第十話「カレンの救済」
■ 登場キャラクター紹介
【01】いおり
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【02】ゆめ
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【03】ななみ・リリカ
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【04】ユウリ・セシリア
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【05】ステラ
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【06】リナ・ミナ
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【07】レイナ
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【08】カレン
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最後の鎖が解けた瞬間、廃墟の底から「白」が溢れた。
それは光だった。
けれど、ただの光ではない。
行き場をなくした数万人分の想いが、ようやく出口を見つけた時の奔流だった。
まばゆい白が根源の底から噴き上がり、その中心に立つ番人へと殺到する。
「……っ、……あ……!」
カレンの身体が激しく明滅した。
輪郭は薄氷みたいにひび割れ、指先から銀色の粒子が剥がれ落ちていく。
彼女は長いあいだ、たった一人でここに立ち続けてきた。
父の遺言を守るために。
根源の滲み出しを、自分の身ひとつで封じるために。
その代償は、あまりにも重い。
浄化しきれなかった根源の残滓――冷たい澱が、長い年月をかけて彼女の器を満たしていた。
今、根源が本来あるべき場所へ還ろうとするほど、その澱を抱えた器であるカレン自身が、外側の巨大な引力に引きずられていく。
「カレンさん!」
いおりが反射的に駆け出しかける。
だが、その肩をセシリアが強く掴んだ。
「いおり、だめです!」
声は鋭かったが、その指先は震えていた。
「今のカレンに触れれば、あなたまで飲み込まれる。残滓を抱えたまま暴走の渦中にいるのよ」
いおりの足が止まる。
カレンは声も出せないまま、ほんのわずかに首を振った。
その瞳だけが、静かに告げている。
――これでいい。
自分という器ごと根源が消えるなら、それで終わって構わない。
そう言うみたいに。
けれど、その諦めを破ったのは、低く、静かな拒絶だった。
「……終わらせません」
ゆめだった。
もかの腕からそっと離れ、彼女は一歩、また一歩とカレンへ向かって歩き出す。
ゆめ自身の輪郭もまだ不安定だ。
核がほどけるほど、アムネシアの残滓から生まれた彼女は引き寄せられ、存在を薄くしている。
それでも止まらない。
その掌には、淡い黄金色の光が宿っていた。
レミエル。
いおりとの絆を取り戻した時、最後の一度だけ戻ってきた奇跡。
本来なら、それは、いおりを守るための光だった。
いおりの痛みを救うための熱だった。
でも、今、使うべき場所はここだと、ゆめは知っていた。
「いおり」
ゆめが振り返る。
いおりの左手――手袋を失った六本指の結晶の手から、青白い燐光が立ち上っていた。
それはゆめの掌の黄金色と、磁石みたいに引き合っている。
セシリアは、その二人の間に交わされる無言の意志の強さを見た。
止める言葉は、もう出てこなかった。
彼女は静かに手を離す。
いおりは、ゆめの瞳を見る。
そこに宿る決意を、何ひとつ取り違えずに受け取る。
もう、どちらかがどちらかの身代わりでいる時間は終わった。
二人はもう、守られる側と守る側ではない。
対等に並ぶ存在として、今、目の前で消えようとしている「家族」を救うために立つ。
いおりはゆめの隣に並んだ。
剥き出しの六本指の左手が、ゆめの放つレミエルの光へ自然に重なる。
「覚えていますか」
ゆめが、明滅するカレンを見つめて言う。
「親戚の集まりの、あの日のことを」
揺らいでいたカレンの焦点が、ゆっくりゆめの琥珀色の瞳に合う。
「……覚えて、います」
掠れた声が、かろうじて返った。
「あの時、私はお腹を見せました」
ゆめの声は静かで、まっすぐだった。
「信じてもいい相手にだけする、私の降伏です」
そう言って、彼女は両手をそっと開く。
「今も、同じです。……私はカレンさんを信じています。だから、一人で持とうとするのを、やめてください」
