16:医師
フクロウたちが去ったあと、ウサギの獣人クラールスは一人の女性を奥の部屋から連れてきた。燃えるような赤毛をきれいにまとめている。
ラウラはこの先何年練習しても絶対にできないだろう淑女のまとめ髪をうらやましそうに見つめた。目の色は髪と同じ色で、背は女性の平均としては少し高めだ。さらに言えば年齢もおちた人間の中では高めの方だろう。
彼女は椅子の横までたどり着くとクラールスに椅子を引かれた。
「いいえ、まだ」
彼女はそう言いクラールスに目配せすると深呼吸しラウラに視線を向けた。
ラウラはいつものくせで胸を張り堂々とその場に座したままであった。
「わたくしカテリーナ・フォルツァと申します」
「ラウラミド・レ・ミケランジェリです」
「ミケランジェリ……?」
カテリーナはラウラの家名を聞くと額にしわを寄せた。
「もっ、もしかして……ついその……悪い癖で。ごめんなさい座ったままで」
ラウラはカテリーナの反応に動揺し音をたてて立ち上がった。
「あ、いえ、気にしないでください」
カテリーナは静止するように手を前に突き出すが、その勢いは弱弱しい。
「大丈夫?心拍数高いし急に汗かいてるよ」
慌てる彼女に対しクラールス耳をピクピクと動かしている。音を聞いているのだろうと誰でも分かる動作であった。カテリーナに対し甲斐甲斐しく世話を焼きはじめた。
ラウラも同じく緊張し冷や汗をかいているが、同じように世話を焼いてくれる者はいない。だからと言って、めげるものかとラウラは全身に力を入れる。それを威嚇と思ったのかカテリーナはさらに体を強張らせた。ラウラはその変化にすぐ気づくと慌てて手を前に振った。
「あ、あの!お恥ずかしながらカテリーナさんのことを知らないんです。ただ……わたしの家名の方はご存知かもしれませんが」
貴族らしくない、取り繕わず焦るラウラの態度を見たカテリーナは、目を見開くと緊張を少しだけ解いた。
「それ本当?」
「はい、そんなことで嘘をついても仕方ありません」
カテリーナは大きく息を吐くと力尽きたのか椅子に倒れるように座った。
「カテリーナ?」
「平気……勘違いだったみたい」
「そっか、よかった」
クラールスは優しく微笑むと、ゆっくりカテリーナの頭を撫でた。きつく結い上げた状態なのでもちろん頭はぐしゃぐしゃだ。そのことに気づいたカテリーナは口の端をひきつらせた。
「……クラールス、ちょっとしっぽ貸して」
カテリーナは目を細めると彼のしっぽを凝視し許可を得ずに握りしめた。
「痛っ、え?何?」
開いている左手で頭を整えながら、カテリーナはひとしきり満足したところでラウラと目が合った。
「おほん……失礼いたしましたわ」
「お気にせず、仲いいんですね」
「えっ、い、いや……別に」
少し照れながら言うカテリーナを見て、ラウラはこの一か月の自分を思い出していた。辛くはないが、情けないだめだめの一か月だ。
「さっきから思ってたんだけど。カテリーナさ、貴族的な取り繕い止めて、普通に話したら?なんか見ていて、辛そうなのがすごく気になるんだけど」
ラウラ自身にも言ってるのではないかと思うほど、耳の痛い話だった。許可も得ず、いきなり慣れ慣れしい口調で話すもどうかと思うが、せめて生活を共にするフクロウとエミリアに対する態度は変えていこうと決意した。
「えっ、そのようなことは……」
「いい加減話も進まないし。フクロウとぬし様が認めたんだから何の害意もない。この子が何をしに来たかは伝わってるし、何より彼女はもうここの仲間なんだから」
クラールスは言い聞かせるように真っ直ぐカテリーナのことを見つめていた。
「そう……だね。前にもそれやって失敗したし、良くない癖だった。ラウラちゃん、普通に話させてもらうよ。だから君もそうしてもらえる?」
先ほどまでの弱弱しい様子ががらりと変わり、気の強そうな本来の彼女であることが伺える。
「分か……ったわ。そうよね、もうここに敵はいないのだから。カテリーナさん、副村長の件についてお話がありま……あるの」
早々に年上の人と普通に話すのははじめてのことだったが、首を振るとなんとか切り替えようとする。
「うん、聞いていた通りだね。まさかもう一人がこんなたおやかな女の子だったとは」
「カテリーナさんも同じく優雅な女の子じゃないですか」
「お世辞はよしてって……本気で言ってる?」
「ええ、育ちがよい方かなとなんとなくだけれど」
「そうか……ありがとう。実際育ちは中途半端で、聞いたら引くレベルで年上なんだけどね。それなのに年下が保護者とか我ながら情けなさすぎ……」
