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第1話 落ちこぼれの魔法使い

 訓練場の中央で、リナは杖を握りしめていた。


「次、リナ」


「はい!」


 試験官の声に答え、杖を前へ向ける。


 正面には、人の背丈ほどある石製の標的が置かれていた。


 魔法学園の進級実技試験。


 課題そのものは単純だ。


 攻撃魔法。


 障壁魔法。


 そして再び攻撃魔法。


 三つの魔法を順番に使用し、それぞれ一定以上の評価を取る。


 学園に入学できた生徒なら、それほど難しい試験ではない。


「始め」


 合図と同時に、リナは魔力を杖へ流した。


 身体の奥から魔力をかき集める。


 杖の先端に赤い光が灯った。


「《火球》!」


 炎が爆ぜた。


 撃ち出された火球が訓練場を横切り、石の標的へ直撃する。


 轟音。


 炎と砕けた石が周囲へ飛び散った。


「うわっ」


「すご……」


 見学していた生徒たちから声が上がる。


 標的の中央が大きく抉れていた。


 試験官も手元の記録用紙へ視線を落とす。


「威力、優秀」


「……よし」


 リナは小さく拳を握った。


 一発なら。


 一発だけなら、自信があった。


「続けて障壁」


「はい!」


 リナは杖を構え直した。


 次は防御魔法。


 炎属性の魔力を薄く展開し、正面に障壁を形成する。


「《炎壁》!」


 杖が光る。


 その前に炎が広がり――。


「……あれ?」


 途中で消えた。


 リナの身体から力が抜ける。


「っ……」


 膝をつきかけ、慌てて杖で身体を支える。


 嫌な感覚には慣れていた。


 魔力切れだ。


「リナ?」


「だ、大丈夫です」


 もう一度。


 ほんの少しでも残っている魔力を集めようとする。


 だが何も出てこない。


 乾いた井戸から水を汲み上げようとしているようだった。


「……《炎壁》」


 杖の先で、小さな火花が散った。


 それだけだった。


 訓練場が静かになる。


「そこまで」


 試験官が告げた。


「でも、まだ攻撃魔法が……」


「魔力が残っていないだろう」


「少し休めば」


「これは連続魔法の試験だ」


「……はい」


 リナは杖を下ろした。


 さっきまで抉れた標的を見て騒いでいた生徒たちも、もう興味を失っている。


 代わりに小さな笑い声が聞こえた。


「また一発だけ」


「威力だけならすごいのにな」


「実戦で一発撃って倒れたら終わりじゃん」


 聞こえないふりをした。


 何度も聞いてきた言葉だった。


 試験官が結果を書き込む。


「攻撃魔法は最高評価だ」


「はい」


「だが障壁は不合格。最終課題は実施不能」


「……はい」


「総合では基準未達になる」


 分かっていた。


 それでも、直接言われると胸が重くなる。


「リナ」


「はい」


「放課後、教員室へ来なさい」


 その一言で、さらに気分が沈んだ。


          ◇


「このままだと、進級は認められない」


 予想していた言葉だった。


 それでもリナは俯いた。


「……はい」


 机を挟んで座る担任教師は、怒っているわけではなかった。


 むしろ困ったような顔をしている。


「君の魔法の威力そのものは非常に高い」


「はい」


「今日の火球も上級生と比べても遜色がない」


 褒められているはずなのに、嬉しくない。


「問題は分かっているな?」


「魔力量です」


「ああ」


 机の上には、リナのこれまでの成績が並んでいる。


 魔法理論。


 中の上。


 薬学。


 平均。


 属性魔法の威力。


 学年上位。


 そして、継続実技。


 最低評価。


「君は、一度に放出できる魔力量が多い」


「はい」


「だが、そもそも身体に蓄えられる魔力が極端に少ない」


 それがリナの抱えている問題だった。


 魔法の才能がないわけではない。


 幼い頃、村を訪れた魔法使いにも才能を褒められた。


 だからこそ、この学園を目指した。


 入学試験でも一発の魔法だけなら抜群の成績だった。


 けれど、学園で求められるのは一発の威力だけではない。


「魔法使いは、一度魔法を使ったら終わりというわけにはいかない」


「……分かっています」


「魔力回復薬を使う方法もあるが」


 リナは思わず顔を上げた。


「それなら――」


「毎回使える値段ではない」


「……ですよね」


 学園の売店でも売っている。


 もちろん値段も知っていた。


 学生が毎日の訓練で飲めるようなものではない。


「次の再試験まで二週間だ」


 担任が言った。


