第一話「村の朝」
■オープニングムービー
本編前に雰囲気をご覧になりたい方へ、オープニングムービーを活動報告に掲載しています。
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■ 登場キャラクター紹介
【01】いおり
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【02】ゆめ
https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233190/
【03】ななみ・リリカ
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【04】ユウリ・セシリア
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【05】ステラ
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【06】リナ・ミナ
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【07】レイナ
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【08】カレン
https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/1233199/
霧に触れるたび、自分の存在が少しずつ溶けていく。
誰にも見つからないまま、静かに消えるはずだった私の世界。
その凍てついた静寂を、あのおぼつかなく、けれど真っ直ぐな足音が揺らし始める。
——だから近づくなと言ったのに。でも、来ると思っていました。
◇
目が覚めた瞬間、いおりは自分の左手が喉元に触れていることに気づいた。
白いレースの手袋。その下で、六本目の指だけがひどく冷たい。
何か、夢を見ていた気がする。
思い出そうとすると、指先からこぼれ落ちる水のように、記憶は輪郭を失っていった。
「……いおり。お腹、空いてない?」
やわらかな声がして、いおりは顔を上げた。
視界に入ったのは、使い込まれた木の天井。窓の外では鳥が鳴き、朝の光が薄い布越しに部屋へ差し込んでいる。
隣のベッドはもう空で、代わりに部屋には温かな匂いが満ちていた。煮えた野菜の甘さと、焼きたてのパンの香ばしさ。
いおりは、ゆっくりと上体を起こした。
左手を見下ろす。白い手袋の薬指と小指のあいだにある、不自然なふくらみ。
思い出せない。
この指が、何の名残なのか。
誰を守って、何を失ったのか。
それでも、不思議と恐怖はなかった。
台所から聞こえてくる包丁の音が、ここが“今、自分の帰る場所”なのだと教えてくれるからだ。
床板をきしませて台所へ向かうと、ゆめが鍋を抱えて振り返った。朝の光の中で、銀色の髪が淡く透ける。
「おはよう、いおり。ちょうどできたところ」
「おはよう、ゆめ」
テーブルには、具沢山のスープと焼きたてのパンが並んでいた。二人分にしては、少し多い。
「……また、張り切ったのね」
「食べてほしいから」
短く答えて、ゆめはいおりの椅子を引いた。
いおりが座るのを見届けてから、自分も隣に腰を下ろす。その距離の近さに、いおりはいつも少しだけ救われる。
「いただきます」
二人で手を合わせる。
ひと口スープを飲むと、温かさが喉から胸へ落ちていった。
優しい塩気。やわらかく煮えた根菜。身体の奥に、じんわりと火が灯る。
「……美味しい?」
ゆめが、じっといおりを見つめていた。
琥珀色の瞳は、味よりもむしろ、いおりの表情の変化を確かめているようだった。
「うん。すごく、美味しい」
そう答えると、ゆめはようやく目を細めた。
「なら、よかった」
その言い方があまりに真剣で、いおりは少し笑ってしまう。
ゆめは匂いで感情を読む。安心している時も、戸惑っている時も、たぶん全部。
朝食を終えたあと、二人は村の通りへ出た。
朝露を含んだ土の匂い。軒先に干された布。開きはじめた店。
この村の朝には、何ひとつ急ぐものがない。誰かが生き延びるためではなく、ただ今日を暮らすために動いている。そのことが、いおりにはまだ少し不思議だった。
「おはよう、いおりちゃん。ゆめちゃん」
通りの角の八百屋のおばさんが、明るく手を振った。籠には色とりどりの野菜が積まれ、葉先には小さな水滴が残っている。
「おはようございます」
いおりが会釈すると、おばさんは目を細めた。
「あら、いおりちゃん。また背が伸びたんじゃない?」
「え……そうですか?」
「この前より、視線が高いもの」
いおりは、自分の肩にそっと触れた。
自分の身体なのに、昔から知っているはずなのに、比べるための記憶がない。
「……分からないです」
正直に言うと、おばさんは笑った。
「それなら、今から覚えていけばいいさ。元気なら、それで十分」
何気ない言葉なのに、いおりの胸は少しだけ詰まった。
“今から覚えていく”。それで、本当にいいのだろうか。
その時、ゆめが隣で静かにいおりの左手首を握った。
手袋越しに、確かな体温が伝わる。
「いおりの背が伸びるのは、当然だよ」
「どうして?」
「私が毎日、ちゃんと食べさせてるから」
「やっぱり多かったのね」
いおりが苦笑すると、おばさんが声を立てて笑う。
ゆめは少し胸を張った。
「いおりを、ちゃんと“今”につなぎとめたいから」
その一言だけが、妙に重く残った。
広場では子どもたちが追いかけっこをしていた。
そのうちのひとりの女の子が、ゆめを見つけて駆け寄ってくる。
「ゆめちゃん、これ!」
小さな手が、摘んだばかりの黄色い花をゆめの髪に差した。
銀の髪に、鮮やかな一色が灯る。
「……ありがとう。似合う?」
「うん、すっごく!」
屈託のない返事に、ゆめはわずかに首を傾げた。
その仕草があまりに自然で、あまりに綺麗で、いおりは少しだけ見とれた。
ただ、そこにいるだけで誰かが笑う。
そんな光景を眺めながら、いおりの視線は無意識に自分の左手へ落ちる。
白いレースの手袋。
その下にある、硬く異質な六本目の指。
ここにいていいのだと村は教えてくれる。
