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銀色の旅路――すべてを繋ぎ、愛するための戦記。  作者: 銀のさくら
第五章:完結編「手放す時」
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47/50

第十一話「記録、継続」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおり

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233188/

【02】ゆめ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/

【03】ななみ・リリカ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233192/

【04】ユウリ・セシリア

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233193/

【05】ステラ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233195/

【06】リナ・ミナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233196/

【07】レイナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233197/

【08】カレン

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/

白銀の奔流が消えたあと、廃墟には古い瓦礫と砂埃だけが残った。


さっきまで世界そのものが軋んでいたのが嘘みたいに、辺りは静まり返っている。


天井の裂け目から差し込む朝の光が、崩れた床も、ひび割れた壁も、等しくやわらかく照らしていた。


リナが広げていた地図の上からは、あの不気味な黒い印も消えている。

最初から存在しなかったみたいに、きれいに。


誰も、すぐには口を開かなかった。

終わったのだと認めるには、あまりにも長く、あまりにも深い時間を潜ってきたからだ。


ユウリは、ヴィエントを手放したあとの自分の掌をじっと見つめていた。


そこにはもう、刃の重みはない。

ステラの残響にしがみつくための形も、もう残っていない。


けれど空っぽではなかった。

皮膚の奥には、たしかな熱がまだある。


それは誰かの代わりではなく、ユウリという一人の輪郭を、静かに縁取る熱だった。


「……ステラは、あなたの歌の中にいます」


隣に立ったセシリアが、静かに言った。


顔色はまだ万全ではない。


それでも、先ほどまでの痛みに削られた蒼白さは薄れ、瞳には一人の女としての光が戻っていた。


ユウリは掌を握りしめたまま、顔を上げずに答える。


「今日も、歌いました」


喉の奥が少しだけ震える。


「……聞こえていたと、思いますか」


「ええ」


セシリアは迷わず頷く。


「聞こえていましたよ。誰よりも近くで」


ユウリはしばらく黙った。

胸の奥に押し込めてきた言葉が、今の自分の熱になってせり上がってくる。


「……セシリアさん」


ようやく顔を上げる。


「私、まだ……そばにいても、いいですか」


それは身代わりとしての申し出ではなかった。


ステラの代わりとして果たす義務でもない。

ユウリ自身の、むき出しの願いだった。


セシリアは少しだけ目を見開く。


驚きと、安堵と、長く待っていたものをようやく受け取った人の痛みが、その一瞬に滲んだ。


そして、やわらかく微笑む。


「当然よ」


その返事に、ユウリはふっと目を細めた。


「……その言い方」


かすかに口元が緩む。


「誰かに似ていますね」


セシリアは答えなかった。

けれど、その唇の端だけがほんの少し、悪戯っぽく動いていた。


◇


少し離れた場所で、リナが地図を静かに閉じる。

その動きに合わせるように、ミナがそっと隣へ寄った。


「……レイナさんに、届いたでしょうか」


ミナは朝の光の中で、小さく問う。


「今日の、この光」


声は澄んでいた。

かつてラヴァとして咆哮していた頃が嘘みたいに、澄み切っていた。


リナは結晶化した右腕を、隠さずにミナの前で動かしてみせる。

もうそれは恥でも傷でもなく、自分の歴史としてそこにあった。


「母はもう、いません」


リナの声音は淡々としている。けれど冷たくはなかった。


