、なんでボクが」
「フードを取りなさい」
彼は最初の時のようにフードをかぶり、紐を千切れそうなくらい引っ張り隠している。
「無理……だよ。こんな、ボクの姿なんか見たら」
「私はすでに面前に姿をさらしていますが?」
「ボクよりひどいのなんて、いるわけないじゃないか」
「はあ、取り押さえなさい」
フクロウ面の異形が合図を送ると、猫の獣人フィラインが彼を取り押さえる。
「うわっ、ああああぁああ!やめっ、やめてって」
抵抗むなしく、フードを剥がされ頭部があらわになった。一度見ている人は大勢居るというのに、なぜ今更わざわざ明かすのだろうとラウラは思った。
彼の姿を見て体を少しだけ、ぴくりと痙攣させた者がちらほら見受けられる。しかし、それだけであった。泣き叫んだり、どこかに行こうとする者は誰もいない。
「それと、ペリアクチン。こちらに」
「はーい」
トコトコと分かりやすい足音が聞こえると、ラウラに服をくれた、人形のペリアが現れた。
「こんにちは。前にも言ったと思うの。でも、もう一度。服のことで困ったことがあったらペリアに相談してね」
ペリアはスカートを軽く掴み一礼すると、フクロウ面の異形に目線を向けた。
「さ、帰っていい?うちの子がお家で待っているの」
「どうぞ」
「じゃ、じゃあボクも」
「あなたは何も用事がないでしょうが」
「うっ、うう………そうだけどさ」
そう言いながらフードの異形は包帯を引っ張り、きっちり締めなおした後、再びフードを被った。
「話が逸れましたね。古い異形である私たちを見た皆様の反応で、最終結論が出ました。あなた方ニンゲンを正式にこの村に向かい入れましょう。この村全ての存在と同様に、同種から迫害されたあなたたちはその権利があります」
ラウラは薄々そうなることを確信していた。フクロウ面の異形からその言葉が出たと同時無意識に頷いていた。
「私のような者は存在自体がですが、獣人は外見的理由または精神的理由から、追い出したものをまとめて異形と呼ぶことがあります。故にここは異形たちの名も無き村です。あなたたちがどのようにどう呼ばれるかは存じませんが、獣人と同じく便宜上そのままのほうがいいでしょう」
外見的理由という点で、ラウラは水色の毛並みを持った、ウサギの獣人のことを思い出した。
「先日の事件につきましては申し訳ございませんでした」
ラウラは自傷事件とあの少女のことだとわかっていたが、中には首を傾げたりぼーっとしている子いる。
きっと虚ろな状態で、何もわかっていない人間は少なくないのだろう。フクロウ面の異形もそれに気づいているようだが、話を進める。
「私たちはニンゲン程表情がありません。私を含め、特に先ほど前に出た者には皆無と言っていいでしょう」
「それゆえに感情を相手に伝えるすべがあります。概念のようなもので説明しづらいのですが、強く思えばその者がどんな感情を抱いているのかがわかるのです」
「ですが、ニンゲンには受け取る機能のようなものがないようです。ですので先日怪我をしたのでしょう」
「あの子は無事なんでしょうか?」
ラウラが発言すると、フクロウ面の異形は意外だったのか少し驚いているように見える。
「え、ええ。今のところは大事ないようです」
「失礼しました、話を戻してください」
「はい。このまま狭い空間で集団生活をしていると、同じ事故または複数人が怪我をしてしまう可能性が高い。ただでさえこの家では、収容数に限界があります。ですので私たちがそれぞれ保護者となり、個別に引き取ることにしました。話は以上です、解散」
フクロウ面の異形が手を叩く。ショールの隙間から見えた手は細長く、よくぞここまで音が出ると感心するほどであった。
集まっていた彼らはばらけて人間に声をかけ始めた。ラウラは誰が来るのだろうとドキドキしていたが当然誰も来る気配がなかった。近くを通る彼らをチラチラと見てみるが、なぜか露骨に顔をそらされた。時折あの子貴族だよね、との声が聞こえてくる。
どうにかして馴染もうとしていたが、この期間では無理があったようだ。ラウラはがっくりと肩を落とすが、それもそうだと納得した。