第10話 嘘も方便
一方、町の人達は次々と体調不良者、記憶を無くすものが絶えなかった。
「ゴホッゴホッ!!」
「彼女の…あの魔女のせいだ!!」
咳きを込みながら叫ぶのは、いつも優しかったルーデリックだった。
「そんなわけないだろう?よく考えろ!!」
それを止めるのはローゼン。
「お前こそ考えろ!あの魔女が来る前はこんなことになったことはない!!これはあの魔女が悪意で持ち込んだ疫病だ!!それに、お前の妻も記憶を無くしているんだろう!?だから、お前は今正気じゃない!」
「俺は正気だ!」
ローゼンの言葉を聞かずにルーデリックは話を続ける。
「昔、俺の妻は魔女によって殺された!!やっぱり魔女は信用出来ない!!!!」
「けど、彼女はこの町を豊かにした。そんな魔女じゃないって本当はわかってるだろう?」
「関係ない!!」
ルーデリックがローゼンを腕で吹き飛ばす。その拍子でローゼンは倒れこんだ。
「すまん…熱くなりすぎた。」
すぐに「はっ」っとなるルーデリックは謝り、腕を伸ばし、ローゼンの手をつかむ。
「……俺は何をしていたんだ?」
「おい!?嘘だろう!?」
ローゼンの腕を引き上げようとしたとき、微かに袖口が下がる。その袖口から白い痣が見えた。
「この疫病は魔女のせいだ!!」
ルーデリックは力の限り叫びつくした。
その魂の叫びは、町の人たちに届く。身近に記憶を無くした人がいて、悲しんでいた人たちも原因を突き止めようとしていた矢先、ルーデリックの言葉が入ってくればそれにすがろうとし、それを信じた。
そして、瞬く間に魔女、リーボイスに対する敵対視が高まっていく。
そのころベネットはメルクスに問い詰めていた。
「みんなで逃げる、それが最適だろ?」
「僕は…逃げない!彼女と一緒に戦うよ」
「…俺は逃げる準備をするぞ」
次の瞬間、大きな音を立ててドアが揺れる。
「魔女の居場所を教えろ!メルクス!!」
ルーデリックを最初とする町の人たちが次々と家に押し寄せてきたのだ。
「…まずいぞ、メルクス」
「合わせて…」
ベネットが小声で言うが、メルクスは一言そう残して、家に入る直前のルーデリックの目の前に向かっていく。
「誰ですか、あなた…というか僕は一体何を?」
メルクスはその場で家への道を塞ぐように座り込む。
「そんな、メルクスまで魔女の呪いに。」
ルーデリックの集団の一人が口を両手で覆って驚く。
メルクスの後ろからベネットが咳をしながら顔を出す。
「ごほっ…リーボイスならこいつが記憶を無くしたことに絶望して家から飛び出していったぜ。」
壁に手を当ててもう片方の手では口を押えて咳を封じ込めようとするその様子に手遅れだと思うものも少なくはないだろう。
「そうか…魔女なんかに手を貸すからそうなるんだ。」
後ろを向いて家とは反対方向へと歩き出すルーデリックの拳は強く握られていた。
「はぁ~」
集団が遠目でも見えなくなったと同時に二人は胸をなでおろす。ドアを閉めてゆっくりしようとした直後
「嘘よ!!思い出してメルクス!!」
そう叫んで僕の肩を揺らす。
「待って待って、演技、演技だから!!」
「リーボイス」
最後にその名を呼ぶと一度目を点にする彼女。一拍おいて彼女はまた叫んだ。
「驚かさないでよ!!!」
「もう…」
目に潤んだ宝石が溜まったかと思うとそれはリーボイスの頬に沿って、僕の服に落ちる。
「ごめん、」
「本当に……忘れたのかと思って……」
リーボイスはメルクスの胸に顔をうずめ、ぽろぽろと涙をこぼした。メルクスは困ったように苦笑しながら、彼女の頭を優しく撫でる。
「ごめんってば。でも、こうでもしないとルーデリックさんたちを追い払えなかったからさ。ほら、ちゃんと覚えているよ。君は魔女のリーボイス。雨を降らせてくれた、僕の特別な友達だ。」
「……バカメルクス。」
リーボイスは袖で涙を拭うと、ぶっきらぼうにそう言った。横で冷や冷やしながら見ていたベネットも、深く溜め息をついて床にへたり込む。
「心臓に悪い演技すんなよな……。だがまあ、これで当分ルーデリックたちの目を誤魔化せたのは確かだ。今のうちに、次の手を考えよう。」
その夜、町は静まり返っていた。ルーデリックたちはリーボイスを探して東の森へ向かったらしい。ベネットは外の様子を探りに出ており、家にはメルクスとリーボイスの二人だけだった。
リーボイスは疲れて藁のベッドで眠りについている。
メルクスは机に向かい、小さなろうそくの灯りの下で日記を開いた。
「よし……今日のことも、ちゃんと書いておかないと……」
ペンを握りしめ、インクを浸す。
だが、白紙のページを前にして、メルクスの手がぴたりと止まった。