カテリーナは後半部分を自嘲するように言うが、ラウラはそこまで年かさの女性だとは思えなかった。きっと多少大げさに言っているのだろう。
「うーんと、ここまで話したならもういいかな」
カテリーナは椅子から立ち上がるとラウラの目の前に移動しその場に膝をついた。
「えっ、そんな、止めて。カテリーナさん何を?」
相手の前で膝をつく行為は服従を意味する。地域差はあるだろうが、少なくとも同じ地域出身で高い身分であったカテリーナにそれがわからないはずがない。
動揺するラウラの手を取ると上目遣いで見上げるとこう言った。
「お嬢様、本日の体調はいかがされましたか?」
部屋の中が気まずい沈黙で満たされる。カテリーナは困った笑みを浮かべた。
「参ったなあ、男装でもしていればわかりやすかったかもしれないけど。今更着替える……にも服がないし」
男装の部分でラウラははっと目を見開いた。
「もしかして、隣国の男装女医の」
「正解。君の母のミケランジェリ夫人には何回か呼ばれていたから、もしかしたらと思ってね」
ラウラは過去に母から何度かカテリーナのことについて、聞いたことがあるのを思い出した。
「本当は一番年上がやるべきだろうけど、唯一の医師であることを公表しなかった、罪深い私がやるべきではないんだ」
「罪って、そんな。ここへ来た直後にそこまで求めるのは……」
「いいや、罪だよ。さらに言うと、自傷事件の時のこと……覚えてる?」
「ええ、ぼんやりとだけど」
ラウラはフードの異形の叫び声と、カルボスの頭蓋骨が転がっていった時のことを思い出した。
「あれ……実は私なんだ。最初に……自傷したの」
「えっ!?あの倒れていた人って、カテリーナさんだったの?」
「うん。今考えるとバカなことをしたよ。少し前までの現実との差が激しくて、夢か何かと思ってさ。それを確かめる為に切ったんだ」
カテリーナは左腕の袖をまくり上げると、手首に残る傷を見せた。殆ど治っているが、うっすらと傷跡が見える。
「なんで、そんなことをしたの?」
「ほんっとうに……本当に……申し訳なかったよ」
深々と頭を下げるカテリーナに対し、どう反応したらいいか、考えあぐねいていた。ラウラ自身は何の被害もない。謝る対象はどちらかというと同調して自傷行為を行った者たちだろう。しかしこの話を聞いて、軽々しくそちらに謝れと言えるわけがない。
「よろしい。少なくとも、わたしはカテリーナさんのことを許します。頭を上げなさい」
考えた結果昔の自分のような、偉そうな物言いになってしまい、ラウラは羞恥で顔が赤くなるのを感じた。
「やっぱり君って……」
顔を上げたカテリーナ表情から、特に不快な思いなっていないことが分かった。
「おほん、これはここで終わり。次を話してもらえるかしら?」
先ほどの問答をごまかそうと、ラウラはカテリーナをせかした。
「あ、うん。そうだね。自傷の時の子はもうとっくに治ってるってクラールスから聞いた。でも他傷事件の時の子はまだ全快ではない。今も苦しんでいるかもしれないのに、それをこの一か月ずっと放っておいたんだ」
「カテリーナ。カルボスから今では大分良くなったって聞いたけど」
「それでもだめだ。すぐにでも看護しに行かなくてはと思いながらも、ずるずる引きずって……ここまできてしまったけれど、私のことを知ったらきっと恨むだろうね」
カテリーナが自嘲しクラールスがそれを慰める光景がしばらく繰り広げられる中、ラウラは思い出した。
あの子とは、スケルトンの家に居るあの子のことだろう。
「カテリーナさん。その……あの子多分そんなに重症ではないと思うのだけれど」
「え!?」
カテリーナとクラールスが同時に声を上げた。
この反応からカテリーナはあの時のやり取りを見ていなかったのだろう。そして、薬師であるクラールスは薬だけを求められ細かい診察をすることなく、おそらく拒否されていたのだろうとラウラは推測した。
「何というか、前に皆さんが居なくなった時、手当てをしようとしたらあまりに下手過ぎたのか、怒られて、自分でどうにかしちゃって」
「それは……でもその時だけやせ我慢したって可能性も」
「僕が何度か見に行った時はなぜか急に苦しそうにしてて、体に障るから出て行って言われたけど」
確かにカテリーナの言ったことには一理ある。ラウラもあの時以来一度も少女の姿を見ていないため、確実であると言い切れなかった。
「その、一度会いに行ってみない?」




