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銀色の旅路――すべてを繋ぎ、愛するための戦記。  作者: 銀のさくら
スピンオフ:もかが見た匂いの記録
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第二話「ユウリとセシリアの匂い」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおり

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233188/

【02】ゆめ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/

【03】ななみ・リリカ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233192/

【04】ユウリ・セシリア

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233193/

【05】ステラ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233195/

【06】リナ・ミナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233196/

【07】レイナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233197/

【08】カレン

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/

アムネシア中央資料室には、今日も穏やかな朝の光が満ちていた。


窓のない壁に映された擬似の朝は、本物ではない。

それでも、この部屋に差すには十分なくらい柔らかい。


もかが干し林檎をひとかじりする。


しゃく、と小さな音がして、甘酸っぱい香りが古い端末の並ぶ室内へ静かに広がった。


「今回は、あの歌を歌う子と、百合の匂いがする人の記録だね」


すずは眼鏡を押し上げ、古い記録帳の新しい頁をめくる。

ペン先を整え、淡々と告げた。


「ユウリ、およびセシリアさんですね。……記録を開始します」


◇


「まずは、ユウリちゃん」


もかは目を閉じる。

記憶の引き出しをくんくんと嗅ぎ分けるみたいに、鼻先がわずかに動いた。


「ユウリちゃんはね、最初から、かすかに『歌の匂い』がしてたんだよ」


すずのペン先が、一瞬だけ止まる。


「ですが、彼女はアムネシアにいた頃、歌うことを制限されていたはずです」


すずは事実を確認するように言う。


「記録上も、ハザードレイヤー内での歌唱以外に、公式な歌のデータは残っていません」


「うん。そうなんだけどね」


もかは干し林檎を指先でくるりと回した。


「喉の奥のほうから、ずっと歌の匂いがしてたの。でも、ユウリちゃん自身は、それに気づいてなかったんだと思う」


少しだけ笑って続ける。


「だからかな。自分の中のその匂いを隠すために、すっごくツンとした、気取ったお嬢様みたいな匂いで自分を包んでたんだよ」


「擬装、ということですか」


「そうそう。ほんとは柔らかいものを持ってるのに、触らせないための匂い」


もかは頷く。


「ちょっと尖ってて、きれいで、でも近づくと刺さりそうな感じ」


すずのペンが、また静かに走る。


「それがね、ステラちゃんの形見の短剣――ヴィエントを手に入れた時に、ぐっと変わったの」


もかの声が少し明るくなった。


「喉の奥に隠れてた歌の匂いが、一気に強くなったんだよ。そこへ、ステラちゃんの持ってたお日様みたいに眩しい匂いが混ざった」


目を閉じたまま、もかはその匂いを思い出す。


「風の中に二人で並んで立ってるみたいな匂いだった。ひとりじゃないって信じたくて、でもまだ完全には自分の足で立ててない、そんな途中の匂い」


「……ですが、彼女は最終的にその短剣を手放しましたね」


「うん」


もかは静かに頷いた。


「ヴィエントを核へ返したあと、ユウリちゃんの匂いは、もっとちゃんと変わったんだよ」


その言葉には、どこか満足そうな響きがあった。


「もう、ステラちゃんの影を追いかける匂いじゃなかった。自分の足で、自分の意志で、誰かの隣に立とうとする匂いになったの」


すずが顔を上げる。


「誰か、とは」


もかは、にっと笑った。


「もちろん、セシリアさん」


そして、少しだけ声をやわらげる。


「そばにいたいって気持ちがね、もう『ステラちゃんの代わり』じゃなくなってた。ユウリちゃん自身の本音の匂いになってたんだよ」


「ステラの匂いを、知っているのですか」


すずの問いは淡々としていたが、そこには純粋な興味があった。


「うん。なんとなくね」


もかは肩をすくめる。


「ユウリちゃんの中で、ずっと消えないで残ってた、一番大切で、一番切ない匂いだから。完全に同じじゃなくても、何が残って、何が変わったのかは分かるよ」


すずは短く頷いた。


「……興味深い変遷です。では、セシリアさんについてはどうですか」


頁をめくり、新しい紙面の端を指先で静かになぞる。


もかは少しだけ眉を下げ、困ったように笑った。


「セシリアさんはね、最初は『冷たい情報と、古い記録の匂い』がしてた」


