第二話「管理局の外へ」
■ 登場キャラクター紹介
【01】いおり
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【02】ゆめ
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【03】ななみ・リリカ
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【04】ユウリ・セシリア
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【05】ステラ
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【06】リナ・ミナ
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【07】レイナ
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【08】カレン
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朝の空気は、刃物のように鋭く冷えていた。
ななみは宿の前の石畳に立ち、無言で装備を点検する。
黒い革手袋。標準支給の執行用端末。
ホルスターに収まった制御用デバイス。
上着の内ポケットに入れた予備バッテリーと簡易封鎖札。
どれも管理局の規定通り。
どこにも不備はない。
それなのに、胸の内だけが落ち着かなかった。
本来なら今ごろ、本局から定時のブリーフィングが入っているはずだった。
耳の奥に流れ込んでくる短い指示、優先順位、危険度、撤収基準。
いつもなら煩わしいほど整っているはずの“正しさ”が、今日はどこにもない。
代わりに聞こえるのは、目覚めはじめた街の生活音だけだ。
開く窓。遠くで鳴る荷車の軋み。
朝食の支度をする金属音。
正式な任務ではない。
その事実が、ななみの背筋に細い冷水のような違和感を走らせていた。
「ななみさん、お待たせしました!」
背後から、明るい声が飛ぶ。
「スコーン、ちゃんと取り出しやすいところに入れましたから」
ななみは振り返らないまま答えた。
「……出発します。予定より三分遅れています」
「厳しいなあ」
リリカが笑いながら隣に並ぶ。
「任務じゃないんだから、三分くらい“場合によっては”の範囲内ですよ」
足取りはいつも通り軽い。
その軽さに、ななみは一瞬だけ救われるような、逆に焦らされるような気持ちになった。
管理局の外で動く。
それは、ななみにとって“正しさ”という名の地図を持たずに歩くことと同義だった。
それでも足が止まらないのは、右手の震えが、北西から吹く風に確かに応えているからだ。
◇
街を離れ、二人は街道を北西へ進んだ。
舗装はすぐに荒れはじめた。
ひび割れたアスファルトの隙間から、銀色を帯びた草がまばらに顔を出している。
かつてアムネシアがあった方角。
近づくほど、空気の密度がじわじわと変わっていく。
「ななみさん」
しばらく無言で歩いたあと、リリカが横から声をかける。
「ななみさんが本当に確かめたいことって、何なんですか?」
ななみは足元を見たまま答えた。
「昨日も言った通りです。情報不備の確認。合理的判断に基づく寄り道です」
「それだけですか?」
問い返しが早い。
ななみは小さく息を吐いた。
「……最近、レイヤーの発生パターンに不自然な歪みがあります。管理局へ上がっている報告書は、どれも表面的な数値に留まっている」
右手を、手袋の上から握り込む。
「報告には上げていません。確証がないので」
「ななみさんが?」
「不確かな情報を公式記録に残せば、組織の判断を狂わせます。当然の判断です」
言い切ってから、ななみは少しだけ視線を逸らした。
「……でも」
その一言だけが、わずかに遅れた。
「数値の裏側で、何かが悲鳴を上げているような感覚が消えないんです」
リリカは、あえてすぐには返事をしなかった。
風が吹き抜け、ななみの長い黒髪をさらう。
ややあって、リリカが口元をゆるめる。
「“感じる”って、今ななみさん言いましたよね」
「言っていません」
「ほとんど言ってました」
ポケットの中の琥珀色の小石を、リリカの指先がくるりと撫でる。
「前のななみさんなら、そんな言い方しなかったです。なんだか、前よりずっと“相棒”って感じがします」
「……私はただ、誤差を放置できないだけです」
反論はした。
けれど、自分でも驚くほど弱かった。
リリカの言う通りだった。
かつての自分なら、直感だの違和感だの、そういう曖昧なものを判断材料に入れることさえしなかったはずだ。
数値、記録、前例、命令系統。そこにないものは切り捨てればよかった。
けれど、その“正しさ”は一度壊れている。
村で、いおりの穏やかな笑顔を見たあの日。
自分を忘れていてもなお、いおりは“今”を懸命に生きていた。
記憶を取り戻すことだけが救いではない。
整った理屈だけが人を守るわけではない。
そのことを、いおりと、そしてゆめという少女が、ななみに突きつけた。
道は次第に険しくなっていった。
石の多い坂道が続き、二人の呼吸は少しずつ白く短くなっていく。
さすがのリリカも冗談を言わなくなった。
耳に残るのは、風が岩肌を叩く乾いた笛のような音だけ。
(……つながっている)
ななみは荒い息を吐きながら、胸の内で考える。
各地で起きた小規模レイヤー。
リリカが拾い集めた、消えゆく霧の指向性。
夢の中でだけ聞こえる、誰のものともつかない悲鳴。
それらは全部、北西の一点へ収束している。
管理局のどの部署もまだ掴んでいない綻び。
もし、かつてのアムネシアが残した“根源”が、今もなおどこかで息をしているのだとしたら。
そして、いおりの失われた過去が、その場所と共鳴しているのだとしたら。
ななみは、自分の足首へまとわりつくような重さをはっきり感じていた。
それは管理局の名札や規定で遮断されたものではなく、むき出しの自分が直接受けている世界の重さだった。
「ななみさん」
前を歩いていたリリカが、急に立ち止まる。
「見てください。……あそこ」
指差した先、切り立った崖の向こうに、灰色の建物の残骸が見えた。
夕闇に溶けかけた輪郭。
窓なのか裂け目なのか分からない黒い穴。
半ば崩れながら、まだそこに在り続けている巨大な影。
地図には載っていない。
管理局の監視対象リストにもない。
それなのに、あまりにもはっきりと“待っていた”場所の姿をしていた。
ななみは右胸に手を当てた。
心臓が、警告のように強く打つ。
震えはもう指先だけではなかった。
全身が、あの場所から滲み出す何かを、激しく拒絶しながら、同時に渇望している。
行けば、知ってしまう。
知れば、もう以前のようには戻れない。
それでも。
「行きます」
声は低かった。
だが、ためらいはなかった。
「……手遅れになる前に」
その響きは、もはや執行官の報告ではない。
大切な人の痕跡を追い、答えに手を伸ばそうとする、一人の少女のものだった。
リリカは何も言わず、ただ隣へ並ぶ。
二人は残光の薄れていく荒野を、崖の向こうの廃墟へ向かって、一歩ずつ踏みしめていった。
第二章:第二話「管理局の外へ」――完
第三作『銀色の旅路』は完結編です。
キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。
もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。
■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。
https://ncode.syosetu.com/n7557ma/
■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。
https://ncode.syosetu.com/n6938mi/
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