「でも、届いていると思います」


少しだけ間を置いて、続ける。


「母は、あなたのことをずっと……本当にずっと、忘れませんでしたから」


ミナの瞳が、じわりと濡れた。


自分を削りながら生きてきた長い時間。

与えることでしか赦されないと思い込んでいた歳月。


そのすべてが、「忘れられていなかった」というたった一言に触れた瞬間、ようやく居場所を得た気がした。


「……よかった」


ミナの呟きはかすかだった。

それでも、たしかに風に乗って、どこか遠くの空へ運ばれていった。


◇


ななみは少し離れた場所から、いおりの横顔を見つめていた。


記憶の濁流を越え、六本指の手をさらし、それでも立ち続けた従妹。


その瞳には今もなお空白がある。

幼い日々のすべてが戻ったわけではない。


けれど、その空白はもう拒絶の壁ではなかった。これから書き足していける余白になっていた。


「……いおりの幼少期の記憶が、完全に戻ることはないかもしれません」


ななみの言葉に、隣のリリカが小さく頷く。


「でも、これからまた作れますよね」


リリカはまっすぐ前を見たまま言う。


「いおりちゃんが、いおりちゃんとして笑える時間を」


「……はい」


「私たちも、その中にいられますよね」


ななみは一拍、黙る。

それから少しだけ視線を逸らして答えた。


「……いられます。当然のことです」


リリカが、にっと笑った。


「じゃあ十分です。それだけで、お釣りが来るくらい」


そう言って、彼女はポケットを探り、琥珀色の小石を取り出した。

朝の光を受けて、あの日の約束だけを閉じ込めたみたいにあたたかく光る。


「いおりちゃん。これ、覚えてないよね」


いおりが不思議そうに覗き込む。


「……それは?」


「昔、いおりちゃんが私に『持ってて』って言ったやつ」


リリカは少し笑う。


「砂場で、地球の反対側まで掘ろうって約束した時に」


いおりは、その小石をそっと指先でなぞった。

名前も、景色も、まだ霧の向こうだ。


それでも石に触れた瞬間、左手の結晶がかすかに拍動し、心地よい熱が掌に広がった。


「返さなくていいですよ」


いおりが静かに言う。

リリカが目を丸くした。


「……え?」


「また一緒に、持っていてください」


いおりは小石から目を上げ、やわらかく笑った。


「私、これからは今の私で新しく覚えていけるから。だから、それはリリカさんが預かっていて」


その微笑みは、完璧な聖女のものではなかった。

少し不器用で、けれど確かな優しさを持った、一人の少女の笑顔だった。


リリカは一瞬だけ泣きそうな顔をして、それから鼻をすすって笑い返す。


「……じゃあ、また借りておくね」


小石を大事そうに握る。


「いおりちゃんが本当に取り返しに来るまで、私が絶対になくさないように」


ポケットへ戻す指先は、もう震えていなかった。


その様子を見届けてから、ななみが不意に小声で言う。


「リリカさん。……戻ったら、報告書を書かなければなりません」


「報告書?」


リリカがきょとんとしてから吹き出す。


「……ああ、始末書ですね」


「管理局の枠外で行動し、端末を損壊させた件です」


ななみはきわめて真面目な顔で続ける。


「……正確な記述が求められます」


「ななみさん、本当にそういうところ変わりませんね」


リリカは肩を揺らして笑う。


「全部終わったあとに最初に出る話が、始末書なんだもん」


「何がですか。必要なことです」


ななみは即座に否定した。

だが、その横顔には、以前のような息苦しい義務感はもうない。


ただ明日へ続く日常を、自分の足で引き受けようとする、生真面目な一人の女性がそこにいた。


◇


カレンは、一人で廃墟の奥を振り返っていた。


風は止み、もう根源の叫びもない。

長いあいだ耳の奥にこびりついていた呻きが消えた世界は、驚くほど静かだった。


かつて父が夢見た、誰も怯えずに眠れる場所。

施設という形では、それは叶わなかった。

むしろ多くを傷つけた。


それでも、今ここに立つ彼女たちの姿として、その夢は不完全なまま確かに残ったのだと思えた。


「お父さん」


唇だけが動く。

誰にも聞こえない、小さな囁き。


「終わりましたよ。……ようやく」


番人としての役目。

父の過ちを、一人で背負い続けようとした沈黙。

刑のように自分へ課してきた長い時間。


そのすべてが、朝の光の中で少しずつ溶けていく。


「カレンさん。……これから、どうするおつもりですか」


ななみの問いに、カレンはすぐには答えなかった。

少し考えてから、静かに息を吐く。


「分かりません」


