第11話 鬼が出るか蛇が出るか(第一章完結)
……あれ?
文字を書こうとしても、手が動かない。
それどころか、自分が今、何を書き始めようとしていたのかが分からなくなる。
焦ったメルクスは、パラパラと過去のページをめくった。昨日、一昨日のページ。そこには自分の見慣れた筆跡で、びっしりと文字が書かれている。
「××××××××へ×が××を×××××××これだけはしなくてはいけない。彼女を…リーボイスを守れ。」
メルクスの目線が、その一文で止まる。
「……リーボイス……を、守れ……?」
メルクスは眉間にシワを寄せた。
「リーボイス……? 誰だ……?」
激しい頭痛がメルクスを襲った。視界がグラリと歪み、ろうそくの炎が大きく揺れる。腕をまくると、そこには……昼間までは無かったはずの、真っ白な痣が浮かび上がっていた。
「…メルクス?」
翌朝、聞き覚えのない声で僕は目を覚ます。目を開けて、視界に入ってきたのはきれいな薄い茶色の髪が目立ち、大きな帽子を両手で抱えている女の子だった。
「…君は誰?」
強張った表情でそう聞いてくるメルクスに、言いようのない絶望に胸を食いちぎられる。
「ちょ、ちょっと…昨日みたいには騙されないよ。」
けれど、その昨日の記憶でさえ覚えていない彼にとっては何を言っているのかわからない。無言という返答が帰ってきた私は声も出さずに家から飛び出した。
「いたぞ!魔女だ!!」
家から出た瞬間、ルーデリックが声を上げる。でもそんなことを私は意識する暇もなかったのに、逃げる羽目になる。
「あの子、何だったんだろう…」
家に取り残された僕は、机に開きっぱなしの日記があることに気づいた。そこにこう書いてあった。
”日記を見ている僕”へ”僕”が”記憶”を”無くしていたら”これだけはしなくてはいけない。彼女を…リーボイスを守れ。
リーボイスって誰?さっきの子なのかな?
僕はさらにページを過去へとめくった。。
気づけば僕はどこかへと歩き出していた。
「くたばれ魔女が!!」
「町をめちゃくちゃにしやがって!」
ルーデリックの集団の人数は大幅に減っていて、集団といえるには疑わしい数にまで減っていた。だが、まだ子供のリーボイスを追い込むには十分な人数でもあった。
「はぁ、はぁ」
私は息を上げて走っていた。
もう…走れない。心も体もぼろぼろだよ……。
走るのをやめようと考えた瞬間!近くから土をけるような大きな音ともに何かが近づいてきた。
「おい!乗れ!!」
馬車に乗るベネットが荷台を親指で刺しながら叫ぶ。
私は最後の力を振り絞って荷台に飛び乗った。
「ありがとう…」
「リーボイス!よく聞け!俺も白死病にかかっている。お前らは……自由に生きろ!!!」
どうして?ベネットさんまでいなくなってしまうの?
町の人たちを完全にまいて、町の辺境まで来たベネットは安堵した。
信じてるぜ!…メルクスなら、彼女の為に記憶を無くすことなんかないって!!
そうして、馬車はそこで止まった。
「お前誰だ?なんで俺の馬車に乗ってるん?」
「…!!」
先程の言葉の意味を完全に理解したリーボイスは泣きそうな顔で。
「ありがとう…ベネットさん!」
そう伝えて馬車を降りた。
「ベネットさんって誰のこと?」
馬車に取り残されたベネットはそう呟いた。
ルーデリックの集団から隠れながら逃げた先は町の出口だった。
《《運命》》が出て行けと言っているか。
私の瞳に光はなく、少しずつ町の出口に向かっていく。
帽子をかぶっている人がふらふらしながら歩く様子。この様子を僕はどこかで見たような気がする。
もし、彼女が日記に書いてある《《リーボイス》》なら。
「待って!!」
僕の口は勝手に動いていた。そしてまた、体も勝手に走り出していた。
私は耳を疑った。心がないはずの、もう聞くことのできないと思っていた彼の気迫のある声が聞こえたのだ。私の瞳に光が戻り、次第にそれは潤っていく。
その振り向く”魔女”の姿を見て、メルクスははっとする。私は咄嗟に声の主へ体を振り替えった。その際に帽子を落とす。
「リーボイスであってるかな?」
「へ?」
その確認をされて、再びリーボイスは下を向く。
そうよね、覚えているはずないよね…
彼の影が私に近づいてくる。そうして両手を差し出すような影が見えた。
「この日記に君を守れと書かれているんだ。だから僕は君のもとに行かなくちゃって…」
私が顔を上げると一冊の日記を渡された。
開けば私の名前が書いてあった。そして、そして、そして……
「リーボイス!!君の魔法を僕にかけてくれないか?」
