表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない母は赤ちゃん抱いて異世界にいた  作者: くじら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/5

第1話:静かな森に母と子





いつもの道を、息子を連れて家に帰っていただけだった。


それは、本当に突然起こった。


商店街のざわめき。

行き交う人々の声。

アスファルトの匂いと、店先から漂う夕飯前の空気。


それらが、一瞬にして消え去った。


……いや。


消えたのは、私たちだった。



夕焼けの空を見上げ、視線を戻した瞬間。

まぶしさに思わず目をぎゅっと閉じる。


次の瞬間、足元がふっと軽くなった。


そして目を開けると、そこは見知らぬ森の中だった。


「……え?」


先ほどまで歩いていた商店街は、どこにもない。


見たことのない植物。

踏みしめる地面は、アスファルトではなく、整備もされていない土。


森特有の澄んだ空気が漂い、耳を澄ませば、葉が揺れる音だけが聞こえる。


不思議なほど、静かな森だった。


「どういうこと……? え……夢……?」


な、わけがない。


いくら育児で疲れているとはいえ、夕方の商店街で立ったまま眠るなんてありえない。


私は一つの結論に行き着く。


「……これ、異世界転移?」


そう口にして、背筋がぞっとした。


慌てたところで、どうにもならない。


「とりあえず……森を抜けなきゃ……」


こうして私の長い旅が始まる――


……というわけでもなく。


ただひたすらに、森の中を歩いた。


エコバッグとマザーズバッグを肩にかけ、生後三ヶ月の息子・遥斗を胸に抱いて。


「……母は強し、よね」


そう呟きながら、息を切らせて進む。


「こんな森……すぐ抜けられるはず……」


進めど進めど、景色は変わらない。


こんな状況でなければ、思わず立ち止まってしまうほど、綺麗な森だ。


「……これが、マイナスイオン……?」


おっと、呑気に深呼吸している場合じゃない。


「はるくん、大丈夫だからね〜。もうすぐ街に出る……予定だから〜」


少し離れたところから、小川のせせらぎが聞こえてくる。


時間に余裕があれば、耳を傾けていたかもしれない。


でも、空の色はすでに茜色だった。


私は歩幅を早める。


「……どこまで続くの、この森……」


汗を拭いながら、足を棒にして歩き続ける。


休みたい。

でも、時間は待ってくれなかった。



「……もう無理っ……」


気づけば日は落ち、夜になろうとしていた。


幸運にも、大きな木の洞を見つけ、私はそこに腰を下ろす。


「はぁ……参ったなぁ……」


不安な顔をしたら、遥斗まで不安になってしまう。


私は無理やり笑顔を作った。


「大丈夫だからね。とりあえず、はるくんのミルク作ろうか〜」


マザーズバッグに手を伸ばし、手早くミルクを作る。


遥斗に飲ませながら、エコバッグの中身を思い出して、思わずため息をついた。


……即、食べられるものがない。


まさか、こんなことになるなんて。


「カレーのルーって……そのまま食べられるのかな……」


そんな馬鹿なことを考えた瞬間。


ぐぅ、とお腹が鳴った。


ミルクを飲み終えた遥斗が、小さな手を伸ばしてくる。


「ん〜、どうしたの〜。大丈夫よ」


明日は、もう少し頑張って歩こう。


そう心に決め、遥斗を抱いたまま、私はうとうととまどろみに落ちていった。


静かすぎる森。


不安がないと言えば、嘘になる。


それでも、ここまで来て、生き物の気配は一切なかった。


あるのは、土と草と木だけ。


澄み切った空気。


……それにしても、疲れた。

お風呂、入りたいな……。


そう思いながら、目を閉じる。



どれくらい時間が経ったのだろう。


かさり、と小さな音。


葉が擦れ合う音とともに、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


「……ん……?」


ゆっくり目を開け、体を伸ばす。


「……なに、この匂い……」


空腹のせいで幻覚でも見ているのか、と思った瞬間。


足元に置かれたものに気づく。


「……なに、これ……」


そっと触れると、温かい。


葉に包まれた二つの包み。


開いてみると、中には林檎に似た果物や木の実。

もう一方には、こんがり焼けた魚が入っていた。


「……嘘……」


誰が?

どうして?


一瞬考えたけれど、ここは異世界だ。


神様でもいるのだろうか、なんて思う。


……もしそうなら、ここに連れてきたのは、ずいぶん意地悪な神様だ。


でも。


空腹には、勝てなかった。


「……ま、いっか」


私は手を合わせる。


「いただきます」


口に入れた瞬間、思わず声が出た。


「おいひぃ……!」


「はるくんは、まだダメよ?」


果物を潰して食べさせられるか、一瞬考えて、すぐに首を振る。


異世界の食べ物だ。

安全だと分かるまでは、慎重にならないと。


「それにしても……全然、寒くない……」


異世界だから?

それとも……。


満腹になった遥斗が、再びうとうとと目を閉じる。


その寝息を聞きながら、私は夜空を見上げた。


星々の間に、二つの月。


「……月が、二つ……」


やっぱり、ここは異世界なんだ。


それなのに、不思議と危険は感じなかった。


ふわりと温かな空気に包まれながら――


こうして、私たち親子の異世界生活一日目は、静かに幕を開けた。


最後まで読んでくれてありがとうございます!!!

良ければお気に入り登録や感想を貰えると励みになります!誤字脱字報告も助かります!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