正直な言葉だった。


「……けれど、一人ではないと、あの子たちが教えてくれたので」


それから、ほんの少し笑う。


「……立ち止まることは、もうないと思います」


リリカがカレンへ歩み寄った。


「カレンさん。……私、また会いに来ます」


そして、いおりを振り返る。


「いおりちゃんと一緒に」


カレンはわずかに目を見開く。


「……なぜですか。私は、あなたたちを遠ざけようとしたのに」


リリカは肩をすくめた。


「会いに来たくなったので、会いに来るんです」


少し笑って続ける。


「……理由なんて、それでいいでしょ?」


カレンは呆れたように息をつき、そして降参するみたいに肩の力を抜いた。


頬が、春の雪解けみたいにゆるむ。


それは、この場所で彼女が初めて見せた、本物の笑顔だった。


挿絵(By みてみん)


◇


その光景を、すずともかが少し離れた場所から見守っていた。


もかは大事そうにビスケットの袋を抱え、鼻をひくつかせる。


すずはいつもの記録帳を手にしたまま、誰一人見落とすまいとするように、全員の姿を静かに目に焼き付けていた。


「すずちゃん」


もかが小さく囁く。


「みんな、いい匂いがするね」


「……匂い?」


「うん」


もかは嬉しそうに頷く。


「寂しい匂いも、痛い匂いも……ぜんぶ、お日様の匂いに溶けちゃったみたい」


すずは少しだけ目を細めた。


「……そう思います」


短い返事だった。

けれど、その視線はずっと、いおりとゆめの背中を追っていた。


挿絵(By みてみん)


最後尾で、いおりがゆめの隣に並ぶ。

ゆめは手のひらの中に、最後の一度のレミエルの余韻を大切そうに包んでいる。


「ゆめ」


いおりが静かに聞いた。


「……村を出る時、私が言ったこと、覚えてる?」


ゆめは微笑む。


「覚えてるよ。『行かなきゃいけない気がする』って、少し不安そうに言ってた」


「……そうだったよね」


いおりは朝の光に透ける自分の左手を見つめた。

六本指のままの、その手を。


「その時の私は、過去を取り戻すことで精一杯だった」


手袋はもうない。

異形は隠すものではなく、彼女が生き抜いてきた証としてそこに在った。


「でも、これからは『今』を覚えていける」


いおりの声は穏やかだった。


「ななみさんがくれた言葉も、リリカさんが持っていてくれた石の温かさも、みんなで流した涙も。……全部、今の私が新しく覚えていけるよ」


ゆめが、そっといおりの手を握る。


「私も覚えていくね」


その声はやさしい。


「……いおりがいつか、今のことをまた忘れてしまっても、私が隣で何度でも伝える」


いおりは、ゆめの瞳をまっすぐ見返した。


焚き火の前で交わした、あの不確かな約束。

今は明日を信じるための重りになっている。


「……うん。じゃあ、二人で持てるね」


「そうだね。二人で」


ゆめが頷く。


「あの村で、八百屋のおばちゃんや子どもたちが待ってるよ」


少しだけ笑って、手を引く。


「……帰ろう、いおり」


「うん。……帰ろう」


二人が歩き出す。


それに続いて、十一人それぞれの足音が、静まり返っていた廃墟にひとつずつ響き始めた。


それは終わりの音じゃない。

ここから先へ進んでいく、生きた足音だった。


◇


資料室の隅で、すずが記録帳を閉じた。

その隣でもかが、最後の一切れのビスケットを口に運びながら、モニターを覗き込む。


「これで、終わり?」


もかの問いに、すずは眼鏡を直し、静かに首を振った。


「終わりではありません」


少し間を置く。


「……続きがあります」


「続きって? みんな帰っちゃったよ?」


「記録は、終わらないので」


すずの指が、記録帳の最後のページをなぞる。

そのさらに先にある、真っ白な余白を。


そこには、まだ何も書かれていない。

けれど、何もないのではなかった。


これから彼女たちが刻んでいく、名前のない明日が広がっていた。


すずはペンを取る。


最後の一行を、一文字ずつ、丁寧に書き記す。


――記録、継続。


第五章:第十一話「記録、継続」――完

第三作『銀色の旅路』は完結編です。

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。

https://ncode.syosetu.com/n6938mi/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

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