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銀色の旅路――すべてを繋ぎ、愛するための戦記。  作者: 銀のさくら
第二章:ななみとリリカ「記録の廃墟」
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第三話「廃墟の入口」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおり

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233188/

【02】ゆめ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/

【03】ななみ・リリカ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233192/

【04】ユウリ・セシリア

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233193/

【05】ステラ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233195/

【06】リナ・ミナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233196/

【07】レイナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233197/

【08】カレン

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/

北西へ進むほど、世界から湿り気が失われていった。


道端の草は色をなくし、踏まれる前から砕けるみたいに乾いている。


剥き出しの岩肌は陽の光を冷たく弾き、風がその隙間を抜けるたび、笛のような高い音が鳴った。


それは、どこか遠くで誰かが泣くのを堪えている声に似ていた。


ななみは歩調を緩めない。

黒い革手袋に包まれた右手が、時折、意志を持つ生き物のように小さく震える。

そのたびに左手で手首を押さえ込み、震えを物理的に“管理”下へ戻そうとした。


隣を歩くリリカは、ポケットの中の琥珀色の小石を何度も指先で転がしている。


からり、と乾いた感触が指先を打つたび、村を出る朝に見た、いおりの顔がよぎった。


「……ねえ、ななみさん」


重たい沈黙を押し返すように、リリカが口を開く。

いつもの軽さを装ってはいたが、声は少しだけ強張っていた。


「いおりちゃんのこと、考えてたんです。村で、ゆめちゃんから聞いた話」


ななみは視線を前方から外さないまま、短く応じる。


「……はい」


「記憶を燃料にして戦うなんて、そんなの、あまりにも残酷じゃないですか」


リリカは空を見上げた。


青いはずの空は、北西へ近づくほど白く、冷たい膜を一枚重ねたように見える。


「いおりちゃんは、そんな場所で、ずっと前に立ってた。ボロボロになるまで戦って、最後は自分を使い切って……。それなのに、再会した時には、あんなふうに笑ってくれた」


村でスープの湯気越しに見た、いおりの穏やかな横顔。


欠けているものを抱えたまま、それでも“今”を丁寧に生きているような、静かな笑顔。


あの顔を見たからこそ、どこかで思っていた。

失われたものは、もう戻らなくてもいいのかもしれない、と。


けれど、本当にそうなのだろうか。

その笑顔を支えていたものの底に、まだ消えていない痛みがあるのだとしたら。


「私、どこかで勝手に安心してたんです」


リリカが、握った小石を見下ろす。


「いおりちゃんはもう大丈夫なんだって。あの子はちゃんと生きてるから、私たちはそれを見届ければいいんだって」


そこで一度、息を切る。


「でも、たぶん違いますよね。笑ってるから終わり、じゃない。笑えるようになっても、消えてないものがある」


ななみの喉が、ほんのわずかに動いた。


いおりが自分を覚えていなかった、あの午後。

その事実は、痛みであると同時に救いでもあった。

忘れていたからこそ、いおりは穏やかに笑えていたのかもしれない。


だが、穏やかさは空白の証明でもある。


「……行きましょう」


ななみがようやく言う。


それ以上、何かを足すことはしなかった。

けれど、その短い言葉には、引き返さないという意志だけがはっきりと宿っていた。


二人は再び歩き出した。


    ◇


廃墟は、盆地の底に沈むようにして建っていた。


一見すれば、ただの遺棄物件だ。


挿絵(By みてみん)


