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銀色の旅路――すべてを繋ぎ、愛するための戦記。  作者: 銀のさくら
第四章:リナとミナ「真実の縫い目」
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第四話「話せなかった」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおり

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233188/

【02】ゆめ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/

【03】ななみ・リリカ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233192/

【04】ユウリ・セシリア

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233193/

【05】ステラ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233195/

【06】リナ・ミナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233196/

【07】レイナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233197/

【08】カレン

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/

夜の帳は、荒野を深く、重く塗り潰していた。


キャンプ地のすぐそばまで、銀色の霧が迫っている。

静止した波のようなその澱みが、遠くの廃墟の輪郭をぼんやりと縁取っていた。

地図に記された「黒い印」は、もう目と鼻の先にある。


明日には踏み込むはずの場所が、今夜はただ、言葉を失ったままこちらを見返しているようだった。


ミナは焚き火のそばに膝を抱えて座っていた。

火の爆ぜる音さえ、霧の沈黙に吸い込まれていく。


(……もし)


胸の奥で、冷たい声が響く。


(もし、私の熱が、薬なんかじゃなかったとしたら)


カプセルの中で感じていた、あの逆流する熱。

行き場を失って自分の内側に溜まり、やがて世界へ滲み出していった災厄の気配。

今も荒野を侵し続ける銀色の霧。


自分がカプセルに入ったからレイナが治ったのではない。


ただ、自分がアムネシアに繋がれ続けたせいで、病の進みが一時的に変わっただけなのではないか。


そして、自分が放ち続けたエネルギーこそが、この世界を壊し続けているのではないか。


一度形を持った疑念は、もう曖昧な不安には戻らなかった。


それは毒みたいに静かに、けれど確実に、ミナの思考の隅々へ染み込んでいく。


「……眠れませんか」


静かな声がした。


ミナが顔を上げると、毛布を肩に掛けたリナが立っていた。


焚き火の向こうに腰を下ろしたその瞳は、暗がりの中でも澄んだ湖のように静かだった。

責めるでも、急かすでもなく、ただここにいると示すだけの眼差し。


ミナはしばらく、自分の指先を見つめていた。

震えているわけではない。


けれど、何かに触れればまた壊してしまうのではないかという古い恐怖が、まだそこに残っている。


やがて、堰を切ったように言葉が溢れた。


「……リナ。私は、嘘をついていました」


リナは何も言わない。

ただ、ミナの言葉が続くための静けさだけを差し出している。


ミナは息を吸った。

今さら取り繕っても遅いと分かっていた。

けれど、それでも声にするのは怖かった。


言葉にした瞬間、長いあいだ胸の奥へ押し込めてきたものが、現実の輪郭を持ってしまうから。


「アムネシアにいた頃のことを……全部は、話していませんでした」


焚き火がぱちりと鳴る。


「私がカプセルに入ったのは、親友を救うためでした。レイナという子です。……私の熱が、その子の病気を治す“薬”になると聞かされて、私はそれを信じました」


そこで一度、声が詰まる。

リナは動かない。

その動かなさが、今は救いだった。


「でも、ずっと分からなかったんです。本当に救えたのか。あの子は治ったのか。私が閉じ込められていたあいだ、何が起きていたのか」


ミナの指先が、毛布の端を強く握る。


「カプセルの中で感じていました。熱の流れが変わっていくのを。制御されていたはずのものが、少しずつ外へ漏れ出していくのを。……霧が増えていくのを」


言葉にするごとに、隠し続けてきた恐怖が輪郭を帯びていく。


「私のせいで、レイナは石になったのかもしれない。私のせいで、結晶も霧も広がったのかもしれない。……それなのに私は、何ひとつ確かめないまま、逃げてきたんです」


最後の方は、ほとんど掠れ声だった。

それでも止められない。


「私の熱は、誰かを救う薬なんかじゃなかった」


頬を、熱い雫がひとつ伝う。


「世界を壊して、友達を奪って、今も誰かを蝕み続ける毒だったのかもしれない。……そんな周りを不幸にするだけの化け物が、あなたの隣にいていいはずがないんです」


ミナは顔を伏せた。肩が小さく震える。

焚き火の明かりが、その細い背中の痛々しさを余計にはっきり照らしていた。


挿絵(By みてみん)


