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銀色の旅路――すべてを繋ぎ、愛するための戦記。  作者: 銀のさくら
第一章:いおりとゆめ「レミエルの在処」
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第一話「村の朝」

■オープニングムービー

本編前に雰囲気をご覧になりたい方へ、オープニングムービーを活動報告に掲載しています。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/3042524/blogkey/3700258/


■ 登場キャラクター紹介

【01】いおり

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233188/

【02】ゆめ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/

【03】ななみ・リリカ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233192/

【04】ユウリ・セシリア

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233193/

【05】ステラ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233195/

【06】リナ・ミナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233196/

【07】レイナ

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233197/

【08】カレン

https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/

挿絵(By みてみん)


霧に触れるたび、自分の存在が少しずつ溶けていく。

誰にも見つからないまま、静かに消えるはずだった私の世界。


その凍てついた静寂を、あのおぼつかなく、けれど真っ直ぐな足音が揺らし始める。


——だから近づくなと言ったのに。でも、来ると思っていました。


◇


目が覚めた瞬間、いおりは自分の左手が喉元に触れていることに気づいた。


白いレースの手袋。その下で、六本目の指だけがひどく冷たい。


何か、夢を見ていた気がする。

思い出そうとすると、指先からこぼれ落ちる水のように、記憶は輪郭を失っていった。


「……いおり。お腹、空いてない?」


やわらかな声がして、いおりは顔を上げた。


視界に入ったのは、使い込まれた木の天井。窓の外では鳥が鳴き、朝の光が薄い布越しに部屋へ差し込んでいる。

隣のベッドはもう空で、代わりに部屋には温かな匂いが満ちていた。煮えた野菜の甘さと、焼きたてのパンの香ばしさ。


いおりは、ゆっくりと上体を起こした。

左手を見下ろす。白い手袋の薬指と小指のあいだにある、不自然なふくらみ。


思い出せない。

この指が、何の名残なのか。

誰を守って、何を失ったのか。


それでも、不思議と恐怖はなかった。

台所から聞こえてくる包丁の音が、ここが“今、自分の帰る場所”なのだと教えてくれるからだ。


床板をきしませて台所へ向かうと、ゆめが鍋を抱えて振り返った。朝の光の中で、銀色の髪が淡く透ける。


挿絵(By みてみん)