「そこで基準を満たせなければ、退学を含めて進路を考えることになる」


 退学。


 その言葉だけが頭に残った。


「二週間……」


「ああ」


「分かりました」


「無理をするな、と言いたいところだが」


 教師が苦笑する。


「君の場合は、もう十分無理をしているな」


 リナも少しだけ笑った。


「慣れてますから」


「そういう問題ではないんだがな」


 教員室を出る。


 扉を閉めたところで、大きく息を吐いた。


「はぁ……」


「リナ!」


 廊下の向こうから少女が走ってきた。


 親友のエマだった。


「どうだった?」


「二週間」


「え?」


「二週間後の再試験で駄目だったら、退学かも」


 エマの顔が曇る。


「……そっか」


「うん」


「でも、二週間あるんでしょ?」


「二週間しかないとも言う」


「まだある!」


 強引だった。


 リナは少し笑った。


「エマって、たまに雑だよね」


「うるさい」


 軽く肩を叩かれる。


「今日はご飯食べて帰ろうよ」


「今日は無理」


「また図書館?」


「うん」


「昨日もいたじゃん」


「昨日調べた本には何もなかったから、今日は別の本を調べるの」


「身体壊すよ?」


「退学するよりいい」


 そう答えると、エマは何も言えなくなった。


「……ちゃんと夕飯は食べてね」


「分かってる」


「本当に?」


「たぶん」


「それ分かってないやつ」


 そんな話をしながら別れる。


 リナは、そのまま寮へ向かわず図書館へ向かった。


          ◇


 夜。


 図書館の閲覧席には、ほとんど人が残っていなかった。


「魔力容量の拡張……駄目」


 本を閉じる。


 別の本を開く。


「魔力回復速度の向上……必要期間、最低二年」


 閉じる。


「魔力回復薬の調合法……材料費、高っ」


 閉じる。


 机の上には何冊もの本が積まれていた。


 どれも役に立たなかった。


「二週間じゃ無理じゃん……」


 机へ額をつける。


 入学してからずっと努力してきた。


 それでも身体が持っている魔力の量だけは、努力ではほとんど変わらなかった。


 退学。


 またその言葉が浮かぶ。


「……嫌だな」


 鞄から一通の手紙を取り出した。


 少し前に届いた母からの手紙だった。


 何度も読んだので、端が少し丸くなっている。


『身体には気をつけなさい』


『無理に一番にならなくてもいいんだからね』


『卒業したら、村のみんなに自慢して回るから』


 最後の一文を見て、リナは小さく笑った。


「それはやめてよ、母さん」


 誰もいないので返事はない。


 母は自分一人を育ててくれた。


 学園へ入ると決まった時も喜んでくれた。


 高い学費だって、一部を今も送ってくれている。


 卒業する。


 魔法使いになる。


 ちゃんと稼げるようになる。


 今度は自分が母を楽にする。


「退学なんて、できるわけないよね」


 手紙を丁寧に畳んで鞄へ戻した。


 もう少しだけ調べよう。


 リナは立ち上がり、本棚へ向かった。


 魔力。


 魔力供給。


 魔力回復。


 魔力共有。


 関連しそうな本を端から確認していく。


「これも違う」


 本を棚へ戻す。


 その時だった。


「あれ?」


 今戻した本の奥に、何かが見えた。


 背表紙ではない。


 黒っぽい何かが、本棚の奥に挟まっている。


 リナは手を伸ばした。


「よいしょ……」


 周囲の本を少しずらし、それを引っ張り出す。


 一冊の本だった。


 かなり古い。


 表紙には埃が積もり、革もひび割れている。


「こんなのあったっけ?」


 蔵書番号もない。


 題名らしい文字もほとんど消えている。


 リナは表紙の埃を袖で払った。


 そして本を開く。


「……召喚?」


 古い形式の魔法陣。


 見慣れない術式。


 そして、その横に小さな文字が書かれていた。


 リナは目を細める。


「外部存在との契約による……魔力供給……?」


 ページをめくる手が止まった。


 もう一度読む。


 間違いない。


「魔力……供給」


 ずっと探していた言葉が、そこにあった。


 リナは古びた本を見つめた。


「……ちょっとだけ、読んでみようかな」


 静かな図書館で。


 誰にも知られることなく。


 リナは、悪魔を呼び出す方法が書かれた最初のページを開いた。


本日はこのあと、第4話まで更新します。

明日から6日間は毎日朝と夜の2回、以降は毎日夜に更新予定です。

全40話、執筆済みです。

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