第二話「全員集合」
■ 登場キャラクター紹介
【01】いおり
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【02】ゆめ
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【03】ななみ・リリカ
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【04】ユウリ・セシリア
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【05】ステラ
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【06】リナ・ミナ
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【07】レイナ
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【08】カレン
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廃墟の入口は、巨大な獣が口を開いたまま息を潜めているようだった。
いおりはフェスティナレンテの重みを背に受けながら、足を止める。
周囲に滞留する銀色の霧は、ただ濃いだけではない。
触れれば体温まで奪われそうなほど重く、冷たく、白い手袋の布地をじっとりと湿らせていた。
ここが世界のほころびの中心だと、景色そのものが告げている。
「いおり。……誰か来るよ」
隣のゆめが、鋭く鼻先を動かした。
いおりは息を呑む。
ゆめの視線の先、霧の向こうで、何かがゆっくり輪郭を持ち始める。
キィ、キィ――
静寂をひっかくような乾いた金属音。
現れたのは、三輪車を押す黒髪の少女と、その傍らに寄り添う、白い花の髪飾りをつけた少女だった。
見覚えはない。
ないはずなのに。
三輪車を押す少女の、銀色に結晶化した右腕が目に入った瞬間、いおりの左手が手袋の内側で熱を帯びて疼いた。
警戒すべき相手だと頭は告げるのに、胸の奥からせり上がってきたのは、説明のつかない安堵だった。
(どうして……)
懐かしい。
そう感じてしまった自分に、いおりは戸惑う。
さらに別の足音が近づいてきた。
硬い軍靴の音。
霧を割って姿を現したのは、黒髪を風になびかせた眼帯の少女と、落ち着いた旅装の女性。
その眼帯の少女――ユウリと視線が合った瞬間、いおりの意識がぐらりと揺れた。
(知っている)
胸の奥より先に、体がそう思い出す。
(この人の、立ち方を。このまっすぐな目を。どこかで、ずっと前に――)
「……いおりちゃん!」
さらに聞こえた声に、いおりは弾かれたように顔を上げた。
ななみ。そして、リリカ。
その後ろから、村で会ったすずと、お菓子の袋を抱えたもかまで続いてくる。
いおりは、その場に立ち尽くした。
村で「また会おう」と約束したななみたちが、今こうして目の前にいる。
けれどここは、村から遠く離れた、誰も近づかないはずの廃墟だ。
自分たちがここへ来ることは、誰にも話していない。
偶然では片づけられない何かが、確かにこの場に集まり始めていた。
「ななみ、さん……リリカさんも」
声が震えた。
ななみはいおりの前で足を止める。
いつものように背筋は伸びている。
けれど反対の手で押さえ込んだ右手の手袋には、こらえきれない感情が滲んでいた。
その瞳にあるのは執行官の冷静さではない。遠くまで追ってきた者だけが持つ、切実な熱だった。
数か月前、村の広場で見送った背中。
あの日、自分から求めた「また会おう」の約束。
その約束を守るために、この人はどれほどの道を越えてきたのだろう。
本当に、来てくれた。
その事実が、いおりの胸に空いていた場所を、一気に温かく満たしていく。
「……また、来てくれましたね」
ようやく零れた声は、驚きよりも深い安堵に濡れていた。
ななみは一拍だけ黙り、震える右手をさらに強く握り込む。
それから、短く答えた。
「約束でしたから」
ただそれだけの言葉なのに、いおりの胸が痛むほど熱くなる。
隣で、リリカが堪えきれないように一歩踏み出した。
「いおりちゃん、また会いに行きたいって言ったでしょ。……来ちゃいました」
少しだけ笑おうとして、でもうまく笑えない顔のまま続ける。
「場合によっては、無理やりでも連れて帰るつもりだったんですよ?」
冗談めかした調子なのに、目はもう真っ赤だった。
いおりは込み上げるものを隠さず、二人を見つめて微笑む。
「……来てくれるって、思っていました。どこかで、ずっと」