「おはよう、いおり。ちょうどできたところ」


「おはよう、ゆめ」


テーブルには、具沢山のスープと焼きたてのパンが並んでいた。二人分にしては、少し多い。


「……また、張り切ったのね」


「食べてほしいから」


短く答えて、ゆめはいおりの椅子を引いた。

いおりが座るのを見届けてから、自分も隣に腰を下ろす。その距離の近さに、いおりはいつも少しだけ救われる。


「いただきます」


二人で手を合わせる。


ひと口スープを飲むと、温かさが喉から胸へ落ちていった。

優しい塩気。やわらかく煮えた根菜。身体の奥に、じんわりと火が灯る。


「……美味しい?」


ゆめが、じっといおりを見つめていた。

琥珀色の瞳は、味よりもむしろ、いおりの表情の変化を確かめているようだった。


「うん。すごく、美味しい」


そう答えると、ゆめはようやく目を細めた。


「なら、よかった」


その言い方があまりに真剣で、いおりは少し笑ってしまう。

ゆめは匂いで感情を読む。安心している時も、戸惑っている時も、たぶん全部。


朝食を終えたあと、二人は村の通りへ出た。


朝露を含んだ土の匂い。軒先に干された布。開きはじめた店。

この村の朝には、何ひとつ急ぐものがない。誰かが生き延びるためではなく、ただ今日を暮らすために動いている。そのことが、いおりにはまだ少し不思議だった。


「おはよう、いおりちゃん。ゆめちゃん」


通りの角の八百屋のおばさんが、明るく手を振った。籠には色とりどりの野菜が積まれ、葉先には小さな水滴が残っている。


「おはようございます」


いおりが会釈すると、おばさんは目を細めた。


「あら、いおりちゃん。また背が伸びたんじゃない?」


「え……そうですか?」


「この前より、視線が高いもの」


いおりは、自分の肩にそっと触れた。

自分の身体なのに、昔から知っているはずなのに、比べるための記憶がない。


「……分からないです」


正直に言うと、おばさんは笑った。


「それなら、今から覚えていけばいいさ。元気なら、それで十分」


何気ない言葉なのに、いおりの胸は少しだけ詰まった。

“今から覚えていく”。それで、本当にいいのだろうか。


その時、ゆめが隣で静かにいおりの左手首を握った。

手袋越しに、確かな体温が伝わる。


「いおりの背が伸びるのは、当然だよ」


「どうして?」


「私が毎日、ちゃんと食べさせてるから」


「やっぱり多かったのね」


いおりが苦笑すると、おばさんが声を立てて笑う。

ゆめは少し胸を張った。


「いおりを、ちゃんと“今”につなぎとめたいから」


その一言だけが、妙に重く残った。


広場では子どもたちが追いかけっこをしていた。

そのうちのひとりの女の子が、ゆめを見つけて駆け寄ってくる。


「ゆめちゃん、これ!」


小さな手が、摘んだばかりの黄色い花をゆめの髪に差した。

銀の髪に、鮮やかな一色が灯る。


「……ありがとう。似合う?」


「うん、すっごく!」


屈託のない返事に、ゆめはわずかに首を傾げた。

その仕草があまりに自然で、あまりに綺麗で、いおりは少しだけ見とれた。


ただ、そこにいるだけで誰かが笑う。

そんな光景を眺めながら、いおりの視線は無意識に自分の左手へ落ちる。


白いレースの手袋。

その下にある、硬く異質な六本目の指。


ここにいていいのだと村は教えてくれる。

それでも、この手だけが、いおりを“ここではないどこか”へ引き戻そうとしていた。


午後になると、風が少し変わった。

北西から吹く空気は乾いていて、夏の終わりというには冷たすぎた。


縁側に座るいおりの視界の端で、何かが銀色にちらついた。

剣のような、光の筋のようなものが、一瞬だけ。


「いおり」


振り向くと、洗濯籠を抱えたゆめが立っていた。


「眠いの?」


「ううん。……少し考えてただけ」


「何を?」


いおりは、すぐには答えられなかった。

答えた途端、形になってしまいそうで怖かったのだ。


「この村に来る前の私って、どんなふうに笑ってたのかなって」


ゆめは籠を脇に置き、隣に腰を下ろした。

洗いたての布から、石鹸と陽だまりの匂いがする。


「……前より、今のいおりのほうが好きだよ」


ゆめは空を見たまま続けた。


「前のいおりは強かった。だけど、ずっと無理してた。誰かのために笑って、誰かのために傷ついてた。……今のいおりは、自分のために笑える。だから、今のほうがいい匂いがする」


いおりは、隣に座る少女の横顔を見た。

自分を、自分以上に知っている存在。


彼女がいなければ、この「生活」という名の空白を、自分は耐えられなかったかもしれない。


夜は静かに来た。

村のあちこちから夕餉の匂いが立ちのぼり、やがてランプの灯りが窓ごしにぽつぽつと灯る。森の向こうでは風が枝を揺らし、ときおり乾いた音がした。


床に就いてしばらくすると、ゆめの寝息が聞こえはじめた。

規則正しいその音に耳を澄ませていると、いおりの心も少しずつほどけていく。


忘れていても、朝は来る。

思い出せなくても、生きていける。


この村に来てから、いおりはそうやって今日まで眠ってきた。


――けれど、その夜は夢を見た。


音も、光も、上下さえ曖昧な場所。

何もないはずの空間に、一本の巨大な大剣が突き立っていた。


鈍い銀色の剣身。

見たことがない。なのに知っている。


柄に触れた感触。

振り抜くたびに腕へ返る重さ。

空気を裂く震え。


これは、自分の剣だと、身体だけが確信していた。


その剣のそばに、誰かが立っていた。

顔は見えない。けれど、背中だけで分かるほど、ひどく古い孤独をまとっている。


待っているように見えた。

誰かを。あるいは、何かの終わりを。


挿絵(By みてみん)