これは後に日記に記されることとなる。
白死病は、完全な記憶喪失という訳では無い。ただ、記憶が眠っているだけ。その眠りを自力で起こす…思い出させるのが難しいだけ。少しでも《《きっかけ》》があれば…。っと。
「”魔女が命ずる”」
リーボイスは目を瞑り、日記に書かれていた《《今までの思い出》》を思い出す。
この時、私は「治って」や「思い出して」という感情は一切なかった。ただ、思い出を振り返っていた。
「Respond!(リスポンド)」
魔法を受けたメルクスには、彼女が心の中で感じている思い出の記憶が流れ込んでいた。
「魔女様って!また、からかって!」
ほっぺをぷっくと膨らまして起こる彼女。
「明日、魔女のすごさを教えてあげるわよ。」
「Respond!(リスポンド)」
彼女がそう唱えれば、たちまち雲が集まって雨が降り出した。
そして、水に滴って帽子を押さえて、こっちを向いてくる彼女。
何度も何度も僕が止めても何度だって魔法を唱える彼女。
泥団子でむきになって魔法を唱える彼女。
子どもっぽくて、負けず嫌いで、怒りっぽくて、そして時には《《かっこいい》。
「…リーボイス。」
気づけば、彼は近くまできていた。地面に落ちた帽子を払って、私に渡す。
そして静かに私を抱きしめた。
「思い出した、思い出した。」
僕はうれしさと自分の未熟さのあまり涙を流した。
「ごめん、君をまた一人に…」
リーボイスは首を横に振った。
「大丈夫。」そう声をかけられたらよかったんだろうと後から思った。けど、この時の私は……軽く頷いたあと孤独を吐き出してしまった。
「辛かった…づらがったよ!!!!」
「うわぁぁん!!」
嗚咽を吐く。
片腕はメルクスに抱き着き、もう片方の手で帽子を引っ張り自分の顔を隠した。
長く感じる時間だった気がしたけど、実際には短い時間だった。
その後、ベネットのもとに駆け寄る二人。
「”魔女が命ずる”」
「Respond!(リスポンド)」
すると、ベネットは目から涙を流して無邪気に笑った。そうして一言発す。
「お前ら最高だよ…」
三人は抱きしめあい、喜びを分かち合った。ただ、魔法はそんなに便利なものではなかった。リーボイスと接点のなかったものはまだ納得できる。けれど、ローゼンやテメス、メリーにも効果はなかったのだ。
「どうして?テメスさんも、ローゼンさんも…っ!」
リーボイスは力なく両手をかざして、何度も魔法を唱えるが、その腕をメルクスが優しく止めた。
「もういい……十分だよ、リーボイス」
「でも! このままじゃ、みんなはずっと……!」
「効かないんじゃない。《《思い出すためのきっかけが》》、この二人と俺たちの間に足りないんだ」
メルクスが静かに語りかける。
魔法は記憶を呼び覚ます「合図」に過ぎない。メルクスやベネットのように、深い絆や強烈な思い出、そして日記という「記録」が揃っていなければ、眠った記憶の扉を開くことはできないのだ。
「……じゃあ、私たちは何もできないの?」
涙を浮かべるリーボイスに、メルクスは決意を込めた目で首を横に振った。
「ううん、できるよ。僕たちの魔法や知識は、まだ完成していないだけだ」
メルクスは胸元から、あの日記と《《祖母の日記》》を取り出した。
「白死病の正体も、記憶を呼び覚ます確実な方法も、この町の中に答えはない。でも、外の世界なら……もっと広大な知識や、同じように病と戦っている医者がいるかもしれない」
「外の世界……」
「ああ」とベネットが不敵に笑い、馬車の荷台をバンと叩いた。
「幸い、俺には馬車がある。商売で培った道の知識もある。……この町にとどまっても、いつまたルーデリックたちに追われるか分からないからな」
ベネットは二人に向かって手を差し出す。
「白死病を完全に治す方法を見つける。そして、いつかこの町に戻ってきて、ローゼンたち全員の記憶を取り戻す。……それが、俺たちの新しい目標だ」
リーボイスは自分の帽子を深くかぶり直し、ぎゅっと目元を拭った。
もう、逃げるための旅ではない。誰かを救い、希望を証明するための旅だ。
「……うん! 一緒に行こう、どこまでも!」
メルクス、リーボイス、ベネット。
三人は静かに倒れる町に別れを告げ、朝焼けが差し込む街道へと馬車を走らせた。
ここで第一章終了です。まずはここまで読んでくれた方々に感謝です。第二幕では、この時代の医療の知識なども勉強してから、矛盾のない小説を作りたいので、しばらく時間をください!!頑張ります!!第二幕についてアドバイスがあればぜひお願いします!!




