第32話:【悲報】可愛い子猫をモフっていたはずが、腕の中には全裸の親父がいました
だが、笑っていられたのはそこまでだった。
ルゥの放つ圧倒的な「龍のプレッシャー」に、検問所はパニックを通り越して、もはや機能停止に陥っていたからだ。
門番たちは白目を剥き、後続の旅人たちは荷物を捨てて逃げ惑う。
その光景に、ようやく美和が正気(モフモフの沼)から引きずり戻された。
「ルゥ! お願いだから今すぐ戻って!! このままじゃ門番さんが泡吹いて倒れちゃう!!」
美和の必死の絶叫が響き渡る。
伝説の黒龍が鎮座したままでは、入国審査どころか国境が物理的に崩壊してしまう。
ルゥは不満げに鼻から煙を吐くと、凄まじい光と共にその巨体を収束させていった。
だが、現れたのはいつもの「人型」ではなかった。
「……え、ちっさ!?」
美和の掌の上にちょこんと乗ったのは、体長わずか20センチほどの**「手乗り黒龍」**。
「これなら背中に誰も乗れまい! 我の背は遥斗専用なのだからな!」とばかりに、ルゥは美和の指を短い前足でギュッと掴んで威張っている。
しかし、その可愛すぎる(?)姿に検問所の役人が目を剥いた。
検問所へと到着した時の事
チビ龍を目にした役人がカッと目を見開き凝視する。
「……き、希少種だ! 希少魔獣の密輸か!? 課税対象か、それとも没収対象か……おい、誰か鑑定官を呼べ!」
「やめて! 没収しないで! これ、一応うちの家族(?)なんです!」
混乱の中、ようやく始まった入国審査。だが、問題は次から次へと沸き起こる。
役人がクンクンと鼻を鳴らし、一行の荷物――というか、ルゥが後生大事に抱えている(へばりついている)「鍋」を指差した。
「……奥さん。何か、嗅ぎ慣れないが非常に食欲をそそる……中毒性の高そうな危険物の匂いがしますね。
安全確認のため、中身を検査させてもらいます」
役人が鍋に手を伸ばした瞬間、手乗り龍が牙を剥いた。
「ならぬ! これは我の宝だぁぁ! 貴重な最後のカレー(残り滓)は渡さぬ!」
「ルゥ! お仕事の邪魔しないの!」
「嫌だ嫌だ! 美和ぁぁ! 頼むからこれを奪わないでくれ! 我はこれをチビチビ舐めて、昨夜の思い出に浸ろうと……我の楽しみを奪わないでくれぇぇ〜!」
ポロポロと大粒の涙を流して泣き出すチビ龍。
レオが「ただのスパイスだ!」と弁明する横で、美和は深い溜息をつき、究極の懐柔策を繰り出した。
「……ルゥ、甘いものは好き? 協力してくれたら、あまーいお菓子作ってあげるんだけどなぁ」
ピタッ。
ルゥの泣き声が止まった。
「……それは……本当か!?」
「もちろん!」
渋々、本当に渋々、鍋を役人に差し出すルゥ。
だが、その会話を聞いていた周囲の獣人たちが黙っていなかった。
「にゃにぃ!? 甘いの!? 俺にもくれニャ!」
「甘いの大好きだわぉぉぉぉん!!」
犬族はヨダレをダラダラ垂らしながら遠吠えを上げ、興奮のあまりその場で穴を掘り始める者まで現れる。
猫族は尻尾をブワッと膨らませ、瞳孔をガン開きにして美和の顔スレスレまで詰め寄った。
「お前、好きニャ! だから甘いのよこすニャ!」
「あ、あはは……余分にできたら……ね?」
美和が曖昧に微笑むと、彼らはそれを「確定報酬」と受け取り、「宴だニャー!」「甘味祭りだわぉん!」と勝手に盛り上がり始めた。
そして、ついにその時が来た。
「……では、次。奥さんが抱えているその子猫たちの健康診断を――」
役人が鍋を片手に、美和の腕の中にいる愛らしい子猫たちに近づく。
一行が検問所の魔法ゲートをくぐり抜けた、その瞬間だった。
ボフッ!!!
「「「にゃっ!?」」」
爆煙と共に、美和の腕から凄まじい重量感が伝わる。
「えっ、重――」
次の瞬間、美和が抱きしめていた「可愛い子猫」は、ボフン!と音を立てて**「全裸の髭面親父」**へと変貌を遂げた。
それも一人ではない。足元にいた子猫たちも次々と、筋骨隆々の全裸中年男性へと戻っていく。
「…………へ?」
美和の目の前には、至近距離でこちらを見つめる見知らぬ親父の胸板。
親父の肌の温もり。そして、漂うむさ苦しい体臭。
「「「ぎゃあああああああああああああ!!!」」」
美和の悲鳴が国境に響き渡る。
「公然わいせつ罪だぁぁぁ! 憲兵! 憲兵を呼べー!!」
役人が腰を抜かして叫び、親父たちは「あ、戻ったニャ」と暢気に股間を隠している。
レオが白目を剥きながら、美和の目を覆い隠すように抱き寄せた。
「……だから言っただろ。それだけはやめておけって」
「マーっ!! やっ! めっ!!」
母が全裸の親父を抱いていたことに、遥斗も今日一番の怒りの咆哮を上げた。
獣人国入国まで、あと(精神的な意味で)数万マイル。




