第三話「カレンの言葉」
■ 登場キャラクター紹介
【01】いおり
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【02】ゆめ
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【03】ななみ・リリカ
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【04】ユウリ・セシリア
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【05】ステラ
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【06】リナ・ミナ
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【07】レイナ
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【08】カレン
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「……いおりが、いなくなった理由を知りたくて。私は、ここへ来ました」
カレンの声は、乾いた風に擦れながら、かすかに震えていた。
長いあいだ銀色の霧と向き合い続けてきたその喉は、まるで言葉そのものを忘れかけていたように重い。
「調べれば調べるほど、この世界の綻びは、私の父が遺したものへ繋がっていると分かりました。……父の手記を見つけてから、私はずっと、一人でここを封じ続けてきたんです」
「一人で……ずっと?」
リリカが思わず問い返す。
信じられないものを見るような目だった。ポケットの中で小石を握る手に、隠しきれない動揺が出ている。
カレンはすぐには答えなかった。
ただ、廃墟の壁に刻まれた無数の傷跡へ目を向ける。
爪痕のような裂け目。焼け焦げた跡。何度も押し返し、何度も耐えてきた歳月の沈黙。
その長さこそが、彼女の答えだった。
「来てほしくはありませんでした」
ようやく零れた声は、驚くほど静かだった。
「あなたたちが危険に晒されると分かっていたから。……でも、動向は見ていました。遠くから、ずっと」
「なぜですか」
ななみが一歩、前へ出る。
執行官としての鋭い眼差しが、目の前の女性をまっすぐ射抜いた。
それは任務の追及ではない。答えを探し続けた末にようやく辿り着いた、自分の過去への問いだった。
「父の手記に書かれていたことと、あなたたちが……重なったからです」
カレンは目を伏せる。
自嘲とも諦めともつかない影が、その横顔をかすめた。
「けれど、私には止める力がなかった。近づけば近づくほど、私自身が根源に飲み込まれてしまう。……だから私は、待つことしかできなかったんです」
その指先は、長く残滓を浴び続けたせいで岩のように冷たく、強張って見えた。
ななみは無意識に、手袋の上から右手を強く握り込む。
管理局という枠の外で、答えを探し続けてきた。
何度も記録を読み、何度も足跡を追い、ようやく辿り着いた先にいたのが――記憶の片隅に眠っていた、あの夏の日の背中。
いおりの手を引く自分を、静かに見守っていてくれた年上の従姉妹だった。
「……カレンさん」
その名を呼ぶと、カレンはゆっくり顔を上げた。
「ななみ。……大きくなりましたね」
細められた目には、かすかな驚きと、痛々しいほどの慈しみが滲んでいた。
ななみがここまで来るあいだ、どれだけ自分を律し、感情を飲み込んできたか。
その輪郭まで見抜いてしまうような眼差しだった。
「あなたを探していたわけではありませんでした」
ななみは静かに言う。
「……でも、ここにいたのですね」
「ここしか、いられなかったので」
あまりにも淡々とした答えだった。
それが言い訳ではなく、長いあいだ自分に言い聞かせ続けてきた事実なのだと分かってしまう声音だった。
その視線が、ななみの隣に立ついおりへ移る。
いおりは、あの夜、暗がりから声をかけてきたこの人をじっと見つめていた。
従姉妹だということは、まだ分からない。
それなのに、胸の奥がどうしようもなく熱くなる。
カレンが、一歩だけ近づいた。
「その指……」
視線は、いおりの左手に吸い寄せられていた。
白い手袋の下、不自然に膨らんだ六本目の指。
カレンは躊躇うように、けれど抗えない引力に導かれるように指先を伸ばし、布越しにそこへそっと触れた。
冷たいはずのその指先が、その瞬間だけ、かすかな熱を帯びて見えた。
「……その指、昔よく撫でていました」
声が、わずかに揺れる。
「あなたがまだ、本当に小さかった頃」
いおりの心臓が、大きく跳ねた。
手袋の下の六本目の指が、カレンの接触に呼応するように激しく脈打ちはじめる。
それは痛みではなかった。
長いあいだ閉ざされていた扉を、内側から誰かが必死に叩いているような、懐かしくて切実な疼きだった。
「周りの大人は、それを“異常”だと言いました」
カレンの声は、乾いた砂が擦れるように掠れている。
けれどそこには、冷たさではなく、深い慈しみが混ざっていた。
「何かの前触れだと怖がって、誰もあなたに触れようとしなかった。……でも、私にはそう見えなかった」
触れている指先が、わずかに震える。
「病気でも、呪いでもない。ただの、綺麗な石のようだと思っていました。……あなたという大切な存在から零れた、輝く欠片なのだと」
その瞬間だった。
フェスティナレンテの奥で、何かが強く脈を打つ。
いおりの脳裏に、鮮烈な感覚が一気に蘇った。
夏の日の芝生の匂い。明るすぎる陽射し。
自分のいびつな指を見て、「人間じゃなくなっちゃう」と泣きじゃくっていた幼い自分。
その小さな手を、少女の両手がやさしく包み込む。
結晶の角を、壊れものみたいに、愛おしそうになぞる指先。
『綺麗だよ、いおり。これはあなただけの、特別な宝物なんだから』
優しい声。
確かな体温。
記憶の断片が、今この場の疼きと重なり合い、いおりの内側で静かな光を放つ。
「……っ」
堪えていた涙が、ひとすじ零れた。
名前はまだ戻らない。
関係も、すべてを思い出せたわけではない。
けれど、身体の芯がはっきり知っていた。
目の前にいるこの人は、自分にとって大切な人だったのだと。
カレンは、その表情を確かめるように、もう一歩近づこうとした。
その時だった。
いおりの隣で、銀髪の少女――ゆめが静かに前へ出る。
その動きに気づき、カレンが顔を上げる。
ゆめは逃げなかった。
冷たい石のようなカレンの瞳を、まっすぐ見つめ返す。
「あなたを、知っています」
凛とした声が、廃墟の静寂を裂いた。
その一言に、カレンの動きがぴたりと止まる。
長い歳月をかけて纏い続けてきた“孤独な番人”としての硬い輪郭が、ゆめの視線を正面から受けた瞬間、ほんのわずかに揺らいだ。
それは、誰にも触れられないはずだった過去が、とうとう名前を呼ばれた瞬間だった。
第五章:第三話「カレンの言葉」――完
第三作『銀色の旅路』は完結編です。
キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。
もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。
■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。
https://ncode.syosetu.com/n7557ma/
■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。
https://ncode.syosetu.com/n6938mi/
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