それでも、この手だけが、いおりを“ここではないどこか”へ引き戻そうとしていた。
午後になると、風が少し変わった。
北西から吹く空気は乾いていて、夏の終わりというには冷たすぎた。
縁側に座るいおりの視界の端で、何かが銀色にちらついた。
剣のような、光の筋のようなものが、一瞬だけ。
「いおり」
振り向くと、洗濯籠を抱えたゆめが立っていた。
「眠いの?」
「ううん。……少し考えてただけ」
「何を?」
いおりは、すぐには答えられなかった。
答えた途端、形になってしまいそうで怖かったのだ。
「この村に来る前の私って、どんなふうに笑ってたのかなって」
ゆめは籠を脇に置き、隣に腰を下ろした。
洗いたての布から、石鹸と陽だまりの匂いがする。
「……前より、今のいおりのほうが好きだよ」
ゆめは空を見たまま続けた。
「前のいおりは強かった。だけど、ずっと無理してた。誰かのために笑って、誰かのために傷ついてた。……今のいおりは、自分のために笑える。だから、今のほうがいい匂いがする」
いおりは、隣に座る少女の横顔を見た。
自分を、自分以上に知っている存在。
彼女がいなければ、この「生活」という名の空白を、自分は耐えられなかったかもしれない。
夜は静かに来た。
村のあちこちから夕餉の匂いが立ちのぼり、やがてランプの灯りが窓ごしにぽつぽつと灯る。森の向こうでは風が枝を揺らし、ときおり乾いた音がした。
床に就いてしばらくすると、ゆめの寝息が聞こえはじめた。
規則正しいその音に耳を澄ませていると、いおりの心も少しずつほどけていく。
忘れていても、朝は来る。
思い出せなくても、生きていける。
この村に来てから、いおりはそうやって今日まで眠ってきた。
――けれど、その夜は夢を見た。
音も、光も、上下さえ曖昧な場所。
何もないはずの空間に、一本の巨大な大剣が突き立っていた。
鈍い銀色の剣身。
見たことがない。なのに知っている。
柄に触れた感触。
振り抜くたびに腕へ返る重さ。
空気を裂く震え。
これは、自分の剣だと、身体だけが確信していた。
その剣のそばに、誰かが立っていた。
顔は見えない。けれど、背中だけで分かるほど、ひどく古い孤独をまとっている。
待っているように見えた。
誰かを。あるいは、何かの終わりを。
いおりがその背へ向かって一歩踏み出した時、夢の縁から“何か”がにじみ出した。
霧ではない。影でもない。
世界の裂け目からこぼれてきた、意味を持つ前の災厄。
触れれば心が沈み、足が止まり、呼吸さえ奪われるような、冷たい圧。
名前は分からない。
けれどそれは、確かに“こちらへ来るもの”だった。
次の瞬間、いおりは跳ね起きた。
部屋はまだ暗い。
夜と朝の境目すら遠い時刻。胸の鼓動だけがやけに大きい。
左手を見る。
白いレースの手袋が、薄闇の中にぼんやり浮かんでいた。
夢の剣。
あの孤独な背中。
そして、この指。
関係がないはずがなかった。
今までのいおりは、思い出せない過去に蓋をして、この村の平穏だけを抱いて生きてきた。
けれど、もしあの冷たい“何か”が本当にこちらへ来るのだとしたら――。
いおりは、震える右手で左手の手袋の縁をつまんだ。
「……今日は、外してみよう」
かすれた声が、静かな部屋に落ちる。
隣では、ゆめがまだ眠っている。
その寝顔を一度だけ見て、いおりは薄く息を吐いた。
この少女を守りたい。
その気持ちだけは、記憶を失っても消えていない。
だから、知らなければならない。
自分が何者で、この指が何を代償に生まれたのかを。
窓の外では、夜明け前の闇がじっと村を包んでいた。
朝が来る前に。
何かが来る前に。
いおりは、はじめて自分の過去のほうを見返そうとしていた。
第一章:第一話「村の朝」――完
第一話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
本作『銀色の旅路』は、『銀色の結晶』『銀色の産声』に続く、三部作の完結編として執筆しました。
前二作を通して大切にしてきたテーマ――記憶、喪失、そして誰かのそばにいようとする意志――は、今作でひとつの答えにたどり着きます。それは「奪う」でも「取り戻す」でもなく、「受け取る」という選択です。
これまで散らばっていた少女たちのそれぞれの物語が、今作で一つの場所へと繋がっていきます。前二作からの継続読者様には、ここまでの伏線がどう結ばれていくかを、そして本作から読み始めてくださった方には、初めましての出会いとして楽しんでいただけるよう、構成を工夫しました。
設定面では、今回もAIとの対話を重ねながら、三部作全体の伏線を整理し、本編五章に加えてスピンオフを織り交ぜた全54話の構成となりました。
この第一話は、三部作すべての旅路が集まる、最後の入り口です。
本作は、少女たちの内側で起きてきた変化の集大成であり、これまでで最も多くの想いが交差する物語になっています。少し重い背景を背負ったシリーズではありますが、最後までお付き合いいただけたなら、きっとタイトルの『旅路』という言葉に込めた意味を感じ取っていただけるはずです。
また、本作は単体でもお楽しみいただけるよう構成しておりますが、前二作を先にお読みいただくと、ある一つの言葉――「痛いの、飛んでいけ」――が誰から始まり、誰へと受け継がれてきたのか、その本当の重みに気づいていただけるかと思います。
もしよろしければ、シリーズ第一部・第二部もあわせてお楽しみください。
【第一部】銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。
https://ncode.syosetu.com/n7557ma/
※第一話〜第二話をお読みいただくと、いおりとゆめの関係性がより深く伝わるかと思います。
【第二部】銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。
https://ncode.syosetu.com/n6938mi/
これから毎日1話ずつ投稿していきます。
彼女たちが、すべてを繋ぎ、誰かを、そして自分自身を愛するまでの物語を、共に見届けていただけたら嬉しいです。次回もよろしくお願いいたします。
銀のさくら




