第33話:【悲報】元・子猫(親父)に慕われ、聖母は市場を駆ける。
検問所での「全裸親父爆誕事件」から数時間。
なんとかレオの必死の弁明によって入国を許可された一行だったが、美和の心は未だに国境に置き去りにされたままだった。
「……ねぇ、レオ、あの人達いつまで着いてくるつもりなの?」
後ろをチラリと見ながら、美和はレオへこっそり話し掛けた。
ヒソヒソ。
そこには、ニコニコと笑いながら着いてくる屈強な男達の姿。
その頭には猫耳、尻には尻尾が揺れている。
さっきまで彼女が「にゃんこ〜!」と頬擦りしていた元・子猫(親父)たちだ。
レオは深いため息を付き、立ち止まって後ろを振り返る。
「で、いつまで着いてくるつもりだ?」
「ニャ? 気にするニャ! 俺たちはついて行ってるんじゃニャいニャよ! 偶然、行き先が同じなだけだニャ!」
「……白々しい。どう見てもストーキングだろう。おい、近寄りすぎるな」
親愛の情(物理)を向けてくる親父たちにビッツが睨みを利かせるが、猫族はどこ吹く風。
「この犬は神経質過ぎるニャ!奥さんは猫が好きニャよ〜
奥さん、さっきはモフってくれてありがとニャ! いい腕の中だったニャ! また抱っこしてほしいニャ!」
「ひっ……! 喋らないで! 思い出させないで! 私の純潔なモフモフの思い出を汚さないでー!」
耳を塞いで震える美和の横で、手乗りサイズの黒龍・ルゥが勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「フン、貴様ら不浄な親父共め! さては、我の菓子を狙っておるな!?美和のペットの座も、お菓子も我のモノだ!」
ルゥは美和の髪に小さな爪を引っ掛け、まるで宝を守るドラゴンのように陣取っている。
それに対して面白くないのは、美和の胸元で抱っこされている遥斗だ。
「ムゥー! ……あー! ばっ!!」
自分だけの場所だったママの肩近辺を占領され、ルゥをペシペシと叩こうと短い手を伸ばす遥斗。
手乗り龍と赤ちゃんの、低レベルかつ熾烈な「ママの特等席」争奪戦が勃発していた。
ようやく辿り着いた獣人国の街。
だが、のんびりと宿を探す暇は美和たちには与えられなかった。
「あ、あの人が『甘味の聖母』か……?」
「お菓子だ! 甘味だ! 甘いお菓子が来るぞー!」
街に入った瞬間、空から降ってくるような喧騒に美和は顔を上げた。
「何あれ……」
バサバサと羽の音を立てて街の上空を旋回しているのは、検問所にたまたま居合わせた鳥族たちだ。
「……マズイな。アレは鳥族」
空を見上げボソッと呟くレオ。
何がマズイのか聞く美和にレオは「あの種族はどれも口が軽い……」
そう、彼らは物凄くお喋り好きで、秘密事が絶対にできない種族だった。
「聞いたか! 聞いたか! 俺は聞いた!見た!国境に聖母が現れたぞ!」
「あまーいお菓子を作ってくれるそうだ! 龍も約束してたぞ!」
拡声器よろしく、空から言い降らされる噂。
止める間もなく、彼らによって情報は瞬く間に街中へと知れ渡った。
慢性的な甘み不足に悩む獣人たちにとって、それは抗いようのない福音だった。
「お菓子……お菓子くれるのかにゃ……?」
「俺、甘いの食べられるなら何でもするわぉん!」
路地裏から、屋根の上から、キラキラと目を輝かせた獣人たちが次々と姿を現し、道を塞ぐ。
その期待の眼差しに、美和は後ずさりした。
「ちょっと待って! まだ入国したばっかりなのよ!? 材料も、お菓子を作る心の余裕もないわ!」
「落ち着け、美和」
レオがガシッと美和の肩を掴んだ。
「……これからの事はとりあえず、この獣人達を満足させ、解散させた後、考えよう! まずはこの獣人達だな……。放っておいたらどこまでも付いてきそうだ」
レオの言葉に、美和は覚悟を決めた。
確かに、この飢えた獣たちの瞳を見る限り、お菓子を出すまでこの包囲網が解けることはないだろう。
「……そうね。まずはこの人たちをなんとかしなきゃ、宿で寝ることもできないわ。レオ、市場へ行くわよ!」
市場へやってきた美和の瞳には、もはや迷いはなかった。「主婦の炎」が宿っている。
「美和、これを見てみろ。こっちの特産らしいが、お菓子に使えるか?」
レオが指差したのは、白くてトロリとした蜂蜜のような蜜を出す植物。
それを指でひと舐めした瞬間、美和の脳内にレシピが爆走した。
「……これ、カスタードに使える! ルゥ、見て! これがあれば最高に甘くて美味しいのが作れるわよ!」
「おおお! さすがは我が認めた主婦よ! 早く、早く作るのだ!」
ルゥが肩の上でピョンピョンと跳ねる。
「よし。全裸親父のトラウマは、大量の砂糖で上書きしてやるわ……! レオ、買い出しよ! 全部カゴに入れて! 誰一人、お菓子を貰うまで帰さないつもりでやるわよ!」
「ああ、わかった。……美和、顔が怖いぞ(あと、帰らないのは彼らの方だと思うが……)」
聖母ならぬ「本気モードの主婦」と化した美和。
獣人国を揺るがす「甘味大作戦」が、いま静かに幕を開けた。