いおりがその背へ向かって一歩踏み出した時、夢の縁から“何か”がにじみ出した。


霧ではない。影でもない。

世界の裂け目からこぼれてきた、意味を持つ前の災厄。


触れれば心が沈み、足が止まり、呼吸さえ奪われるような、冷たい圧。


名前は分からない。

けれどそれは、確かに“こちらへ来るもの”だった。


次の瞬間、いおりは跳ね起きた。


部屋はまだ暗い。

夜と朝の境目すら遠い時刻。胸の鼓動だけがやけに大きい。


左手を見る。

白いレースの手袋が、薄闇の中にぼんやり浮かんでいた。


夢の剣。

あの孤独な背中。

そして、この指。


関係がないはずがなかった。


今までのいおりは、思い出せない過去に蓋をして、この村の平穏だけを抱いて生きてきた。

けれど、もしあの冷たい“何か”が本当にこちらへ来るのだとしたら――。


いおりは、震える右手で左手の手袋の縁をつまんだ。


「……今日は、外してみよう」


かすれた声が、静かな部屋に落ちる。


隣では、ゆめがまだ眠っている。

その寝顔を一度だけ見て、いおりは薄く息を吐いた。


この少女を守りたい。

その気持ちだけは、記憶を失っても消えていない。


だから、知らなければならない。

自分が何者で、この指が何を代償に生まれたのかを。


窓の外では、夜明け前の闇がじっと村を包んでいた。


朝が来る前に。

何かが来る前に。

いおりは、はじめて自分の過去のほうを見返そうとしていた。


第一章:第一話「村の朝」――完

第一話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


本作『銀色の旅路』は、『銀色の結晶』『銀色の産声』に続く、三部作の完結編として執筆しました。


前二作を通して大切にしてきたテーマ――記憶、喪失、そして誰かのそばにいようとする意志――は、今作でひとつの答えにたどり着きます。それは「奪う」でも「取り戻す」でもなく、「受け取る」という選択です。


これまで散らばっていた少女たちのそれぞれの物語が、今作で一つの場所へと繋がっていきます。前二作からの継続読者様には、ここまでの伏線がどう結ばれていくかを、そして本作から読み始めてくださった方には、初めましての出会いとして楽しんでいただけるよう、構成を工夫しました。


設定面では、今回もAIとの対話を重ねながら、三部作全体の伏線を整理し、本編五章に加えてスピンオフを織り交ぜた全54話の構成となりました。


この第一話は、三部作すべての旅路が集まる、最後の入り口です。


本作は、少女たちの内側で起きてきた変化の集大成であり、これまでで最も多くの想いが交差する物語になっています。少し重い背景を背負ったシリーズではありますが、最後までお付き合いいただけたなら、きっとタイトルの『旅路』という言葉に込めた意味を感じ取っていただけるはずです。


また、本作は単体でもお楽しみいただけるよう構成しておりますが、前二作を先にお読みいただくと、ある一つの言葉――「痛いの、飛んでいけ」――が誰から始まり、誰へと受け継がれてきたのか、その本当の重みに気づいていただけるかと思います。


もしよろしければ、シリーズ第一部・第二部もあわせてお楽しみください。


【第一部】銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


※第一話〜第二話をお読みいただくと、いおりとゆめの関係性がより深く伝わるかと思います。


【第二部】銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。

https://ncode.syosetu.com/n6938mi/


これから毎日1話ずつ投稿していきます。

彼女たちが、すべてを繋ぎ、誰かを、そして自分自身を愛するまでの物語を、共に見届けていただけたら嬉しいです。次回もよろしくお願いいたします。


銀のさくら

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