その言葉が届いた瞬間、カレンの瞳が揺れた。
長いあいだ誰にも預けられなかった重みが、初めて言葉で触れられたからだ。
ゆめはレミエルの光を解き放つ。
いおりの六本指の手が、その黄金の核を支えるように添えられる。
「もう、一人じゃないよ」
その囁きと同時に、二人の境界がふっと薄れた。
ゆめの掌からあふれる黄金の粒子。
いおりの結晶の指から立ち上る青白い燐光。
二つの光はぶつからない。拒まない。
互いを探していたものみたいに溶け合い、螺旋を描いて廃墟の闇を塗り替えていく。
粒子のひとつひとつが、夜明けの雪解け水みたいに、カレンの身体へ染み込んだ。
その熱に触れた瞬間、彼女を内側から食い破ろうとしていた黒銀の澱は、刺々しさを失ってほどけていく。
それは破壊ではなかった。
責めでも罰でもない。
浄化だった。
凍りついていた皮膚が、朝露を宿した真珠みたいにやわらかな白へ変わる。
剥がれ落ちかけていた輪郭が、穏やかな光の膜によって、ひとつひとつ丁寧に縫い合わされていく。
「……あ……」
カレンの瞳に、色が戻る。
激しく明滅していた身体を、黄金と青白の混ざり合った残光が、真綿みたいにやさしく包んでいた。
輪郭は少しずつ落ち着きを取り戻し、確かな実体へ帰っていく。
何年ものあいだ、一人で毒を飲み込み続けてきた番人が、初めて誰かの体温によって救われていく。
カレンは、いおりの左手を見る。
手袋のない、青みがかった六本目の指。
かつて夏の庭で「綺麗な石みたい」と撫でた、あの小さな手の続き。
あの日、救えなかったと思っていた希望が、今こうして意志を持って自分を助けている。
「……お父さんの……夢は……」
言葉が、嗚咽に崩れる。
「……死んで、いなかったんだね」
自分だけが冷たい石になって守り続けてきた長い時間。
その果てで、父が理想の象徴として愛した「ゆめ」が、いおりの傍らで形を変え、生き抜き、今、自分を孤独から引き上げている。
その事実が、カレンが自分に課し続けてきた呪いを、内側から砕いた。
「カレンさん」
次に前へ出たのは、ななみだった。
彼女は黒い手袋をはめた右手を、そっとカレンの肩へ置く。
その手つきは、特別執行官のものではない。
ただ、一人の従姉妹としての、静かな優しさだった。
「痛いの、飛んでいきましたね」
カレンが、はじかれたように顔を上げる。
「……なな、み……?」
「幼い頃、カレンさんに教えてもらった言葉です」
ななみは小さく微笑む。
「あなたが私に教えて、私がいおりに伝えて……いおりがまた、別の誰かへ繋いできた言葉です」
カレンは、はっきりとは覚えていなかった。
いつ、どの庭で、その言葉を幼いななみに渡したのか。
けれど、その響きが胸に触れた瞬間、長年沈殿していた泥のような時間が、一気に涙へ変わった。
「……う、あ……っ」
喉の奥で堰が壊れる。
「……ああああ……っ!」
カレンは顔を覆い、子どもみたいに泣いた。
父の無念。いおりへの罪悪感。
一人で待ち続けた年月。
終わらせなければならないと思い込んできた自分への刑。
そのすべてが、かつて自分が何気なく蒔いた小さなおまじないの言葉によって、自分自身の元へ帰ってきたのだ。
いおりがそっと、カレンの背に腕を回す。
結晶の指の冷たさは、今のカレンにとって何より確かな「生きている証」だった。
少し離れた場所で、ミナがその光景を見つめていた。
ずっと一人でいた人。
自分と同じように、罪の意識の中で時間を止めていた人。
その人が、今、救われた。
ミナは自分の掌を静かに握りしめる。
そこに、自分自身の明日もまた重ねるみたいに。
廃墟を満たしていた重苦しい冷気は、もうほとんど消えていた。
根源は完全に沈み、残されたのは、差し込む朝の光と、十一人それぞれの静かな息遣いだけだった。
第五章:第十話「カレンの救済」――完
第三作『銀色の旅路』は完結編です。
キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。
もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。
■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。
https://ncode.syosetu.com/n7557ma/
■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。
https://ncode.syosetu.com/n6938mi/
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