長い沈黙が落ちる。

夜風が一度だけ、リナの長い黒髪を揺らした。


そして。


「……知っていました」


リナの声は驚くほど平坦だった。


ミナが弾かれたように顔を上げる。

涙に濡れた視界の向こうで、リナの表情は崩れていなかった。

けれど、その静けさは冷たさではない。


長いあいだ自分の中で反復し続けた言葉を、ようやく外へ出す時の静けさだった。


「母の名前は、レイナといいます」


ミナの呼吸が止まる。


「……え」


「ずっと、聞かされていました」


リナはミナを見たまま続けた。


「ミナという大切な友達が、自分のために装置へ入ってくれたのだと。……その熱のおかげで、自分は生き長らえたのだと」


言葉の一つひとつが、ミナの胸の奥へ沈んでいく。

否定したいのに、できない。


月光の下に立つリナの瞳の形が、記憶の底に残る誰かの眼差しと重なってしまったからだ。


「……似ている」


ミナの喉から漏れたのは、それだけだった。

あの優しい、透き通るような瞳。

幼い日に手を握り返してくれた、レイナの目だ。


リナはゆっくりと立ち上がり、焚き火を挟まず、ミナの正面へ回った。

逃げ道を塞ぐためではない。

俯いたままでは届かない言葉を、まっすぐ届く距離で伝えるために。


「母は、あなたを一度も恨みませんでした」


その声には揺るぎがなかった。


「……いいえ。最期まで悔やんでいたのは、自分だけが生き残ったことではありません。あなたを独りにしたことです」


風が吹き、リナの右腕の袖がめくれた。

露出した銀色の結晶が、焚き火と月光を受けて鋭く光る。


その光は、ミナにはまるで自分の罪そのもののように見えた。


自分が広げたものが、今この子の身体にも食い込んでいる――そう思って、また息が詰まりかける。


けれど、リナの瞳にあったのは拒絶ではなかった。


「……だから」


そこで初めて、リナの声が震えた。


「あなたが自分を責め続けることを、私は許しません」


怒りではない。


その震えは、何年も押し殺してきた一人の少女としての感情が、ようやく言葉になった時のものだった。


リナの瞳から、一筋の涙が落ちる。


挿絵(By みてみん)


「母が感謝していた人を、母が大切に想っていた人を……その人自身に、化け物だなんて呼ばせたくありません」


右腕を隠さないまま、リナはそれをミナの前へ差し出した。

壊れの証でもあり、それでもなおここまで来た時間の証でもある腕。


「これがあなたのせいだとしても」


リナははっきり言った。


「それでも、だからこそ、私はあなたを独りにしません。母がそうしてほしいと願ったからではなく……今の私が、そうしたいからです」


ミナの唇が震える。

声にならない何かが喉で崩れる。


「話してください、ミナ」


リナは一歩近づいた。


「あなたが抱えてきた沈黙を。言葉にならなかった罪悪感を。……私が、全部縫い合わせますから」


その言葉で、とうとう何かが決壊した。


ミナは嗚咽を漏らして崩れ落ちた。

焚き火の前で膝をつき、子どものように、みっともないほど真っ直ぐに泣いた。

何十年も押し込めてきた孤独が、今さら形を持って喉を裂いて出ていく。


「……ごめんなさい」


額が地面へつく。


「ごめん、なさい……レイナに……あなたに……私……」


言葉は途中で壊れて、涙に混じった。

謝りたい相手が多すぎて、何から許されたいのか自分でも分からない。

ただ、ずっと言えなかった「ごめんなさい」だけが、何度も零れる。


リナはその前へ膝をついた。

目線を下げ、ミナの隣に並ぶ高さまで自分を落とす。


「話してください」


静かな声だった。


「私はここにいます」


それは慰めのための台詞ではなかった。

約束だった。

逃げないという宣言だった。


「……それだけが、今の私にできることですから」


荒野の夜は相変わらず冷たい。

霧はすぐそばまで迫っている。

明日には、黒い印の向こう側へ踏み込まなければならない。


それでも、二人のあいだにある空気だけは、焚き火の熱よりもずっと確かな体温を帯びていた。


話せなかったものがようやく言葉になり、独りで抱えるしかなかった痛みが、初めて「聞かれるもの」へ変わった夜だった。


第四章:第四話「話せなかった」――完

第三作『銀色の旅路』は完結編です。

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。

https://ncode.syosetu.com/n6938mi/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

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