その言葉に、リリカはとうとう視線を逸らして鼻をすすった。
再会の余韻に浸る間もなく、場の空気はさらに大きく混ざり合っていく。
もかは真っ先にゆめのもとへ駆け寄り、ゆめもまた懐かしい気配に目を細めた。
その一方で、いおりの意識は再び、ユウリたちへ引き寄せられる。
次の瞬間。
背のフェスティナレンテが、心臓のように激しく脈打った。
どくん、と響いた震えが骨を伝い、いおりの脳裏へ古い絵画のような光景を次々と焼きつけていく。
散らばっていた色が、一気にひとつへ繋がろうとしていた。
リナの結晶化した腕が見えた瞬間、銀色の糸が宙を走り、世界の綻びを縫い留めていた残像がよぎる。
(……あの日、綻びを縫っていた人だ)
白い花の髪飾りをつけたミナの髪が風に揺れた瞬間、深い場所で眠っていた孤独な少女の横顔が重なった。
(この人と、一緒にいた。……とても、大切な人だった)
落ち着いた旅装を纏うセシリアを見た瞬間には、さらに別の痛みが胸を貫いた。
冷徹な管理者の顔の奥で、娘を救おうと必死に抗っていた、一人の母親の震え。
(……守ってくれた人)
そして最後に、ユウリ。
眼帯の奥に隠された痛み。泥だらけで笑い合った時間。
いつか一緒にピザを食べようと交わした、あまりにもささやかな約束。
それなのに、どうしようもなく眩しかった熱。
(……一緒に、戦っていた)
喉の奥まで熱いものがせり上がってくる。
いおりの瞳に涙の膜が張り、視界が滲んだ。
震える声で、四人へ向けて呟く。
「……知っている」
息を継ぐだけで胸が苦しい。
「私、あなたたちのことを、知っています」
その一言に、ユウリが弾かれたように肩を震わせた。
堪えていた雫が、とうとう瞳から零れる。
「……当たり前よ」
声は掠れていた。
「忘れていたら、承知しなかったんだから」
いつもの強気な言い方なのに、その視線は再会の安堵で激しく揺れている。
泣きそうなのを隠すために睨むような顔まで、どうしようもなく懐かしかった。
リナは静かに、深く頷いた。
ミナは、いおりに向かってそっと頭を下げる。
「あなたたちも……私を、知っているんですね」
問いかけに、セシリアはすぐには答えなかった。
ただ、慈しみと、取り返しのつかなさへの悔いを同時に宿した眼差しで、いおりを見つめる。
その沈黙だけで十分だった。
いおりは左手を胸に当てた。
手袋の下の六本目の指が、仲間たちの集結に呼応するように、かつてないほど激しく疼いている。
それは痛みというより、忘れていた絆が肉体の奥から目覚めていく感覚だった。
いおりの震える声を受け止め、その場にいる全員の間に、言葉にならない感情が走る。
立場も、歩いてきた道も違う。
失ったものも、抱え続けてきた後悔も、それぞれ違う。
それでも今この場には、同じ銀色の霧を切り裂き、いおりを愛してきた者たちにしか分からない震えが満ちていた。
まだ何一つ解決していない。
それなのに、もう背中を預けられると分かってしまう。
十人。
失われた記憶と、手放せなかった痛みを抱えたまま、彼女たちはようやくひとつの場所へ辿り着いた。
その時だった。
ななみの背筋に、鋭いものが走る。
この場所を。いおりを。自分たち全員を。
ずっとどこかから見つめていた、沈黙の観測者の気配。
ななみは弾かれたように、廃墟の巨大な影を振り返った。
「……誰ですか」
問いに応じるように、暗がりから一人の女性が音もなく滑り出してくる。
その場にいる全員が息を詰める。
あたりを静寂が包み込む。
冷たい石のような瞳。
長年たった一人で何かを見張り続けてきた者にしか纏えない、疲弊の匂い。
その女は一同を見据え、わずかに目を細めた。
「……だから近づくなと言ったのに」
諦めと、拒絶と、どこか安堵にも似たものが滲む声だった。
「でも、来ると思っていました」
カレンが、そこに立っていた。
第五章:第二話「全員集合」――完
第三作『銀色の旅路』は完結編です。
キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。
もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。
■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。
https://ncode.syosetu.com/n7557ma/
■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。
https://ncode.syosetu.com/n6938mi/
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