その表現を確かめるように、小さく息を吸う。


「紙とインクと、閉じた箱。そういう匂い。ちゃんとしてて、整ってて、でもあったかくはないの」


「記録者、あるいは管理者としての匂い、ですか」


「うん。でもね」


もかは少し身を乗り出す。


「ユウリちゃんの前にいる時だけ、そこに別の匂いが混ざってたんだよ。……くんくん、お母さんの匂い」


すずの手が止まる。


「お母さんの匂い、ですか」


「そう」


もかはあっさり答えた。


「子どもを見守る時の匂い。すごく独特で、ちょっと甘酸っぱくて、でも自分のことは後回しにしてる匂い」


すずは眼鏡の奥から、まっすぐもかを見る。


「セシリアさん、言葉では厳しかったです。でも、ユウリちゃんのこと、本当の娘みたいに思ってたんじゃないかなあ」


「……それは、記録が難しいですね」


すずの声には、記録者としての真面目な困惑が混じっていた。


「バイタルデータにも、そのような親子関係を示す数値は存在しません。科学的な証拠がありません」


「匂いが、一番の証拠だよ」


もかは即答した。


「私の鼻がそう言ってるもん」


しばらく沈黙が落ちる。

すずはその沈黙ごと書き留めるみたいに、ゆっくりペンを走らせた。


「……了解しました。非公式の観測結果として、そのまま記録します」


そして続ける。


「それで、彼女の匂いはどのように変化したのですか」


もかの顔から、いつもの軽さが少し薄れる。


「あの北西の、冷たい場所に近づいた時」


声も少し低くなった。


「セシリアさんの匂い、すっごく重くなったの」


「どう重くなったのですか」


「重いんだけど、嫌な重さじゃなかった」


もかは言葉を探すように、少しだけ天井の朝を見た。


「自分がこれまでしてきたこと、間違えたこと、失ったもの、そういう受け取るべきものを、全部ひとりで背負いきろうとしてる匂い。……『贖罪』の匂いだね」


その言葉を、すずは丁寧に書き留める。


「でもね、それをユウリちゃんが止めたんだよ」


もかの表情が少しやわらぐ。


「ユウリちゃんが『駄目です』って言って、セシリアさんを無理やり引き止めた。あの時、止められて本当に良かったなって思った」


小さく笑って、それから言い切る。


「だって、そのあと、セシリアさんの匂い、すっごく軽くなったんだもん」


「手放した、ということですか」


「うん」


もかは何度も頷く。


「ステラちゃんを失ってからずっと、冷たい石みたいに固くて重い匂いがしてたのにね。ユウリちゃんに『まだそばにいていいですか』って聞かれた瞬間、その重さがぱっとほどけたの」


その光景を思い出しているのか、もかの目が少しだけ細くなる。


「ステラちゃんへの罪悪感とか、母親として失った時間とか、そういうのがぜんぶ解けて、最後に残ったのは、ユウリちゃんへのまっすぐな気持ちだけだった」


そこで、いたずらっぽく笑う。


「だから、匂いもすっごく分かりやすくなったんだよ」


「分かりやすい、とは」


すずが静かに問う。


もかは、最後の一片の干し林檎を口に放り込んだ。

甘酸っぱい香りがふっと広がる。


「混じりけのない、大好きな人を、ただ大好きだって思う匂い」


挿絵(By みてみん)


その答えに、すずは何も言わなかった。

ただ、手元の記録帳へ最後の一文を書き添える。


万年筆のインクが、白い紙にゆっくり染みていった。


「……記録、完了」


すずは記録帳を見たまま、淡々と総括する。


「役割を捨て、互いを名前で呼び合うことで、二人の関係は新たな調律を得た。……もか、あなたの主観的な補足は、この物語の『余韻』を記述する上で、極めて妥当です」


「えへへ、でしょう!」


もかは嬉しそうに椅子を揺らす。


「やっぱり、匂いは嘘をつかないんだから」


その時だった。


資料室の自動ドアが、微かな風をはらんで小さく揺れる。


廊下の向こうから流れ込んできた空気に、もかがぴたりと動きを止めた。


「あ……」


「どうしましたか、もか」


もかは鼻先をひくつかせたまま、廊下の先を見つめている。


「……この匂い、知ってる」


その声には、もう次の頁を見つけた時の期待が混ざっていた。


「すっごく一生懸命にペダルを漕ぐあの子と、甘くて温かいお芋を焼くあの子の匂い」


嬉しそうに目を細める。


「今の風の中に、あの二人がお互いを助け合って、やっと出せた温かい匂いが混ざってる気がする」


「……リナ、およびミナですね」


すずは静かにペンを置き、記録帳をそっと閉じた。

その瞳にはもう、次の頁を開く準備ができている。


「了解しました。次回の記録項目として、仮保存しておきます」


廊下の向こうから、香ばしい土の匂いと、やさしい熱の気配が、ゆっくり混ざり合いながら流れてくる。


記録は、まだ終わらない。

そう言うみたいに。


スピンオフ:第二話「ユウリとセシリアの匂い」――完

第三作『銀色の旅路』は完結編です。

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。

https://ncode.syosetu.com/n6938mi/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

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