コンクリートの壁は大きく崩れ、剥き出しの鉄骨が錆びた骨のように夕闇へ突き出している。


窓ガラスは一枚残らず砕け、空洞となった窓枠だけが、訪れる者を無表情に見下ろしていた。


かつてアムネシアに関連していた観測所か、中継拠点か。


管理局の記録には、用途の詳細すら曖昧なまま“遺棄物件”とだけ記されていた場所。


二人は無言で近づいた。

入口まであと十メートル。


そこで、まるで見えない壁にぶつかったかのように、二人の足が同時に止まる。


「……重い」


リリカが、息を浅くしながら呟いた。


今まで遭遇してきたどのハザードレイヤーとも違う。

濃いとか、冷たいとか、そういう単純な話ではない。


空気そのものが粘度を持つ泥になって、皮膚や肺や思考へまとわりついてくるような圧迫感だった。


ななみも短く息を吐く。

端末上の汚染指数はB1。処理不能な数値ではない。

むしろ記録だけ見れば、慎重に対処すれば十分対応可能な範囲だ。


だが、身体が感じている“重さ”は、その数字をまったく信用させなかった。


ななみは視線を落とす。


廃墟を囲む地面は乾ききって、白くひび割れている。

けれど、入口へ続く細い線だけが不自然だった。


「リリカさん。足元を」


「……え?」


リリカがしゃがみ込み、目を凝らす。


扉の前。

ひび割れた土の上に、何度も踏み固められた跡が残っていた。


新しいもの。数ヶ月前と思しきもの。

さらに古く、ほとんど地形の一部みたいに沈んだもの。


どれも歩幅が近い。荷重のかかり方も似ている。

複数人ではない。おそらく、ずっと同じ一人だ。


「……誰かが、通ってた」


リリカの声が小さくなる。


「たぶん、何度も。長いあいだ」


ななみはしゃがみ込み、土へ指先を触れた。

ひどく冷たい。

乾いているのに、指の奥にまで沈むような冷たさだった。


けれど、その冷たさの底には、ただの放棄ではないものがある。


執着。義務。

あるいは、祈りに近い何か。


「守ってたのかもしれませんね」


リリカが、廃墟の口を見上げたまま言う。


「追い返すためじゃなくて、中の何かが外へ出ないように。……あるいは、中に置き去りになったものを、独りにさせないように」


風が吹く。

その言葉だけが、やけに長く耳に残った。


一人で、ずっと。

それは、ななみ自身が管理局で抱え込んできた孤独と、どこか似た匂いがした。


ななみは立ち上がり、手袋をはめ直す。

右手の震えは、ここまで来るあいだよりも明らかに強くなっていた。


建物の奥から滲み出しているのは、悪意というより、悪意になる前に凍りついた絶望だった。


入口には、かつて厳重だったはずの電子ロックの残骸がぶら下がっている。

切れた配線が垂れ、錆びた金属板が風もないのにわずかに揺れていた。


扉は完全には閉じていない。

隙間から、古い紙と、冷え切った雨のような匂いが流れ出している。


ななみが手をかける。


きぃ……。


錆びついた金属が上げた悲鳴が、廃墟の静寂を乱暴に引き裂いた。


その音に混じって、ほんの一瞬だけ、幼いいおりの笑い声を聞いた気がした。


――いや、違う。笑い声ではない。笑い声の形をした、もっと別の何かだ。


ななみは奥歯を噛みしめる。


「リリカさん」


「はい」


「三メートル以内を維持してください。離れないで」


“場合によっては”という軽口は、今日は返ってこなかった。

リリカも、この場所では冗談が浮かないことを知っている。


「分かってます」


短い返事。

それだけで十分だった。


挿絵(By みてみん)


二人は、光の届かない内部へ足を踏み入れる。


一歩。


境界を越えた瞬間、外の風の音が途切れた。


世界が、そこで切断されたみたいだった。


代わりに満ちてきたのは、無数の溜め息が結晶化したような、重く冷たい残響。

アムネシアの名残。

消えきらず、行き場を失い、ここに沈殿し続けてきた時間の重み。


暗闇の奥で、何かが静かに脈打っている。


ななみの右手は、もう押さえていても止まらないほど震えていた。


それは恐怖だけではない。


拒絶と、既視感と、知ってしまうことへの予感が、全部いっぺんに身体の中で反響している震えだった。


第二章:第三話「廃墟の入口」――完

第三作『銀色の旅路』は完結編です。

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。

https://ncode.syosetu.com/n6938mi/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

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